第15話:平和を求めし影


 和平を望むというハヤテの言葉、それを聞いたレインとグランはすぐには信じられなかった。


「どういう事だ? 戦いこそ、ギルドが己の名を挙げられる絶好の機会。それ目的としてギルドは動き、実際に妖月戦争では歴史上最大数のギルドが参加した筈だ」


「実際それで“星”を得た連中もいる中、隠密ギルドは扱い方はともかく、両陣営ともに真っ先に参加を呼びかけるギルドだろ? なのに何故、そんなギルドが戦争を止めたがる?」


 ギルドは戦いを求めている、そんな風に思われている中、どの陣営も好待遇で迎えるのは隠密ギルド。

 裏切れば一生陣営に狙われるが、裏切らなければ好待遇は続くので、申し出を拒否する理由はなかった。


――普通のギルドの考え方ではないな。


 明らかに自分達、そして世間との認識がズレている月詠一族の内が読めず、レインは相手の言葉を待つことにしていると、ハヤテはお茶を少し飲んでから口を開いた。


「……失うものが多すぎた」


「失うもの……ですか?」


 ハヤテの言葉にステラは首を傾げた。


「確かに隠密ギルドは争いの度に重宝され、他のギルドよりも報酬が高額なのも確か。――しかし、それでも戦火の中に入るのも確かなのです。傭兵ギルドを筆頭に、我々が楽に報酬を得ていると判断し、妬む者もいますが楽な戦場などある訳がない。だが彼等は“表の戦場”を生きており、我等が戦うは“裏の戦場”である以上、理解できないのも必然なのでしょう」


「裏の戦場……?」


 聞きなれない言葉に再びステラは反応し、レインとグランは何かを知っている様で黙っていたが表情は隠す様に無表情だった。


「えぇ……それは影達の戦場です」


 そう言ってハヤテは語り始めた。


 表の戦場が騎士・兵・ギルド達が武勇を競って戦う場所ならば、裏の戦場は誰も知らず、歴史にも残らない隠密ギルド等ののみが知る戦場だと。


 敵将の暗殺・機密奪取・妨害・工作。

 理由などいくらでもある、そこにあるのは自軍の利のみ。そこに戦う者に心は不要。任務を遂行する為だけに命を賭ける。

 その敗北が国の、自分達一族の破滅になるかもしれないのだから。


――だがそれは敵も同じ、敵もまた敵国が雇った隠密ギルド達。


 影同士の戦い、影の殺し合いは誰も知る事はない。

 敵味方関係なく、多くのベテランや若き命が散っていようと戦死している事にさえ気付かれない。

 

 けれど、それでも月詠一族や他の隠密ギルド達はその道を選び続けていた。

 そう生きて来たから、それが自分達の宿命と信じていたから。

 例えそれによって徐々に仲間の数も減っていたとしても。


 しかし、そんな時にハヤテ達は自分達を変える“戦争”に出会ってしまった。


「そんな我等を『妖月戦争』が変えたのです……」


「なる程な……」


 ハヤテが口にした妖月戦争の名に、グランは納得した様に皮肉そうな笑みを浮かべる。


「妖月戦争……近年では最も悲惨な戦いになったと聞きます」


 ステラも参加せずとも、内容は父や他の者達から聞いていた。

 切っ掛けも根本的な理由も下らなく、禍々しい月の下で行われた戦争を。

 けれど、その言葉にハヤテはおかしそうに笑い出した。


「ハハハッ……“悲惨”ですか。確かにその例えも当てはまる……しかし、その例えで言う者の殆どが、あの戦争を真なる意味で知らぬ者よ」


「……!」


 ステラは言葉が出せなかった。それは事実であり、ステラ自身は戦場に顔を出してすらいないからだ。

 周りが彼女を城から出さなかったのもあるが、レイン達からしては、その選択が正解と言えた。

 何故なら、悲惨の一言で片付けられない程に、あの戦争は特別であると同時に、あまりにも死なずに済んだ命を吸い過ぎたからだ。


 だから二人はハヤテの言葉を聞いても、ステラが申し訳なさそうにしても何も言わなかった。

 すると、その様子に気付いたハヤテはハッとなって頭を下げる。


「申し訳ない、あなた様を責める訳ではなかった。――話を戻しましょう、あの戦争は今までの戦いでも特殊であり、悲惨だけではなく最もある言葉は――」


――“愚”でしょうな。


「人間の愚かさの全てが、あの戦争にはあった。――大国の二国が、まさかたった“一つの小国”に利用されて起こしてしまった戦争。それを見て気付いてしまった」


――あぁ、我等も滅ぶのか……と。


 ハヤテは、初めての感覚を抱いてしまったのだ。  

 世界の命運にも触れている大国が、小さな小国に良いように利用され、若き命も、強き命も平等に消えて行った。

 だが、その命は消える必要もなかった命、裏で戦った者だからそれが分かる。


――なんだこの戦争は? あまりにも下らなすぎる。

 

 主に雇われ、任務だけに一族と仲間と生き抜いてきたが、その先の答えが見えてしまった。

 国は滅ばない、滅ぶのは自分達だけだと。

 影の位置だからこそ分かる、真に傷付く者達と勝敗に関係なく傷付かない者達が。


――ならば我等は何の為に戦ってきたのだ?


 今までの自分達への不信感。

 主ではなく、真っ先に自分達――隠密ギルドの生き方に不信感を抱いてしまった。

 決定的になったのは自分以外の者達もそう感じていた事、そして――


「“神導出兵”……あれが我等をこの道に進む決定打になったのです」


「神導出兵……? 何なのですか神導出兵というのは、妖月戦争時に起きた事なのでしょうか?」


 『神導出兵』――その言葉を、ステラは知らない。

 少なくとも、ルナセリアが得た妖月戦争の情報の中に、そんな出来事は存在していなかった。


「レインとグランはご存知ですか?」

 

 ステラは二人が何か知っていると思い見るが、レインはずっと瞳を閉じたままで何も答えない。

 ならばグランはと思って逆も向くが、グランはジッと視線を真っ直ぐに固定していたが、拳が震える程に握っていて話し掛けずらい雰囲気だった。


「これはアスカリア側では有名な事、ルナセリア側で関係している出来事と言えば、恐らくですが――『妖月の魔狼事件』じゃないでしょうか?」


「妖月の魔狼事件?――はい、それならば知っています。確か当時の『木星の八星将』が率いた中隊が一人を除き壊滅した事件です」


 ステラが知っている限りでは、あれは大事件としてルナセリアにも記録され、国内にも衝撃を与えた出来事だった。

 中隊規模を率いていた先代の木星将が、妖月戦争に出陣する為に【アルタイル平原】へ向かったのだが、そこでを残して全滅した事件。

 目撃者は瀕死ながら唯一生き残った部隊の副官にし、現木星将『バラン・アルデウッド』だけであり、彼はこう証言していた。


『――木星将殿が魔狼に手を出してしまったのが運の尽き。手を出すべきではなかった、んだ……そうりゃ、もっと沢山生き残れたと思うよ?』


 まるで、他人事の様にバランは証言したと記されていたが、肝心の魔狼は結局、見つかる事はなかった。

 結果、バランが怪我による記憶障害で、何かの魔物を見間違えたという結果になり、それ以来バランがこの事件の証言をする事はなくなった。

 

「ルナセリアでは、あの事件は特殊な魔物の仕業という結論が出されましたが、実際は違うのですか?」


「魔物か……確かに魔物だったのだろうな」


 ステラの疑問に応える様に呟いたのはレインだった。

 ゆっくりと瞳を開き、何かを悟った様なレインの姿にステラは何かを感じ取る。


「レイン……何か知っているんですか?」


 それは純粋に聞くべきだと思ったのだろう。王女として、そしてこれから先に共に旅をする仲間として。

 しかし、レインにそれを聞くことは叶わなかった。


「ステラ……それは、それをレインに聞くのは酷な事だ。だから、今は何も聞かないでいてくれ」


 止めたのはグランだった。

 グランは、ステラの肩に優しく手を置いて首を左右に弱々しく止める。


「……俺は構わないぞグラン?」


「馬鹿野郎……それで後悔する側の気持ちも考えろ。もう無駄にお前も傷つけさせねぇよ」


 能天気に好意を無下にするレインへグランは叱る様に言うと、ステラは察したのか、それ以上は何も言わなかった。

 すると、代わりに答えたのがハヤテだ。


「そんな神導出兵……そして、元凶の小国がそれによって滅んだ姿を見た我等は決めました。――時代が変わる、我等も変わるべきだと。その結果、もう必要のない古き習慣を捨て、本当の意味で一族を存続させる道を選んだのです」


「それが戦争を拒絶する理由か……だが、今までの話を聞く限りアスカリアに雇われていた様だがどうなんだ? 仕えていた者達が放っておくのか?」


「それに関しても大丈夫です、仕えていたとはいえ縁切りもしっかりしていますので」


 何やら気にはなるが、どうやら隠密ギルド式アフターケアもしているのだろう。

 レインの問いに対し、言い切ったハヤテの表情は何やら誇らしげだった。


「そういえば、皆さんはこの森にいつから住んでるんですか? 地図には載ってなかったんです」


「もう随分長いですよ。創設以来、月詠一族はこの森に里を構えていますから。地図に載ってないのも、この地図ギルドとは協力関係なので敢えて記してもらってないんです」 


「いやいや記してないって……あんな堂々と存在してんだから意味ないだろ?」


 普段は隠しているならばともかく、堂々と存在しているのに記すも記さないもない。

 普段は人が来ないのかも知れないが、万が一訪れれば地図との違いに自分達の様に気付くと思い、グランは理解できなかった。


「そのことなんですが……」


 そのグランの言葉に場の空気が重くなり、ハヤテやセツナ、カグヤですら真剣な表情――というよりは思いつめた様な表情を浮かべる。


――えっ、今のなんか言っちゃ駄目だったのか?


 空気の急変にグランも思わず冷や汗を流し、レインとステラに助けを求める様に視線を向けようとした時だった。


「実は……その事で皆様さんに聞きたいことがあるのです。――この森に入る時、確かに?」


「……あった。地図にはなかったがルート的にも無視できず、止むなくこの森に入った」


 レインはハヤテの言葉に重みのある真剣さを感じ、素直に自分達が見た内容を話した。

 するとハヤテは「そうですか……」と納得し、隣にいるセツナへ視線を向けると、セツナも頷いて話を引き継いだ。


「実は、本来ならばこの森全体は普段、結界術で姿を隠しているんです。だから、森の入口に僕が皆さんを出迎える予定でした」


「出迎えるって……私達をですか?」


「待て待て! そうだ、なんで月詠一族は俺達がここに来ることを知っていたんだ。 出迎える気だったって事はそう言う事だろ?」


 不信感の疑問の一つ、自分達の存在に何故に月詠一族が知っていたのかをグランは問いただすと、セツナもそれを話してくれた。


「先程も言っていた様に、僕達は各国の主要人物をマークしていました。その中で、やや妙な動きをしたのはルナセリアの一部主要とステラ王女、そしてアスカリアのサイラス王でした」


 セツナ達も、最初は何か秘密裏にやり取りをしているだけと思っていたが、その矢先に馬車が数台もルナセリアからアスカリア方面に向かったと思えば一斉に行方を暗ました。

 同時期にステラ王女が表に出なくなり、今度はサイラス王が貴族達を呼び出し、何かを忠告したと報告があった。

 更に、国中に散らばっていた四獣将に招集を掛けた事で確定的となり、予想するのは容易かったのだ。


「そして極めつけはこれです」


 そう言ってセツナが取り出したのは“新聞”だった。

 各情報ギルドが発行しているもので、その見出しをレイン達へと見せるとこう書かれていた。


『偶然か? 人為的か? グラウンドブリッジ半壊!? 謎の戦闘痕が鍵を握る!』


「……やはりグラウンドブリッジの件は問題になっていたか」


 新聞に載っている内容はレインの予想通りであり、特に驚く事ではなかった。

 ただ、暗殺犯との戦いの痕の方が肝心だった。

 

「完全に崩壊してはいなかったが、戦闘痕が残っていたのは問題だな」


「はい、その後はサイラス王がすぐに指示を出して封鎖。補修の指示を出していますが、一部のギルドは勘付いた筈です」


「グランサリアに入った筈のレイン殿とグラン殿が首都から出ていない事は、我等や他ギルドも把握しております。そんな状況下、グラウンドブリッジ崩壊、それを襲撃と判断した我等は、すぐに川の終着点の一つである、あの湖に仲間を向かわせて調べさせました。――そして、皆さんと馬車の残骸を発見したのです」


「……そうなれば後の行動も予測できるか。どの道、港街に向かう以上はな」


 思っているよりも各ギルドが既に動き出している事にレインは重く見るが、取り敢えずは月詠一族に関する疑問は殆ど溶けた。

 

「ならば鬼血衆も勘付いたギルドの一つか?」


 鬼血衆は森で合成魔物を準備してまで待っていた。

 同じく察したのかと思ったが、本当の問題はそこだった。


「実は……鬼血衆は皆さんが来る二日前に森の前に現れたのです。そして我等に、ステラ王女の首を共に取る事を持ちかけて来ました」


「ですが、私達は既に修羅の道を捨てたので断ったのです。それで森の結界を解かず、鬼血衆を締め出していたのです。――しかし、皆さんを迎えようとした日に結界が解かれてしまい、鬼血衆を森に招いてしまいました」


 ハヤテとカグヤの話は今日までの事を説明していたが、聞き捨てならない部分があったのにレインは気付く。


「解かれたと言ったが、その結界を解けるのは僕達月詠一族のみ。つまりは――」


「ちょっと待て! それって月詠一族に“裏切り者”がいるって事だろ、そんな事を俺等に言っていいのか?」


 レインの言葉を遮って、思わずグランが流石に待ったを掛けた。

 話を聞く限り、この里内に鬼血衆を招いた内部犯がいる事を示しているが、それを自分達が聞いて良い内容なのかと。

 

「無論、これは我等の事を信用してもらいたい故にお話しております。ハッキリと我等の立場を示しますと、皆さんの味方と思って頂きたい」


「月詠一族が味方……それを前提で考えるが、これから俺達はどう動かそうとしている?」


「今日はこの屋敷で休んでいただき、明日には馬車を用意しますので、それに乗って近くの村か街へとお送り致します。――鬼血衆と裏切り者については我等にお任せください」


 まるで主に祈願する様にハヤテ達は頭を下げるが、ステラの表情は曇っていた。


「そんな! もとはと言えば、私達がここに来てしまったから鬼血衆が……なのに、問題だけ残して行く事なんてできません!」 


「お優しい方だ……しかし鬼血衆とは元々、我等がこの道を歩み始めてから対立しておりました。ですので、これは遅かれ早かれ」


「だが鬼血衆は合成魔物を持ち出している、流石に勝算はあるのか?」


「戦の道を捨てたとはいえ、我等は力を捨てた訳ではございませぬ。元々、鬼血衆は既に死に体であり、合成魔物に対しても油断も慢心も致しません」


 レインとステラの言葉に、ハヤテとカグヤがそれぞれ答えるが、ステラは納得できていない。


「でも……それでも……!」


 納得できる筈がない。暗殺対象である自分のせいで争いが起きているのだから。

 争いの種だけ撒いて、後の事は他者に任せるなんて無責任な事がステラには出来ず、責任を取りたいと思っていた。


 すると、そんな彼女の様子を見てハヤテは何か決意した様に真剣な表情を浮かべ、ステラを見据えた。


「ステラ王女……貴女様はお優しく、己の責任に向き合おうとする素晴らしい方だ。民から慕われているのも分かります。――ですが時と場合を考えられなければ、それはただの愚者の考えです。思い出しくだされ、貴女様が本当にしなければならない事を、出来る事を」


「それは……!」


「これは我等、隠密ギルドの問題でもあるのです。ならば我等がケジメを付けるだけであり、貴女様は少しでも早く祖国に戻る事を考えて下され」


「……はい」


 己のすべき事は分かっている。

 だから“和平”の事を口に出されてしまえば、ステラは何も言えない。

 しかし納得もできない、だがするしかない。そんな葛藤を察したのか、ハヤテは少し考えてから鈴を呼びだした。


「――鈴」


「――こちらに」


 鈴はすぐに入って来ると、ハヤテは要件を伝える。


「彼女達を部屋に案内してくれ、そしてその後は……セツナと共に里を案内してあげなさい」


「えっ……ですが――」


 ハヤテからの突然の提案。確かに休むにも早い時間であり息抜きしても支障はない。

 ステラの心情を配慮したハヤテの提案であり、ステラはレインとグランの顔色を窺うと、レインも察して静かに頷いた。


「時間もある、別に構わん」


「だな……里内ならまだ安心は出来るだろうし、何かあっても俺等もいる」 


 流石に鬼血衆が里内に襲撃するとは思えず、裏切り者に関しても自分達がいる以上は対処できるとグランも反対はしなかった。

 すると今まで緊張状態ばかりだったステラの瞳は輝き始め、その足で素早く立ち上がる。


「本当ですか!! 見た事のない物ばかりで見てみたかったんです!!」


「ハハハッ……隠密ギルドは独自の文化もありますからな、きっと良い土産になるでしょう」


「それじゃ、僕と鈴も付いてご案内しますね」


「和菓子に化粧具など、色々と気に入ってくれるとおもいます」


 ハヤテはステラの様子に嬉しそうに笑い、セツナと鈴も立ち上がって準備し始めると、レインとグランも立ち上がった時だった。

 レインだけがハヤテに呼び止められた。


「お待ちくださいレイン殿……実はレイン殿に話がありましてな」


 その言葉にレインはその場で立ち止まり、グランへ視線を送ると、グランもさり気なく頷いた。

 こっちは任せとけ、そう伝わる様子にレインは頷き、腰を再び下ろした。


「……分かった」


「じゃあ、俺等部屋に荷物を置いたら町の中に行ってくるわ」


「早く終わったらレインも来てくださいね!」


 4人は部屋から出ていき、残されたのはレインとハヤテ、そしてカグヤだ。

 静かになった空間。それでも落ち着かせる雰囲気が包むのは屋敷の作り特有なのだろう。


 だが、それでもレインは未だに菓子に手を付けない。

 ただ黙って無表情をハヤテに向け続け、そんな態度にハヤテも流石に苦笑を隠せなかった。


「……甘いのは苦手ですか?」


「……これは菓子の色ではないだろ?」


 茶菓子は華を模していて、主な箇所は黄色・緑などだがレインはそれが嫌だった。

 明らかに菓子の色ではない。完全に食わず嫌いのあれだが、ステラとグランが話の中でもちゃっかり食べていたのが理解できなかった。

 

 けれど、そんなレインも茶には手を付けた。

 湯気はとっくに消えてしまい、温くなっているが関係なく飲む姿に、カグヤが指摘するように声を掛ける。


「……入れ直しますか?」

 

「……熱すぎても飲めん」


 猫舌程ではないがレインは、熱い飲み物は苦手で、多少は冷ます。

 緑茶を出された時も圧倒的な湯気の存在で飲まなかっただけであり、そんな人間味のある姿にハヤテとカグヤの表情が緩んだ。


「――“心無き獣”……あなたのそんな姿を見ると、その噂もやはり当てには出来ませんな」


「……言ったはずだ、茶飲み話がしたければ他を当たれと。話題は何もないぞ」


 空になった湯飲みを置き、レインは無駄な話ばかりのハヤテに目を向けた。


「では月詠一族との茶飲みはつまらない、そう言われる前に聞いておきましょう。レイン殿、鬼血衆に襲撃された時に不審な者達はおりませんでしたか?」


「……どういう意味だ?」


「森の結界は一部だけ解く事も出来るのですが、半端者はそんな解き方は出来ず、森全ての結界を解いてしまうのです。そしてレイン殿達を助ける前、一部の者に結界を解いた時に感じた魔力の発生地へ向かわせると、鬼血衆の痕跡があったそうです。――時間的に考えて、そこから我等に見つからずに逃げたとは考えずらい。可能性としては鬼血衆と共に行動し、レイン殿達の周辺にいたと思われます」


「……なる程」


 レインは、ハヤテの言いたい事に納得する。確かにステラも魔力が森全体に感じたと言っていたからだ。

 その時にセツナが結界を再度構築したのだろう。そうなると、ハヤテが求める答えは鬼血衆と戦った時にいたメンバーの可能性が高い。

 

「確かにいた……鬼血衆でありながら“印”のない赤装束が」


 レインの脳裏に過ったのは、最初に自分達に気配を気付かれ、ステラを狙った未熟な鬼血衆の事だった。

 思えば、ギルドは己の旗印を大事にする以上、全く身に付けない事は普通ではない。


「印のない鬼血衆ですか……」


 その答えにハヤテも心当たりがあるのか、少し考える素振りをしているが辛そうに息を吐き、ゆっくりと口を開いた。


「……そうですか。ではもう一つ聞いてもよろしいですかな?」


「構わない」


「……その不審な鬼血衆ですが――」


――ではありませんか?


 既にハヤテ達は裏切り者の存在に気付いてた。

 真剣な表情で己を見るハヤテに、レインもただ静かに頷くだけだった。


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