第17話:王女とくノ一


 レインが合流した後も5人は、ステラの息抜きも兼ねて色々と見て回った。

 里に存在する珍しい店の数々――簪や和傘を見たり、別の店の団子を食べてみたりと、ステラはご機嫌になり、グランも多少の買い物をする中、買った物をどこかに配達する様に頼んでいたりしていた。


――甘さとしょっぱさが美味だな。 


 また、レインもみたらし団子のタレが気に入り、みたらし系・きな粉のおはぎを黙って食べ、何だかんだで三人は里を満喫するのだった。



♦♦♦♦

 

 そして日が暮れ始めた頃、屋敷に戻ったレイン達をハヤテ達が出迎え、サスケやハンゾウ等の一部の者達と合わさって共に夕食を取っていた。


 広間に長テーブルを置き、その上には寿司・てんぷら・すき焼き・うなぎ等。

 この隠れ里の名物が全て準備されており、まるで宴会の様に食事を楽見始めた。


「生魚って初めて食べたんですが、こんなに美味しいんですね!」


「うん! 寿司もそうだけど、そのまま刺身や丼で食べるのも美味しいわよ? あと、すき焼きも食べてみる?」


「はい! 頂きます!」


 ステラは鈴に助けられながらも目を輝かせ、色んな料理で舌鼓を打ち始める。

 宝石の様な魚、輝く卵、どれもこれもが美しく、そして美味しい。

 同時にグランの料理と同じだと感じた。

 内側から暖かくなる想いの篭った料理は、身体だけではなく、心に栄養を送っている様だと。


「なんだこれは……?」


 そんな風にステラが食事を楽しんでいる中、レインとグランも食事をしていたが、レインは箸で掴んだ“妙な寿司”と睨めっこしていた。

 他の寿司と違って海苔で周りを包み、その上には赤い粒の様な物が沢山乗せられている謎の物体へ。


「……グラン、これは食えると思うか?」


「ん?……まぁ、食えねぇ物は出さないだろ。きっと魚の何かじゃないか?」


 隣で黙々と食べているグランに意見を聞くのだが、当のグランは毒ではないだろう程度にしか意見を言わず、丼の上に鰻と生卵を乗せ、独自に鰻丼を作るなど高い適応を見せる。

 だが、それを流し込む様に豪快に食べるグランの横で、レインは未だに謎の寿司と睨めっこしていると、そんな様子にセツナ気付いた。


「それはイクラって言う鮭の卵です」


「卵……鮭……? 確か一定の期間で川に現れ“メタボリックベアー”にいつも食い荒らされている、あの魚か?」


 セツナの説明を聞いて、レインが思い出すのは一定の期間に川に現れて、魚を食い散らかす脂肪の多い熊の魔物――メタボリックベアーだった。

 基本的に大人しく、人にも害を為さない魔物だが、ある季節になると川に現われ、これでもか言う程に魚を食い散らかす事で有名で、その時に食べている魚が鮭だった。


「メタボリックベアーの好物、しかも魚の卵……食えるのか?」


「ま、まぁその説明も間違いではないですが……その卵を漬けたものなので美味しいですよ」


「……そうか」


 苦笑しながらセツナが勧めると、レインは物は試しと口に入れて嚙んでみた。

 すると、プチプチと弾けたイクラから旨みが溢れ、それが海苔とシャリも合わさって美味だった。


「……悪くない」


「それは良かったです、そうだ……何ならイクラ丼にしますか?」


 そう言って普通の丼に酢飯を入れると、その上にイクラを山盛り入れてレインへと渡す。


「……凄くイクラだな」


 圧巻、とでも言えばよいのか。丼を占領したイクラの赤が眩しいぐらいだ。

 そんな丼をレインは、やや驚きながらもスプーンで掬って口に運ぶと、先程までとは比べ物にならない程のプチプチがレインの口を満たす。

 

「悪くない」


 これにはレインも先程より感想を言うのが早く、セツナもそれに気付いた様で満足そうに頷いた。


「良かった……魚は組み合わせや調理次第でいくらでも美味しくなりますから、色々と試してください」

 

「……あんな風にか?」


 何かに気付いた様にレインがステラ達の方を見て、セツナも向くとそこには――


「う~ん! 美味しい! やっぱりお寿司と白米は最高!」


「鈴、お寿司っておかずにもなるんですか……?」


 寿司をおかずに、ご飯を食べている鈴の姿がそこにあった。

 ステラも流石に困惑しているのは仕方なく、セツナもまたかという様子で溜息を吐いた。


「す、鈴……またお寿司をおかずにして食べているのか……」


「だって実家じゃさせて貰えないし、それに寿司はおかず! 誰が何と言おうと私はそう断言する!」


「少なくとも僕はそうは思わないよ……」


 呆れた様子だが、どこか二人の慣れた感じがあり、互いに分かり合っている様な雰囲気もあってステラは何かを察した。


「鈴とセツナくんは仲が良いんですねぇ!」


「ッ! ごほっ……ちょっとステラ! なんか言い方が意味深過ぎるって!?」


「僕と鈴はその……幼馴染ですから! そう見えるだけですから!」


 微笑ましい感じに呟くステラに対し、鈴もセツナも顔を真っ赤にして否定するのだが、ステラには確証があった。


「でも最初にお茶をくれた時、鈴はセツナくんのお茶だけ少し冷ましたのは渡してましたよね?」


「へっ!? そ、それは……昔から一緒だったのでセツナが猫舌なのを知っていただけですから……」


「そ、そう言う事です……」


 何とか必死に誤魔化そうとする二人だが、反応が初々しくて語るよりも既に落ちている。


「ハッハッハッ! 初々しいなお前等! 俺も嫁との出会いを思い出すぜ……」


「「うぅ……!」」


 止めにグランの楽しそうな言葉で二人は陥落、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 流石にこれ以上はイジメるのも可哀想なので、ステラも微笑みながら見守っていると、ステラはレインの様子に気付いた。


「レインは何か気に入った料理ありましたか?」


「……どれも悪くはない」


 ステラからの言葉にレインはそう答えるが、既に食後のお茶を飲んでいた。

 けれどステラが覚えている限り、レインが食べたのは、普通よりもやや小さいイクラ丼、寿司数貫程度。悪くないという割には食べた量は少なかった。


「口に合いませんでしたか?」


 様子に気付いた鈴が不安そうに尋ねるが、レインは首をゆっくり左右へ振った。 


「悪くないと言った……ただ、に必要以上に食せば、万全な状態では動く事ができなくなる」


 そう言いながらお茶を飲み続けるレインだったが、そんな隣では、今もグランがすき焼きを丼にして食べ、更に鰻も混ぜて新たな食にチャレンジしていた。


「ですが、グランは凄い食べるんですね……?」


「ん? おう、そりゃ俺とレインだって身体の作りが違うからな。俺の場合は食える時に食っておくタイプだ。唯でさえ、俺の技は体力も魔力も多く使うからよ」


 気になって聞いたステラに、グランは当たり前の様に答えると食事を再開。

 どちらが普通というよりも、あくまでもレインとグランのそれぞれの動きに過ぎず、ステラも下手に考えるのをやめた。

 

「でも、レインのその言い方だと、戦いが本当に起こる様な気がして不安になっちゃいます」


 言葉足らず、無愛想、そんなレインの話し方は少し意味深だったりするのを、ステラもこの数日で多少は理解している。

 だからこそ今回も、そんな感じだと笑いながら聞いていたが、その言葉にレインの動きが止まった。


 そして少し考える様に黙り、やがて湯飲み置いて呟く様にステラの名を呼んだ。


「ステラ……」


「?……はい、どうしましたかレイン」


 ステラは何かあるのかな程度に思っている様に返事をするのだが、レインの纏う雰囲気が若干だが張りつめ、真剣になったのをセツナは察し、グランは食べながらも気付かない振りを敢えてした。


「……


「えっ……?」


 まるで言い聞かせる様に、現実に戻す様に、小さくともハッキリとした言葉はステラに耳に届き、刻まれた様に印象に残ってしまう。

 聞き返そうとも思ったが、レインが再び茶を飲み始めた事で話も終わってしまい、それ以上は怖くなって聞けずに終わってしまう。


――だが、レインは確信していた。


 今夜、裏切り者への粛清だけで終わる事がない事を。

 忍びも誰一人として酒を飲んではおらず、セツナと鈴も、今の話を聞いて少し表情を曇らせているのもそうだ。


――鬼血衆も馬鹿ではない。


 多少とはいえ、内輪揉めの隙を見逃す様な連中ではない

 必ず自分達の出番も訪れ、月詠一族も自分達で治めるように言ってはいるが、きっとそれも予想している。


 けれども、レインはだからといって何かを思う訳ではなかった。

 そうなれば、ただステラを守る為に影狼を振るうだけだからだ。



♦♦♦♦


 食事の後、レイン達は屋敷にある露天風呂に来ていた。

 温泉を直接引いているだけあって気持ちよく、疲れや美容にも良いというのでステラは喜び、グランも満足げにしていたが、ここで一つの問題が起こった。


――それは、風呂が“男湯”と“女湯”に別れているという事。


『私がステラと一緒に入るので大丈夫ですよ?』


『却下』


 鈴の提案をレインが却下した事でややこしくなってしまう。


 レインは狙われている対象を見す見す危険な状態に出来る筈がないと許可しなかったが、ステラ自身は異性と一緒にお風呂に入れる筈がなく、顔を真っ赤にして抗議。


『お、男の人と一緒にお風呂に入れる筈ないじゃないですか!? そういうのは結婚してからって本にありましたし、なにより!――お姫様の裸は見てはいけないんですぅぅぅ!!』


『……無論、別に見るつもりはない。目隠しをして近くにいるだけだ』


『余計に危ない人じゃないですか!? それになんか失礼な気がします!』


 レインの提案は当然ながら受け入れられず、言い方もなんか納得できない。

 別に興味ないが、任務だから仕方なく感があるレインの態度に、ステラの女心が反発してしまって更に面倒になっていると、流石にグランも口を出して説得に入る。 


『まぁ……なんだレイン。ステラも年頃だしな色々とあんだって、ちゃんとケアしてやるつもりでこれぐらいは大目に見ろって』


『それに男湯と女湯を分けているのは竹で出来た仕切り壁だけですから、何かあってもすぐ分かりますから……』


 セツナも混ざって説得した事で今回はレインが折れ、ようやくそれぞれは露天風呂に入る事ができた。

 男湯には用事があると言って来ていないセツナを除き、レインとグランだけが入り、女湯にはステラと鈴の二人だけ。


 そして現在、露天風呂に入ったステラは景色に感動し、鈴と共に湯船に浸かり始めるのだった。


「ふぅぁ……すごいきもちいいですぅ~疲れがお湯にとけていきますぅ~」


「アハハ……よっぽど疲れてたのねステラ」


 熱く、されど至福を感じさせる湯に入り、フニュフニャになるステラの姿に鈴は苦笑する。

 だが狙われている事もセツナ達から聞いている以上、納得も出来るし、レインの行動も理解はしていた。


――まぁ、お風呂にまで来ようとしたのは驚いたけど。


 護衛である以上の理解は鈴もする。

 けれど、女としては認めてたまるかと、鈴は先程の事も思い出して更に苦笑していると、ステラもようやく正常に戻り始めていた。


「ふぅ……月も綺麗で、風も気持ちよくて凄いですね」


「気に入ってもらえたらこっちも嬉しいわ……でも――」


 鈴は不意に気付く、湯船に入れない様にしているステラの蒼い髪に。

 普段はポニーテールの様に一結びにしているが、それでも長く、解いた事で更に長さが目立つ。

 同性の自分でさえ見惚れてしまう程に綺麗で、もっと言えば幻想的な美しさすら感じる。

 髪と言うよりも“水”そのものと呼んでも違和感なく、鈴がずっと見ていると、その視線にステラも気付いた。


「鈴? どうしましたか?」


「えっ……あ、そのね……」


 鈴は我に返った様に反応するが、まさか見惚れていたなんて恥ずかしくて言えず、あたふたしながら誤魔化そうとしていると、咄嗟に少し思っていた事を口にする。


「その、ステラって髪も容姿も雰囲気も全部が綺麗だから、やっぱり王族なんだなぁって実感しちゃったの。思えば、私なんて規模が大きくても所詮はギルドの人間だもの。そんな私と王女のステラが友達になってくれたのが信じられなくて……」


「そんな……私なんて、色々と学んではいますが所詮は世間知らずの王女です。私がいなくても回る事が多く、今だってレイン達や鈴に助けてもらってばかりですから」


 ステラ自身は、自分の事を凄いと思った事はない。

 王女であるのも生まれたからに過ぎず、自分で得たものでも誰かに認められたからでもないからだ。

 

 けれど、それが凄いことなのだと鈴は気付いて欲しかった。


「ステラは変わってるね、勿論良い意味で。隠密ギルドだから色んな貴族の人達を見て来たけど貴族は汚い人間の方が多いもん。だから、王族なのに威張ったりもせず、自分を素直に評価するステラを私は凄いと思うし、友達になってくれたのも嬉しい。――だけど、そんな性格だとステラは苦労しない? 偉い貴族程に性格の悪い人間も多いって聞くよ?」


「あはは……確かに苦労していましたね、友達も貴族の人達とは話が合わなくて出来なかったですから」


 王族ゆえにちょっとしたパーティーには必ず出席してきたステラ。

 色んな貴族と挨拶をしたり、歳の近い人達とも話す機会は多かったが友人と呼べる存在は出来なかった。


――どれだけ着飾っても、その心の汚さは隠し通せない。


『貴族以外はゴミ』


『うちの領地の平民が反抗的だから税を倍にしてやった』


『今じゃ手に入らないけど、誰かエルフを誘拐出来る伝手があったら紹介してくれ』


 何故、平然とそんな事が言えるのか。

 どうして普通なら酷い事だと分かる筈なのに、何とも思わないのか。

 満面の笑顔、整った顔、豪華な衣服。どれだけそんな物で身を纏っても、滲み出る心の穢れは隠せない。

 

 そんな彼等・彼女等の話す内容を聞くだけでもステラは気分が悪くなり、時には吐き気も抱いていたと思い出す。

 理由や事情もあるかも知れないが、ステラはそんな人達と分かり合う事は出来ず、立場や周囲からどう思われても鈴の様な子と友人になれたのは嬉しく思っていた。


「そう言えば……今日、お店で会ったショウって人達と鈴達はどんな関係なんですか? なにか周囲の人達とも訳アリな様子でしたが?」


「あぁ……それを聞かれちゃうか」


 思った以上に深い内容なのか、鈴はバツが悪そうな表情を浮かべたり、困った笑みを浮かべながら迷った。

 けれど、大丈夫だと判断したのか鈴は話し始めた。


「実はショウ達も幼馴染だったの。歳はショウの方が二つ上だったから兄貴分みたいに振る舞ってたっけ。それでも皆仲良かったから……あの時は良かったなぁ」


 しみじみと思い出す様に鈴は呟いていると、ステラはだったら何故と首を傾げた。


「幼馴染だったのに、何故いまはこんな事に?」


「……ショウ達のお父さん達が死んで、英雄の息子って言われるようになったからかな」


 鈴はステラから顔を逸らしながら話し始めた。


 十年ほど前にショウ達の父親達は任務の中で死んだが、彼等里の貢献に身を費やした者達。

 だから死んだ彼等をハヤテの意向もあって“英雄”と呼び、里の者達もショウ達を励ます様に英雄の息子と呼んで慰めたりしていた。


――だが、それがいけなかった。


 時が経つにつれ、ショウ達は徐々に変わってしまう。

 英雄の息子を免罪符にする様に、店の物を勝手に持って行く、任務の参加を放棄、下の者達を脅すなど完全にチンピラのそれに成り下がっていた。


「それから段々と周りもショウ達を見限っちゃって、私も呆れて話す事もしなくなったの。――でもセツナだけは見捨てなかった」


 優しく、人一倍仲間意識も強いかったセツナにはショウ達を見捨てることが出来ず、ショウ達を説得しながら彼等が取った物の代金を肩代わりする等、尻拭いを率先して動いた。

 いずれは嘗ての様に戻ってくれると信じ、セツナは色々と動いたが、ショウ達は変わるどころか当主の息子であるセツナを財布代わり、そして酷く扱う様になってしまった。


「アイツ等の悪行をセツナが止めようものなら、4人でセツナを殴ったりしてさ。それには私や他の人達も怒りを抱いたんだけど、セツナが止めるんだ――」


――僕は大丈夫、まだ諦めない。


「――顔に痣を作りながらそう言っても説得力ないよね?」


 そう言って笑う鈴の表情は悲しそうに、けれど恥ずかしくも嬉しそうに笑っていた。

 顔も赤くなっているのも風呂のせいではなく、その時からセツナを異性として見始めたのだとステラは察して思わず頬が緩む。


「でもね、そうなるとセツナが甞められちゃって、ショウ達はとうとう超えてはいけない一線を越えたの」


『セツナが次期里長になんか認めねぇ! 里長はセツナよりも上のこの俺!――ショウ・コハラシだ!!』


「そこで抑えていればまだ狂言で済んだ……だけどあの馬鹿、里長であるハヤテ様に直談判しちゃってさ。もう遊びじゃ済まなくなって、セツナと決闘する事になったの」


 当時、セツナは何とか止めさせようとしたが、セツナが怖くて決闘嫌がっていると思い、ショウ達は聞く耳を持たなかった。

 そんなセツナの様子に勝てると確信を持ち、味を占めてしまったショウは決闘で勝った時の条件を増やしていく。

 けれどハヤテも周りの忍も誰一人として反対する者はおらず、その条件を全て受けいれた。


 きっと、その時のショウは人生で最も興奮しただろう。

 格下に勝つだけで全てが手に入るのだから。


――だが現実は決してショウから逃げなかった。


「勝負は一瞬で決まったわ。――でね。元々、セツナはショウ達よりもずっと強かったの。けど、セツナは決してその力を無暗に振るう事をせず、誰かの為にしか使わないから……」


「それじゃあ、あの人達がセツナくんを敵視していたのは……」


「ただの逆恨み……強いのを隠して自分に恥を掻かせたセツナと、自分がセツナに勝てないと分かってて条件を呑んだ人達へのね。――今だって月詠一族秘伝『影走』を勝手に我流で作ったりしているけど、基礎も取得していない以上、影走とは呼べない粗末な技。だから……もうこれから先、ショウは絶対にセツナに勝てないし、里の誰にも認められないわ」


 心底呆れたといった様子で目を閉じる鈴だが、ステラはその様子を見て、鈴がどこか懐かしむ様に、そして寂しそうにも見えてしまっていた。



♦♦♦♦


 同じ頃、男湯ではレインとグランが湯船に浸かりながら女湯での会話を聞いていた。

 

「……レインは店から出て来た三人に会ったか?」


 そう聞いた今のグランは鍛え抜かれた肉体を解放し、ステラ同様に後ろで一纏めにしていた髪を解き、解放された長髪を気にした様子もなく湯船に付けている。

 そんなグランとは反対に細いながらも鍛えられた肉体のレインは、髪を湯船に出しながらタオルを頭に置き、傍には影狼も置いて万が一に備えている。 


「……あぁ」


「そうかぁ、どうする? セツナと鈴の嬢ちゃんの幼馴染だってよ?」 


「……知らん、俺達の幼馴染ではない」


 違うそうじゃない。

 グランはそう言いたいそうに顔にタオルで被せて空を仰ぐが、レインはそんな事はどうでもよかった。


「……月詠一族は既に連中を視野に入れていた」


「……そうか。なのに今まで放置してたか、それとも本当に気付いていなかったか」


「前者だ。気付かない程、このギルドは無能ではない」


「成程……じゃあこういう事だな」


――わざと泳がせていたって事だ


 タオルから覗かせるグランの表情は若干殺気立っていた。

 理由はあるのだろうと思えるが、それが先程レインから聞いたハヤテ達からの“頼み”に関係していると判断する。 

 

「つまり……?」


「あぁ……返事はしていないが、結果的にそうなる可能性が高い。――グラン、今夜は備えた方が良い」


「今夜に粛清する以上、向こうも動くか。まぁ、まだ利用価値があればだが可能性は高いな」


 そう言い終えると、レインもグランも静かに目を閉じて身体を休める事に集中する。

 今夜に起こるであろう――戦いに備えて。



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