第三章:隠密の少年セツナ
第12話:鬼血の襲撃者
――レイン達が湖の森を出て、もう二日が経過していた。
道中、襲ってきた魔物は倒したり殺気で脅して逃がす等で対処したが、夜盗の類と出会わなかったのは幸運だった。
故に、ちょっとした森林浴とでも思えば気分も良いが、地図を見る限り、そろそろ森も終わりが近かった。
「……そろそろか」
「あぁ、地図を見る限りでも森はもう抜けそうだ」
「木々も最初に比べ、少なくなってますね」
それぞれが荷物を持って歩く中、グランは地図も広げてながら歩き、森の終わりが近い事を知らせた。
地図を見る限り、森を抜けた後は少し広い平原あるぐらいで、その平原を越えれば村の一つや二つあり、情報収集や馬を買う事ができる。
「おっと……そう言っている間にも抜けてきたな」
「ここを抜ければ平原なんですね」
光が強くなり、まるで森の終わりを告げているようだった。
風も迎えて一つの扉をくぐる様で、三人は森の出口へ足を踏み出した。
――そして、レイン達を出迎えたのは。
「……あれ?」
ステラは首を傾げてしまう。
確かに平原が出て来た、自分達の立っている場所、それは紛れもなく平原だ。
芝生様な草の絨毯、吹き抜ける気持ちのいい風が通り過ぎる
――だが、三人の目の前には、先程の森とは比べ物にならない程の“森”もまた、君臨していた。
「平原には出たな……」
「ですが凄い森もありましたね……」
レインとステラは目をパチパチとして何度も瞬きするが、どうやら幻覚ではないと理解。
確かに平原はあったが、例えるならサンドイッチのパンが森なら、平原は間の野菜かチーズ程度しかない。
しかし、一番面食らったのは地図を見ていたグラン自身だった。
「いやいや! あり得ねぇぞこんな事!? 地図には確かに平原だけで、森なんてどこにも記されてねぇって!?」
「……流石の地図ギルドも、こんな場所までは真面目に地図なんて描かないか」
「だあぁぁ!! これだからギルドの当たり外れは嫌なんだ! 国の地理担当も真面目に仕事してればこんな事には……!」
二日前までは流石は地図ギルドと褒めていたグランだったが、現実がこれでは流石に掌返し。
肝心な所が抜けていれば、それも仕方なく思い、レインもグランを責める真似はしなかった。
しかし、横から地図を覗き込んだステラが、ある事に気付いた。
「あれ?……ですが、森以外の箇所は全て正しく記されてますよ?」
その言葉に二人も地図を覗き込むと、確かに地形や川などの箇所が細かく記されており、現実と比較しても間違いはなく、寧ろ細かすぎる程に鮮明に記されていた。
「どうなってんだ? まさか、この森だけ後で誰か
「この規模をか? 流石にエルフ族でも、この規模になれば協力はしない。――したとしても、この規模ならアスカリアが気付かない筈がない。俺達の耳にも入る」
レインは風で黒の長髪をなびかせながら、目の前の広い森を見渡す。
視界に写る限界、その端から端まで存在する木の群れ、自然の軍勢とも例える程の森があり、自然以外が作り出すのは不可能と思ってしまう。
――けれど、レインとグランは知っている。
にも拘らず、否定したレインにグランは問いかけた。
「でもよ……他にどう説明すんだ?」
実は過度な伐採、災害などで自然が乱れて木々が無くなった場合、エルフ族に頼めば自然や苗木のマナを活性化させてもらい、一気に木を成長させてくれる。
だから森を作ろうと思えば作れてしまうが、彼等の生活もあって中々に金額も掛かる。
しかし、自然のマナに干渉できるのはエルフ族か、余程の才能を持つ魔術師ぐらいとかなり限られている為、依頼が後を絶たないのが現状だ。
「地図ギルドの方達が、わざと森を記さなかったんでしょうか?」
「この広い森をか? まぁエルフが関係ないならそれしかないだろうが、なんでわざわざ?」
ステラとグランは、隠す事への意味がない事実に首を傾げるが、レインはある考えを抱いていた。
「
存在がおかしい森。普通に考えれば、後ろめたい事があると思えば納得はできる。
しかし、観察する様に一本の木を見ていたステラは、レインの考えを否定した。
「……いえ、いくら無理矢理、短期間でこれだけの森を作っても、こんな立派な森はできません。自然のマナが痛むだけ……きっと、この森は昔からあったのでしょう」
魔法大国、そして魔に精通しているステラだからこその意見だった。
言い切るステラに迷った様子はなく説得力もあったが、レインからすれば、それでも森は怪し過ぎた。
「あの森を無視して通れるか?」
「無理だ、こっから川が広くなっちまってるし……あの森は突っ切るしかねぇぞ?」
恨めしそうに地図と森を見ながらグランも答えると、地理的に森は避けては通れない事実を前に、レインも諦めるしかなかった。
「大丈夫ですよレイン! 地図に無いからって悪い森とは限りません!」
レインを励ます様にステラは応援するが、護衛対象は彼女自身だ。
そんなステラを、怪しい場所に進んで連れ行ける訳がない。
――狙われているのはお前自身だぞ。
レインは内心でそう思ったが、敢えて口にはしなかった。
代わりに何とも言えない視線を送るが、ステラは全く気付いておらず、グランも悩みながらも森行きを賛成するしかないと思った。
「まぁ、絶対に何かあるとは限らねぇよな? 実際、それで何かあったらステラの運が悪いって事にするか」
「そ、それは酷いです!? 私以外の運も疑ってください!」
「大丈夫だって、そん時は腕の良いお祓い紹介してやる」
「何も大丈夫じゃありません!?」
グランがステラをからかって盛り上がるが、レインはそれを一切無視した。
何が面白く、なんで笑顔になれるのかが分からないからであり、地図を見て、森以外が正確なのを確認してから歩きだした。
「……行くぞ」
「えっ?……あっ、はい!」
森に入って行くレインの後をステラは慌てて追いかけ、グランも楽しそうな笑顔で追おうとした時だった。
「ん……?」
入ろうとした所にある一本の木が妙に気になり、グランは少し考える仕草をすると掌で触れてみた。
ザラザラとしながらも、木の持つほのかな温かさを感じる。
分かったのはそれぐらいで、少し他よりも存在感を感じた木へ、グランは疑いの眼差しを向けながらもその場を後にし、二人の後を追って森の中へと消えて行った。
――けれど、三人が森に入って少し経った後の事、
『……解呪されている』
先程、グランが触れていた木。その
全身黒装束で性別も分からないが、額に“三日月を咥える獣”の様な印が描かれている事と、成人よりも頭一つ小さい事以外は分からない。
『……遅かったか』
けれど、その黒装束は若い声――否、幼さすら残っている様な声だった。
女性ではなく男性――つまりは少年の声であり、その黒装束は認するようにレイン達が入っていた方を向いた後、周囲を見渡し、気配がない事を確認する素振りをした。
そして安全と判断した後、その場でしゃがみ、魔法陣が描かれた一枚の紙を取り出し、それを地面へと置いた。
――瞬間、黒装束は指を組み、印を結ぶかの様に素早く決まった形を次々と結び始めた。
『……!』
見た目よりも大変なのか、やや息を乱しながら印を結び続ける黒装束。
だが、それに合わせて魔法陣も輝きだすと更に速度を上げ、最後の印を結ぶと同時に紙に手を押し付けた。
『秘術――現界封印』
そう唱えると、抑えた紙が突如として燃え上がって消滅。その瞬間、不思議な現象が起こった。
森の外側の木に同じ様な魔法陣が一斉に出現し、森全体が揺れ始めて幻の様に溶けて消えていき、黒装束を呑み込みながら完全に消え去ってしまったのだ。
――残ったのは、地図通りの広い平原だけだった。
♦♦♦♦
「あれ……?」
「……なにか?」
日が少しか入らない森の中を歩いていると、突然ステラが何かを感じ取った様に足を止め、レインとグランも同じく足を止めた。
「いえ……今、森全体に魔力を感じたんです」
「森全体……?」
「おいおい、この森全体ってマジか?」
普通ならば気のせいで片づけるが、ステラは魔法大国の王女で魔法能力も高い。
そんな彼女が魔力を勘違いするとも思えず、レインとグランも、感じ取った以上は森で何かが起こったと判断した。
何より、実際に森の雰囲気が変わったのだ。
「……空気が変わった」
「それだけじゃねぇ……さっきまで僅かに感じてた動物の気配が完全に消えた。――どうやら良い事は起きなさそうだぜ」
二人も森の異変を察知した。
空気は塗り替えられたかのように一変し、息苦しく、動物や魔物の気配すら全く感じなくなってしまう。
それが明らかに人為的な干渉だと判断し、レインは影狼に手を添え、グランもグランソンを具現化させた。
その姿にステラも杖を出現させて両手で構えるが、これといった動きはない。
けれども、周囲の異様な空気も未だに晴れず、寧ろ息苦しさが増すばかりだった。
「……なんか落ち着かないです、ずっと誰かに見られている様で」
「経験が研ぎ澄まされたか……実際、
「えぇっ!?」
直感で見られていると言ったステラだったが、まさか本当に見られているとは思っておらず、レインの言葉に表情が青くなってしまう。
「ですが、どこにも姿は……?」
ステラが周囲を見渡しても、怪しい人影はなかった。
枝や葉すら揺れておらず、巨大な木々を見上げても変わりがない。
けれど、グランは視線と同時に
「だがよレイン、確かに見られてはいるが……どうも違和感がある。見ている
「十中八九、捨て駒だ……だが敵意がある以上は無視するな」
困惑するステラとは流石に違い、レインとグランは落ち着いた様子で既に敵の存在を把握していた。
同時に人数と実力もだ。
――分かるだけでも4人。
並みの人間なら気付かれない様に上手く隠れているが、二人から見れば粗削りとも言える未熟さが目立って仕方ない。
頭隠して尻隠さず、そんな中途半端な気配があり、寧ろ歴戦の二人からすれば逆に目立っているとも言えた。
「……対処は容易だが邪魔だ」
故に、レインがここで動く。
対処は容易な相手と判断できるが、だからといって放置するつもりもなく、何よりも、これ以上はステラの心の負担が増えてしまう。
そう思い、前方へ一気に殺気を解き放った。
――『殺』
黒狼の殺気、得物を求める獣の殺意。
それが前方へ放たれると、先程は物音一つなかった森に変化が起きた。
――突如として葉が揺れ、枝のしなる音が一斉になり始める。
それは炙り出される様で、その者達はとうとう、レインによって炙り出される。
――のだが、同時に計算外の事も起こってしまった。
「……
「巣穴を突っついたと思えば良いじゃねえか?」
呑気な会話をしながらレインとグランが周囲を見渡すと、最初の4人も含めて更に5人――計9人の“赤装束”が姿を見せる。
木に張り付く者、枝に逆さで佇む者、明らかに普通ではない佇まいの者ばかりだが、そんな者達をレインとグランは知っていた。
「忍――“隠密ギルド”か……」
「しかも“血化粧の黒鬼”の印……隠密ギルド『
「うぅ~良いお祓い期待してますぅ……」
「ハハッ……最高の祓いを紹介してやる。――だが、その前に片付けねぇとな」
涙目で肩を落とすステラを、軽口で励ますグランだったが、すぐに鋭い眼光を鬼血衆へ向けた。
何故なら、四獣将と言えど、油断すれば痛い目を見る相手だと分かっているから。
その理由も隠密ギルドが文字通り、隠密活動を得意とする集団だからだ。
戦い方も独特、正々堂々の戦い方なんて殆どせず、仕込み武器や秘伝の魔法を扱う独特な戦いを好む者が多い。
『抜かるな……今回は高い仕事だ』
そして、目の前にいるのは鬼血衆は、そのお手本の様な存在。
国でも討伐指定ギルドに認定され、それ程に悪事を行っている危険集団だった。
「あからさまにステラを狙うか」
レインも影狼を抜刀し、鬼血衆へ抵抗の意思を示すと向こうも動き始める。
『……貴様等4人は王女を狙え。我等は黒狼と剛牛を相手する』
頭領らしき人物、その男――鬼血頭領は、一人だけ鬼の角をイメージした額当てを付けており、周りに指示を出すが、指示をされた内の4人は不満な様子だ。
『待てよ……俺達も戦える。雑用の扱いはご免だ』
『お前達半人前には王女相手でも荷が重い。それに、
『!……クソッ』
特殊な立場関係があるらしく、最初の4人は声からしても若かった。
その為か、その4人には隠密ギルドの証である“印”も記されていない。
無印、それはまさに未熟の証であり、ずっと視線を向けていたのが、その4人だとレイン達も納得していると、向こうも納得したのか一斉に身構えた。
『――散』
鬼血頭領の言葉が戦いの合図となり、5人は一斉にレインとグランへ、4人はステラへと飛び出した。
「ステラは己の危険だけを払え、グランは――」
「分かってるぜ! 遊ぼうやぁ……忍びども!」
レインに合図すると、グランが最初に動いた。
地面に落ちてる拳ぐらいの石を拾い、振りかぶって鬼血衆へ投げ、それは一人の鬼血衆を捉える。
『!』
その鬼血衆の脳裏に恐怖が過った。
確かに石だが、グランの剛力も合わさって砲弾と大差ない。
当たれば死ぬと必死で身体を仰け反り、緊急回避を成功させる。
――だが、一人だけバランスを崩した状況をレインは見逃さなかった。
「――まず一人」
『ッ! しま――』
空中の中レインは、その鬼血衆の目の前に現れた。
そして、相手が認識したと同時、影狼を真上から振り下ろして斬り捨てると、その鬼血衆の意識は途切れて地面へと落ちていった。
だが、本番はここからだった。
レインは別に、一人倒す為に飛び出した訳ではなく、それでだけで終わらせるつもりもない。
「ステラは下がれ!」
レインは叫ぶと、その勢いのまま八艘跳びの様に木を蹴って更に上空へと飛び上がった。
そして敵の真上まで飛び上がった瞬間、影狼を高速で何度も振り、無数の斬撃を放つ。
「軍狼魔狼閃――叢雨!」
その斬撃を例えるならば黒い雨。
黒狼より降り注がれる激しい雨は、やがて狼に形を変えて上空から敵へ一斉に襲い掛かった。
『これは!?――避けろ!』
鬼血頭領はすぐに危険性を察知し、全員へ回避を促すと3人の鬼血衆は散開するが、その内の一人は回避しきれず、魔力狼に肩から噛みつかれる。
『ぐわぁぁッ!!』
形は狼、だが性質は斬撃。噛みつかれたという意味は即ち斬られたと同じ。
嚙まれた鬼血衆は、そのまま肩から縦に斬撃が入り、激しく出血しながら倒れて動かなくなった。
これでまた一人敵を倒したが、斬撃は未だ止む事はない。
『なっ、なんだよこれ!?』
それはステラを狙う4人も例外ではなく、魔力狼は彼等にも襲い掛かり、彼等も必死に逃げ惑っていた。
けれど、既に2人やられている現実が彼等の恐怖を増幅させ、その動きを鈍らせてしまう。
『こんなの聞いてない!? 王女を攫うか、もしくはその場で殺すだけの筈――』
だから気付かない、どこか安全圏にいると思いながら命のやり取りをする半端者には。
死地を生き抜くしかなかった強者、その攻撃の容赦のなさを。
『ッ! 上だッ!!』
『――えっ?』
仲間の声が聞こえる。
だが、それが誰に対してなのか認識が遅れ、危険なのは自分じゃないんだと現実逃避して更に遅れる。
そして気付いた時には手遅れとなり、振ってきた魔力狼が鬼血衆の左腕を捉えて噛み斬り、その左腕が宙を舞うと同時、激痛と熱が彼を襲った。
『ガアァァァァァッ!! 腕がッ! 俺の腕がぁぁぁぁッ!?』
『落ち着け! おいコイツを急いで退避させろ!!』
『わ、分かったが、お前はどうすんだよ!?』
『ここまでされたんだぞ! 王女の首を取ってやる……!』
鬼血頭領と話していた鬼血衆は仲間に重傷者を任せ、標的のステラを捉えて腰の小太刀を抜く。
その小太刀は、
けれども、そんな敵意が自分へ向けられても、ステラは腕が飛んだ者へ意識が向けてしまう。
「何をしているんですか! 早く治療しないと腕を繋げられませんし、何より出血が――!」
『ハッ! 殺されんのに、なに敵の心配してんだよッ!』
「ですが、だからって見捨てられる筈が……!」
ステラは優し過ぎた。覚悟を決めても、相手が人間だと躊躇してしまう。
先程の叫び声で相手が若く、子供の様に泣き叫んだこともあって尚も迷ってしまっていると、レインがそれに気付いた。
「マズイか……!」
空中にいたレインは、すぐに木を蹴って加速をつけ、ステラの下へと向かう。
グラウンドワイバーンの件あろうが、レインは最初からステラに戦闘の期待は一切しておらず、任務通りに護衛を行おうとした時だった。
そんなレインを、ずっとマークしていた男がここで仕掛けた。
『貴様の相手は私だ……黒狼!』
それは鬼血衆頭領だった。
鬼血頭領は右手に小太刀、左手に手甲を装備しており、その左手で空中にいながらレインを殴りつけた。
「ッ! 邪魔をするな――!」
それに対しレインも反応し、影狼で受け止めるが、反動で身体が飛ばされてしまう。
しかし、吹き飛んだ先の木にレインは両足で受けると、その反動を利用して木を蹴って空中を逆走。
そのまま鬼血頭領へ、影狼を振るう。
『面白い……!』
これに鬼血頭領も迎え撃った。
それにより、レインの影狼、鬼血頭領の小太刀がぶつかり合い、空中戦が始まる。
空中で両者は何度も刃を交え、互いに木を蹴っては加速を付けて再び激突するが、そこで鬼血頭領が更に仕掛ける。
『炎蛇よ、その名において我が殺具となせ――』
印を結び、魔力を纏わせて詠唱を行い、左腕に炎の渦が現れた。
それを空中にいるレインへと放ったのだ。
『火蛇滅殺!』
左腕を前に出し、そこから現れたのは炎の蛇。
大きく口を開けながらレイン目掛けて飛び込んでくるが、レインも魔力の斬撃を放った。
「――魔狼閃!」
放たれるは狼の斬撃。それが炎の蛇とぶつかり合うと小さな爆発を起こし、そのまま相殺される。
だが、レインも鬼血頭領も、それを予想していたかの様に爆煙の中に入り、再び両者の刃がぶつかった。
「流石に手強いか……」
『雑魚と一緒にするな――若僧!!』
過小評価した言い方に鬼血頭領が吠える。
彼もまた、長年ギルドを率いて来たプライドがあり、四獣将と言え、高々二十ちょっとを生きた若造に嘗められるいわれはない。
しかし、当のレインは、手強いとは感じたが勝てない相手とは思ってなかった。
少なくとも、時間の問題で勝てる相手だが、向こうは忍としての意地で喰い付いてくる。
任務遂行の為、必死でレインをステラの下へ行かう事をさせないのだ。
「グラン!」
だからこそ、レインは彼女の傍にいたグランの名を叫んだ。
自分では間に合わない、ステラを頼むという意味が込められており、グランもそれを察する。
「任せろ!」
グランの手に先程と同じぐらいの石が握られ、狙いをステラを狙う鬼血衆へ定めた。
4人の内2人は撤退し、残りの2人も片方は、レインの攻撃で足をやられたのか引きずっている。
命を狙う以上、返り討ちにあう覚悟はしとくべきだとグランは非情になり、片方に狙いを定め、石を投げようとした時だ。
『させんぞ剛牛……!』
その声と共に、石を持ったグランの腕に重り付きの鎖が巻き付く。
「なんだ!?」
グランが鎖を辿って見ると、そこには鎖鎌を持った鬼血衆と、両手にトゲ付きの手甲を装備した鬼血衆が立っていた。
どちらもレインの攻撃を避けた以上、実力は高いと思われるが完全回避は出来なかったのか、鎖鎌は右足を、手甲は肩に血が滲んでいた。
『その命……貰い受けるぞ!』
しかし、二人の眼力は死に体ではない。これが隠密ギルドの厄介なところだ。
一族など深い繋がりで構成されている隠密ギルドは、幼い時から“特殊な教育”を施されており、任務の為ならば他者は疎か、自分の命すらも厭わない。
今では、そんな伝統は薄れ始めているが、鬼血衆の様な者達も未だにいる。
それはある意味で戦争と同じぐらい悲しい事であり、グランはやるせない感じで溜息を吐いたてしまった。
「はぁ……全く、同情はしねぇぞ?」
そう言ってグランは辺りを見回すと、レインは未だに戦っており、ステラは杖を構えて対峙しているが、やる気満々の敵に比べ、ステラには確実に迷いがあった。
――やっぱ、人とは戦えねぇか。
ステラの性格を察し、グランも四の五の言っている場合ではないと思い、護衛として動いた。
「悪いが……加減は無しだ」
グランからレインと同等の殺気が溢れ出した瞬間、巻き付いた鎖を器用に動かし、鎖鎌を持つ鬼血衆の腕に絡ませ、そのまま鎖鎌の鬼血衆ごと振り回してステラの傍にいた一人へとぶつける。
「これで二人だ」
『ッ!?――大地よ、鬼神となりて我が殺具となせ!――鬼土封殺!!』
手甲の鬼血衆が詠唱すると、グランの足下、そこに土の一本角の鬼が現れる。
その鬼はグランの足を掴んで動きを止めるが、グランはどこ吹く風だった。
「これじゃ無理だぜ?」
グランソンを地面に突き刺した衝撃だけで、土の鬼は崩れて消滅した。
まるで砂で作った城を崩す様な、呆気ない態度に鬼血衆は言葉を失う中、グランは何も言わずにグランソンを振った。
すると、持ち手部分にぶつかって相手は吹き飛び、木に強く身体を打って動きを止める。
「さて、こっちも終了……後はお前だけだ」
『ッ!? く、くそ! こんな筈じゃ……! こんな……畜生!』
グランが近づくと、一人となった鬼血衆は迫力に押されてか、後退りし始めた。
そして遂には、グランがステラの前に立った事で心が折れたらしく、鎖鎌の鬼血衆にぶつけられた仲間だけを担ぐと、そのまま背を向けて逃げて行ってしまった。
「これでこっちは完全に終了。残りは――」
これで残っているのは鬼血頭領のみで、グランが見上げると、レインに押されながら周りの醜態に嘆く鬼血頭領の姿があった。
『クッ!
「その責任を取るのも、ギルド長の役目の筈だが?」
『貴様等を始末した後にそうさせてもらおう!』
鬼血頭領が左手を構えると、レインは微かに火薬の匂いに気付いた。
「仕込み手甲か……!」
『その通り――喰らえ爆裂手甲!!』
目の前に左腕を出された瞬間、レインは影狼で手甲を弾き、鬼血頭領の左腕を横へと逸らした。
その結果、何もない宙を爆発させた鬼血頭領が我が目を疑う中、レインは左手で影狼の“鞘”を持ち、鬼血頭領の首へ叩き込む。
『ガッ!!? ま、まさか……こん……な若造にぃ……!』
その一撃は鬼血頭領の首に確実に入り、二人は落下するが、レインは上手く着地するも、鬼血頭領はそのまま地面に叩き付けられるのだった。
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