第四章:栄光の星の影
第18話:決戦、鬼血衆 序章
日が沈み、森が夜を化粧に姿を変えた。
敵ですらも隠してしまう闇を作り、木々が風と揺れる音もそれを手伝う自然の恩恵。
そんな森の中、一匹のコウモリが舞い降りる。
森の木々、夜の闇によって周囲は溶けるが、コウモリは抵抗なく飛び回り、徐々に低空を飛び始めて佇んでいた
『クククッ……利口よなぁ』
その男は“角のある金龍”の仮面を付けている以外は特徴はなく、服装も軽装の忍び甲冑・手甲程度で、所持している武器も腰の忍び刀しか見当たらない。
だが、戻ってきたコウモリへ可愛いペットに語り掛ける声は若くなく、しかし高齢という感じでもないが、発する一言一言に圧があり、強者の雰囲気を醸し出していた。
『さて、何を教えてくれるのか……?』
顔に近づけると、コウモリも男に話しかける様に口を開けたり閉めたりするが、鳴き声は聞こえず、ただずっと開閉し続けるだけだった。
『ほうほう……!』
けれど、男はそれでも分かっているのか頷きながら、ジッとコウモリを見続け、やがてコウモリが話し終えたかの様に口を開けなくなると、男も顔を離した。
『餌場を変えた猫とて、流石に爪は研いでいるか……』
感心した様に男は呟く。
その姿は特殊な装束なのか森の影に入るだけで溶ける様に一体化し、目を離せば見失ってしまいそうな不気味さがあった。
『……狼に牛に猫。そんな者達に良いようにされるとは“鬼”の名も地に落ちたものだ』
そう呟いた瞬間、男の周囲の空気が張り詰める。
そして男を囲む様に、次々と“血化粧をした黒鬼達”が姿を現した。
『まだだ、まだ我等は終わってはおらん! デュアルイェーガーも我が忍び達も健在よ!』
『クククッ……だが虎の子の上忍は黒狼と剛牛に喰われ、裏切らせた駒はまともに動かぬときた。そして我が
コウモリ――無天丸を遊ばせるように自分達の真上を飛ばさせながら、男は無天丸が持ち帰った情報を鬼血衆達へ教えた。
夜に裏切らせた者達は死に、次は鬼血衆の番となる……と。
『言葉を返すが、そもそもあの小僧共を連れて来たのは貴様の筈だ? 一体なぜだ? 裏切らせるにもマシな駒はいた筈だ』
『確かに連中に戦力としての価値はない。だが一人だけ“葱”を背負った者がいたのでな、つい魔が差してしまった』
『葱だと……?』
男の言葉に鬼血頭領は思い出すが、四人共それらしい物はなかった。
一体何の話だと問いかけようとした時だ、彼の記憶にある物が浮ぶ。
『待てよ……確か一人だけ――』
それは四人の内の一人が持っていた“特徴的な小太刀”だ。
鋸の様に荒い刃をし、忍の戦いには合わないだろうと思って印象に残っていた。
『まさかあの小太刀……?』
『クククッ……ご明察。奴が父の形見と言っていた小太刀……あれはこの世に12本しかない“魔剣”の一振りよ』
『!……成程、それを奪う為とは。忍ではなく詐欺ではないか』
鬼血頭領は悪態の様に返した。
――何かと思えば魔剣の一振り。
確かに価値はあるが自分達はそのせいで王女を取り逃し、月詠一族ともやり合う羽目になったのだと抗議する。
『そんな小太刀の為に任務の障害を増やしたのなら、ここからは我等が独自に動き王女の首を取る!』
『フッ……まぁ落ち着くが良い、私は別に魔剣が欲しいわけではない。ただその持ち主が魔剣によって、どの様な選択をするのかを見たいのだ』
『どの道、下らん話だ! 貴様の無駄な行動によって我等を任務を果たせず、この責任をどうと取るつもりだ!』
何一つとして任務に関係ない話に鬼血頭領が殺気立った時だ。
それを呑み込むほどの殺気。そして仮面から覗かせる鋭い眼光が鬼血頭領を射抜いた。
『責任? これは異なことを。私は最初に助言した筈だぞ? 連れてきた全ての上忍で襲えと、だがそれを無視して上忍をケチったのは貴様ではないか?』
『っ! それは……!』
男の殺気に鬼血頭領は抗うが、まるで遊ぶ様に男は更に強めた。
『鬼血衆……嘗てより弱体したとはいえ、その手段を問わずに目的を遂行する執念に敬意があるからこそ、私は貴殿達に仕事を任せたのだよ? なのにこの様は何だ? あの使えぬ駒など本来は関係もなく、任務を遂行する貴殿達の筈ではないか? 上忍、禁術、合成魔物……そして私もいる。この条件下でも任務を遂行できないときは……分かっているな?』
『……!』
その先は言わなくても分かる。
これ以上にない程にお膳立てもした以上、これで失敗するならば、この先でどう仕掛けようがステラ達を仕留める事は不可能。
任務を遂行できない影に価値はなし、最悪は鬼血衆そのものを滅ぼされる。
少なくとも、
だから鬼血頭領は重くなる身体に鞭を打ち、何とかその口を開いた。
『……言われなくても理解している。任を果たせぬ影は不要、必ず今宵で仕留めてみせる』
『ならば良い、だが安心しろ。少なくとも黒狼と剛牛、このどちらかは私が相手をしてやる』
そう言う男の背から感じるは圧倒的な闘気。
四獣将にも劣らぬとも思わせる存在に、鬼血衆達も頼もしさ半面、これで失敗すれば未来がない事を察して息を呑んだ。
『頭領……来ました』
その言葉に一斉に視線が集まった。
闇夜に紛れて近づいてくる三つの影は黒装束に身を包んで現れる。
『数分の遅刻だぞ? 時間は守れと言った筈だ……
男の言葉に三人は顔の装束を外すと、現れたのはショウ・ダン・ミズキの三人だった。
「うっせぇ……里も厳戒態勢でバレずに抜け出すのが大変だったんだ。少しぐらいの遅刻は多めにみやがれ」
『……まぁ良い。だが余計な事はしていないだろうな? 無暗に王女や四獣将と接触などすれば、少なくとも黒狼と剛牛は気付く。そう言ったな私は?』
「……あぁ、それに関しては大丈夫だ。信じてくれていい」
嘘だがショウは別にバレもしなければ黒狼達にも何も気付かれていない、そう都合よく考えていた。
レイン達との件もただの脅し。意味深に脅しただけの事だとショウは判断し、男に対しても嘘の報告をする。
「良いだろう、ならば
「あぁ、そうし――なんだと?」
まさかの返答にショウは戸惑いと怒りの表情を浮かべるが、男はそんな事に一切怯まず、鼻で笑う様に一蹴する。
『そう言う事はまず“目”で嘘をつける様になってから言うのだな。自身すら騙せぬほど、目が動揺しておるぞ?』
「なっ! どういう意味だよ!」
訳が分からない事を言う男にショウは噛みつくが、男は何も言わずにそれを無視。
すぐに本題の方を聞いた。
『それで里の結界はどうなっている?』
「……今ならば俺でも解ける筈だ。最近はやけに弱くなってるが、客人が来ているから更に結界を弱めてるようだ」
『弱めている?……クククッ、我等がいるのにか?』
ショウの言った事に男は可笑しそうに笑う。
だが、ショウは何故に笑っているのか理解出来ずに首を傾げていると、男は静かに動き出した。
『ならば行こうではないか? 向こうも
「ッ! どういう事だよそれっ!?」
「バレてない筈だろ!?」
「現に俺達は里に戻ってるんだぞ! なのになんでだ!?」
寝耳に水、何故バレたか分かっていない平和な三人を見て、鬼血頭領も馬鹿らしいと顔を横へと振っていた。
『本当にそう思っているならば、真のうつけだ。貴様等を泳がしていたに決まっているだろう』
『いつから気付いていたか……そんな無意味な事を考えるな? 今宵、貴様等は抗わなければただ死ぬのみ。それだけを考えていろ』
「くっ……どいつもこいつも! こうなったらやってやる! ダン! ミズキ! 覚悟を決めろ!」
「わ、分かったよ……!」
ショウは二人に檄を飛ばし、ミズキは頷いたのだが、ダンは何か考える様にショウを見ていた。
「なぁショウ……本当にアサヒは黒狼に殺されたんだよな?」
「……あぁ、そう言ったろ? アサヒの遺体だって見た筈だろうが」
ショウの言う通り確かに見た。
片方の腕が無く、首を斬られて死んだアサヒの遺体を。
ショウは黒狼の斬撃の流れ弾だと言うだけだったが、首に当たるだろうか?
ダンはそれが気になったが、ショウはそんな内心を察してか一喝入れる。
「くだらねぇ事を考えんな! アサヒは死んだ! そして俺達は里の連中に粛清されようとしてる!! ならやる事は分かんだろ!!」
「!……あ、あぁ」
いつも以上に鬼気迫るショウの姿にダンも口を閉じてしまい、話は無理矢理終わらされてしまった。
『クククッ……話は終わったな。――ならば向かうとしよう、今宵は満月。影が生きるには少々眩しいが、死ぬには寂しくなかろう』
男から放たれる闘気。
それが森を包んで野生動物達も一斉に逃げ惑う中、彼等の背後にそれは現れる。
『キイィィィ!!』
合成魔物――デュアルイェーガーを引き連れ、影の戦いが始まる。
♦♦♦♦
屋敷の案内された部屋で、ステラ達が寝る準備をしていた時にそれは起こった。
轟音、振動、何かが崩れる音、咆哮、そして警報の様に鳴り響く鐘の音。
「これは……!」
「敵襲……!」
緊急事態である事は察し、彼女の傍にいた鈴も表情をくノ一へと変化。
隣の部屋にいたレインとグランも纏う雰囲気が一変するが、グランは余裕を見せる様に微かなに笑みを浮かべながらレインへ尋ねてみる。
「どうするレイン、おっぱじめた様だが
「場合による。ステラにも被害が及ぶときは此方も対処するだけだ」
そう言うとレインは立ち上がり、庭へと出ていく。
「なんだ始めんのか?」
「火の粉を払う……お前はステラの傍にいろ」
レインはそう言うと素早く飛び、屋敷の屋根へと上がった。
今宵は満月、夜にも関わらず照らし続けてくれる星の恩恵。
けれど安心してはいけない、恩恵が齎すのは自分達だけではなく全てのものへ与える。
敵もまた例外ではなく、屋根へ上がったレインの目の前には見覚えのある赤い装束を纏う者達が佇んでいた。
――数は七人。全員上忍とみた。
纏う雰囲気が雑魚のそれではなく、森で戦った者達よりも強いと思わせる者達。
鬼血衆上忍の中の更に精鋭。
襲撃と同時に屋敷襲撃を任されている強者達へ、レインも影狼を抜いて応え、七人も静かに構えて両者は対峙。
月下の中、レイン達の戦いも始まった。
♦♦♦♦
『キィィィィ!!』
里に入った瞬間にデュアルイェーガーによって里は蹂躙されたと思われたが、崩れた建物や周囲からは人の気配が全くない。
『クククッ……生者の気配がないか。だがあくまでも弱者が気配がないだけよ、闇夜に紛れて動く猫共の輝く瞳がなんと綺麗か』
民間人や非戦闘員は周りにいない。これが意味するのはただ一つ。
『お待ちかねだった様だな……月詠一族』
「その通りだ」
男の声に反応する様に、里の影から続々と現れる月詠一族。
『やはり読まれていたか……』
鬼血頭領はショウの言葉を一切信じてはいなかったが、実際にこうなってしまえばショウの杜撰な行動に殺意すら抱き、脅す様に顔を隠す三人の方を見た。
するとショウ達は気付かないフリをして顔を逸らし、その姿に鬼血頭領も興味を失ったのかハヤテ達の方に顔を戻して両者の視線が合う。
『鬼血衆・六代目頭領……“閻魔”』
「月詠一族・九代目頭領……ハヤテ・月詠」
鬼血頭領――閻魔。
月詠一族――ハヤテ。
互いに名乗りを上げ、両陣営の空気が引き締まった。
「む……? あの男は――」
ハヤテはデュアルイェーガーの上にいる男にも視線を向けた。
龍の仮面からも威圧的なものを感じるが、周囲に影響させる程の圧を男から確かに感じ取って確信する。
今回の一件、鬼血衆を動かした黒幕はこの男だと。
――そして間違いなく、鬼血の頭領よりも格上の忍か。
『クククッ……私がそんなに気になるか?』
ハヤテからの視線に男は高ぶる様な嬉しそうな声を出すが、同時に放たれる圧が更に増してゆく。
まるで楽しくなっている様な男の姿に、ハヤテ達は疎か、味方の鬼血衆までもが身体を強張らせていた。
『久方ぶりなのでな……この様な影の戦いが。――故に、本来ならば頭領以外が名乗る事はないが、敢えて名乗らせてもらおう』
――我が名は……。
『――
「鬼血衆よりも更に深き影に生きる者か。――だが、我等が聞きたいのは貴殿の名ではなく、そこの
『!』
完全にバレている。
心のどこかで本当はバレていないという希望もあったが、その可能性が無くなると最初に割り切ったのはショウだった。
顔の装束を外して顔を現すが、ハヤテも他の者達も驚いた様子をせず、ただ怒りに満ちた瞳を向けていた。
「やはりお前達だったか……ショウ」
「この裏切り者が! とうとう一線を越えおったな!」
「どこまで恥知らずな奴等よ……!」
「何故寝返った!!」
ハヤテだけはどこか哀れんだ様子だったが、他の者達は裏切った事と日頃の行いも合わさって怒りをぶつけてゆく。
けれど、元々怒りがあったのはショウも同じ事。それに対して反発するのは必然だった。
「うるせぇ! 腰抜け、時代錯誤、何一つとしてまともじゃねえクズ共が! 寝返った理由ならいくらでもあるだろうが! 下らなく、そして意味もねぇ誇りや信念の為に地位や名誉――“星”すら拒否する全てが気に入らねぇんだよ!」
戦忍びを生業としていた月詠一族だが、彼等の信念は“主”の為に。
真に仕えるべき主の為に自由に動く事、それ故に自らのギルドの地位や名誉は全て捨てて来た。
名を上げてしまえば目立ち、影としての役割も半減してしまうからこその選択。
だが、その場で受け取らなかった名誉はすぐに消え、やがて誰も知らずに消滅するだけだ。
自分の父が死に、周囲から英雄扱いと。自身も英雄の息子と言われて来たがそれだけだ。
ただ意味のない“飾り”を纏わされ、それが気に入らなかったから好き放題すれば厄介者扱い。
「俺は英雄の息子だッ!! 親父が死んだことで守られた里だったら、その里の物は俺に献上するのは当然だろうが! なのにテメェ等は俺等を厄介者扱いし、ただヘラヘラと生きている! それが気に入らねぇんだよ! もっと楽に生きられた筈を上のゴミ共の下らない誇りのせいでこうなった! だから裏切り、月詠一族を俺等が変えんだ!!」
感情を爆発させるように胸の内を叫びまくったショウだったが、その言葉を否定する様に向かいの屋根に一人の忍が現れた。
「だったら何故
「!……セツナか!?」
現れたのはセツナだった。
迎えの屋根にいる姿は互いの溝を現している様にも見える中、怒りの表情をしたセツナの言葉にダンとミズキは顔を見合わせた。
「アサヒを殺した……?」
「どういう事だショウ!?」
セツナの視線はショウに固定されており、二人はショウを問い詰めるが返事は返ってこない。
すると、セツナが追い打ちを掛ける様に続けた。
「アサヒの傷は腕はレインさんだったが、致命傷の首はレインさんでもグランさんのでもなく、斬り方や傷痕がお前の癖と、その武器と一致するんだ……ショウ」
その言葉を聞いたショウの顔色が変わったのを見逃さなかった。
すぐに反論しても疑いは晴れないだろうが、黙り続けている事が真実を示していた。
それはショウ自身も分かっているのだろう。隠すの止めた様に逆ギレの如く声を荒げる。
「そうだ……俺が殺した! だからなんだ!!」
「ショウ!?」
「どういう事だよ! なんでアサヒを殺し――」
「黙れやッ!!」
ショウはダンとミズキを黙らせ、周りに指を差しながら言い放った。
「どうやってもアサヒは死んでいた! 腕を失い、治療も出来ねぇ! だったら楽にさせるのが友情だろう!?」
「だ、だけど……!」
「どの道過ぎた事だ!……それに周りをよく見ろ! 既に俺等は裏切り者で、戦わなきゃ生き残れねぇんだッ!!」
「!?」
その言葉にダンとミズキは再び周囲を見渡す。
武装した忍が集結して鬼血衆達を睨み付けているが、その目には自分達も写っている。
その光景を見れば馬鹿でも冗談で済まないと分かり、そして既に退路もないと言うもだ。
「く、くそ……!」
「やるしかない!」
「そうだ! やるしかねぇんだ!!」
上手く仲間二人を焚きつけ、アサヒの死までも強引に押し切ったショウはそのままセツナと目を合わせる。
「ショウ……頼むから投降してほしい。今ならまだ何とかなる、けどこれ以上は本当に冗談じゃすまなくなる!」
「黙れ……なんだ? 六年前の決闘で勝ったからって俺にそんな事言える程に偉くなったか?――調子に乗んじゃねぇ!! 俺はお前が上とは認めねぇ! これからもずっとだ! 里も地位も名誉も俺が貰い、そして変える! 英雄の息子であるこの俺が……ショウ・コハラシが!」
ずっと自分の言いなりなっていた奴が、本当は自分よりも優れていた事実。
そんなもの認めるつもりはなかった。
故に、セツナの最後の慈悲も独自の判断でショウは決裂させたのだ。
「いくぜセツナ……! 見せてやるよ俺の“我流・影走”を!」
「……こうするしかないのか」
セツナがショウ達の裏切りを聞かされたのは、ついさっきのこと。
レイン達がお風呂に言っている間に父ハヤテに呼ばれ、そして聞かされた。
最初は驚いたが、同時に納得している自分の存在にセツナは更に困惑してしまう。
――だけど本当は分かっていたんだ。
少し前からショウ達の様子がおかしい事に気付いていた。
里の者に迷惑を掛けずに姿を消してばかりだったが、それと同じくして鬼血衆が現れ始めた。
ならば答えは明白、けれど最後の最後の情として仲間を信じたかったセツナは敢えて触れなかったが、アサヒの死で動く事を決めた。
――アサヒも昔は優しく、他者を労われる奴だった。
だが朱に交われば赤くなる。
ショウ達と行動を共にする様になってからアサヒは変わり、老人・子供関係なく痛めつけたり盗みをする様になった。
昔の様に戻したかったが無理だった。
「僕は里の仲間を信じたかった……だがショウ! アサヒを殺し、里の人達を危険に陥れたお前をもう仲間とは思わない! もう……
セツナは二刀小太刀を抜き、静かに構えを取った。
覚悟を決めたセツナ、その姿にダンとミズキは臆して後ろに下がるがショウは違う。
額に血管を浮かばせ、完全に切れた様に怒気の笑みを浮かべながら、己の得物である独特な小太刀を抜く。
「よく言ったぜお坊ちゃんよ……! だったら思う存分、殺せるってもんだ!!」
ショウも構え、両者が覚悟を決めた姿に男は楽しそうに笑い出す。
『クククッ! どうやらこの者達は覚悟が決まった様だな。――閻魔!』
『――抜刀』
『キィィィィ!!』
閻魔の一声に鬼血衆は一斉に臨戦態勢を取り、同時にデュアルイェーガーも再び動き始めた。
「非戦闘員は既に避難させている以上、我等も遠慮はせん!迎え撃て!――散!」
その言葉が開戦の合図となり月下の下、忍達は一斉に舞った。
赤と黒の影、両者がぶつかり合い、その結果がどの様になろうが世界が影の結末を知る事はない。
♦♦♦♦
戦いの幕が上がった頃、ハヤテの屋敷でも侵入してきた鬼血衆をグランと護衛の忍が片付けていた。
「どうりゃぁぁ!!」
狭い屋敷内ではグランソンは振るえないが、武器だけが四獣将の強さではない。
グランは拳一つで鬼血衆を殴り倒していた。
一人は壁を突き破って吹っ飛び、また一人は天井に顔ごと突っ込んでぶら下がって蹂躙されるだけだった。
更にそこへステラの傍にいる鈴も加勢。
彼女の武器である鈴が付いた特殊な小太刀二本を、まるで舞う様に鳴らしていた。
「
鈴が奏でる音色は何とも心地の良い音色・
だがそれを聞いた鬼血衆は幻覚に蝕まれ、現実との区別がつかずに意識を失って倒れてしまう。
「よし! これで全員か?」
「えぇ、少なくとも屋敷に来た者達はその筈ですが……」
「まだハヤテ様達が戦っている筈、恐らく決着がつくまでは……」
「敵増援も時間の問題か……場合によれば、合成魔物に屋敷へ突っ込んで来るかも知れねぇからな」
鈴と忍達の話を聞き、グランは最悪のパターンを考える。
確かに屋敷に来た鬼血衆は強く、敵の本気度も森以上だった。
だが、それ故に失敗したとあれば、虎の子の合成魔物を派手に使うに違いない。
「本当なら俺等も撃って出れば良いんだが、流石にステラを見す見す連れて行く訳にはいかねぇしな……」
ハッキリ言って一番それが手っ取り早いが、護衛として危険を回避させるのも仕事。
別に月詠一族の実力を疑っている訳ではないが、長年の己の勘が多分危ないと言っており、どうしようかと迷っていた時だった。
「……行きましょう、グラン」
背後から声を掛けられたグランが振り向くと、そこには杖を構えたステラが立っていた。
危険だからと後ろに隠れさせていたが、その表情は覚悟を決めた様に力強い瞳をしていたが、グランの迷うは晴れない。
「行きましょうって簡単に言うがなステラ……月が出ているとはいえ夜で、しかも町中だ。どっから敵が出て来るかも分からねぇ戦場に連れて行くってのはな……レインも何て言うか」
「あれ、そう言えばレインはどこですか?」
「レインならここだ」
そう言ってグランが人差し指を上へと向けるが、いるのは天井に頭から突っ込んでぶら下がっている鬼血衆だけで、ステラは目を丸くして首を傾げた。
「て、天井……?」
「あぁ、いや……そうじゃなくて屋根の上だ」
『グハッ!!』
グランがそう言ったと同時だった。
丁度良く終わったのか、上から鬼血衆が七人落ちてきて、そのまま庭に積み重なる。
そして最後に庭に下りて来たのはレインであり、ステラの方を一回見た後にグランの方を向いた。
「こちらは片付けた、屋敷内は終わったのか?」
「あぁ、取り敢えずだがな。けど、このままだとまた来そうだ。――どうするレイン? 戦った感じだと月詠一族の連中の方が強く思うが、それは連中も百も承知の筈だ。そんな奴等が合成魔物だけを切り札にして来るとは思えねぇ」
戦った相手の強さから判断し、グランは鬼血衆が今夜で決めにきている事を察していた。
だが、それ故に違和感を拭えず、悩んだ様子で頭を抑えてしまう。
「レイン。俺かお前のどっちかがステラとここに残って、片方だけ加勢に行くってのは――」
「そんなの駄目です! お願いします、行かせてください!」
グランの提案を遮ったステラに周りの視線が集まるが、皆の内心はステラの身の心配。
遅かれ早かれかもしれないが、それでもステラを連れて行くのに躊躇する理由もあり、それを話す為にレインは彼女の前まで行って問い掛けた。
「人と戦えるのか?」
「!」
レインからは、うやむやにする様な事は許さないと思わせる迫力があった。
「森の中で貴女は鬼血衆に迫られても自衛もできず、逆に心配する始末。戦って相手を倒せとは言わん。だが身を守る術は使え、敵と味方と区別しろ。相手が貴女の優しさに触れ、それで躊躇や同情、考え直すとは思うな」
――敵は害だけを与えるからこそ敵だ。
「ですが……この里が襲われているのは私のせいでもあります!」
「それも昼間、ハヤテ達が言ってい筈だ。貴女には貴女の為すべき事があると……心配するのはこの里の事ではない、自身の身の心配だ」
一言一言に圧を強めるレインに、ステラは反射的にも言葉が出せなかった。
場を支配している、言葉だけではなく己の存在感だけで。
そんな重い空気の中でレインは、ステラの覚悟を計ろうとしていたのだ。
「サイラス王からは貴女の言葉を自分の言葉と思え……そう命を受けている以上、望まれるならば加勢には向かう。――だが大火は俺とグランが払うが、自らの意思で戦いに向かうなら、僅かな火の粉を己で払う覚悟は示せ」
――それが戦いに行くと決めた者の、最低限の心構えだ。
「……それでもう一度だけ聞く、人と戦えるのか?」
レインの最後の問いかけ。
無理ならば無理でいい、それでも行くと言っても別にレイン達のやる事は変わらない。
その程度の覚悟もない護衛対象がいて、戦う時にやや不利になるというだけだ。
「私は――」
迷いながらも、ステラが何とか口を開こうとした時だった。
レインとステラの間に割って入る者が現れる。
「私がステラの傍にいて、彼女を守ります!」
それは鈴だった。
何かを決意した表情でレインを見る彼女に、ステラも驚いた。
「鈴!? でも、それじゃ鈴が危険に……!」
「良いの良いの! 大丈夫だって! 友達を助けるのに理由は要らないし、人には向き不向きがあるからさ。ステラは優しいから、戦いには本当に向いてないんだよ」
まだ一日しか会っていない、そして接した時間もまだ少ない。
それでも鈴も人を見る目はあり、ステラがどういう人間かは最低限理解していた。
世間知らずで純粋、それ故に汚く現実に染まった自分達に考えもしない方法を実行でき、今回の和平もそうなのだろう。
だから鈴は友達として彼女を守りたかった。
「良いのか鈴の嬢ちゃん? 当たり前だが俺等もステラを守るが、それでも敵の狙いはステラだ。間違いなく、普通に戦うよりも危険になるぞ?」
「大丈夫ですってば、私もこう見えて結構強いんですよ? それにハヤテ様から頼まれている護衛の方々もいらっしゃいますから」
グランの言葉に鈴はそう言って先程まで共に戦っていた八人の忍達を見た。
屋敷に来た鬼血衆達と戦ったにも関わらず、負傷もなく戦い抜いた優秀な者達だ。
「お任せ下さい、我等もまたハヤテ様の命を受けて王女の護衛を任された者達。四獣将のお二人の邪魔にはなりませぬ」
「我々で解決できないのは情けないですが、きっとお二人の協力があれば事も早く収まるでしょう」
護衛忍達も協力は惜しまない様子。
これならば安心できるとグランは多少そう感じたが、レインは特に反応はなく背を向けた。
――今日会っただけの者にそこまでするとは……理解出来ん。
レインはそこまで月詠一族を信じていなかった。
それは彼の職業病とも言える環境のせいでもあるが、僅か一日しか会っていない人物に対し、そこまで必死になるとも思えない。
だが最低限の火の粉は払うと考え、そのまま玄関の方へ歩いて行くレインの後ろ姿を、ステラはただ申し訳ない様な悲しそうな表情で見ていた。
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