第20話:二獣奮戦


 目の前に現れたレインにセツナは驚くが、すぐに冷静さも取り戻す。


「レインさん、ありがとうございます……ですが、何故ここに? ステラさん達と屋敷から出ない方が……」


「手遅れだ」


 そう言って背後を促すと、そこには周囲の者達を癒すステラと、周りの者達に合流しながら彼女を守るグラン達がいる。

 それを見てセツナは戦況の悪化を悟られたと理解し、申し訳ない表情を浮かべていts。


「すいません……皆さんを守ると言っておきながらこの様で」


「たった一人によって戦況が変わる事もある。まずは立ち、他の者達と合流しろ」


「……はい」

 

 セツナは素直に頷いた。レインが幻魔とやり合うつもりなのを察したのだろう。

 そのまま後方に飛びながら移動すると、ようやくレインは幻魔と対峙した。 


『クククッ……お初にだな黒狼、先程名乗った通り、私の名は幻魔。察していると思うが、鬼血衆にステラ王女殺害を依頼した者。――つまりはこの件の黒幕だ』


「そうか」


 レインは一言だけ言って影狼を幻魔へと構えた。

 しかし、そんなレインの態度に幻魔は意外そうな反応をした。


『……それだけか? 色々と聞きたいことがあるのではないか?』


「どうせ答えないだろ」


 レインも幻魔の強さを察していた、佇まいと雰囲気も閻魔のそれではない。

 だからこそ、この手の強者は死を覚悟している事もあって自軍の情報を話すことは決してない。

 ならば素早く排除するに限ると思っていると、幻魔もレインの言葉に満足な様子だ。


『クククッ……話が早くて助かる。――閻魔』


『……なんだ?』


 呼ぶ声に応え、閻魔は幻魔の傍に現れた。


『役者が揃った……どうやら、屋敷に向かった者達は“禁術”も使わずに敗北したようだ。――だが、これ以上の状況が揃った中、もうそんな事は言えぬのではないか?』


『……その様だ。――全員に告げる、鬼の血を解放せよ』


 閻魔のその言葉によって鬼血衆の動きが変わる。

 それぞれが戦いを中断し、距離を取ると己の魔力を徐々に増やし、やがて肉体のそれぞれの部位が赤く染まってゆく。

 まるで血に染まったかのように見え、また染まった場所も個人によって違うのか、腕だったり足だったりと別々。


 だが、それは明らかに普通ではない事にステラは、怪我人を治しながら見ていて気付いた。


「魔力が暴走しています……! そんな事をすれば――」


「つまり、コイツ等まさか……!」


 グランも魔力の異常な濃さに気付き、鬼血衆達の動向に集中していた時だった。

 鬼血衆達は一定の魔力に達した瞬間、一斉に印を結び、そして――


『禁術・血化粧――鬼兵覚醒きへいかくせい


 鬼血衆の腕が足が、徐々に変異する。

 アンバランスに巨大化する腕と脚、それは皮膚が黒く、血管の様な模様をした血化粧がされていた。

 黒く巨大で爪も鋭利になったその姿、まさに黒鬼の手足。


 そんなあんまりな姿を見て、ステラは鈴に支えられながら口を抑えながら後退ってしまう。


「ま、魔力を過剰暴走させて……自分達の身体を変異させるなんて……!」


「鬼血衆の中には異形の姿になる奴もいると聞いたが……正体はこれか」


 魔物でも飼っているのかと思ったが、まさか自身が魔物以上の姿になるとグランも思いもしなかった。

 しかも様子がおかしいのは手足だけではなく、血化粧は全身に渡り、鬼血衆の者達は白目で意識があるのかも怪しい。


 だが、様子が変になったのは鬼血衆だけではなかった。

 影狼とグランソン、その二つの武器が微かに魔力を発し、使い手である二人に何かを知らせる様に振動する。


「影狼……?」


「こいつは共振か? だが一体なにとだ……」


 特定の武器は条件が揃えば、それに反応して共振が出来る。

 使い手の意思でや、武器が勝手に起こしてしまう現象。

 それは製作者が同じ、強大な力持つ武器同士、対となる武器、または似たような波長の武器同士だったりで一見条件は多く見える。


 けれど影狼・グランソン、両方ともかなり業物だ。

 それが勝手に共振した意味、それは双方と同等に近い武器の存在を現していた。

 レイン達はそんなものが都合よくあるのかと思い、周囲に変化がないか見渡した時だった。


「や、やめろショ――!?」


「だ、誰か――ゴハッ!?」


 悲痛の声、血の吹き出す音血と匂い。

 明らかな異変が起こった、同時に感じる禍々しい魔力、共振の揺れが大きくなる影狼とグランソン。

 それが発生した場所へ二人以外も視線を向けてしまう程、そしてその元凶の姿を見たセツナと鈴は驚愕する。


――ダン、ミズキが血溜まりに沈み、その真ん中で血を滴らせる小太刀を持ったショウの姿に。


「ダン! ミズキ!?」


「ショウ……! 何をしてるんだお前!!」


 鈴が二人の名を叫び、セツナは二人を殺したであろうショウへ叫んだ。

 裏切り者でも、そんな不義を許せなかった。

 すぐにショウの下へと駆けだそうとした矢先、その肩をグランが掴んだ。


「待て! なんか様子が変だ……!」


 ショウの右腕から溢れる多大な魔力、少なくともショウにこの魔力を出せるとは思えない。

 それに全身が脱力状態の様に姿勢もおかしく、雰囲気から生気も感じれない。


 過剰な魔力、異様な雰囲気。

 

 周囲もそれに気付き、皆がショウに意識を集中させていると、やがてショウはゆっくりとセツナ達の方へ振り返る。


――そこには写ったのは、両目が禍々しい紫色の魔力に染まり、右手から顔に掛けて謎の呪印が刻まれたショウの姿だった。


「ッ!――ショウ……!?」


「な、なんですかあれ……!」


「分からねぇ……が、原因はしかねぇだろうな」


 セツナとステラは驚愕し、鈴は声も出せない様子。

 カグヤや他の忍達は警戒しているが、グランとレインの視線は彼が持つ、独特な小太刀に向けられていた。


 ショウから放たれる強大な魔力、そして持ち主に多大な影響を与える武器。

 そんな物、この世には一種類しかない。


「……“魔剣”か」


『クククッ……ご明察』


 レインの呟きに幻魔は正解を祝う様に手を叩くが、それだけでは満足してはおらず、補足する様に口を開く。


『だが、あれはただの魔剣ではない、その中でも更なる業物。その名も――』


「――妖刀・黄泉桜」


 幻魔の言葉を遮り、その魔剣の名を言ったのステラに治療してもらい、ようやく動く事が出来たハヤテだった。

 まだ完全ではなく、ステラやカグヤが止めてもハヤテは己の役目だと言わんばかりに歩き、ショウの持つ黄泉桜を見た。


「元々はショウの父――丈が持っていた魔剣だ。斬った相手の魔力を吸い、まるで無限に魔力を精製する様に見せる強大な魔剣。――そして“最上大魔剣さいじょうだいまけん”の一振りでもある」


――最上大魔剣。


 ハヤテの口から出たその言葉に、ステラやセツナ達も表情を変え、敵方の閻魔ですら動揺を隠せなかった。

 何故ならば、それだけ最上大魔剣は特別だからだ。


「本で読んだことがあります……最上大魔剣――クライアスに存在する最凶の十三本の魔剣だと」


「はい……時には敵を、時には仲間や自分、そして国ですらも滅ぼした逸話と実績を残し、世界に多大な影響を与える最も危険な魔剣」


「ショウの小太刀が、そんな凄い物だったなんて……」


『最上級の魔剣……道理で、あの小僧を引き入れる訳だ』


 ただの魔剣ならば納得しないが、最上大魔剣ならば話は変わる。

 曰く付きでも欲しがる者がいるのが世の理、金にするのも良し、戦力に使うのも良し。どの手段にしようが、一定の距離を保てば魔剣も宝と変わりない。


 そしてそんな業物の登場にグランはハヤテに視線を送る。


「おい、頭領さんよ……あんた、あいつの小太刀が魔剣だと知っていたんだろ? なのになんで放っておいた?」


「先程も言った通り、あれはショウの父が持っていた物――つまりは形見、取り上げるのもしのびなかった。――何より、黄泉桜は使い手が弱ければ目覚める事のない特殊な魔剣。ショウでは覚醒出来ないと思っていたのです」


「……あぁ、そうかい」


 それらしい事を話すハヤテだが、グランの彼を見る目はどこか疑いを込めた目だ。

 

――こりゃあ、いよいよレインが言った通りか?


 風呂でハヤテからの話などを聞いたグランだったが、その時にレインは自分の考えも話していた。

 だから今の状況を見て、その考えに納得した様にハヤテ達を疑いの目で見ていると、ステラがその話について、不思議そうに聞いていた。


「ならばなぜ黄泉桜は覚醒したのでしょうか? 話を聞く限りでは、持ち主次第では安全の様ですが……?」


「あぁ、それに関しては……多分、俺とレインのせいだ」


 ステラの疑問にグランは、ちょっとだけ申し訳なさそうに答えるとグランソンを見せた。


「多分だが、持ち主が戦闘不能っていう危機的状況の中、自分とが傍に来て、今から一戦交えようとしてんだ。流石に嫌でも起きたんじゃねぇか?」


「似た存在?……それってもしかして」


 ステラもグランが何を言いたいのかを察すると、気付いてくれた様でグランは嬉しそうに笑みを浮かべている。


「そう言う事だ……俺のグランソンは魔剣と対の存在である聖剣――最上さいじょう大聖剣だいせいけんの一つ。そしてレインの影狼も奴と同じ、最上大魔剣の一振りだ」


「二人の武器がそんなに凄い物だったなんて……ですが――」


「グランソンはハルバードですよね? それでも聖剣なんですか?」


 ステラと鈴が気付いた今度は単純な疑問、それもグランはすぐに答えた。 


「あくまでも聖剣ってのは称号みたいなもんさ。この世の魔剣・聖剣の中には槍や斧、弓やガントレットだってあるからな。――さて、無駄話もここいらが限界だ。向こうもそろそろ動く頃だ」


 グランは真剣な表情に変わると、敵の方も落ち着いてきた事を察する。

 黄泉桜の魔力で意識を釘付けにされていた鬼血衆だが、徐々にゆっくりと動き出し、閻魔も幻魔へ問い掛けた。


『我等は動く……だが、その魔剣はどうする? 投入するのは勝手だが、明らかに敵味方の区別はついておらんだろ?』


 持ち主――否、宿主となったショウの姿を見て、閻魔は支障が出る事への懸念を抱く。

 魔剣の中には制御を誤ると、その魔剣の持つ魔力に汚染されてショウの様に使になってしまう者もいる。 

 その場合は当然だが理性はなく、無差別に動く人形状態。乱戦になれば間違いなく邪魔な存在だった。 


 しかし、幻魔もそんな事は分かっている様に頷き、独自に動き始めた。


「案ずるな……此方も任務だ」


 そう言って幻魔は一枚の札を取り出した、かなり細かく特殊な模様が刻まれたそれは、一目見ただけでかなりの魔力が込められていると分かる。

 それをショウへ向かって投げ、彼の目の前で大きく爆発する様に魔力が解放された。


『……?』


 ショウ――黄泉桜は不思議そうに札を見上げるが、その解放された魔力は黄泉桜を包み込んだ瞬間、その足下に魔法陣が展開される。


「転移魔法だレイン!!」


 グランが叫ぶ、幻魔は黄泉桜を宿主ごと持っていくつもりだと。

 それに転移魔法は特殊な魔法。

 使い手・習得方法・技術、そのどれもが特別であり、サイラス王の様に代々伝わる術もあるが、基本的に習得している者達は多大な力を持つ者が大半。

 そんな連中に魔剣を渡せば、新たなる事件の種にしかならない。


「斬る――!」


 グランの声と共にレインは飛び出し、転移よりも先に黄泉桜を仕留めようと影狼を振るった。

 だが、それと同じタイミングで幻魔が黄泉桜の前に現れ、影狼の一撃を受け止めてしまう。


『クククッ……すまないが、それはさせんよ。本命は王女だが、魔剣の確保も任務の一つなのでな』


 幻魔がそう言った瞬間、魔法陣が一瞬大きく光り、光が止んだその場には黄泉桜の姿は消えていた。

 

『クククッ……残念だったな黒狼。魔剣は頂いてしまったよ』


「構わん、魔剣はくれてやる。だがステラは渡さん」


 レインは影狼に魔力を込め、その衝撃で幻魔を弾き飛ばすが、幻魔は空中で体勢を整え優雅に着地する。


『怖い怖い……』


 幻魔はそう呟くが微塵も怖さを感じた様子はなく、そのまま姿勢を低くして構えを取り、忍び刀をレインへと向ける。

 レインを前にしての余裕。

 それだけ修羅場を潜ってきた事を示しており、底を見せない幻魔にレインも構えていると、そんな二人の姿を見ていた閻魔も動いた。


『行け鬼血を纏いし影達よ! 王女の首を取れ!!』


『オォ……オォォォォッ!!』


 閻魔の声に鬼血衆は応えるように咆哮し、一斉にステラ達へ向かって行く。


「来るぞ!!」


「ステラ! 絶対に前に出ちゃダメだからね!」


「は、はい!」


 グランの声に皆も身構え、鈴と一部の忍はステラの傍に陣取ると、数人の鬼血衆と他の忍が激突する。

 

「影走――乱爪」 

 

 一人の忍が刀を持ち、目の前の鬼血衆に一気に斬り掛かると、鬼血衆も変異した鬼の左腕を放って迎え撃った。

 だが速さと力が合わさり、先程まで通常の鬼血衆を倒した技だ。月詠一族側は少なくとも、過剰なまでの強化とは思っておらず、そのまま正面から刀を振るう。


――しかし、今度は月詠一族が予想を超えられた。


 鬼血衆が放った左腕の拳、それとぶつかった瞬間に刀は粉々に砕け散り、そのまま忍も吹き飛び、家の壁を突き破る。


「馬鹿な!?」


「なんだコイツ等、さっきとは力が別物だぞ!」


 目の前で仲間がやられたことで鬼血衆の異常な強化に驚愕する忍達、だがそんな彼等にハヤテは檄を飛ばす。


「怯むな!! 力は強まっているが、その分速さは無くなった! 冷静に動き、正面からは挑むな!!」


「――ただし、自信がある奴は例外ってか!!」


 グランはそんな言葉は一切無視。

 そのまま正面からグランソンは振るい、目の間にいた鬼血衆二人をぶっ飛ばすと次は、腕を盾にして突っ込んでくる者に強烈な一撃を振るって地面に沈めた。


「どうしたどうした! ゴーレムより脆いじゃねぇか!」


 暴れ牛の如く来る敵を薙ぎ倒すグラン。

 その姿は凄まじく、ステラも驚きの声をあげた。


「す、凄いですグラン……!」


「ハハハッ! 流石にレインだけ働かせる訳にはいかねぇからな!」


 レインにばっかり損と得の役割を押し付ける訳にはいかない。

 グランが一気に敵を崩したことでスペースも空き、その隙をセツナも駆ける。


「影走――月下走げっかそう


 三人の敵に向かい二刀小太刀を構えセツナは走り、一定の範囲に入った瞬間に姿を消す。

 そして気付けば三人の背後に佇み、逆に三人は気付かないまま斬られ、そのまま沈む。

 ただ残るのはセツナの足に込めた魔力の残光、それが月下の様に照らし、彼等の存在を示すだけだった。


 けれどまだ三人、レインが幻魔を抑えている間に此方の戦いを決定的にしようとセツナが更に追撃しようとした時だ。

 セツナの足下の地面に、鎖付きの巨大な刃が突き刺さった。


「ッ!」

  

 セツナはすぐに頭を切り替え、鎖の後を追って行くといたのは閻魔だった。

 閻魔は屋根の上からそれを投げたのだろう、鬼火の様に歪んだ形状の重り、そして鎖の付いた刃――鎖鎌を使って。


「鬼血頭領・閻魔……!」


『どうやら四獣将を除けば一番厄介なのはお前の様だ。手負いの頭領など、いくらでも始末出来るからな』


 閻魔はそう吐き捨てると、己の隣にいるシルエットは閻魔と同じだが、全身が真っ黒な人型に笛を吹かせた。

 するとデュアルイェーガーは一直線に動き出し、その目指す先にいたのはグランだった。


『キィィィィ!!』


 下半身の爪の恨みを忘れてないのか、グランに対してやけに威嚇するデュアルイェーガー。  

 そんな態度を受け、グランも肩を回して迎え撃つ気十分。


「爪の殻を割った事を覚えてるなんて、結構賢いな。――あの合成魔物は俺が仕留める、ステラは鈴の嬢ちゃん達の言う通りにしとけ」


「は、はい!」


 周りの人達を治療しながらステラは返事をし、そんな彼女を守る様に鈴やカグヤ、そしてまだ全快ではないハヤテと忍達が前に出て、鬼血衆と対峙する。

 

 そして、その様子にステラの防衛は今は大丈夫だと判断したグランだったが、離れ過ぎず、だがデュアルイェーガーを接近させ過ぎないようにと判断した。

 やはり離れ過ぎても万が一に対応できないのが痛く、レインの方も幻魔の足止めによって駆け付けるのは難しい。

 ならば動くのは自分しかおらず、グランは仕方なく納得する。


「こういう細かく考えて動くのは俺には合わねぇと思うんだが……まぁ任務は果たさねぇとな!」


 そう叫びながらグランは掛け、グランソンとデュアルイェーガーの四本の鎌・二本の爪が同時に激突し、強烈な衝撃音が周囲に響く。


 これにより本格的に周囲で戦闘が本格化し、セツナも広範囲にサポートしたかったが目の前にいる閻魔がそれを許さない。


『余所見をする暇などないぞ、小僧!!』


 鎖鎌を振り回し、セツナ目掛けて投げつける閻魔にセツナも交戦を始めた。

 魔力や少しの調整で鎖を操って刃の動きを変えているらしく、真っ直ぐだけではなく縦横無尽に動き、その軌道を読むのはあまりに困難。


 だが手裏剣などで軌道に変化を与え、その一瞬の隙を突き影走で加速してからの回避は出来た。

 これで一気にセツナは屋根を上り、閻魔の懐に入ってその首を捉える。 


「――取った!」


『――甘い!』


 閻魔が魔力を込めると一瞬で鎖鎌の刃を手元に戻し、その刃でセツナにカウンターを仕掛ける。


――速い! だけど……!


 特殊な鎖鎌なのだろう、魔力を調整するだけで手元に戻る速度は速い。

 だがセツナの武器は二刀小太刀。右の小太刀でそれを防ぎ、左の小太刀で敵を仕留めればいい。

 このまま行けと己に言い聞かせ、セツナは左手に握る小太刀を振るう。


――しかしその瞬間、防御に使った右の小太刀が燃え上がった。


「ッ!?――くっ!」


 通常よりも濃い赤、そんな普通ではない炎はそのままセツナの右腕まで呑み込もうとし、セツナはすぐに右腕を振って火を払おうとした。

 だがその一瞬の隙を閻魔は突き、セツナの腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。  


「――ぐぅッ!!」


 胃から込み上げるものを必死で食い縛って耐え、セツナは何とか受け身を取って地面に着地すると、すぐに右腕の炎を一振りで払った。

 けれど、それでも右腕には多少の火傷が残り、ジンジンとした波のある痛みがセツナを襲うが、当のセツナは表情一つ変えず、一体何があったのかを考えた。

  

――何をされた? 両手は塞がっていた以上、仕込みの類も出せなかった筈。


 仕込みの類を使わせない為にも一気に懐に入ったのだ、だが現に謎の炎に阻まれてしまった。

 そうなると考えられるの一つ。


「ただの鎖鎌じゃない……」


 セツナはそう言いながらヒール薬の瓶を取り出し、飲まずに右腕の火傷に直にかけた。

 ヒール薬は飲むよりも直接怪我に使った方が回復は早いが、その反動なのか強烈な痛みが伴う。

 それでもセツナは平然と使い、仕掛けがあったと思われる鎖鎌と閻魔を睨みつけた。


『気付いた様だな……だが、この鎖鎌の真骨頂はまだ見せてはおらんぞ!』


 閻魔はそう叫び、今度は重りの方をセツナへと放つ。

 だが予備動作の多いそれは見切り易く、セツナは敵の変化に警戒しながら背後に飛ぶが、重りはそのまま地面に激突。

 多少の陥没を生む程度でしかなく、純粋に打撃として注意しようと考えた時だ。


――その重りを中心に、強烈な光がセツナを吞み込んだ。


 熱、熱風、衝撃――重りが爆発し、周囲に衝撃を放った。

 そして閻魔は平然と鎖を操って重りを手元に戻すが、爆発した割に重りに破損した様子もなければ心配する素振りもなく、爆発地点から巻き上がる煙をただ見下ろしている。


 すると、煙の中からセツナが飛び出し、そのまま閻魔の向かいの屋根へと飛び乗る。

 服装が一部焦げたりしているが、見た目よりは無事の様。

 

 そんなセツナに閻魔も思わず笑みを浮かべてしまう。


『やるな小僧。魔力に反応して爆発する爆妖石ばくようせきの重り。エルフが作成した炎の宿る刃。魔剣・聖剣だけが業物ではないぞ、この鎖鎌『夜魔ヤマ』もまた業物。――森では月詠一族を警戒し出せぬ代物だったが、今となってはその必要もなし』


――さぁ、貴様はどこまで耐えられる?


「耐えはしない、ただ大切な人達を守る為に閻魔――」


――その首、もらい受ける。


 満月を背にセツナも目の前に敵へと挑む。


 

 そしてその頃、今この里で最大の大一番を戦うレインと幻魔。

 周囲が激闘する中、両者もそれに劣らない戦いを繰り広げていた。


「……!」


『……!』


 両者ともに言葉を発さず、魔力を徐々に解放してから刹那の攻防を繰り返す。  

 互いに距離があっても一瞬で姿を消し、間合いの中心に現れて互いの刃をぶつけあう。 


 地面から空中、そして建物の屋根から再び地面。

 何度も場所が変わる戦いの余波に、いた場所いた場所は鋭い斬撃で荒れてしまうがそれぐらいでしか二人の場所を把握できない。

 それだけの高速戦闘を行っているかと思えば、互いに姿を見せて大きく激突し、そのまま鍔迫り合いを始めた。


 それにより両者に僅かな余裕が出来たのか、幻魔が静かに口を開く。


『やりおるわ……! 私の速度に追い付き、互角以上の戦いをする。それは最早、魔剣だけの力ではない……その若さで良くぞ鍛えた……!』


 セツナもそうだったが、既に普通の同年齢の者達とは実力が違い過ぎる。

 それだけ普通の鍛え方ではなく、更に先の鍛え方や戦いを生き抜いたのだと理解できる中、レインはそんな幻魔の予想の更なる先へと行っていた。


――あり得ない、普通ならば死んでいる。生きていても精神が病む。


 レインの実力、それは影狼の存在が合っても尋常ではない。

 目で分かる、纏う雰囲気で分かる。

 訓練など生易しいもので鍛えたのではなく、目の前のレインという青年は実戦――戦場によって鍛えられたのだと。 


 生きるか死ぬかの戦場、極限状態にずっと放り出され生き残った猛者。

 そうでなければこの強さは説明できない、その過程で人を止め、獣として目覚めたのだろう。


――それ故に“黒狼”なのだろう。


 それ程の強者との戦いなぞ、幻魔からしても随分と久しい事。

 嘗ての記憶、自分も同じく獣の様に生きた若き日の記憶が幻魔を高ぶらせ、言葉にも力が篭る。 


 しかし、そんな幻魔と違いレインは冷静の態度を崩さない。


「……そうか」


 それだけ言って影狼に乗せる力を強め、戦い以外の事を示さないレイン。 

その姿に幻魔は更に感心するが、レインが力を急激に入れた事で危険を察知し、後方に大きく飛んで距離を取った。


『面白いものを見せてやろう』


 幻魔は左手に紫の禍々しい魔力を込めると、月光によって生まれた建物の“影”に手を入れ、まるで掬った水を撒く様に手を正面へ振った。

 すると、そこに出て来たのは宙に浮かぶ“黒い球体”だ。

 まるで影の飛沫とでも呼ぶのか、幻魔が魔力を込めて印を結ぶとそれは起こる。


無限変影むげんへんえい――影手裏剣の術』


 そう唱えた瞬間、宙に浮かぶ大量の影の飛沫が一斉に形を変える。

 鋭利な星、ヒトデ――否、手裏剣の形状へと姿を変え、一斉に高速回転を始め、幻魔は左手を翳す。

――そして。


『――行け』


 その一言を合図に、影の手裏剣が一斉にレインへと向かって放たれた。

 風を切る速度で迫る手裏剣に対し、レインも影狼を一旦、鞘へと戻し魔力を込め始め、手裏剣が一定の間合いに入った時、強力な魔力と共に抜刀する。


「魔狼閃・円月――魔狼の鬣」


 それは広範囲技――魔狼閃・円月の派生技であり、通常よりも大きく、そして荒々しい斬撃。

 見る者はまさに荒れ狂った魔狼、その鬣の様に見える斬撃は先行した手裏剣を呑み込み、そのまま消滅させてゆく。


 しかし、防がれた事で幻魔はならばと、更に印を結び直した。 


『影手裏剣――影燕かげつばめ


 変幻自在、後方の影手裏剣の形が変わり、飛び方までもツバメの様になる。

 そして影燕は華麗に飛行し、レインの攻撃を上手く回避すると空で大きく旋回、背後からレインへと突っ込んだ。 


「――大魔狼閃!」


 それに対してレインも対応する。影狼が纏う魔力を集中させ、巨大な斬撃として影燕の群れに放つとその大多数を呑み込んだ。  

 しかし、それでも全てではない。まだ数匹の影燕が残っており、そのままレインの肉体に突き刺さった。


 左腕に二匹、両足にそれぞれ一匹ずつ刺さり、レインの黒い服に血が滲んでゆく。


『クククッ……影に決まった形などないぞ?』


 負傷したレインを見て、幻魔はおかしそうに笑いながら再び影に手を入れた。

 今度は手一杯に影があり、それは一瞬で巨大な手裏剣となって左手に握られ、遊びの様に回転させながら幻魔は哀れむ様に振り向いたレインを見つめる。


『哀れなり黒狼……同情を禁じ得ない。辛いだろうというのは』


「……そうか」


 刺さった影燕は消えたが傷が消えたわけではなく、レインは幻魔の言葉にそれだけ言うとヒール薬の瓶を取り出し、セツナと同じく直に傷に振りかけた。

 だがセツナと、今の言葉と同じで痛みの感情を顔には出さず、そんなレインに幻魔は呆れた様に首を左右に振っていた。


『強がりは止めた方が良い……此方側もそれを鵜呑みにして過剰に力を振るってしまうからなぁ』


 挑発する様に幻魔はそう言い、そのまま自分と距離が離れているステラへと仮面越しで視線を向けた。


『長い旅になるだろう……本来ならば一月か二月で終わる旅だったが、今はそうではない。いつ辿り着けるのか不安定な中、王女を守り続けなければならない。――今日は守った、だが明日はどうなる? 敵が来るか来ないか? 弱者か強者か? 規模は多いか少ないか?……予想不能の旅、貴様はを必ず残さねばならないのだ。万が一に備え、王女を守る為に』


「……そうだな」


 それが王の命であり、騎士なのだから当然の事だ。

 レインはそう思っていたが幻魔の方はようやく理解したかと、更に笑った。


『クククッ……護衛対象、それは絶対に守らねばならん存在。――だが、逆に言えばこれ以上にない程の足手まといよなぁ! かなりの魔法を使えども、それを人に撃つことも出来ないただの愚者。一人でも敵を倒せばまだ貴様等も助かるのだろう?』


「……どうでも良いな。自ら戦う事を決めたならば自衛の覚悟を持つべきだが、そもそも護衛対象の力を最初から期待して護衛する者がどこにいる? どの道、俺達がする事に変わりはない」


『強がりはよせと言っておろう……』


 幻魔は暇を潰す様に、影の手裏剣をペン回しの感覚で回し始める。

 それだけレインの言葉がつまらなく、今の現状を否定できていないと思った様だ。


『心無き獣……そう呼ばれてもいる様だな黒狼よ。その強がりも、その通り名故のものか?――分かっているぞ、貴様はあくまでも過酷な戦場を生き抜いた事で冷静さを保ちやすいだけだ。だから凡人共が心無き獣なんと、大層な名を付けるのだ』


 周囲が勝手に付けた名にレインは興味などない。

 黒狼という存在だけが重要だからだ。


『――直に剣を交えて分かった、貴様が余力を残す様に加減して戦っているのはな』


 騎士として余力を残さずしてどうする。

 どんな状況でも対応できるようにするのが自分達騎士だと、レインは逆に幻魔を理解出来なかった。


『私の速さに付いてくるのだ……その程度で終わる貴様ではなかろう? だが、そのままで良いのならそれで良い。私にも時間があってな、終わらせねばならんのだよ』


 そう呟いた瞬間、幻魔の雰囲気が変わった。

 ドロドロとした不気味で、そして全てを呑み込む恐ろしさを振り撒く。


『あぁ始まるぞ?』


 幻魔は右手の巨大手裏を回すのを止め、ただ魔力を流し込めると周囲が濃い紫の刃によって包まれた。

 高濃度の魔力を纏った刃、それは見ただけで凄まじい切れ味があると分かる程。


『影手裏剣――呪龍滅殺。 これで貴様は死ぬ、魔剣は残ろうが背後の仲間を合成魔物ごと斬れる程の力があるのだ。それでは回避は出来まい、避けられる筈もないがな』


 影で作った手裏剣に大きさの固定概念はない。

 ただ幻魔が大きくしようとすれば更に巨大になり、道を埋める程の幅を持った事で回避は困難。

 背後に守るべき存在がいれば尚の事、事実上レインに回避の選択肢はなくなっていた。


 だが幻魔が攻撃を止める事はありえず、そのまま素早く投げる体勢へ入った時だった。


「……お前は一つ勘違いをしている」


 余力を残すのにも意味あるが、加減するにも理由がある。

 レインはその理由を知りたそうにしている幻魔へ教えてやろうと思った。 


『黒狼……今更だが、私はな――』


――実は他人の話を聞くのはそこまで好きじゃない。


 訳すとそれは――良いから黙って死ね。

 散々言っておきながらのこれだ。

 中々に理不尽な事を言う幻魔はレインの言葉に耳を貸さず、巨大化した影手裏剣をそのまま投げた。


 風を切り、周囲を綺麗に両断して進む手裏剣。

 それは見た目もそうだが、風を切って生まれる真空音、全てを斬る光景にも迫力があって恐怖すらしてしまうだろう。

 

 けれど、レインは特に反応を示さずに集中する。

 一気に解放せず、肉体に、影狼に徐々に溢れ出す黒い魔力。

 レインの黒の魔力、そしてもう一つ、影狼からも溢れ出す、その二つの魔力が交わり大きな魔力となる。

 

「魔狼閃・夜走――」


 その構えはまるで居合。しかし鞘ではなく影狼の刃を呑むの黒い狼の“頭部”であり、魔力も荒々しく動きながら一定の魔力が溜まると止まり、そして――


『消えよ黒狼、ただ意味もな――』


「――狼王蹂躙ろうおうじゅうりん


 無慈悲を与えし、狼王が幻魔を呑み込んだ。


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