第16話:短き休息


――4人だったか? その答えにレインは頷いた。


「……あぁ、その4人は鬼血頭領に言われステラは主に狙ってきたが、俺の攻撃を受け一人は腕を失い、残りもグランに撃退されたが、他の鬼血衆を置いて撤退した」


「!……そうですか、ですがやはりか」


 レインから聞いた内容にショックを隠せないのか、まるで大切な物を失った様にハヤテは顔を落とし、、カグヤが気遣う様に肩に触れた。

 すると、情けない姿を見せたという様に、ハヤテはレインへ頭を下げた。


「失礼致しました……」


「……裏切り者に既に目星を付けていたのか?」


「……えぇ、しかし間違いであってほしいとも思っていましたが、恐れていた事がとうとう……!」


 立ち直ったと思ったが、レインは平常を装うハヤテの握る拳が震えているのに気付き、強い想いが見えた。

 一体、どれ程の存在なのか。少なくともただのギルド員とも思えない。

 考えられるのは役職の高い存在の可能性だった。


「……幹部か?」


「いいえ……ですが、です」


 幹部ではなく、死んだ仲間の子供。

 それもまた掛け替えのない存在でもあるのだろう、だがレインにはその価値が分からなかった。

 ギルド長――他すら率いる一族の長なのだ。何を迷い、何を後悔しているというのか。


「ならば見逃すのか?」


「ハハッ……レイン殿は容赦がない、しかしそれが正しいのでしょう。――見逃す事は出来ぬ、仲間を裏切り、敵を招く事が何を意味するか分からぬ私ではございません。一族を率いると者として選択をしなければなりませぬな」


 そう言って見せたハヤテの顔、貫録と歴戦の雰囲気を纏うギルド長のそれだった。

 隠密ギルドの掟は、他のギルドよりも厳しいと聞く。

 通常のギルドでも脱退はあるが、隠密ギルドは通常の脱退でも数年は必要と言われる程に厳しいのをレインも聞いたことはあった。


「ケジメは付けなければ……」


 そんなギルドで裏切りを起こし、一族を危険に晒せばどうなるか――そんなもの“粛清”しかない。

 覚悟を決めたハヤテの表情を見れば、それが真実なのもレインには分かる。


『頭領……』


 そんな時だった、不意にハヤテの横の襖から男の声が届く。


「……サスケか、入ってくれ」


『失礼致します』


 入って来たのは顔も隠している男だが、レインは、その声には聞き覚えがあった。

 里に入ってきてすぐにセツナの下にやってきた二人組、その内の一人。


『お話し中、申し訳ございません』


 サスケ自身も、カグヤとレインに頭を下げた。


『頭領……報告します。鬼血衆は我等と交戦後、合成魔物と共に撤退。しかし向こう側はレイン殿達との交戦で上忍を失い、残りの者達も我等との戦いで倒れ被害は甚大です』


「そうか、やはり周囲も敵だけになり、そこまで戦力が落ちていたか。――そして此方の被害は?」


『ハイ、死者は出ませんでしたが合成魔物が想像以上に手強く、負傷者多数。それにより追撃困難となり撤退しました』


 合成魔物は強敵だったのだろう。

 平然を装っているがサスケの呼吸はやや乱れており、左腕も庇っている様に見えた。

 しかしそれでも想定外だったのか、ハヤテの表情は険しい。


「それ程のものなのか……だが話によれば勝てぬ相手ではないとあったが?」


「下半身はともかく、上半身は第一級危険魔物のパラディン・マンティスだ。油断は出来ぬ相手ではある。――だがそれでもまだ成虫ではなく、倒せぬ相手ではないと見たが?」


『はい……実際、合成魔物相手にも我等は優勢でしたが、鬼血衆頭領が戦闘中に気を失い、拭いていた笛が止まった途端に動きが変わり……この様です』


 予想外の事だったのだろう、サスケの表情は隠していても悔しさが見てとれた。

 

「笛か……聞く限りでは鬼血衆も合成魔物を扱い切れていないか」


「それで制御の為の笛か……だが合成魔物は扱いも制御もできる様なものではない。そもそも、鬼血衆は誰から合成魔物を受け取った?」


 レインは思い出す限り、鬼血頭領は依頼人と言っていたが相手の詳細は不明だ。


「分かりませぬ……合成魔物を作ろうものならば、疑惑だろうが小さな情報でも必ず入ってきますが、近年ではそんな噂すらありません」


 暗殺側は余程の準備を行っていたらしく、隠密ギルドにすら隠せる程だ。

 だが、それは同時に大きな疑問でもある。


――何故そこまでしてステラを殺そうとする……?


 和平の妨害、王位継承権、戦争推進。

 ステラが死ぬことで確実に影響する事はいくらでもあるが、レインは個人的だが違和感を持った。

 近衛衆・合成魔物、ステラ一人に過剰過ぎる力。

 合成魔物は戦争が起こった時にステラの死をプロパガンダにし、どうとでも言い訳して投入はできるが、近衛衆は別だ。


 王族への絶対的な忠誠を持った精鋭。歴史的に見ても後継者争いでは必ず仲裁に動くほどの忠誠心が他国にも轟いている。

 そんな近衛衆がステラの暗殺に動くと言う事は、その忠誠を持ってしてもステラよりもな事があったことを現している


 しかし、レインはこれ以上は考えても無駄だと判断した。

 諦める事にして無理矢理納得させると同時、自分も同じだと思ったからだ。


――俺も同じだ、サイラス王の命があるだけに過ぎん。


 サイラス王からステラと親書を守る様に言われたが、同時にステラに異変が起きれば殺す様にも言われている。

 ただそれだけ。護衛であり暗殺犯でもある己も同じだと思いながらも、何も感じる事は出来ない。

 しかし、だからこそレインにとって分からなかった。何でこんな事を考えているのかが。


――悩んでいる……のか?


 分からない、今の自分の何に悩んでいるのか?

 レインは不思議な感覚を抱いてしまい、胸がざわざわして気持ち悪かった。

 けれど、嘗てこれと同じ感覚を抱いた事があったのも思い出す。


――月詠一族の話、そして神導出兵の話を聞いたからか? 


 自分の中の何かに響いたのか、それとも扱いが分からないステラと共にい、て混乱しているだけなのか。

 取り敢えずレインは呼吸を整え、己を落ち着かせた時だった。


『頭領……実はもう一つ――』 


 サスケの様子がおかしい。

 周りを気にしている訳ではないが、何やら言い淀んでいた。


「……何があった?」


 ハヤテも何かを察したのか口調に重さが混じり、サスケも意を決したのか耳元に行き何かを呟いている。

 するとハヤテの表情が急変する。目を大きく開いたと思えば、感情殺して瞳だけに“怒り”の感情が宿った。


「アナタ……」


「何があった……?」


 カグヤとレインが何があったか聞くと、ハヤテは怒りを誤魔化す様にその瞳を閉じて答えた。


「戦闘した付近で裏切り者と見ていた4人の内、一人のが発見されました。片腕はなく、首を斬られていた様です」


 それがどう意味なのか、レインはすぐに理解した。

 片腕が無いのはステラを狙い、自分の攻撃によって腕を斬られた者だ。

 だが首の傷はレインではない、間違いなく仲間割れの類だ。


「腕を斬ったのは俺だ……だが首は知らない。少なくとも斬られた時に泣き叫んでいた」


「そうですか。――サスケよ、首の傷はどうなっていた?」


『ハッ!……切り口は激しく損傷、肉も抉れておりました』


「……分かった、もう疑う余地はない。――サスケッ!!」


 覚悟を決めたハヤテの声が周囲の大気を揺るがし、それに応える様にサスケも頭を下げた。


『ハッ!!』 


「戦える者を招集せよ、今宵の内に“鼠”を狩る……!」


『――御意!』


 任を受けたサスケは一瞬でその場から姿を消し、ハヤテも立ち上がった。

 同時に周囲の空気が変わる、包み込むは戦いの空気だ。

 今宵の夜、裏切り者の粛清が行われることが決まり、それを止められる者はもう誰もいなかった。


「ありがとうございましたレイン殿、私から話すことはこれで全て……それでは準備がありますので失礼致します」

 

 夜に起こるであろう戦いに参加するのだろう。

 ハヤテはそう言って部屋を出て行こうし、レインも後は隠密ギルドに任せてステラ達と合流しようと立ち上がった。

――時だった、そんなレインは再び呼び止める者が一人いた。


「お待ちくださいレイン殿、次はわたくしの話を聞いてくださりませんか?」


「……なに?」


 呼び止めたのハヤテの妻、カグヤだ。

 さり気なく笑みを浮かべ、無駄にレインへ視線を送ってくる。

 くノ一だからか雰囲気は色っぽいのだが、レインはを知っている為、特に反応はしない。


 けれど、流石に短い間に、何度も呼び止められれば不信感を拭え切れない。


「どういうことだ?」


「い、いえ……私にもこれは――」


 レインは、ハヤテの方を見るが事情を知らないのか首を左右に振り、元凶のカグヤへ視線を向けるが当の本人は気にした様子はなかった。 

 寧ろ楽しそうに、そして嬉しそうに妖美に満ちた笑みを浮かべ、レインへと視線を送り続けている。


「ウフフ……夫にも、そしてレイン殿にまでそんな熱い視線を向けられては、恥ずかしくて……どうにかなってしまいそうですわぁ」


「……本題はなんだ?」


 清楚な雰囲気から一変してくノ一の本腰を入れ始めて来たカグヤだったが、レインはそれを流して本題を聞こうした。


「あら、レイン殿……そんな風に焦られては将来苦労してしまいすよ?」


「……本題はなんだと聞いたぞ?」


 のらりくらりと躱す雰囲気。

 どこか遊ばれている感を感じたレインは不快に思い、瞳を鋭くすると、流石にこれ以上は弄れないと感じたのか、カグヤは楽しそうにしながら話し始めた。


「フフッ……仕方ありませんね、それでは本題を話しましょうか」


「……長いのか?」


「少しだけ」


 その言葉にレインは顔には出さず、雰囲気で不満を現しながら再び座布団の上に腰を下ろす。

 そしてカグヤは、レインの湯飲みに茶を注ぎながら夫にも声を掛ける。


「アナタも座って下さい」


「ムッ……だが、私もこれから準備が――」


「……“セツナ”の事ですよ」


「!……なに?」


 その言葉にハヤテの表情が変わる。

 抑えていた感情が崩れ、冷静な頭領の仮面が壊れ、明らかに親としての顔だった。

 それと同時、夜までの予定を頭で再調整する様に、悩んだ素振りを一瞬だけすると、自分が座っていた場所へと戻る。

 それを確認したカグヤも満足そうに微笑み、レインへ茶を入れた湯飲みを出すが、受け取った方は迷惑だった。


――熱いのは飲めん。


 少なくとも入れたばかりで熱過ぎて飲めず、それで先程まで冷ましていた。

 その為、これもすぐに飲めないと思っていたのだが、レインは湯飲みが湯気を立てていない事に気付く。


――まさか……?


 そう思って手に取ると、湯飲みはそこまで熱くはなく、寧ろ適温。

 そのまま口に運んでも適温であり、丁度良いお茶がレインの口内を痛ませずに流れていった。


「……適温か」


「フフッ……」


 笑い声に気付いてレインが顔を上げると、カグヤが手の掛かる子供を見るような様子で笑っていた。

 完全に彼女の掌の上にいる様に感じてしまうが、ここで何か言っても躱されるのは目に見えている。

 だからレインは代わりにハヤテへ鋭い視線を向けると、ハヤテはバツが悪そうな表情をし、咳払いしながらカグヤに本題を問いただす。


「ゴホンッ! それでカグヤ、一体セツナの何の話だ?」


「えぇ……でもこれは話というよりもになると思うわ」


「……頼み?」


 カグヤからの突然の話。

 それは頼みであると同時、レイン達にとって重要な分岐点、後に影響を及ぼす話でもあった。

 また、それを聞いていた時だった。


『――!』 


 部屋の外――廊下にぶら下がっている一匹の“コウモリ”の存在に、誰も気付かなかった。

 そのコウモリは普通の外見ではなく、瞳は充血している様に真っ赤で、顔も変な二本角や鋭利な牙が無駄に目立つ。

 

『――!』


 そのコウモリは、まるで役目を終えた様に突然外へと飛んで行き、誰にも見られることもなく森の中へと消えて行ってしまう。

 そんな事も気付かず、レイン達は話を続けていった……。


♦♦♦♦



 レインが屋敷で話を聞いている頃、ステラ達は里の甘味処で一休みしていた。

 ここに来る間、セツナと鈴の案内で色んな場所を回った。

 玩具店、遊技場、化粧具等の店を多く回り、ちょっとした物は購入もして新鮮なショッピングを楽しんだステラは、ガス抜きと言わんばかりにご機嫌だ。


 また、それはショッピングだけが理由ではない。年齢の近い同性――鈴の存在も大きかった。


「どうステラ? お団子に、おはぎに、お饅頭やあんみつ、どれもこれも凄いでしょ!」


「はい! 甘じょっぱいお団子のタレ、あはぎの優しい食感、お饅頭とあんみつも甘さが控えてたり、色んな工夫があって美味しいです!」


「ハッハッ! 嬉しい事を言ってくれるねぇ」


 老舗らしく高齢の店主が、ステラの感激の言葉に嬉しそうに笑いながら更にお菓子をテーブルへ置いてくれる。


「それにしても、こんなお菓子や料理、見たことない物ばかりです!」


 ステラの前に出された料理は全てが新鮮で、まさに味の冒険。

 そんな注文した物をステラと鈴は、まるで前から仲の良い友人の様に二人で食べ、雑談も交えながら本当に楽しそうにしていた。

 呼び捨てでの呼び合いも、ステラがレイン達に頼んだ様に、鈴にお願いしたからだ。

 

 そして、二人に気を使って隣の席で向かい合う様に座っていたグランも、セツナと一緒に背中から聞こえる楽しそうな声を聞きながら見守っていた。


「それにしても……今回は助かった、鈴の嬢ちゃんとセツナのおかげだ」


「いえ、それはこちらの台詞でもあります。鈴もギルド創設時代からいる一族の一人娘で、今では僕の家に来て色々と学びに来てますが、立場とかもあって、友達とか作らせてもらえなかったんです。だからステラさんのお陰で楽しそうで――本当にありがとうございます」


 セツナは心の底からそう思っているのだろう。

 雰囲気や声に嬉しい感情が溢れており、グランはセツナからの感謝の念が嘘ではないと分かるが、それでもグランは礼を言った。


「それでも礼は言わせてくれ。俺とレインも、護衛としてステラの精神面も気遣っちゃいるんだが、やっぱり限界がある」


 グランはステラに聞かれない様に注意しながら呟くと、手に持っていた、ところてんの入ったガラスの器をテーブルへと置いた。


――無理、させ過ぎちまったからな。

 

 まだ数日しか旅をしていないが、グランもレインも、ステラの様子に気付かない程に鈍感ではない。

 寧ろ、観察眼も優れている点もあって、嫌でも気付いいた。


「平然と振る舞ってるが、ステラが心身共に疲れていたい事には気付いていた。――無理もねぇ話だ、民の為、世の為にと内心怖くても敵国に単身で来て、ようやく親書を貰えたと思えば、信頼していた奴等から暗殺されかける。普通なら、とっくに心が折れてもおかしくねぇさ」


 更に言うのなら川に落ちて死にかけて、変異の魔物にも襲われて、数日落ち着いたと思ったら今度は暗殺を依頼された隠密ギルドの登場。

 就寝中は自分かレインのどちらかが見張りをしているが、それでもステラからすれば狙われている事もあり、不安なのはグランも百も承知だった。

 

――安心したかったんだろうな。


 自分達と名前で呼び合うのを提案したのも、誰か信じられる人が傍にいてほしいという願い。

 レインは割り切って早々に慣れた様子だが、自身は、ここぞと言う時は“姫さん”呼びが出てしまうのでまだ怪しいとグランは苦笑してしまう。


 そんなステラのケアも兼ねて、最低限の願いとかは叶えているのだが、当のステラは無理してでも足を止めない。


――自分が足を止めれば全てが無駄になってしまう。

 

 そう思っているのか、ステラは足を止めない。

 ステラ個人が足を止めるならば問題ないが、王族として歩まねばならないステラには、それができない。

 けれど王女といえど所詮は人間。

 構造やら作りが変異している訳はなく、並みの人間と同じ負担を受け続ければ、いずれは倒れてしまう。


「森の中だったは不幸中の幸いだった……食材の宝庫で、食事で楽しませる事も出来た。それに色んな自然の姿を見て、心も多少は癒やす事が出来たからな」


「それでも……強いですねステラさんは」


「あぁ強い……だが、人間はして耐える事は出来るが、をすればいずれ潰れる。――そんな連中を分かっちまうだけの自分が情けねぇ」


 グランは知っている、表情に出さずとも無理ばかりし、過酷な道を歩み続ける者達の事を。

 まるで足の止め方を知らない様に、このやり方しか知らない様に、辛く、悲しい道ばかりを進んで行く者達を。

 何故、そんな風にしか生きようとしないのか、そんな風にしか生きれない訳ではないのに。


「無理する為に生きている……その点は、ステラとレインはソックリだ」


「レイン……黒狼のレイン・クロスハーツ。――父が言ってました。月詠一族が、この道を歩む切っ掛けを作ったのは神導出兵、その中でレイン・クロスハーツの姿があったからだと。だから妖月戦争を期に、父は戦争に……いや、アスカリア王国をとも言っていました」


 今でも、セツナの記憶には印象に残っていた。

 背中で、そう語る父ハヤテの――あまりに弱々しい後ろ姿が。

 だが同時、セツナはグランの前で失言に気付く、四獣将であるグランの前でアスカリアを見限った等と言って良いわけがない。

 セツナは謝罪しようと席から立とうとした時だ、店内に大きな笑い声が響いた。


「アッハッハッハッハッ!!」


 その笑い主はグランだった。

 豪快に笑いながら手を叩く姿にセツナだけじゃなくステラと鈴、そして他のお客や店主までの視線を集めていた。


「どうしたんですかグラン、 そんなに面白い話だったんですか?」


 内容を知らないステラは、その様子にセツナと楽しい話をしていたのかと思い、振り返った状態で聞いてみると、グランは徐々に落ち着き始める。


「いやぁ~悪かったな。大した話題じゃないんだが、ただちょっとツボに入っちまっただけなんだ」


「そうなんですか? でも、グランもセツナ君と楽しそうで良かったです」


 そう言ってステラは、再び鈴との楽しい女子の会話へと戻っていき、店内の空気も徐々に戻り始めたが、セツナはグランの様子が不思議でしかなく、見つめているとグランも視線に気付いていた。

 

「そんなに不思議か? まぁ普通ならそう思うよな、アスカリア騎士の頂点の一人である俺が、国の事を言われてもなんとも思わねぇなんて」


――だが、今はそんなもんだ。


「ギルドが見限るって事は、身近な俺達騎士の中にだって、見限る奴が出ても何もおかしくはねぇさ。実際、それだけ先代の国王の時はアホ貴族共以外は見限った奴等もいる。だから、サイラス王が王の地位を奪い取る事が出来たんだ」


 アスカリア王国先代――ラマーガ王。

 アスカリア王国王位継承権第一位――ロミネス王子。


 今はどちらも死んだ存在。

 嘗て民や騎士達から失望された事で息子であり、弟でもあったサイラス王率いるクーデターによってその座を奪われると同時に落命。

 死んだ後も、罵詈雑言を吐かれているのは哀れだが、それだけの事をした者達だった。


「貴族主義廃止と共に、かなり自由な選択肢が出来た。今では平民出身で手柄を立てている騎士も多いしな。だから、昔の様な国への忠義だけで騎士をやっている奴は殆どいねぇ。家族、故郷、金、理由だけならいくらでもあるし、俺自身も“実家の兄”やサイラス王への恩義とかだけで四獣将やってる」


「近年の一般兵や、その他の騎士達はそうだとは思ってましたけど……まさかグランさんの様な方までなのは意外でした」


 その言葉もセツナの本心だ。

 しかし、任務の中には当然ながら命がけのもあり、それを真っ先に受けるのも彼等だ。

 真っ先に命を掛け、時には国への忠誠がなければ出来ない様な理不尽な任務もある。

 その事をセツナは知っているからこそ不思議だった。

 個人への恩義だけで本当にそこまで戦えるのかと。


「僕達が知る限り、貴族の中には、四獣将など一部の嫌いな騎士を、ただの憂さ晴らしの為に任務として呼ぶ……そんな理不尽なものもあると聞いています」


「おいおい……んな事まで調べられてんのか? ハッハッ! レインが聞いても呆れるぜ!」


 グランは否定はしなかった。

 何故なら事実であり、ストレス解消の如く、嫌味だけを言われる任務もあるぐらいだからだ。

 その為、グランはさっきと同じ様におかしそうに笑うだけで、気にした様子を見せなかった。

 

「けど……まぁ疑問に思うのも無理はねぇ。個人への恩義だけで、そこまでする筈はねぇしな」


 その言葉に、セツナは内心を見抜かれた様で驚く。

 だが、グランはそれが正解だという様に笑顔を浮かべ、注文した味噌田楽を頬張りながら話を続けた。


「実際、個人への恩義だけじゃねぇさ。妻子、俺を慕って近衛になった連中とその家族。皆の命も俺に掛かってるからよ、それもあって俺は四獣将として頑張ってるだけだ。――誇りやら何やらは、国がし、まぁ自業自得で片付く話だ」


「そ、そんなものなんですか……」


 まるで他人事の様に話すグランにセツナは苦笑してしまうが、当のグランは出された料理に舌ずつ見していた。


「にしても、ところてんとか田楽とか美味いな。甘いのが嫌いな訳じゃないが、俺はこっちの方が好きだぜ。――おっちゃん、おかわり頼む!」 


「それなら玉こんにゃくやお雑煮もお勧めしますよ」


「そうなのか? ならそれも頼むわ!」


「はい毎度!」


「あっ!? グランばっかりズルいです! 店主さん! 私もおはぎとあんみつおかわりです!」


「じゃあ私も氷イチゴのミルク増しまし一つ!」


 セツナのお勧めでグランが追加注文するや否や、ステラも追加注文して鈴もそれに乗っかる。

 お店の方もいきなり忙しくなり、普段とは違う光景に里内のお客も微笑ましく見ながらお茶を楽しんでおり、確かな平和な空間がここにはあった。


――だが、それは不意に壊されてしまう。


 お店の戸が開き、新たな客入って来たのに気付くと、店主もいつも通りに招き入れようとした時だ。


「はい! いらっしゃ――お前等……!」


 歓迎から一転、口調が敵意に近い言葉になった店主に気付き、ハヤテ、鈴、ステラの三人が入口の方に視線を向けると、そこには三人の青年達がいた。

 服装、雰囲気、その全てが明らかに里の者達と比べると浮いており、無駄に派手でガラが悪い。


「アイツ等か……」


「なんでこの店に来やがった?」


 そんな彼等の入店だが、奇妙な事に態度が変わったのは周りの客達もだ。

 面倒、厄介、酷ければ敵視に近い雰囲気を持つ者さえおり、負の感情が彼等に向けれられていた。

 

 だが彼等の服や額当て、手甲には“三日月を咥える猫”――月詠一族の印があり、三人も里の一員である事を示している。

 つまり里の仲間の筈にも関わらず、この扱いは謎だが、その理由はすぐに分かった。


「ハッ! 相変わらずカビ臭い連中だな」


 青年達も汚い言葉で返し、周りからのに彼等も慣れているのか、三人は鼻で笑ったりして周囲を無視した。

 そして、誰かを探す様に店内を見渡すと、ステラと鈴、そしてセツナを見付けると、典型的な嫌らしい笑みを浮かべながらテーブルに近付いて来た。


「よう! やっと見つけたぜセツナ! 鈴!」


「……


 三人の内のリーダー格の名を、セツナが呟いた。

 紫色の髪を真上に上げ、独特なヘアスタイルと、身長が高い青年――<ショウ>の登場に、セツナは席を立ちあがり、二人を守る様に間に入った。


「何の様だ……?」


 嫌な感じを抱いた事で、セツナの纏う雰囲気と口調が変わり、気圧す様に鋭い眼光を向けながらショウへ問いかけた。


「おいおい昔からの幼馴染で、何より里内の仲間だろう? そんな言い方すんなよ……なぁ次期当主様ぁ~!」


 挑発する様に癇に障らせる様な口調でセツナに顔を近づけ、わざとらしく口臭を放つ様に話すショウ。

 だがセツナは一切動じず、険しい瞳を一切逸らさなかった。


 すると、流石にバツが悪くなったのかショウは舌打ちし、面白くなさそうに距離を取った。


「――チッ! なんだよったく、シラけたな。まあ形だけでも当主を目指してるって事かよ」


 無駄に首を縦に振りながらそう呟くショウだが、誰がどう見ても負け惜しみであり、同時に周囲の怒りを買ってしまった。


「いい加減にせんか! この恥晒し共が! まともに任務もせず、周囲に迷惑だけ振り撒くだけの貴様等が若になんて事を言うんじゃ!」


「そうだそうだ! お前達と違ってセツナ様は、危険な任務でも自ら進んで果たしているのだぞ! それに引き換え、自分の一族の力を盾にして好き放題ばかりしやがって!」


「創設時からいる一族といえど、我慢ならんからな!」


 店主や客達から一斉に放たれた怒号がショウ達に放たれた。

 日頃から何か問題を起こしているらしく、どうやら周囲からの評判は地に落ちているどころではない様だ。


「あ、あの! いくらなんでも――」


「待ってステラ!」


 あまりの扱いにステラは困惑しながらも、周りを止めようとするが、鈴がその手を掴み、静かに首を振りながら止めた。

 鈴の目には確かな強い意志があり、ステラの介入は悪化の答えしかないと言っている様だった。


――ならばグランは?

 

 ステラは事態を収めようと、自分の背後にいるグランの方を向くが、グランは背を向けたまま、ところてん等をすすり続けていた。

 その様子からして、ショウ達が店内に入ってから一回も振り向いていないだろう。 


「グラン……?」

 

 けれど、ステラは、そんなグランの態度を不思議に感じた。

 こんな状況ならすぐに動くだろうと思ったが、何もせずに背を向けるだけで、雰囲気も怒っている様にピリピリとしている。

 声が掛けずらい感じ、だからこそステラも分かった、

 その疑問の答え、グランがそうしているのだと。


 しかし、なんでそんな事をしているのかは分からずにいると、ショウが周りに怒号を放った。


「うるせぇ!! 雑魚どころかただのゴミ共が! 俺達はだぞ!? 寧ろ頭を垂れろ!!」


「ショウの言う通りだってーの!」


「俺達の死んだ親父達がいたから今も里がある事を忘れんなよ!」


「!……こ、この……!」


 取り巻きも加わって周囲に牽制の様に叫び散らすと、周囲の者達も口を思わず閉じてしまった。

 

――英雄の息子。


 それがキーワードの様だが、周りの雰囲気は怖気づいたとか下手に出た様子ではない。

 歯を食い縛り、何かを我慢している様に怒りで肩を震わせている。


 そして客の一人が、もう限界だと言わんばかりに勢いよく立ち上がった。


「もう我慢できねぇ! そもそもテメェ等の親父達は――」


「そこまでだ!! それ以上は駄目だ……」


 客が何か言おうとした瞬間、セツナがそれ以上の言葉を許さず、周囲よりも覇気の篭った言葉を放った。


「セ、セツナ……!」 


 一瞬だが、空気が振動する程の気迫を出したセツナの姿に鈴も息を呑む。

 それは先程までの優しそうな少年ではなく、他者の上に立つ資格を持つ強者の姿。

 ショウ達ですら驚き、思わず二歩程後ろに下がる程だった。


「……大したもんだ」


 見ていなくとも感じられたグランだけは平常だったが、叫ぼうとした客も冷静になったのか頭を下げる。


「わ、若……申し訳ありません」


「……良いんだ。でもここから僕が預かる、だから皆は冷静でいてほしい」


 セツナの纏う雰囲気が、本来の優しい感じに戻った。

 それだけで、周りの者達は冷静になれて落ち着きを取り戻すことが出来た。

 

「何だってんだ……!」


 けれど、そんな光景でもショウには腹立たしい事で、セツナを殺意の眼差しで睨み付ける。


「んだよ……自慢か? 自分は周りに好かれてる、人望があるアピールかテメェは! 良いかよく聞け! 俺はテメェを認めねぇからな!!」


 妬み、劣等感、我儘、セツナへ向けたショウの言葉にそんな感情ばかりが読み取れる。

 それは同時にショウ自身が周りから認められていない事を意味しており、彼のコンプレックスでもあるようだ。


 だが、彼の態度や言葉に周りの者達は良い表情をせず、とうとう鈴が動いた。


「いい加減にしなさいよショウ! あなた達もよダン! ミズキ! そんな態度で横暴な事をばかりしてれば誰もあなた達に見向きもしなくなるわよ!?」


「っ!……うるせぇな! お前は黙ってろ!!」


「いいえ黙らない! 特にショウの場合は、五年前の自分から仕掛けた決闘で、自分よりも格下だと思ってたセツナに惨敗したからその逆恨み――」


「やめろぉぉぉぉっ!!!」


 鈴の言葉にショウは発狂した様に叫んで彼女の声を遮り、その不快な怒号が店中に響き渡る。


「負けてねぇ……俺は誰にも負けてねぇ!!」

 

 聞かれたくない、見ず知らずの連中もいる中で自分の不利になる事を知られたくない。

 ショウは誤魔化す様に叫ぶが、それは自分勝手な自己防衛でしかなかった。

 自分の味方だけを作り、嫌いな奴にだけに、周りも一緒になって責めてもらいたい為だけの行動。

 

「なんだ、みっともねぇ奴だな」


 一人の客が見下す様に呟いた。

 今でさえ、周りは馬鹿が突然叫びだしたとしか思わず、ショウへ更なるヘイトを溜めるに過ぎなかった。


「もう一度だけ聞く、ここに何をしに来たんだ?」


 そんな中で、一切動じていないセツナは再度聞き返す。

 すると、ダン・ミズキの取り巻き二人は怖気づいた様に顔を逸らす中、無駄に叫んだショウが息を整えながら答えた。


「ハァ……ハァ……! 大した理由はねぇよ、ただ頭領様が招いた客がどんなのかって気になってよ。わざわざ見に来てやったんだ……! やっぱり良い顔してんじゃん」   


「!」


 ショウが自分に向けた表情を見て、ステラは恐怖を抱き、その身体を思わず震わせた。

 それは上玉の異性を見つけた時の嫌らしい笑み――ではなく、まるで利益になる物を見つけた時に見せる、人間特有の歪みの表情だった。


――こいつさえいれば、俺達はまだ……!

 

 得られれば自分の人生が変わる。

 それが目の前にある、手を伸ばすだけ、リスクもあるがそれは手に入れてしまえばどうとでも出来る。

 そんな極上の代物を見ている様な歪んだ感情、それをステラは知っている。

 

『あの姫様はお人好しだ……上手くご機嫌を取れば好き勝手にできよう』


 自分に取り入れば何でも出来ると考えている貴族。


『ヒ、ヒヒ……姫様よぉ~俺は無実なんだ……だから出してくれよ~?』


 民と親しくしているからと、自分に同情をさせようと罰から足掻く罪人。

 それは歪みきって自分の良心が死に、他人への思いやり分からない悲しき命。


 目の前にいるショウという少年を見て、ステラは少なくとも、それらの者達と重なって見えた。

 そしてあまりに気持ち悪い心を感じてしまい、身体も咄嗟に動かす事が出来なくなってしまう。


――けど、私はこの人をどこで……?


 しかしステラは、不思議とショウに、そんな違和感も手伝いって更に行動が遅れてしまった。


「ハハッ……まぁ初めまして、といこうぜ?」


 ショウは手を伸ばしてゆく、目の前に一生の怠惰も許される代物を掴む様に。


――だが、それは叶わなかった。


「それ以上、近付くな」


 ステラへ手を伸ばすショウの腕を、セツナが掴んだ。

 

「この人達は客人だ、それ以上の無礼は絶対に許さない」


「グッ!? くっ、このぉ……!!」


 歯を食い縛り、必死の形相を浮かべながらセツナの腕を払おうとする。


――な、なんだこの力は……!?


 だが全く外れる様子はない。

 寧ろ、放すどころか肉の圧迫音、骨が圧で軋む音が強くなる程にセツナは力を強めていく。


「があぁぁぁぁっ……!!?」


 これにはショウも、流石に焦りが出た。

 セツナならばどうせ放してくれるという自分勝手に思惑を抱いたショウだが、彼の歪んだ何かを察したセツナは簡単に許さなかった。


――それだけの事をしようとしている、ここでいつもの様に簡単に許していけない。


 里の者として、次期当主として父が招いた客人達の身を守護する為にセツナは阻んだ。

 すると、徐々にショウの顔が青くなり、変な汗を流し始めた事で鈴とステラが思わず止めに入った。


「セツナ! もう良いよ!? それ以上は――」


「私も大丈夫ですから!」


「……」


 迷いはあったのだろう。

 二人に言われた事でセツナはすぐに手を放した。


「ちくしょう!」


 ショウは掴まれていた腕をもう片方の腕で抑え、セツナから距離を取った。

 けれど、セツナが放した事でこっちのもんだとでも思ったか、また恨みがましい視線をセツナへと向ける。


「くそっ……! ふざけんなぁ……よくも……よくもテメェ――」


 呼吸を荒くし、血走った瞳でショウが、再びキレようとしたその時だった。


「――おい」


 店内に、食器を強く置いた様な音が響き渡る。

 その音を聞き反射的にその方向を見ると、そこにいたのは背を向けていたグランだった。


「おっちゃん……注文したところてんとかまだか? もう残りは全部食っちまったぜ」


「えっ……あ、あぁ……すぐに用意します」


――そんな場合じゃないだろ。


 誰もがそう思ったが、グランの堂々とした姿に店主もつい頷いてしまい、注文された品の準備を始めてしまった。


「……アイツか」

 

 それと同じく変化もあった。

 ショウ達は今まで触れなかったが、グランが動き出し始めたのを見て、何やらバツの悪そうな顔を浮かべていた。


――思えば、まるで触らぬ神に祟りなし。


 それを実行していた様に、グランには一切触れようとしなかったショウ達。

 まるでグランを様に後退りし、グランが少しずつ動き始めた事で店を出ようとする。


「くそっ……! 覚えてろよセツナ! 俺は英雄の息子だ……! 絶対にお前が俺より上なんて認めねぇッ!」


 そう叫び、三人は店から逃げる様に去ろうと戸を開けた、その時だった。


「――おいおい、なんだ? 俺には何も言ってくれんぇのか? 寂しいじゃねぇか……!」


 グランが口を開いた。それはショウ達に向けられている言葉だ。

 相変わらず背中だけで語っているグランだが、逆にそれが、表情が分からない為、周囲に妙な迫力を抱かせた。 


――!……く、空気が重い……!?

 

 だがそれを感じられるのは、、グランから言葉を向けられている者達のみ。

 ステラと鈴は当然、店の者達でさえ、グランからは迫力は感じるが恐怖はなく、セツナだけが微かにグランから感じ取れる“殺気”に気付けた程度だ。


「ハァ……ハァ……!」

 

 故に、グランの標的となっている三人の受けるプレッシャーは半端ではない。

 心臓を握られて呼び止められているかの様に、三人の顔色からは血の気が失せ、全身からの汗が止まらず、腹を下したような脂汗を流していた。

 

 これにより、ショウ達は己の本能が警告し、グランの話が終わるまでは動けないと判断する。


「お前等の事情とかこの際、全部無視するけどよ……いくらなんでもだろ?」


――あからさまに俺に視線を向けなかったのは、お前等の中で俺とレインがそんなに恐ろしく残ってたからか?


「……!」


 グランの一言一言に、彼等の顔色は更に悪くなる。

 肯定、否定の行動すら出来ず、首に賭けられているロープが締められるのは、ただ待っているだけと同じだ。


「……足を庇いながら歩けば、流石に俺等ぐらいなら気付く。それに纏っている雰囲気でもそうだ。が何処にいるかとかは聞かねぇが、これだけは言っておく――」


 グランは湯飲みを持ち、水面に浮かぶ茶柱を見ながら言った。


「俺が、本気で思ってんのか?」

 

「……!!」


 静かに、だが確かに込められた殺意の篭った言葉。

 それを聞いた瞬間、彼等は息を呑み、そのまま吐くのを忘れる程の圧倒的な何かを知ってしまう。

 一度も自分達を見ていないのに、ミズキが足を痛めているのも知っている。

 

――そんな訳がない、バレる訳がねぇんだ……!


 何を思い、何をショウは感じたのか。

 少なくとも口にはせず、心の中でのみ負け惜しみを口にするのが精一杯の足搔き。


「この茶も美味いな……」


 幸か不幸か、話は終わったと言わんばかりにグランはお茶を飲み始め、今まで店を包んでいたピリピリとした空気も消え去った。

 それを察してか、ショウ達は外へと出て行こうとした時だ。

 

「待てショウ! そう言えば……はどうした? いつもだろ?」


 セツナが、彼等を呼び止めた。

 違和感はあったが、グランの言葉が決定的となった。

 いつもショウ達は四人で行動しており、いないのは『ハヤカワ一族』の“アサヒ”という少年。

 セツナは何故いないのか聞きだそうとするが、ショウは吐き捨てる様に言い捨てた。


「……知るか! いつまでもずっといると思ってんじゃねえ!」


 そう言って店からショウ達は出て行った。

 まるでグランのいる場所から少しでも早く遠くに行きたい様に。  


「――なっ!?」 


 けれど、その足はすぐに止まってしまう。

 ようやく出てこれたと思った矢先にこれとは、どれだけ自分達の運はないのだろう。


 目の前に佇む一人の男――レインの姿を見た瞬間、心臓が止まったような圧倒的な絶望を抱いてしまった。

 

「こ、黒狼――」


 思わず呟きそうになった口を、ショウはすぐに呑み込んだ。

 ただ出会っただけではないか、何も問題はない。自分達は何もしていない。

 ショウはそう言い聞かせる様に落ち着きを取り戻し、レインの横を通り過ぎようとした。


――バレてねぇ。そうだバレてねぇ!


 レインも自分達に立ちはだかる様に道に立ってはいるが、横に移動した自分達に視線すら移動させない。

 彼と自分達は関係ない、ショウは勝ち誇った様に通り過ぎた。


「――


 横切った直後、レインの小さな声が彼等の耳へと届く。


「!……くっ――」


 ショウ達は思わず再び走ってその場を後にするが、レインは彼等へ振り向く事はしなかった。

 レインはハヤテ達との会話も終わり、恐らくステラ達はここにいるだろうと言われた場所を聞いて来ただけだった。

 

 ショウ達はあくまで偶然、けれど容易に対処も出来る事。

 なにより、この問題は月詠一族で始末すると話したばかりだ。


「ここか」


 だからレインは特に動かず、言われた甘味処の前で店を見上げて目的地かと確認していると、店の中からセツナが飛び出してくる。


「待てショウ!――ってあれ、レインさん?」


「……ステラはここか?」


 出て来たセツナにも動じず、レインはステラの事を聞いた。


「は、はい……ステラさんもグランさんも店の中にいます」


「……そうか」


 その言葉にレインは納得するが、何故か店の中に入ろうとせずセツナを見下ろしながらジッと見つめていた。

 

「え、えっと……どうしましたか?」


 ずっと見られていれば照れくさくもなるが、相手がレインである以上は寧ろ困惑しか抱かない。

 何か怒らせたか? 何か気になる事でもあるのか? 

 セツナは戸惑いながら言葉を待っていると、レインは呟いた。


「……


「……えっ?」


 それだけ言ってレインは店の中へと入ってしまい、どういう意味かを聞きそびれてしまったセツナ。 

 周囲を見渡してもショウ達の姿もなく、セツナ自身も店に戻るしかなかった。


「あっ! レインも来れたんですね! おはぎとか一緒に食べましょう!」


「おうレイン! 話って何だったんだ?」


「後で話す、お前も無関係ではない」


 ショウ達が壊した空気が修復され、徐々に良い意味で騒がしくなり始めた店内。

 それに釣られるようにセツナもまた、今だけは楽しもうと思うのだった。


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