第10話:これから……


 湖の拠点に戻って来たレイン・グラン・ステラの三人――というより、自然の優しい暖かさに包まれて熟睡してしまったステラを二人は寝かせてあげ、夕食の下準備や簡易風呂の設置を行っていた。


「おおぅ……これは大当たりの極上もんだな」


 夕食は約束通りのビアボアで、焼いたりスープに混ぜたりと、単純ながらも素材が一番活かされる調理をグランは行おうとしていた。

 コラーゲン溢れる肉を見て、腕がなると言わんばかりに目を輝かせながら。

 

「こちらは間もなく汲み終える」


 それとは別にレインも、小さいながらも持ち運びが容易な簡易風呂を組み立て、湖の水を入れて風呂の準備を完了させていた。


「風呂の準備は完了だ」


「おう、こっちも間もなくだ!」


 あらかた準備が終えた事で熟睡していたステラも起こし、寝顔を見られて顔を真っ赤にして逃げる様に顔を洗いに行くなどのハプニングはあれど、戻って来る頃には夕食の準備は完了していた。

 

「よし、出来たぜ二人共」


 そう言ってグランは、テーブルに料理を次々と運び、空腹を刺激する匂いにステラは思わず頬が緩んでしまった。

 特に、シンプルに焼いたビアボアのステーキをナイフで切って口に運ぶと、一口嚙んだ瞬間にステラの眼は思いっきり開いた。


「これは……と、溶けます! お肉が溶けちゃいますぅ~!」 


 臭みもなく、城で出される肉よりも格上と断言できた。

 くどくなく、寧ろ後味は甘い。

 一国の姫相手に、そこまで思わせてしまう恐ろしきアスカリア産イノシシ――ビアボア。 

 また、更に驚かせるのは作ったのがグランだと言う事もだ。

 

「サラダとカルパッチョも作ったぜ~!」


 よく見れば他の料理の装飾も手が込んでいた。

 果物や野菜もあれば、ソースの味にもコク等があって隠し味の存在も分かる。

 焼いて煮るだけではなく、しっかりと“料理”という工夫がされていたが、ステラは同時に別の物も感じ取っていた。

 

――温かい、優しい温かさ。


 仕事や作業としての料理ではなく、確かに感じる愛情のある料理。

 いつ以来だろうか。こんな料理を食べたのは。

 一体、誰だったろうか。この暖かさをくれたのは――


『……ステラ、私はずっとあなたを見守ってますからね』


――蒼い、水の様な綺麗な髪。いつの間にか消えてしまった大きな存在。


「……お母さん?」


「――ヘッ?」


 その瞬間、時が止まった。

 グランが間抜けな声を漏らし、レインも無表情でスプーンを持つ手が止まる。

 気まずい、そんな想いがこの場を支配し、支配した側も予想外であった。


「あっ……」


 ようやく時が動いた頃には、張本人も恥ずかしさを自覚し始める。


「……いやぁ~姫さん、流石に俺じゃ、お母さんにはなれねえな」


「……あれ?――えっ?……あっ……あぁぁ!!!?」


 我に返った瞬間、一気に熱がステラの全身を駆け巡った。

 申し訳ないように苦笑するグラン。食事を再開するレイン。

 敢えて気を使われた事で恥ずかしくなり、顔を更に真っ赤にするステラ。


「す、すみません!? あぁ、私なんてことを!? グラン様に向かってお母さんだなんてぇぇぇ!! いやぁぁぁ……書庫に引きこもりたいですぅ……!」 


「ま、まぁ落ち着こうぜ姫さん。俺は気にしてねぇし、多分、俺の料理でおふくろさんの料理を思い出してくれたって事だろ? それなら作った甲斐があるってもんだ」


 グランはなんとか落ち着かせる為、丁寧な口調で言葉をかけ続けると優しい雰囲気もあって、ステラは冷静さを取り戻せた。

 

「は、はい……暖かくて――心の奥から暖かくなって、優しい味でした。――グラン様は料理が上手なんですね」


「あぁ……俺がってよりは、アスカリアの上の騎士達は殆どが料理上手だよなレイン?」


「……そうだな」


 思い出す様にグランはレインへ聞くと、レインもその問いに頷く。

――が、その言葉にステラは更に首を傾げてしまった。


「騎士の方々が料理上手……なんですか? それに上の方々も?」


 不思議そうに考えるステラだったが無理もない。

 今ではアスカリアも変わったが、騎士は大半が貴族出身であって所謂エリート扱い。

 つまり、そんな彼等が料理上手とは思えなかったのだ。


「ハハッ……そう思うのが普通だな。なんていうか、好きで料理上手になった訳じゃなく、任務上仕方なくっていうか、勝手に上達すんだよなみんな。つまりは――」


 グランは思い出す様に話し出した。

 昔の事になるが、アスカリアは当初は料理担当は新人騎士にやらせていたらしく、単純に雑用の一つだった。

 けれど新人騎士といえ、所詮は貴族の世間知らずも少なくもなく、料理など作れる訳がなかった。

 

 その結果、騎士達は我慢の限界と共に、ある疑問を抱いた。


――命がけの任務なのに、なんで貴重な食材を無駄にして身体を壊す様なゴミを食べなければならないんだ?

――ハッキリ言って、自分達で作った方がマシ。

――というより、食事ぐらい好きなの食べたい。

――でもコックとかいないし、危険な任務に連れていける筈がない。

――ならもう自分達で作るか。食材も制限を守れば後は自己責任だし。


 実際、こんな感じの流れがあったらしい。

 その為、そこから少しずつ料理に関しては騎士達は独立した。

 更に武闘派国家だったこともあり、学ぶことに対する探求心が凄くて料理もハマった歴史もある。


━━この魔物はこの部位がウマいが、この部位を食べたら食中毒を起こしてしまった。


━━いや、切り方と調理法で食えたぞ?


━━この野草は美味だが、こちらの薬草は毒だな。

 

 そんな事を続けて行った結果、いつの間にかアスカリア騎士のサバイバル・料理技能が上達していき現在に至っていた。


「実際、死活問題でもある。残飯よりも酷い食事で体調を崩したり、料理が原因で仲間割れが起こり、そのまま全滅した者達も存在する」


「過酷な任務ほど食事が我儘になりやすいからな。それだけ栄養を欲する中、残飯よりも酷い物出されれば殺意の一つぐらい沸くもんだ」 


 補足すれば調理担当が部隊長と共に責任を取らされた事もあり、作るのが嫌になった者が増えたのも理由だ。

 個人達で作れば少なくとも責任は分散する、つまり肩の荷が下りて任務に集中できるという事。


「食事で仲間割れが一番醜いものだ……」


 そう呟き、どこか遠い空を見ているレインとグランを見て、ステラは二人も何か過酷な経験をしたのだと察する。


「あの時は“ミア”がやばかったなぁ……」


「あれは、甘味だけに保護魔法を忘れたお前が悪い」


「た、大変だったんですねぇ……」


 興味本位で聞いたアスカリアの騎士の料理事情だったが、いつの間にか任務中の料理の重要性に変わっていた

 けれど、ステラは無性にありがたく感じ、目の前の料理をしっかりと噛み締めて食べ切った。



♦♦♦♦


 食事も終わり、片付けも終えて一息つける時間。

 ステラが再びホットミルクを作って二人に配る中、二人は幾つかの地図を広げ、これからの事を話し合っていた。


「現在位置は、ここだ……」


「そうか……地図ギルドの地図があって助かったな」


 二人が広げている地図にはアスカリアの印はなく、代わりに“旅人のシルエット”が刻まれている。

 それは【地図ギルド】と言われる者達が作成したもので、国が作った物よりも質が高く重宝される地図だった。


「随分と流されたんじゃねぇのか?」


 その地図に記されている現在地、ここはグラウンドブリッジから中々に離れていた。

 

「本来のルートを踏まえたとしても、まずは森を抜けるぞ」


「そうだな、そこから先は村や街をによって物資を補給しながらか。それに馬車と馬も必要だ、長旅である以上は簡易でも拠点はいる」


 拠点――というよりも望むのは“足”だ。

 それだけの長旅であり、ハッキリ言えばステラの身を案じる以上は馬車は不可欠。

 二人は途中で馬車を入手する事を頭に入れ、次は一番問題の“海上の移動手段”について話し合った。


「港町の選り好みはできないか……」


「まぁどの道、ルナセリアに行く為には【アケルナ】で船を乗り換えなきゃ駄目だ。――まぁ、正規ルートで行くならの話だけどな」


【中立貿易都市アケルナ】


 クライアス中から商人や買い物客が集まりし貿易の都市であり、完全な中立都市。

 人種もアスカリア・ルナセリア・アースライ・亜人など関係なく商談などで訪れている最大の交易都市だ。


「今じゃ、本国同士から直接は行けねぇからなぁ……」


 実は現在は、アスカリア・ルナセリアの便では直接両国に行けず、いつからかアケルナを介して向かうのが両国の正規ルートとなっている。


「違法であれば行けるが、そっちのリスクはあまりに高い」

 

 法外な料金や胡散臭い護衛。

 そんな物を選ぶよりかは、普通に存在する護衛付きの船を選ぶべきだ。 

 すると、グランは不意に思い出した様にステラの方を向いた。


「そういや、姫さんはどうやってアスカリアに入国したんだ? 普通にアケルナ経由かい?」


「はい、ルナセリアの港街【ボルクス】から【カルトス】を経由し、アケルナからアスカリア行きの客船に乗りました。その後は「【港街ソウエン】でバーサ大臣が出迎えてもらい、転移魔法で城へといった流れです」


 至って普通に入国していたステラの言葉を聞き、普通にソウエンからでも良いと思ったが、最初のルートならばともかく、現在地からでは遠かった。

 

「……ここから行けばソウエンよりも【セツエン】の方が近い」


「セツエンか? 確か、漁業が盛んな街だったな。――けど良いのかレイン? 数日は経ったがソウエンなら“ミア”がいるんじゃねぇのか?」 


――四獣将【艶翼鳥のミア】


 は現在、港街ソウエンで謎の幽霊船調査に出向いているのだが、ちょっと手こずっているらしくサイラス王の招集に間に合わなかった一人。

 だが、その実力は女性で一般の出でありながら四獣将まで上り詰めた強者だ。

 彼女に憧れて騎士団の門を叩く者も少なくなく、それが男女問わずだから人望も厚い。


『パパァッと片付けてくるからだ~いじょうぶ♡』


 そんな彼女の存在を思い出し、グランはミアの協力も視野に入れようとするが、レインはそこまでの判断は出来ていなかった。


「時と場合にもよるとしか言えない。四獣将が3人も国を離れるのは避けるべきだが、その選択肢も視野には一応入れる。――暗殺側がどう動くかによって、此方も動きを変える必要があるからな」


「!」


 その言葉を聞き、ステラは身体をビクッと反応させてしまった。

 冷静になってみれば、自分達の立場は生死不明ともいえる状況であり、暗殺側がそんな中途半端な結果で満足するとは思えない。


 それはグランも分かっていた様で、レインの言葉に「だよなぁ……」と空に向かって呟きながら溜息を吐いた。


「ミアの件は最悪、他の連中に任せるとしてだな。サイラス王も恐らく察してはくれるだろうが、一番の問題は暗殺側か。――近衛衆すら動かした以上、姫さんの遺体を見付けない限りは諦めねぇだろうな」


「それもあってだ。どの港街からでもアケルナ行きの船は出ているが、船で仕掛けられれば逃げ場はない。慎重に考え、選びながら行く」


「純粋に流れに任せる訳にはいかねぇか。――ところで姫さん、今の内に聞きたいんだが姫さん自身は暗殺の黒幕に心当たりはあるのか?」


 思い出す様にグランが問いかけると、覚悟は出来ていたのか、それともステラ自身もずっと考えていたのか、特に乱す事もなく考えを口にした。


「……考えれるとすれば、可能性が高いのは御義母様――第二妃の“アナン様”だと思います」


「第二王妃・ルナセリアの唯一の王子――イオンの実母か」


「確かルナセリアの王位継承権を持っているのは姫さんと、そのイオン王子だけだったな。けど確か、次期皇帝として支持が高いのが姫さんだった筈。――つまりは絵に描いたような後継者争いか?」


 現在、ルナセリアの後継者はステラとイオンの二人だけしかいない。

 大帝国の割に皇帝の血を継ぐ者があまりに少ないが、それは現皇帝が第一妃――つまりはステラの母を深く愛していた故に、他の妃を取る事がなかったからだ。


――けれど数年前に事態が変わってしまう。

 

「……まぁその、ルナセリアも色々とあったからな」


 事情を知っているグランは、思わず口に出そうなった言葉を呑み込んだ。

 有名な話だが、だからといって本人の前で口にする事ではない。

 そう思って話を変えようとするが、ステラは気にしていなかった。


「大丈夫ですグラン様……私は気にしません。皆様もご存じの通り、私のお母さんは今はいません」


――数年前に広がった事件、ルナセリア第一妃行方不明。

 

 表に出なくなった事で噂された事だったが、皇帝が第二妃を招いた事で確信へと変わった。

 また行方不明というのも建前で、実際は病死だったらしい。

  

 妃を溺愛していた皇帝が妃を亡くす。

 確実に皇帝の綻びとなる為、アスカリアに悟らせない様に行方不明と、あやふやにしたと言われている。


 しかし第二妃を招いた理由はそれとは関係なく、周りは民の信頼も厚いステラを次期皇帝として支えるつもりだったが、は女性皇帝誕生を認めたくなかった。

 

――歴代の皇帝はずっと男児だった。だから次の皇帝も男児だ!


 と言い張って強行まがいに第二妃を招き、そして産まれたのがイオン王子だった。


――しかし、望まれない事は確実に誤算も生んでしまうのが世の理。


「……アスカリア側はずっと言っていた。次期皇帝がステラ王女ならば言葉を、イオン王子ならば問答無用で攻め落とすと」


「その、なんだ……イオン王子が悪いと思ってないんだが、周りの連中がなぁ」


 イオン王子を支持する者達は帝国の古き者ばかり、つまりはアスカリアを滅ぼしてこそ真のルナセリアの栄光が訪れると信じて止まない集団。

 しかも第一妃は民に分け隔てなく接する優しき妃だったが、第二妃はプライドが服を着て歩くと言われている程に民を見下しており、ハッキリ言って民からは嫌われている。


「アナン様は民や一部の貴族からの支持はありません……それにイオンの魔力も――」


 拍車をかけたのは、イオン王子が王族の割には魔力が低かった事実だ。

 歴代に比べればギリギリ妥協できるが、ステラの魔力とは比べ物にならない程に軟弱なのは大問題だ。


「担いでいるのは戦争推進派に人望の無い王妃。イオン王子も周りのせいで支持も少ないときた……」

 

 イオン王子が皇帝になれば間違いなくルナセリアは弱体化し、攻めない理由は全くない。 

 それを深く理解している事もあって、二人は言葉を選びながら話すが、ステラも渦の中心故に理解していた。

 だから二人の様子に困った笑顔を浮かべながらも、諦めた様に小さく溜息を洩らしてしまう。


「イオンは本当に良い子で、私の事も姉上と言って慕ってくれています。――ですが周りはそれを許してくれません」


「だろうなぁ……しかも民の意見関係なく、もし姫さんに万が一の事があれば、イオン王子が次期皇帝が確定だ」


「……皇帝が近年、まともに姿を見せていないのも気になる。そして八星将が護衛で来ないのも、思えば何人かは向こう側だろう」


 ルナセリア皇帝もまた近年、表に出る事が極端に減っていた。

 更に言えば独自に動ける八星将。彼等がこれ程までの事態に全く動かないのも疑問が残る。

 つまり、全員ではなくとも、数人は暗殺に関与していると見るのが普通だった。


「お父様に関しては、私も最近まともに会っていません。会っているのはアナン様だけらしいです」


「状況証拠がそこまであると逆に怪しくなるが、どうやらルナセリア本国に入っても油断はできないぞレイン?」


「元々、そのつもりだ。合成魔物も投入している以上、何処で仕掛けてこようが納得できる筈だ」


 そう言ってレインは残りのホットミルクを飲み干し、焚き火に薪代わりの枝を入れ始めた。


「今日はここまでにする、明日は荷物の整理をし明後日の早朝には出るぞ」


「はいよ、なら……姫さんはもう休んだ方が良い。明後日から過酷になるぜ?」


「……分かりました。すみませんが先に休ませてもらいます」


 自分も何か手伝いたかったが、身体は正直だ。

 慣れない環境で疲れはピークに達し、ステラは目蓋が重かった。

 だからお言葉に甘え、先にステラはテントに入る事にする。


「おやすみなさい……」


「……おやすみなさい」


「おう、おやすみな姫さん」


 二人はステラがテントに入るまで見送ると、それを確認した後は焚き火の前に腰を下ろした。



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