第21話:月姫の光


 レインが影狼を振った瞬間、一瞬だけ周囲の音が消えた。

 そう思った矢先、狼の遠吠えの様な猛々しい音と共に巨大な黒狼が現れる。

 民家と同じ位の巨大なそれは、猛スピードで頭部だけで前方へ突っ込んで行き、そのまま影手裏剣を喰らう。


『なッ!? ば、馬鹿な! 一体なにが――』


 目の前の事を認識できず、何が起こったのか分からないまま幻魔は、大きく口を開ける黒狼の頭部に呑まれた。

 けれど黒狼は止まる事はせず、真っ直ぐに周囲の建物を抉りながら森へ出ていき、そのまま木々を薙ぎ倒す。

 それは数百メートルも続き、やがて予兆もなく消滅して空に黒い魔力の柱が一瞬だけ現れる。


 そして、その一撃は周囲の者の視線すら釘付けにし、思わず戦いの手を止めてしまう程だった。


『馬鹿な……あの幻魔を……!?』


「す、凄い……!」


 閻魔とセツナは、幻魔に壮大な一撃を与えたレインに驚愕し、ステラ達も思わず動きが止まってしまう。


「今のを……レインが?」


「あれがアスカリア最強の騎士の力……!」


 ステラと鈴はまだ上手く認識できずに困惑する中、ハヤテ達は何かを考えるように黙る


 けれど、実際にそれを喰らった者からすれば堪まったものではなかった。


『ハァ……ハァ……! グッ……ガハッ!』


 壮絶な一撃――狼王蹂躙をモロに受けながらも幻魔は生きていた。

 しかし全身はボロボロで手甲を含めた装備や全身は損傷し、仮面と忍び刀にも亀裂が入っている。

 立っているだけがやっとの事、それを示す様に息も乱れ、血も吐いたのか仮面の隙間から血が流れ出しても立つ。


『き、貴様……余力を残していたのではなく……ただ無意味に加減していたのか……!』


「そうではない、確かに余力を残そうとはしていたが理由としては違う。さっき言った筈だ、お前は勘違いしていると。――今の技を街中等で使える筈がないだろ?」


 レインはそう言って、何故に自分とグランが加減した戦い方をするのかを話し出した。


「四獣将でも街中で任務がある、それに近年では生きたまま捕えなければならない犯罪者も多い。――だから日頃から加減する様に戦う癖を付けているだけだ」


 当然ながら街中で今の様な大技を使える筈がなく、情報を持って生きて捕える事が条件の者もいる中で出来ませんでしたでは済まない。

 ただ純粋に力が強い者が四獣将に選ばれたわけではなく、力や信頼の他に、場所や場合によって力を調整して戦える技術も必要だった。


 すると、それを聞いた幻魔は笑い出した。


『ク、クククッ……加減して戦う癖だと? 街や民の被害を出さない為に……だが、それで自分が死ぬかもしれぬ、護衛対象を死なせるかも知れぬのだぞ! それでも貴様はそんな生温い事をするのか!?』


「だからいま使った」


『……!?』


 幻魔は今のレインとの会話で、不意に妙な違和感と気持ちを抱いた。

 街や民、奪ってはならない命を奪わない為に加減した戦いをしているとレインは言ったが、ならば何故に今は使ったのか?


 幻魔は痛む身体で前後の様子を見てみると、そこには左右にある建物が崩壊していた。

 それに気付いた瞬間、幻魔はある疑問を持った。


――この男は、周囲の建物に人がいないと知っていたのか?


『……どういう……ハァ……意味だ?』


「お前の今の攻撃、あれを回避すれば間違いなくステラが死んだ。だからそれを防ぐ為に今の技を放ち、対処しただけだ」


『……街や民を守るのではなかったか?』


 騎士達にある甘さ、それ故に民や街を守るなんて恥ずかしげもなく言えるのだ。

 だがレインだけは違う、何かがやはりおかしい。  

 幻魔はその答えを求めレインの言葉を待っていると、その答えは訪れる。


「街や民は守る、それがサイラス王の願いであり国の為になる。――だが時と場合にもよる。今はステラの身の安全が最優先。ならば民よりも、ステラの命こそが俺が最も守るべきもの。だからお前の攻撃を防ぐ為に大技を放った」


『……』

  

 それを聞いた幻魔は言葉が出なかった。

 レインという男の持つ違和感の正体――それは完全に割り切っているという異常さだった。


 民や街を守るのはあくまでも騎士としての業務であり、だがそれも根っこを見れば国の為になるからやっている事。

 無論、彼にとっても優先順位は高いのだろうが、今の様に王女という更に優先順位が高い存在が現ればあっさりと切り捨てる。


 それが異常なのだ、命と命の天秤を計って、一切迷わない人間はいない。

 良心・罪悪感。他人の目だってそうだ。実際、幻魔が戦った事のある騎士の中には正義感があり過ぎて、民の為に任務を放棄して敗北した者いた。

 多少の情、大勢と関われば心も色んな色に染まって必ず変化がある。


『……なのにこの男は』


 まるで人形、決まった条件下で行動するゴーレムみたいだ。

 ステラの存在だけで簡単に民達を切った。

 この周辺の建物にも人がいたかどうかは関係なく、そうしなければステラが死んだから放っただけだった。

 幻魔は本能でレインの中の何かを察し、長年忘れていた恐怖という感情を思い出してしまう。


『な、なんだ……貴様は……!』


「黒狼、レイン・クロスハーツ」


 そうじゃない、そう意味で言ったんじゃない。

 さっきも名乗ったばかり、馬鹿の会話じゃないのだ。

 けれど、レインにとってもそれは同じ。ただ幻魔が聞いたから答えただけに過ぎない。


 そんな事を平然とする不気味さを持つレインに、とうとう幻魔は限界を超えた。


『閻魔ぁぁぁぁッ!! いつまでその小僧と遊んでいる! さっさと王女の首を取れ!!』


『……どうやら時間の様だ』


 幻魔の声に閻魔は、何かを悟った様に冷静さを取り戻していた。

 そして夜魔をその場に捨てた事でセツナも何をするのか分からず、身構えながら若干後退する。


『……あの幻魔があそこまで乱すとは面白いものが見れたな』


「……どういうことだ?」


 閻魔の意味深な言葉にセツナは聞き返すが、閻魔はそれを印を結びながら応える。


『真の“鬼”を見せてやろう……禁術――』


――血化粧・鬼神降臨きしんこうりん


 それは規格外の光景だった。

 閻魔の身体は大きく増長し、両手足だけでは収まらず、それは全身に渡って黒く変化し、血化粧も全身へと渡る。

 既に5メートルを超え、セツナも思わず口を開けながら見上げる事しか出来ない。


『オオォ……ガアァァァッ!!!』


 咆哮と共に閻魔はその姿を見せる、骨格も変わって角も生え、その姿はまさに鬼。

 他の鬼血衆とは違い、本物の鬼そのものだった。


『……アァ』

 

 そして変化が収まると、閻魔は傍にいた笛を吹く分身に顔を向けると、そのまま拳で叩き潰す。

 これによって笛の音が消え、周囲も若干だが静かになったと思った矢先、デュアルイェーガーに異変が起こった。


『!……ギィィィィィ!!!』


「うお! なんだこいつ、いきなり力も動きも変わったぞ!?」


 デュアルイェーガーを一人で戦い、徐々に追い詰めていたグランだったが、笛の音が消えた事でデュアルイェーガーの力が上がり、動きも荒々しいものへとなった。

 

『ギィィィィィ!!』


 まるで憎しみをぶつける様に叫び、そしてグランへ鎌を何度も力任せに振り、下半身の爪も同じように振り続けた。

 更に要塞蠍の尻尾部分も動き始め、周囲の建物は破壊。

 鬼血衆・月詠一族関係なく襲い始めるその姿はまるで、人間そのものを恨んでいる様にも見える。


「こいつは面倒になった! ステラは鈴の嬢ちゃんと一緒に下がれ! ちょっと気にする暇がなくなった!!」


 叫びながら重い一撃を入れるグランだったが、デュアルイェーガーも全ての武器を持ってそれに耐え、若干後退しただけで再び突っ込んで行た。

 まるで死ぬまで止めないという気迫もあって、グランも正面から迎え撃つしかない。


「上等だ!――剛突破・真向まっこう!」


 グランソンの強烈な突きが炸裂。

 巨大な質量、高威力の一撃がぶつかり合った事でかなりの衝撃が周囲を呑み込むが、それでもグランにそれを気に掛ける暇はない。

 笛が無くなったデュアルイェーガーは動きもそうだが、全体的に見ても力が上がっている。

 

 それを見て鈴も危険を感じ、周りの鬼血衆も倒れている事を確認するとステラの手を取って離れようとした。


「逃げるよステラ! ここにいちゃ危険だわ!」


「で、ですがまだ皆戦っています!」


「それでも下がるの! レインさん達にあなたの身を守るって約束した以上、無理にでも下がらせる! 少しは自分の身を心配するの!」


 ステラが死ねば確実に戦争は起き、少しずつ時代が変わってきた今が再び戦乱に逆行してしまう。

 レインとの約束もあるが、自分の影響力を自覚していない友人を守る為に必死な鈴の気迫に押され、ステラも納得する様に顔を下へ向けた時だった。


『サセルト、オモウカ!』


 二人の真上に月光遮る巨大な影が現れ、それは鈴達の逃げ場を遮る様に飛び降りた。

 

『ステラ オウジョ……ソノ首 モライウケル!』


 完全に鬼と化した閻魔が逃がさない様に飛来し、ステラと鈴へ刀の様に鋭利な爪を向け、鈴は自分の後ろにステラを匿う。


「私の後ろにいてステラ! 同じ禁術でも完成度が違い過ぎる!」


 対峙しているだけで身体がと空気が重く感じる程、他の鬼血衆でもとんでもない力なのに完成形の禁術になればどうなるか想像もつかない。

 鈴は鈴付きの小太刀を構えて対応しようとするが、力の差は歴然であり、閻魔が手を伸ばした時だった。

 

「下がるんだ鈴!」


 二人の後ろからセツナとハヤテ、そしてカグヤと他の忍も飛び出して閻魔へと飛び掛かる。


「影走――先駆」


「影走――剛爪」


 セツナとハヤテが先陣を切り、その後に他の忍も続き、カグヤは二人を守る様に前に立って詠唱を行う。


「紅蓮に染まるは無法の愚者、信仰仇成す者に九尾の神の怒りを向けん――紅蓮九尾ぐれんきゅうび幸火葬さちかそう!」


 九枚の札が一斉に燃え上がり、その炎は一つの大きな炎となる。

 そしてその炎は九尾の狐となり、閻魔は飛び掛かった。


「今だ動きを止めろ!」


 そこに他の忍達も一斉に鎖鎌を投げつけ、閻魔の四肢に鎖を巻き付かせ拘束し、閻魔に全ての攻撃が直撃しようとした時だ。

 踏ん張る様に力を入れる閻魔の身体から魔力が発生し、そして――


獄楽浄化ごくらくじょうか無法断罪むほうだんざい!!』


 閻魔は全身から溜めた魔力を解放する。

 それは波動の様に周囲の者達を吹き飛ばし、炎の九尾も消し飛んでしまった。

 その攻撃によってセツナとハヤテは建物に叩き付けられ、他の忍も同様な目に遭う中でカグヤはステラと鈴を守る為に結界を張るが、耐えきったと同時に結界は消えるとカグヤも倒れてしまった。


「カグヤ様!」


 それ程の衝撃だったのか、カグヤは気を失ってしまい、セツナとハヤテもフラ付きながらも何とか立ち上がるので精一杯の様子。

 

『自力デ劣ロウトモ、コノ禁術ノ覚悟……キサマラ ニモ 止メラレヌハ!!』


 閻魔の咆哮が周囲に響き渡り、その光景にレインとグランも危険を察した。


「……やはりこうなるか」


「お前との遊びは後回しだッ!!」


 レインは幻魔を無視し、グランはフルスイングでグランソンを振るってデュアルイェーガーを吹き飛ばし、二人はすぐに救援に向かおうとした。

 だが幻魔はそれを許してはくれず、レインの身体が突如として固定された様に動かなくなってしまう。


「!……幻魔、なにをした?」


 何とか視線だけ動かす事が出来たレインが幻魔を見ると、いつの間にか自分と幻魔の影が繋がっており、その陰に幻魔は忍び刀を突き刺していた。


『クククッ……グフッ!……ハァ……ハァ……置いて行くとは寂しいではないかぁ……もう少し、他愛もない会話に付き合ってもらうぞ……!』


「他人の話を聞くのは好きじゃないと言っていた筈だが?」 


『たった今、その性格を治す事にしたよ……これで私も動けぬが、貴様も同様だぁ……!』


 動けぬなら動かずに敵を止める。それを実践した幻魔にレインは止められ、グランにステラを託した。


「グラン!」


「おう任せろ!!」


 デュアルイェーガーに渾身の一撃を叩き込み、一気に里の外まで吹っ飛ばしたグランは余裕が生まれ、そのままステラ達の下に向かう。


――だが背後を向けて走り始めたグランだったが、その耳に何やら不吉な音を聞いた。

  

 ちょっとした羽の音。鳥ではない、乾いた様な羽音だから昆虫だろう。

 それと同時に自分や周囲を呑み込む大きな影が地面に写った事でグランは足を止め、引き攣った笑みを浮かべながら振り向き、空を見上げると――


『ギィィィィィッ!!』


 デュアルイェーガー帰還、パラディン・マンティスの羽が大きく開かれており、それを利用して一気に舞い戻って来たのだ。


「カマキリはそんなに飛ばねぇだろうが!! 下半身の蠍はどんだけ軽りぃんだ!」

 

 グランは怒鳴りながらグランソンを振り上げ、上空からの落下を利用して鎌を振り下ろすデュアルイェーガーと再び激突。

 

「流石にヤバいか……レイン! ちょっと時間をくれ!」


「……待てんな」


 危機的状況に待てる余裕はなく、レインは無理矢理に身体を動かして自力で突破を狙う。 

 全力で力めば徐々に動く事ができ、なんとか抜け出そうとするも幻魔も両手で忍び刀を抑え、必死で抵抗する。


『行かせる訳ないだろ?』


「行かせろ……」


 レインは必死で抗うが、幻魔からすれば四獣将の二人が一番厄介であり、それさえ抑えれば後はどうとでもできると思っている。

 月詠一族も強敵だが、禁術を使った閻魔の力は強大であり、手負いのハヤテや疲労したセツナ達では話にならない。


『邪魔ヲスルナ!!』


 閻魔は群がる月詠一族を蹴散らしながら進み、徐々にステラの下へと近付いてゆく。

 両手を振るい、溜めた魔力を放出させながら進む閻魔はまさに鬼の進軍であり、それを純粋に止める事は月詠一族には不可能だった。


「何故に攻撃が効かんのだ! いくらなんでも不死身ではあるまい!」


「術も使って全力で止めろ!!」


 周囲の敵を片付け続々と集まってきた月詠一族の援軍であるサスケやハンゾウ達。

 鎖鎌で物理的に止める者、術を使って地面を変化させ足止めする者。それぞれのやり方で妨害し、攻撃を続けるが止まるどころか怯みもしない。

 

『アアァ……!』


 薄気味悪い声を上げながら進む閻魔に為す術なし。

 このまま蹂躙されてしまう、そう誰もが脳裏に過った時だ。

 

 閻魔は前方から強い魔力を感じ取り視線を向けると、そこには杖を構え詠唱するステラの姿があった。

 彼女の魔力色である蒼の魔力が溢れ、周囲に水の球体が彼女の前に形成されていた。


「汝の求めるは水の螺旋、その運命、激流に抗いし蒼の遊戯――アクアボール!!」


 巨大な水の玉。それをステラが閻魔へ杖を向けると高速回転しながら放たれ、そのまま猛スピードで向かって行く。 


『――速イ!』

 

 閻魔ですらそれを完全に見切るのは不可能だった。それだけ早く、巨体となっている事もあって回避も難しい。

 同時に、そんな魔法を平然と撃ち、操れるステラが魔導士としてどれだけ優秀なのかも分かる。

 水の質量も馬鹿にできず、閻魔は大きなダメージを覚悟した時だ、閻魔の直感がそれに気付いた。

 

『!』


 閻魔は動かなかった。それが正解、アクアボールはそのまま閻魔の身体を僅かに掠っただけで通り過ぎ、そのまま背後で破裂。

 大きな水飛沫をあげ、周囲に雨が降り注ぐ光景に月詠一族は驚いてしまう。


「なんと……」


「凄まじい魔法だ……!」


 これだけの水を魔力から作りだし、しかも高威力。月詠一族の者達がこれに驚くのも無理はないのだが、実際に攻撃された閻魔は違った。


『戦ウ覚悟ヲ決メタ……訳デハナイナ。キサマ、ワザト外シタナ!』


 文字通り、鬼の形相で閻魔はステラを睨みつけると、鈴や他の忍達に守られているステラも息を呑み、杖を強く握り絞めながら向かい合った。


「……やめてください」


『ナニ……?』


「もうやめてください! これ以上の戦いは何の意味もない筈です! 魔力を暴走させて身体を変異させれば力は手に入ります……でも、それは命を縮める行為です! 速く治療しないと本当に死んでしまいます!」


 閻魔に向かってステラは心の限り叫ぶ。

 魔力を暴走させ肉体を変化させる事は難易度が高い魔法だが、それはリスクがあまりにも高い異端な魔法。 

 早く止めさせなければ本当に死ぬだけで、ステラには鬼血衆がそこまでする理由も分からず、だから必死で止めようとしていた。


 だが、ステラは分かっていなかった。鬼血衆の覚悟を。


『死ンデシマウ?――違ウ、本当ニ死ヌノダ……私ニ限ッテハナ』


「……えっ?」


 今なんと言ったのか? 本当に死ぬ、そう平然と言った?

 閻魔の平然とした態度にステラが言葉を失う中、閻魔は話を続けた。


『私以外ノ者ハ、マダ命ハ助カルダロウガ、ソノ変異シタ肉体マデハ戻ラナイ。――ダガ、私ハ違ウ。私ハ完全ナ禁術ヲ使用シタ以上、肉体モ、ヤガテ限界ヲ迎エ、死ハ免レナイ。ダガ、ソレデモ任務ヲ果タス……ステラ王女ノ首ヲ取ル為ニ』


「な、なぜですか……? なぜそこまでして……平和な世は沢山の人が望んでいる中で、あなた方は命を賭けてまで何故そこまでするのですか!? 平和な世が訪れれば、そんな事もせずに済むはずです!」


『ソノ平和ナ世界ニハ、我々ノ


「――えっ」


 閻魔からの言葉は思ってもみない言葉だった。

 平和になれば汚い仕事をせずに済み、新しい可能性が生まれる。そうステラは信じてはいたが、閻魔は現実を突きつけた。


『平和ナ世ニナレバ“潔癖”ナ者達ガ増エル……』


 閻魔はそう言って全てを話した。 

 

 平和な世になれば皆、綺麗な世を願う事を。

 そうすれば暗殺等の汚い仕事をしていた者達を、まさに魔女狩りの様にして裁こうとし、同時に逃れてもその手の仕事ばかりした者にはその能力を見込んでの汚い仕事しかない。


 言われた通り行っただけだ、依頼人に頼まれた事を純粋に遂行しただけだ。

 暗殺対象を見せ締めの為、その店ごと殺せと言われれば店ごと消した。

 失脚させたい貴族がいれば、その領地で民間人を巻き込んだ事件を起こせと言われ、大々的に起こして情けない対応をした貴族を領地民自身の手で落とさせた。


 だが、それでも平和な世になっても依頼した貴族を筆頭に、力を持った者達は裁かれない。

 逃げる術を知っている、欺く力を持っている。

 そして最後は自分の弱みを知っている自分達を、平和という盾を利用し始末しようとする。


 無論、彼等も抗う。生きる為、守る為に戦う。

 だが平和な世なれば歪んだ杭は目立ってしまい、そんな自分達を平和を乱す族として世界の敵にされてしまうだけだ。


『我等ニ依頼スル大半ガ貴族、ソレカ権力ヲ持ツ者ダケダ。――無論、我々モ罪人デハアル。ダガ生キル為ノ術ダッタノダ! 仲間ヲ! 家族ヲ! 守ル為ノ術ガコレシカ残サレテイナイノダ!』


 閻魔は叫びながら周囲の者達を腕を振るって吹き飛ばし、更にステラへ迫ろうとする。

 

「させない!」


「何としても止めよ!」


 セツナとハヤテもボロボロになりながらも鎖で閻魔の動きを止めようとするが、閻魔は止まらない。

 格上すら蹴散らす命の進軍、暴れながらステラへ怒号を放ち続けていた。


『真ニ平和ヲ望ムナラバ、何故ニ我等ノ屍ヲ越エヨウトセン! 何故ニ戦オウトセン! 命ヲ奪ウノガ怖イカ! 背負ウ覚悟モナク何ガ平和カ! 何ガ和平ヨ! 命ヲ奪オウトスル我ニ貴様ハドウシテ抗ワナイ!! 四獣将カラ守ラレテイルカラカ! 優シサデ接スレバ相手ガ理解スルト思ッテイルノカ!!』


 閻魔は近くの屋敷の壁に手を突っ込み、その巨大な瓦礫を手に掴むと力のままステラへと投げた。


「危ない!」


 だがいち早く鈴がステラを抱え横へと飛んで回避し、瓦礫はそのまま誰にも当たらずに後方で止まった。


『己ノ命ヲ省ミロ!! 優シサト甘サヲ一緒ニスルデハナイ!! 自己満足ト覚悟ヲ一緒ニスルデハナイ!! 貴様ノ様ナ半端者如キニ我ガ命ヲ使ウ事、ソレガ最大ノ無念ヨォ!!』


 修羅如き閻魔の気迫にステラも、そして鈴や他の者達すら呑み込む恐怖があった。

 だが逆にそれに応えようとする者達がいた。


『閻魔……様……!』


『……あなた様……だけを……死なせは……!』


 ステラ達の後方で倒れていた鬼血衆達が再び立ち上がったのだ。

 重傷の者もいる、それでも立ち上がるのは執念という心の力でしかない。


「コイツ等また……!」


「皆下がって――幻術・瞑鈴誘めいりんいざない!」


 鈴が小太刀をただ振るうと、それに付いている鈴が音を奏でた。

 優しく、不思議とずっと聞いていたい鈴の音。それを聞いた鬼血衆は二人は動きが止まり、糸の切れた様に倒れてしまう。

 だがその二人以外にも気血衆は立ち上がり、月詠一族達も迎え撃った。


「今のうちに他の連中も叩くぞ……!」


 ステラ達に近づけない様に戦う月詠一族は鬼血衆へと向かって行き、今倒した二人を見下ろす鈴へステラは心配しながら近付く。


「鈴! 大丈夫ですか!?」


「大丈夫だよ! 言ったでしょ、私だって強いって! 絶対にステラは守ってあげるから」


「鈴……ありがとうございます」


 満面の笑みで返す鈴にステラも礼を言った。


――時だった。


 ステラの視界に“異物”が入り込んだ。

 鈴の背後に現れる人影、ボロボロになりながら起き上がる鬼血衆が鬼の爪を鈴へと振り上げていた。


「鈴!!」


「――えっ」


 ステラが叫び、鈴が振り向こうと顔を横へ向けたと同時、鈴の背中に光の閃が走る。

 それと同時に吹き出す血液に鈴も気付いた。


「――あっ」


 背中が温かい、同時に痛みもやってくる。自分が斬られたのを鈴は自覚したと同時、ステラの叫び声が周囲に響き渡る。 


「鈴ッ!!」


「!――鈴……!?」


 ステラの叫び声に気付き、周囲の何人かがそれに気付き、セツナもその一人。

 閻魔を無視し、気付けば鈴を斬った鬼血衆にセツナは飛び掛かり、そのまま二刀小太刀で斬り捨てた。

 

「鈴!?」


 そしてすぐに倒れた鈴の方を向けると、背中に斜めの傷が入っており、そこから血液が流れいた。

 そんな彼女にステラはすぐに駆け寄り、そのまま治癒魔法をかける。


「大丈夫です! 大丈夫です! 傷は浅いです! だから頑張って鈴!」


「鈴!!」


「……聞こえてるよ」


 二人の声に鈴は腹ばいになりながら答え、意識がある事を伝えた。

 背中の傷は本当に浅く、ステラの腕もあって徐々に塞がっていき、その感覚が優しい意味で温かく、そして心地良いと鈴は感じた。


 けれど、鈴は謝りたかった。こんな一瞬の油断を招いてしまった事を。


「ごめんね……ステラ、セツナ。ちょっと油断しちゃった……」


「良いんです……傷は殆ど塞がりましたので安静にして――」


『余裕ダナ、ステラ王女!!』


 だがそこで閻魔が再びステラへ迫っていた。

 閻魔自身にも時間が無いのか、ハヤテ達に抑えられながらも突き進んでおり、咄嗟にセツナが二人の前に出たが純粋に力をぶつけてくる相手には厳しい。


 けれど、そのタイミングでようやくグランが動く。

 鈴が倒れたの見て、更に治療中のステラの迫る閻魔の姿にグランも明日への支障を受け入れた。


「剛牛・破角はかく――乱撃必殺!」


 グランソンの刃を見た目に似合わない高速で振り回し、デュアルイェーガーの鎌と爪を抉る様に斬りつけた。

 まるで牛が暴れたかのようにデュアルイェーガーはボロボロになっていき、最後に強い一撃を叩き込んだ瞬間、デュアルイェーガーの二本の鎌が吹き飛んだ。


『ギィィィィィ!!?』


 痛みで咆哮をあげるデュアルイェーガーだったが、その隙をグランは見逃さず、下半身の要塞蠍の頭部に更に一撃叩き込む。

 強烈に、そして的確に当たった事で下半身は地面へと沈み、デュアルイェーガーの動きをグランは封じた。


「よし!――そして次!」


 まずは時間を稼いだ、見た目じゃ分からなかったがデュアルイェーガーの再生能力は高く、更にはパラディン・マンティスが成長していた事が厄介。

 だが下半身を気絶させた以上、ようやく本命へグランソンを向けられる。


 グランは全速力で走るとそのまま助走をつけると一気に飛び、ステラ達の真上を飛びながら閻魔へ鬱憤を晴らす様に強烈なドロップキックをお見舞いする。


「うおらぁ!!」


『グゥッ!!?』

 

 グランの一撃によってかなり後ろに戻された閻魔はその元凶を睨むが、グランもグランソンと共に仁王立ちで構えた。 


「すまんな姫さ――ステラ、遅くなっちまった。――鈴の嬢ちゃんは無事か?」


「……はい、私は大丈夫です。ごめんなさい……ステラを守るって約束したのに……」


「気にすんな……それを気にしなきゃならねぇの俺とレインだ。まずは身体を休めてくれ」


 グランはそう言って手に唾を付け、グランソンを握り直いているとステラはレインがいない事に気付く。


「あれ?……レインはどうしたんですか!」


「あっそうだった……何人かレインの所に行ってくれねぇか? なんか幻魔が影になんかしたのか、レインが動けない様だ」


 思い出した様子のグランのその言葉を聞くと、セツナが名乗りをあげた。

 

「僕が行ってきます。きっと隠密ギルドが好んで使う影魔法の一種、手負いの状態で使っているなら僕だけでも解除させられます」


「それで誰も死なないなら任せる。――そんじゃ、俺ももういっちょ行きますか!」


 セツナにレインの事を任せると、グランは自ら閻魔の下へ駆け、それに気付いた閻魔の拳とグランソンが激突し、それと同時にセツナも視線だけで鈴へ意思を伝えてレインの下へと向かった。


『私ニハ時間ガ無イ! 邪魔ヲスルナ剛牛!!』


「悪いな! 敵には加減も同情もするつもりはねぇ! 感情移入しちまうとやりずらいからなぁ!!」


 敵に対し容赦も甘さも不要。

 お人好しであるのは日常の中だけで良い。それを嫌と分かっているグランは閻魔の事情を察しても手加減せず、閻魔も同じく全力で拳を乱打し、グランもそれに応えてグランソンで攻撃を捌く。

 

 衝撃が飛び、魔力の波動が周囲に響く両者の戦いは壮絶であり、ハヤテ達は自分達は寧ろ邪魔となると判断して下がり、治療中のステラや負傷したカグヤ達を守る様に布陣を組み直しながらハヤテは鬼血衆の恐ろしさを目に刻み込んでいた。


「……侮っていた訳ではなかったが、まさか鬼血衆がここまでやるとはな」 


 禁術を使われたとはいえ、ここまで戦いが長引いたのは自分達の責任でしかない。

 レインやグラン、そしてセツナという次世代を背負う者達の足すら引っ張っている気がしてならない。


――やはりレイン殿に正解だったな。


 昼間にカグヤと共に話したレインへの頼み。

 今回の一件を自分の思惑を察しての事だったのだろう、母であるカグヤが息子セツナの為に既に未来を見据えていた事をハヤテは思い知らされた。


――親の引いた道では子は駄目になる。


 それを目の前の戦いを見てハヤテは深く理解していた時だった。


『ギィィ……ギィィィィィ!!』


 一体、何がそこまでさせるのか。片腕を無くし、下半身が正常に歩いていないにも関わらずデュアルイェーガーは再び起き上がり、目線の先にいたステラ達人間を捉える。

 そして異常な挙動で向かってくるデュアルイェーガーに気付き、ハヤテ達もそちらへ構えた。


「なんという生物を作り上げたのだ……最早、憐れみしかでぬ」


 ボロボロになりながらも再生力によって致命傷にはならず、死ぬ事も出来ない合成魔物にハヤテは憐れみを感じながらも戦わねばならない現状を受け入れ、仲間と共にデュアルイェーガーへと向かって行く。


 すると、ステラに治療されていた鈴もそれに気付いたのか、治療中にも関わらずフラフラしながらも立ち上がるのを見て、ステラが慌て止めに入る。


「鈴!? 何をしているんですか! まだ治療中です!」


「大丈夫……もう戦えるから……! 私も……戦わないと……ステラを守るって自分から言ったのに……!」


 責任、そして信頼を裏切りたくない鈴はすぐにでも飛び出そうとするが、立ってすぐに足の力が入らなくなって崩れ落ちそうになるのをステラが支えた。 


「鈴……!」


 支えたステラは鈴の顔を見ると、その顔色は悪く、呼吸も乱れていた。

 当たり前だ、傷や体力を完全に治しても失った血液までは戻せない。

 だからステラはヒール薬等も飲ませようと準備をし始めると、鈴が小さく話し始めた。


「……全く、レインさんは酷い事を言うよね。ステラに戦えなんてさ……」


「……えっ?」


 鈴の言葉の意味が分からず、ステラはただ呟くと鈴はそのまま話を続けた。


「お風呂でも言ったよね?……ステラみたいな貴族は初めてだって。ステラはさ、本当に戦っちゃ駄目な人なんだよ。優しくて、でも何もせずにはいられない。――無責任だっていう人もいるだろうけど、何もしない人間よりはマシ、ステラみたいな人が本当に世界には必要なんだよ……」


 ステラはただ純粋なだけ、戦っても必ず自分も悲しみで傷付いてしまう程に。

 頑張っても魔物が精一杯で、その魔物とでも内心では戦いたくないのだろう。

 

「だから、そんな友達との約束を守る為に頑張りたいんだ……私」


「どうしてそこまでして……!」


「……はじめての同性の友達だからかな。――ねぇステラ? 今だから言えるけど、私ね……本当に小さい頃はただの――」


――道具だったの。


 鈴は虚しそうに呟きながら話し始めた。


 自分は鈴鳴一族の一人娘であったが古い風習で、名家の一族、その娘は月詠一族の長男の子供を産む道具でしかなく、鈴もセツナへの良くて献上品でしかなかった。

 また鈴の一族には男児が産まれず、本当に鈴一人だったのも更に周囲はプレッシャーを与えるが、それだけは済まなかった。


 次期頭領であるセツナと近い女子。それだけの妬み等の対象になり、鈴には同性の友達がいなかった。

 

 それでも鈴は耐えた、それが正しい事だと思っていたから。それが自分の生きる意味だと思っていたから。

 セツナ自身は鈴がそんな目的で関わっているとは最初は知らされておらず、普通に友達として接していた。


 だが、そんな環境を一変したのが十年程前の事、妖月戦争が終結して数か月後に先代とハヤテが月詠一族の生き方を変える事を宣言。

 これにより古い風習も消されたのだが、鈴の両親はハヤテに何とか頼み込んだ。


――どうか鈴にセツナ様の子を産ませてください。


 男児の跡取りがいない事、そして一族の力が大きく落ちる事を危惧していたのだ。

 鈴自身もそうだ。

 突然そう言われてもどうすればよいか分からず、両親と一緒に頭を下げ、僅か7歳の女の子に頭を下げられたハヤテ達も随分と迷い、取り敢えずセツナに全てを話した。

 すると、そんな時に当時のセツナが言った言葉が鈴を変えた。


『――ぼくは、本当の鈴をしりたい』


 家柄とかではない、鈴は自分をどう思っているのかをセツナは聞いた。

 すると鈴は咄嗟の事に反応できず、ただ今までの思い出が脳裏に流れ、やがて顔を真っ赤にして呟いていた。


『……わたしも、もっとセツナの事をしりたい』


 相思相愛。その一件以降、ハヤテとカグヤは鈴を屋敷で預かる事にし、それからようやく鈴の人生が始まった。

 それは鈴にとって今でも覚えている、恥ずかく、そして嬉しかった一生の思い出。

 セツナによって“人形”から人になれた自分。意思を持ち、自分自身で選択して今の自分を作り上げた。


――そんな自分と友達になってくれたステラ。


 初めての事だ、同性の友達。女の友情で初めて友達の為になってあげたいと思ったのは。


「……ステラは立場上、戦わない事は許されないんだろうけど……一日しか会ってなくても分かったよ……ステラが、本当に戦いが嫌いなのが。でも一番嫌なのは……そんな自分のせいで色んな人が傷付く事なんだよね……?」


「……!」


 鈴の言葉にステラは言葉が出せなかった。

 アースワイバーンの時、最初はヴィクセル達の事もあって色々と迷っていたが害獣指定魔物だとレインが教えてくれたことで迷いを払った。

 

――だが今はまた迷い始めていた、周囲に倒れる月詠一族と鬼血衆。

 

 レインとグランも、己の身を省みずに戦てくれている。

 その現実から目を背けてはいけない、だが見ている間は胸が苦しくて仕方なかった。

 それが心の弱さ。本当の弱さ。


「だから……せめてこの里にいる間は戦わないで済む様にしたかった。なのにごめんねステラ……」


「いいえ……鈴は悪くありません。こんなに想ってもらえて、これ程うれしい事はありません。自慢の友達です、鈴」


――だからこそ……。


「――私も鈴の自慢の友達でありたい」


 小さく呟くステラの声、それと同時にステラの瞳から涙が流れ出し、鈴を壁際に座らせて杖を構えた。

――瞬間、ステラから莫大な魔力が放出し、天に向かって蒼の柱が伸びた。


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