第11話:本当の旅立ち
ステラがテントに入ったのを確認した二人は、焚き火の前で腰を下ろすが、それと同時だった。
「ふぅ……! まだ本調子じゃないか……」
二人は整える様に大きく呼吸を整え始めた。
レインは表情に出さないが額から嫌なを汗を流し、グランは眉間に皺を寄せながら、歯を食い縛る様にして疲れから耐えていた。
それから、手持ちの回復薬を一気に飲み干すと、二人はジワリと額から流れる汗を拭った。
「……流石に堪えやがるな」
この数日で色々とあり過ぎた。アルセルの護衛・暴走ゴーレムの鎮圧。
そんな任務からの間を開けず、敵国の姫の護衛を命じられる。
二人はそれぞれの考えがあったが、どんなに任務を命じられても覚悟が出来ているの二人共同じだ。
けれど、今回の任務だけは、何かが変だと理解できていた。
――ルナセリア首都から離れない近衛衆の暗殺部隊・合成魔物・謎の暗殺犯。
普通ならばありえない要素ばかりで、ステラの前では顔や様子に出さなかった二人も、本当は疲労が蓄積されていたのだ。
川に落ちて流され、更には予想外の魔物との戦い。
任務帰りで休む暇もなかったのもあるが、四獣将はサイラス王直属の最上位騎士であり、謂わば騎士のトップ。
その為、レインもグランも、決してステラの前では疲れを見せる真似はしたくなかった。
「……お代わり飲むか?」
「……頼む」
グランは疲労のまま笑みを浮かべ、空になったレインのマグへ、ステラが多めに作ったホットミルク、それが入った片手鍋を持ち、丁寧に注いだ。
また、絶対に顔に感情を出さないレイン自身も、お代わりする事は自身でも珍しいと思いながら、身体が栄養を欲している為、素直に注がれるマグを持っていた。
「……けど、しゃあねぇさ」
自分と同じくレインも疲れている。
それは長い付き合いのグランだから分かったが、雰囲気で察しても決して口にはしないのは互い様だ。
――偉い立場になっちまうと、ずっと
グランは思わず、内心で自らの地位へ愚痴ってしまった。
そもそも、自分達を四獣将と呼び、憧れ、恐れ、戦わずして屈する者達が多くいる世の中。
自分達を根本から違う存在と思い、良い感情、悪い感情関係なく“人間”と思われていない、グランはそう思っている。
人としての四獣将を知りたくもなければ見たくもない、寧ろ、そんな姿はないと思って理想を勝手に抱いているのが人々だ。
「……この国も、周りも本当に勝手だよなレイン?」
「……だが、それでも俺達は四獣将として、この任務を全うしなければならない。――戦争を止めなければ、再び俺達の様な存在がでる」
――止めなければならない、それは絶対に。それが俺達がした
「!……あぁ、あぁ……! そうだったな……!」
レインの言葉を聞いたグランは我に返った様に頷きながら、手で両目を覆ってしまった。
何故なら、グランも思い出したからだ。思い出して涙が溜まり、流さない様に耐えた事でグランの肩は震えてしまっていた。
「レイン、お前もまだその約束を覚えてくれてるんだな」
「……あぁ、唯一の約束だったからな。皆との最後の言葉……胸の内にある
「!?――レイン、やっぱりお前もう……」
グランは気付いてしまった、もう時間がないのかも知れない事に。
このままでは、以ても数年でレインが
「レイン……もう良いだろ。この任務が終わったら俺からサイラス王に進言する。だから、無事に姫さんを送り届けたら――」
――影狼を手放せ!
グランは親友が人でなくなるのを、ただ見過ごす事ができなかった。
死んでいった友、アスカリアを見限って去っていた友、彼等にも顔向けが出来ない事はしたくなかったのだ。
――レインはもう、自己犠牲で随分と失っているんだぞ!
だからもう良い。本当ならばそれも許される程に国に貢献している。
レインが望めばサイラス王も分かってくれ、そうグランは確信を持っていた。
けれど、グランが必死で説得する様に言っても、レイン自身は受け入れず、首を横へと振った。
「駄目だ……俺は生き残る為、この影狼を自らの意思で手にした。そして任務の為、罪人・魔物も多く斬ってきた。――そんな俺が、勝手な都合で全てを放棄する事は許されない」
「許されない訳あるか! 影狼の件だって、そもそもは連中が“神導出兵”を!」
「――それでもだ、四獣将……“狼”の名はそれ程軽い名ではない。お前も分かっている筈だグラン」
四獣将の名は個人の能力や功績が多く影響を及ぼしているが、その所持している武器の存在も影響を及ぼしていた。
その代表的な例が、レインの持つ黒刀だ。
――黒狼の愛刀『魔剣・影狼』
妖刀とも呼ぶ者がいる呪われた刀。
曰く付きの武器を持っているだけで恐怖になる、けれど、それを手放したらどうなるか?
その影響は不安定で予測できず、同時に“黒狼”の由来は影狼も由来し、影狼を手放す事、それは黒狼の名も捨てると同意義だ。
だから覚悟を持って黒狼の名を背負ったレインは、その選択肢を選ばない。
それはグランも本当は分かっていらが、それでも折れて欲しいと思っていた。
「そうかよ……勝手にしろ頑固野郎。――最初に寝かせてもらうぜ、後で交代だ」
「分かった」
立ち上がったグランにレインは座ったまま応え、グランはもう一つの小さなテントへと向かう。
――が、去り際にボソッとレインへ呟いた。
「……今のお前を見て、一体誰が喜ぶんだ?」
その答えは聞くつもりはなかった。
そう言ったグランは、すぐにテントの中へと消えていき、レインが答えようにも相手はいない。
ただ空に浮かぶ月と星ぐらいしかおらず、レインは代わりへと、ゆっくり顔を空へと向けて呟いた。
「……“国”」
そう呟いたレイン言葉を聞き、月と星はどう思ったか、そんな事にレインは興味なかった。
英雄? 愚者? 人形?――それともただの人か獣?
誰からの答えも、どんな答えにも興味はなく、意味もなく呟いただけだ。
どの道、正しい答えは誰も与えてくれないのをレインは知っており、話題が終わったと自己完結させると、再び焚き火の番へと頭を切り替えた。
けれど、焚き火を見ながらレインは、己の内で言葉を続けていた。
(……そして、その国の意思を持って俺は、戦争を起こすだろう)
サイラス王の密命――それは国の意思、個人の意思を必要としない天命だ。
レインとしての約束よりも、黒狼としての使命を“国”が望んでいる。
それが例え、間違った選択でもだ。
――もう、俺には心の声は聞こえない。
影狼を持った日から、自分に感情論は意味を為さない事が分かっていた。
だからレインは黒狼として生きる。例え戦争を引き起こした“大罪人”として歴史に残ろうともだ。
そして、己の意思を停止させたレイン。は焚き火を守りながら静かに目を閉じた。
――テントの隙間から、すてが見ていた事にも気付かずに。
「……なんて哀しい方」
ステラもまた一つの答えを出すが、それは胸の淵に沈めて今は静かな眠りにつくのだった。
♦♦♦♦
翌日、レイン達は朝の準備を終えると朝食を食べてから、明日への準備を行った。
持っていく荷物と置いていく荷物、ルートの最終確認と第一目的地の決定。
お金に関しては結構な額があって当分は何とかなるが、魔物除け等の数は少し心許ない。
これも次の村か街で購入するしかないと、レインとグランは細かく話し合った。
――そして全ての準備が終えて、少し早い夕食と睡眠を取り、夜が明けた。
♦♦♦♦
早朝、テントを片付けて荷物を纏めた三人は湖の前に立っていた。
朝日によって湖は輝きを魅せ、人並みだが、湖が宝石の様に輝いている事が、大自然が自分達の門出を祝ってくれている様にも思え、少なくともステラ達は爽やかな気分のまま、ここを旅立てることが出来ると確信していた。
「……凄い。本当に綺麗です」
「おう、雲一つない青空、旅立ちには最高の天気だ」
「……そうか」
二人が感動の言葉を漏らすが、レインは特に思う事が無く、平常運転で意味なく頷いた。
だが天気は別で、これ以上に最高の状態はなく、風も気持ちよく今ならば調子良く行けだろうとは思っていた。
「……そろそろ向かいます」
「よし、じゃあ行くか!」
レインとグランの準備は万端。
いつまでも、ここで感傷浸っている訳にはいかず、ゆっくりと足を踏み出した。
――その時だ、ステラが二人を呼び止めた。
「あ、あの! 少し良いですか?」
「なんでしょうかステラ王女?」
「どうした姫さん、忘れもんか?」
二人が振り向くと、ステラは悩む様に、しかし納得いかない様にと表情をコロコロと変えていた。
だが、それも僅かな事で意を決した様に二人の顔を見た。
「それです!」
「「?」」
――どれだ? そしてなにがだ?
突拍子もなくそれだと言われても訳が分からず、レインとグランは、互いの顔を見合わせるが答えは返って来なかった。
なので、仕方ないから二人は再びステラの方を向いた。
「なんでしょうかステラ王女?」
「どうした姫さん、何かあったか?」
「だから
――はっ? 呼び方?
「……あぁそう言う事か」
ステラからの答えにグランは察した様に頷くが、レインは何が言いたいのか分からなかった。
そもそも、ステラは言い方を訂正したりしていない。
なのに、それと言われても彼女の望む答えが分かる筈もないと、内心でステラの説明不足のせいにしながら、レインはグランへと問いかけた。
「どういう事だグラン?」
「ハハッ……さぁてね」
レインは助けを求める様にグランへ聞いたが、グランは自分で考えろと言うように意地の悪い笑みを浮かべるだけで、肝心の答えは教えなかった。
その結果、レインは答えを求めてステラの方を向くと、ステラが力強く頷きながら答えた。
「
「……なぜ?」
レインは完全に素で返してしまう。
それだけ、あまりに意味が分からず、必要性がどこにも感じられないからだ。
何を好き好んでわざわざ無礼を求めるのか、理解が全くできず思考も止まってしまう。
すると、それを見たグランは流石に無理かと感じたのか、助け船を出すことにした。
「まあなんだ、レインよ……姫さんだって精一杯の行動でもある。色々あんだよ女性には。――それに一々、俺達が姫さんをこんな風に呼んでみろ? 人によっちゃ、注目を浴びる可能性もあるだろ?」
「……なる程」
グランの言葉にレインは納得する。
確かに姫とか王女とか、そんな風に呼べば誰が聞いているか分からない中、無駄に注目を浴びる可能性はあった。
――抜けている王女から、まさかそんな考えを提案されるとは。
ステラは距離を縮めようと思っての事だったが、レインはそっちに納得してしまうが、グランからすれば結果オーライだ。
「まあそういう事だ、それに俺もそっちの方が良い――ってな訳で、改めてよろしく頼むぜステラ」
「は、はい! 宜しくお願いしますグラン!」
元々、気さくなグランは適応が早く、抵抗もない。
ステラは少し緊張したが、こちらもすぐに慣れる事が出来た。
そうなれば、次はいよいよレインの番だと二人の視線が集まった。
ステラは期待した様に目を輝かせており、何故かグランも期待している様子だ。
その視線によってレインも何かを察したのか、無駄だと思いながらも。取り敢えずは呼んでみる事にした。
「では行くぞ……
「!……は、はい! お願いしますレイン!」
暗殺・合成魔物・はぐれ魔物。
予想外のイレギュラーを乗り越え、今ようやくレイン達の和平への旅は始まった。
「では行きましょう……目指すは【漁業都市セツエン】ですね」
そう言った時のステラの表情は満面の笑顔だ。
彼女本来の顔、ずっと心が悲しんでいた中、ようやく出てこれたステラの心。
新たな繋がりと共に、レイン達は湖を跡にした。
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