幕間:蜥蜴の奥の者


 このクライアスのどこか、そこにこの古城はあった。

 周囲には魔物や武装した人が警備しており、その奥には5人の男女が円卓のテーブルを囲んでいた。


 ただ座っている者、酒を飲む者、乱暴に肉に齧り付く者、得物を磨く者――そして杖を構え、テーブルの上に魔法陣を展開している者の計5人だ。

 空席が幾つかあり、メンバーが全員揃っていないが誰も気にした様子はなく、元々メンバーが揃っていない方が見慣れていた。


「――これを」


 そんな異様な集会の中、魔法陣を展開している者――シルエットからして女性だ。

 黒いフードで顔を隠していて正体が分からないが、フードの女が魔法陣に強い魔力を送ると、それは現れた。


――魔法陣が刻まれた一匹の蜥蜴。


 その蜥蜴が現れた瞬間、周りの者達は一斉に自分の手を止め、視線を蜥蜴に向ける。

 すると、フードの女は杖を振り上げて蜥蜴に何か指示を出し、ビクッと蜥蜴も反応すると顔を上へと向け、瞳の魔法陣から映像を出した。


精霊戯矢エレメントダーツ!!』


 それは、ステラ達がグラウンドワイバーンと戦っていた時の映像だった。

 レインに蹂躙され、グランに力負けし、ステラの魔法に圧倒されたグラウンドワイバーンの姿が映し出され、最後には討伐される。

 

 その映像を見て、先程まで肉を喰らっていた男は、怒りを露にして荒々しく立ち上がった。


「なんだこれはよぉ!! どういうこった! この魔物は喰えば喰うほど強くなるんじゃねぇのか!!」


 2m越えの巨体、何かの魔物の毛皮を纏い、まるで大柄の獣の様に見える男は椅子を蹴飛ばし、円卓のテーブルに拳を叩き付けた。

 その衝撃で食器は揺れ、ワインを飲んでいた男のボトルが倒れる。

 中身が零れて床に溜まりとなってしまうが、それでも蜥蜴は微動だにせず、逆に反応したのはワインを台無しにされたインテリ眼鏡の男だった。


「あぁ……なんてことを、これは次に販売するワインなんですよ? 味や匂い、酸味や深みが、これでは分からなくなってしまいました」


「なに他人事みたいに言ってんだ! あの魔物を持ってきたのはテメェだろうが!! 欠陥品を持って来やがってこの三流野郎!!」


「……口を慎めよ、このケダモノふぜいが。あの魔物は成長中だった、そんな大事な時期に野に放ったお前等にも非はあるぞ?」


 獣男の言葉が癪に障り、インテリ男は睨み返すが獣男も黙ってはいなかった。


「黙れモヤシ野郎が! あの魔物の餌としてバーサクスネークやハンターフィッシュを連れて来るのに、どれだけ犠牲を払ったと思ってる!!」


「まるで大した仕事をした様な言い草だな、あの二匹も納期が随分と遅れていた筈だが?」


「それでもだ! こっちは15人死んだんだぞ!?」


 男は更に荒れて、肉を乗せた皿を叩き割る。

 ハンターフィッシュはともかく、バーサクスネークは街規模の被害を出す事もある『第二級危険魔物』であり、戦いに少し自信がある程度の者では餌にしかならない。

 そんな魔物を犠牲を出して連れて来た以上、男には反論する権利があった。

 

 しかし、インテリ男はそれを聞いても眉一つ動かず、嫌味な笑みを崩す事をしなかった。


「あなたのギルドは、確かそれだけの仕事が出来る筈だと理解しておりましたが、逆に聞きたいですね?――なぜ、15人も死んだんですか?」


「ッ!……そ、それは……!」


 獣男は言い淀んだ。

 それだけ、己のギルドの力が強いのを自覚しているからだ。

 けれどインテリ男は、それらの理由を知っていた。


「あぁ!……そうだ、思い出しました。力があったのは先代のギルド長達がいた時でしたね、確か今は……貴方を新しいギルド長とは認めず、歴戦のギルド員達は殆どが去ってしまったのでしたねぇ?」


「うるせぇ!! 前任のギルド長の件はテメェも噛んでんだろうが! それよりも、例の件はどうした!? まだ見つかんねぇのかよ!」


 まるで誤魔化す様に話を変える獣男の様子を見れば、痛い所を突かれたのだと想像に容易かった。

 同時に獣男の人望とカリスマ、器の無さもだ。

 

「捜索しているのですが、いやはや……これが中々に見つからなくてね。――諦めて良いですか? ハッキリ言って私には利益がないのでね」


「良い訳あるかッ!!――はな! 先代ギルド長の――」


「はいはい……貴方と違って馬鹿じゃないんですよ私は。最初に聞いているのですから、そんな無駄な事を言わなくても分かっていますよ?」


「クッ!――テ、テメェッ!! もう我慢ならん!!」


 獣男は激昂し、右腕に魔力を集中させると現れたのは巨大な爪だ。

 獣を彷彿させる巨大な爪を振り上げ、インテリ男へと振り下ろした。


「ヒィッ!!?」


 そこまでされて、ようやくインテリ男の仮面も崩れ、血が周囲に染まろうとした時だ。


「――そこまでにしろ」


 二人の間に入る者が現れた。

 それは先程まで静寂を貫いて座っていた、花装飾の白銀の鎧に身を包んだ一人の女性騎士だ。

 女性騎士はマントを揺らし、レイピアの様な鋭利な剣で爪を受け止めたのだ。

 両者は丸太と小枝の様な腕の大きさに差があったが、女性騎士は片腕で受け止めており、その技量と強さが理解出来てしまう。


「うっ……こ、この女ぁ……!」


「“栄光の星”も落ちたものだ……お前達の様な輩も名を連ねるのだからな」


 女性騎士は軽蔑するように言い捨てると、剣を鞘へと戻して再び椅子に腰かけた。

 見下されていると言える態度に、獣男は怒りが込み上げるが、力の差を理解しているので必死に呑み込んで椅子に座り治す。

 そして、場が収まった事でインテリ男も額の冷や汗をハンカチで拭きながらネクタイを整え、椅子に座り直して女性騎士へ頭を下げた。


「いやぁ……助かりましたよ、流石は“戦姫”殿、このお礼は近々お渡しさせて頂きます。――それで話は変わりますが、これを期に我々との間に繋がりを作るのはいかがで――」


「いらん、黙れ、お前も奴と同列だ」


「ッ! ぐ、ぐぅ……!」


 インテリ男も女性騎士にとっては話すに値しない存在。

 現に、獣男と同じく悔しそうに何も言い返せないのが証拠だった。

 

 すると、静かになった事で静観していた男が動いた。

 得物を磨いていた男――白髪で顎全体に白い髭を伸ばし、明らかに高齢と言える人物。

 けれど、身に纏う着物の隙間から見える肉体は、鍛え抜かれた戦士そのものだった。


――纏う雰囲気も明らかに一人だけ違い、その男が動いた事で三人の動きも止まる程に。


「さて……余興も終わった事で、そろそろ本題を話せ。それとも貴様は、顔を見せの為に我々を呼んだのか?―――どうなのだ娘?」


 高齢の男はそう言って、身の丈以上の大剣をで持ってフードの女へ向ける。

 その大剣には明らかに殺気があり、本当に下らない理由で呼んだのなら、今にも暴れんばかりの雰囲気だ。

 

 だが、フードの女は特に怯えた様子はない。

 それどころか、微動だにせずに杖を振るい、蜥蜴が映し出す映像に変化をもたらした。

 映像が一瞬だけ乱れると、次に映ったのはレインとグランの顔の拡大映像。

 それが映された事でメンバーも意識を集中させた。


「なんだ、この二人は?」


 最初に声を発したのは獣男だ、二人の顔を知らないらしく首を傾げていた。

 

「アスカリア王国・最上位騎士――四獣将『黒狼のレイン』……『剛牛のグラン』……アスカリア側の護衛として派遣された者達です」


 補足する様にフードの女が素性を説明するが、全く分かっていなかったのは獣男だけだ。

 他の者達は顔を知っていた者、名前だけは知っていた者、雰囲気や戦い方で只者ではないと判断していた者に分かれており、それぞれは警戒する様に険しい表情を浮かべていた。

 

「映像魔法を見ていた時から気にはなっていましたが、これはどういう事でしょう? 何故、四獣将ほどの者達が護衛メンバーに入っているのですか?」


 二人の話題で最初に口を開いたのはインテリ男だ。

 眉間に皺を寄せ、明らかに二人の存在が誤算であるように振る舞う。 


「なんだ……こんな連中にビビってんのかテメェ? 四獣将だかなんだか知らねぇが、ぬるま湯に浸かってる騎士共なんぞ俺の敵じゃねえ!」


「……そこまで言われたら、呆れてものも言えませんよ」


「貴様が2、30人いても倒せぬだろうな。――今、三大盗賊ギルドの一つ『頂きの強奪者グランドヴァンデッド』が四獣将の一人『炎獅子のファグラ』とやり合っているらしいが、炎獅子が来て、三日で全体の5割の戦力を失ったらしい。現に、離反した傘下のギルドが各ギルドに逃げ込むか、アスカリアに出頭している」


「そ、それ程なのかよ……!」


――アスカリアの四獣将・ルナセリアの八星将


 その名を知らぬ者などおらず、強さも噂を虚偽ともさせぬ強さを持ちし騎士達の話に、その場を笑い声が響いた。


「――クックックッ!……確かにな」


 笑っていたのは高齢の男だった。

 まるで生き甲斐を見付けた様に楽しそうに笑い、そんな姿を見た事がなかった者達は驚いて何も言えないでいた。 


「確かにな、貴様程度が30人――否、300人いてもこの者達を止める事はできんだろうな。――クックックッ……良い目をしておるわ。この若さでこれ程の目が出来るとは、血を騒がせてくれる」


 一体どれほどの死地を乗り越えたのか。

 向かなければ死ぬ、だから右を見たら左から刺される、そんな理不尽な戦場すらも二人は乗り越えている。

 

――儂等と同じ目か……いや、それ以上かもしれんな。


 高齢の男は分かっていた。自分も同じく死地に行き、地獄すら生温い戦場を生きたのだから。

 だが興味があるのは彼等の若さでもある。この若さで力を持った以上、それだけ強さが必要だったのだろうと。

 勝ち取る為、生き残る為、守る為――どんな理由だったのかはこの際、どうでもいい。

 だが見てみたい、感じたい、生き急ぎ過ぎる若き獣の牙の味を。


「……クックックッ、どうやら礼を言わなければならん様だな娘。随分と久しぶりだ、対峙した訳でもなく、なのにこれ程まで血が滾ってしまうのは。――儂は儂で“準備”をするとしよう」


「ご自由にどうぞ……」


 フードの女はそれだけ言って、高齢の男の行動を許した。

 納得していないのは獣男ぐらいだが、弱肉強食――弱者に言葉を話す権利は無い。

 椅子から立ち上がり、この場から去って行く高齢の男の背中すら見る事が恐ろしかったのだ。

 大きな獣ではなく、大きなただの猫。

 そう見てしまう程に、気の毒な力の差が確かにこの世にはあった。


「……話を戻すぞ」


 空気を元に戻したのは女性騎士だった。

 高齢の男の溢れ出す殺気になんとか耐えきり、平常である事をなんとか示そうとしている様に真剣な表情だ。

 そして、そんな彼女の姿を見て、冷静になろうとしているのか、インテリ男もハンカチで汗を拭きながら本題を口にした。


「えぇ……重要なのは四獣将の存在です。本来ならばグラウンドブリッジでステラ王女は死に、ヴィクセル殿以外も死ぬ予定だった筈。しかし、これ見る限りでは生き残ったのは四獣将二人とステラ王女だけ。――この件に関して、今日要らしていない方々に連絡は?」


「……送っております。また、次の一手も既に」


 フードの女が外に顔を向けると、鳥用の鎧を纏った怪鳥が城から飛び立って行く。

 これから欠席者に今回の内容を送ったのだろうと、インテリ男も納得した様に頷いた。


「そうですか……なら本題を聞きましょうか。アスカリア王国は……いや――」


――は、今回の件をどうお考えなのか?


 空気が殺伐として変わる、三大国家の王の名前がでるというだけ内容の闇は深かった。


「今回の一件、四獣将を派遣した理由は一つだけ。我々への裏切り……いえ、このクライアスへの裏切りなのではないのですか?」


「サイラス王は賢王だ……目的は同じでも、ただ手段を変えただけなのではないか?」


「だと良いのですが……勝手に絵を変えられては、困るのは我々ですよ?」


 契約上の事なのか、まるで商人の様に鋭い視線を周囲に送るインテリ男。

 女性騎士がサイラス王へ擁護の様な意見をだすが、それも事実の保証ではない。


「サイラス王もそうだが、そもそも、は何やってんだ!? 奴等がここに来た事なんて殆どねぇ! 嘗めてんのか!?」


「言葉を慎んでください……あの方々は貴方様と違い多忙なのです」


「因みに私もです……そろそろ帰らなければ、次の商談に間に合いませんよ」


「私もいつまでも留守には出来ない、それが組織の頭というものだ」


 次々にそう言って立ち上がり、これで集会はお開きとなった。

 最後にと、女性騎士は仕留めるべき得物の姿の映像を見ると、そこには荷車に乗せられて呑気に眠っているステラの姿があった。


「箱入りの王女め……貴様も、ルナセリアも私の手で引導を……!」 


 そんな彼女の姿に女性騎士は吐き捨てる様に言うと、仇でも見るように睨みつけた。


「フフフ……まぁ、落ち着きましょう。貴女とルナセリアの因縁は分かっていますが、今は大目に見ましょう。――四獣将がいようとも、所詮は悲しき延命処置に過ぎません」


――もう彼女に幸せなど、訪れないのですからねぇ。


「フフフ……そう思っているのでしょう貴女もねぇ?」


――ルナセリアに捨てられし戦姫――『戦薔薇の剣ラストヴァルキュリア』の長よ。


 インテリ男は格好付けて女性騎士の方を振り向くが、そこには誰もいなかった。

 フードの女も、獣男すらおらず、完全に取り残されていた。


 誰もいない空間、テーブルを向くと映像蜥蜴はその場にいたが、インテリ男と目が合うと小さく『ぷっ……』と小馬鹿する様に笑い、魔法陣が展開して姿を消してしまう。


「……私も帰りましょう」


 寂しい姿を晒しながら、インテリ男もまた、静かに城を後にするのだった。


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