第13話:その名はセツナ


 鬼血頭領を撃破したレインは、すぐに二人の下へ戻った。


「此方も終わった……ステラは?」


「わ、私も無事です! それより二人とも怪我は大丈夫ですか!?」


「おう、俺は大丈夫だ。隠密ギルドだけに少し面倒だったが、それよりレインはどうなんだ?」


 グランが腕を組みながらレインの方を見ると、最後の爆発の余波か、その頬に火傷の様な跡が刻まれている事にステラは気付いた。 


「レイン! 顔に火傷が……!」


「問題ない」


 この程度の怪我には入らない。

 そんな過酷な任務を続けていたレインにとっては、この程度はそんな感じで、心配するステラを流し、この場を後にしようとした。


「駄目です! 小さな火傷でも放っておくと大変なんですよ! いいから見せてください」


 けれどステラは許さず、無理矢理レインの腕を掴んで止めると、その頬に手を翳した。

 すると、その手から温かな光が漏れ出し、二人が驚いている間に火傷は完全に消え去った。


「はい、これで大丈夫ですよ」


 驚く二人をよそに、ステラは平然と治った事を伝えるが、グランは、おいおいと言った様子でステラの事を見ていた。


「驚いたぜ……姫さ――ステラは癒し魔法も使えんのか?」


「しかも、かなりの腕だ……才能というべきか、流石ルナセリアというべきか」


 二人が驚くのも無理はなかった。

 実は癒し魔法は、才能・技術の二つの要素が重要な魔法なのだ。

 魔力量が多く、練度の高い魔法使いでも、実戦で通用する癒し魔法が使える訳ではなく、細かい魔力調整・長時間の使用も耐える精神力が必要となる。


 しかし、ステラは小さな火傷とはいえ短時間で、しかも一切無駄な魔力を使わず的確に治してみせた。

 それを見た二人は、ステラの技量が、今まで見てきた治療師の中でもトップクラスだと断言出来た。


 けれど、そんな二人の反応に対し、ステラは困った笑顔を浮かべていた。


「才能だなんて、そんな……ただ、ずっと学んできただけなんです。普通の魔法ならともかく、癒し魔法を使う人達は数少ないですから、少しでも誰かの役に立てる為にと思ってたら、いつの間にか……」


「それでも大したもんだ……思ったからって出来る事じゃないぞ?」

 

「……実際、その技量は大したものだ」


 感心した様子で彼女を見るグランと違い、レインはステラを見ずに言うが、それでもステラは、どこか嬉しそうな表情を浮かべてしまう。

 何故なら、ずっとレインに迷惑を掛け続けてきた中、そんなレインに認められたのが想像以上に嬉しかったからだ。


「……そろそろ行くぞ」


 いつまでもここにいる訳にもいかないと、嬉しそうなステラを余所に、レインが二人へ呼びかけ、この場を移動しようとした時だった。


『させんぞぉ……!』


「なっ! まだ生きてんのか!?」


 グラン達の前に、這いつくばりながらも鬼血頭領が、怨念がましい声を漏らしていた。

 立つ事は難しいのか動きは鈍いが、何をするか分からない雰囲気もあって、二人がステラの前に出ると、その瞬間、レインは気付いて上を向いた。


「上だグラン!」


「っ!……全く、マジかよ」


「そんな……!」


 見上げた先には、20人近い赤装束の者達が立っていた。

 最初の様に、木々に独特な方法で佇む者達、血化粧の黒鬼の印を持つ鬼血衆達だ。


『……ク、ククッ……先程の上忍程ではない……が……この人数ならば王女の首も……!』


「……そこまでステラを狙うとは、やはり依頼されているな?――だが、どうやってここを突き止めた? 依頼人は誰だ?」


 レインは解せなかった。

 湖の森にいたのは運が良かったに過ぎず、この森に来たのも普通なら予測できる筈がない。

 けれど、予想通りと言うべきか、鬼血頭領も口を割るつもりはなかった。


『誰が言うものか……!――代わりに……これをくれてやる!』


 仲間に支えられながら鬼血頭領は、そう吐き捨てると手に魔力を集中させ、“丸い球体”を具現化させた。

 それは人の頭部程の大きさで、まるで何かの“卵”の様にも見えるが、鬼血頭領はその卵を投げ捨てた。


――瞬間、周囲に魔法の突風が吹き荒れ、は姿を現した。


『キィィィィィィ!!!』


 それは例えるならば、の魔物。

 サソリからカマキリの上半身が生えている様な姿は、まさに異様であり、その魔物を見たレインとグランは我が目を疑った。


「サソリの方はアスカリア内で見た事はないが……カマキリは“第一級危険魔物”――」


「“パラディン・マンティス”じゃねぇか! ありえねぇぞ、この魔物は既にした筈だ!?」


 二人も見覚えがある魔物、身体の一部が聖騎士の様に純白な姿をし、その腕も聖剣の様な美しい鎌となっている危険魔物――パラディン・マンティス。

 ダイヤは疎か、城すらも切り裂いた逸話が残っているが、異常気象の環境に適応できず、既に絶滅はしている。

 しかし、その危険性は対策を誤ればで滅ぶ可能性がある第一級危険魔物だ。


「だが、この大きさならまだ幼体だ。良くて第二級危険魔物……倒すなら今だぞレイン!」


 なんでパラディン・マンティスがいるのかは、この際どうでも良いとグランは判断し、民家程の大きさでも幼体の相手を見て、逆にチャンスだと感じていた。

 成虫に比べれば戦闘力は格段と低く、容易に倒すなら今なのだが、レインはサソリの存在を無視出来なかった。


「確かに……だが、下半身のサソリはなんだ? アスカリアで見た事がない種だぞ」


 下半身のサソリ。青黒く染まった甲殻は光にも反射され、かなりの強度を持つのが見ただけ分かる。

 だが、一番の警戒理由は二人が、このサソリをアスカリア国内で見た事がないのだ。


――様子見で攻めるか。 


 レインは小手調べの様に軽く身構えるが、サソリの正体はすぐに判明する。

 パラディン・マンティスに驚いて視界を上に向けていたステラが、その下半身のサソリを見て気付いたのだ。


「もしかして……?」


「ようさいサソリ……って、確かルナセリアの固有種のサソリ型魔物で、その硬い甲殻は鍋やフライパンを始め、武器や防具にも使われているっていう要塞蠍か?」


 ステラが言った要塞蠍という魔物は、グランも知っていた。

 一般から武器防具にも使用できる甲殻を持つ便利なサソリ。

 名前の由来も大量発生した時に一匹一匹の硬さが高く、駆除が思いのほか手こずった事で、騎士達が「要塞を落とすぐらい疲れた」と言ったのが始まりであり、それだけ甲殻の価値は有名だ。


「しかしデカいな……」


 レインも存在は知っていたが、こんな巨大なサソリとは思っていなかった。

 流通でアスカリアにも流れては来るが、その殆どは小さいもので、大きくても馬ぐらいの個体しか知らない。


「実は要塞蠍は大人しい魔物なんですが、放っておくとこのぐらい大きくなるんです。基本的、小さい個体は流通に流し、大きい個体の甲殻は騎士団の下に流れるので、他国では成体の大きさを知らない方々が多いと聞きます」


 要塞蠍は成長するにつれて、甲殻の強度も品質も上がり、本当に良い物はルナセリアが独占している。

 ただ要塞蠍は温厚で滅多に人を襲わなければ毒もないが、だからといって楽ではない。

 強度だけで【第二級危険魔物】に指定されるぐらいで、怒らせると半端ない強さを示す魔物なのだ。


――ダイヤや都市すら切り裂く最強の刃・成体はドワーフのハンマーでしか砕けぬと言われる最強の鎧。


 それが存在が目の前におり、それは同時にレイン達にある事実を示していた。


「この魔物も合成魔物キメラか……」


「なんてこった……偶然じゃ、もう無理だぞ!」


 グラウンドブリッジで交戦したスケロスでも普通ならありえない。

 なのに、僅か数日で二体目の合成魔物と接触してしまった。

 確実に大きな力が動いている証拠であり、そうでなければ要塞蠍はともかく、絶滅種のパラディン・マンティスを素材に出来る筈がなかった。


「合成魔物なんて一体どうして……!」


『ククッ……合成魔物を見るのは初めてではないと見える。――なら、その理由も分かっているのではないのか王女殿。貴様の為に作ったと依頼人は言っていたぞ……!』


「私の為……?」

 

 鬼血頭領の言葉を聞いたステラの脳裏に、ヴィクセルの言葉が蘇った。


『ステラ王女……あなたは――生きてはいけない人間なのです』


 ヴィクセルはそう言っていた。そして合成魔物・スケロスも自分を殺す為に準備したと。

 ならばこの合成魔物も自分を殺す為だけに?


「私のせいで……こんなものが世に?」


 ステラは自分のせいで、になっていると思い、恐ろしさで思わず片手で口を抑えた。


 そもそも合成魔物は嘗て、各国が兵器として研究してたものだ。

 けれど、安定させる事ができず、最後は逃げた合成魔物達が街から街へと殺戮を繰り返した事件が起こってしまった。

 それが他国へと渡って大災害となり、それ以来は“禁忌”とされた研究。

 故に、今でも犯罪ギルドが粗悪な合成魔物を作っている事もあるが、それでも騎士団が急行する事態だ。


 だからこそステラは許せなかった、こんなもの生み出せてしまった自分と、生み出す者達、平然と利用する者達を。


「どうしてあなた方は……なんでそんな冷静にいられるのですか!? 嘗て合成魔物によって、どれだけの被害が出たか知らない訳がない! なのになんで! 私を殺すなら直接来れば良いだけなのに!」


「やめろステラ、所詮は犯罪ギルド。金次第では大罪も厭わない連中に何を言っても無駄だ」


 感情を徐々に爆発させるステラを、レインが止めた。

 数あるギルドの中でも、時代錯誤の“鬼血衆”に感情論が通用する訳がない。

 無意味だからと言い捨てるが、鬼血頭領はその言葉を鼻で笑った。


『フッ……好き勝手言ってくれる。任務の為ならば獣となる貴様等も、我等と同じではないか?』


「ハッ! 感謝されてる分、俺達の方が救いようがあると思うがな」


 言い放った鬼血頭領に、今度はグランが片腹痛いと言わんばかりに反論すると、その言葉を聞いた鬼血頭領に火が付いてしまった。


『黙れ! アスカリア、ルナセリアの貴族共の汚れ仕事をしてきたのは我等だ! 都合が悪くなれば棚に上げ、全ての責任を我らに押し付ける貴様等が何をほざく!』


「少なくとも俺達は、隠密ギルドに依頼した事はないからな……その点に関しては何とでも言える」


「それに俺もレインも実家に縁切りされてるしな……何よりも棚上げしてんのはお前等もだろうが! 暗殺の為にと、無関係な人間を何人巻き込んでると思ってんだ!」


 鬼血衆は任務を完全に行う。その為に手段を選ぶ事をしない。

 暗殺対象を殺す為、対象が入ったレストランを客や従業員を巻き込んで爆破した事もある。

 だからこそ二人は、誇りを持って集まるギルドという組織、その中に鬼血衆がいる事を認める気はなかった。


『フッ……それらの事も、元々は我等に依頼しなければ起こらなかった事だ』


「あぁそうかい、別にテメェ等とまともに対話できるとは思ってねぇさ。けどな――」


「どの道、護衛として降りかかる火の粉は払うまでだ」


 二人が構え、ステラも遅れて構えると鬼血衆達も一斉に構え出す。


『ならば見せてやろう……忍の術を』 


 鬼血頭領が何やら笛を取り出して吹くと、合成魔物が動き始めた。


『蹂躙せよ“デュアルイェーガー”よ!……鬼血衆の恐ろしさを示せ!』


『キィィィィィィ!!』


 笛の音に合成魔物――デュアルイェーガーは動き出し、鎌と爪の四本を振り回しながらレイン達へ迫ると、鬼血衆も一斉に飛び出した。

 これに対し、レインとグランも魔力を込めて一気に蹴散らそうとした時だった。


『下がってください!』


――突然の声と共に、レイン達の背後から一斉に何かが飛び出した。


『カハッ!?』


『グボッ――』


 それは隠密ギルドの者達が好んで使うクナイであり、それが次々と鬼血衆に突き刺さり、その数を減らす。

 

「これはなんだ?――ッ!」


 鬼血衆が倒れ始める中で、ようやくレイン達は気付いた。――突然現れた多数の気配に。


「後ろか!」


 グランが叫び、レインとステラを挟みながら振り返えると、そこにいたのは“黒装束”の者達、数は鬼血衆よりも多く2、30人はいた。

 隠密ギルドと分かる出で立ちだが、不思議と敵意が感じられず、寧ろ鬼血衆を集中的に狙っている様だった。


「他の隠密ギルドか?」


「印が違いますね、あれは……“猫”?」


 ステラは描かれている印に気付くと、それは確かにだった。

 “三日月を咥える猫”――それが黒装束のギルド印であり、レインが黒装束の者達に警戒していると、背後からデュアルイェーガーが迫って来ていた。


「うおっ!? レイン! こっちも仕掛けてきてるぞ!!」

   

 咄嗟に飛び出し、グランはグランソンで鎌と爪を受け流し、攻撃をステラへ近づけさせない様に振る舞う。

 両方とも巨体の割に動きは早く、鎌が掠するも、グランも反撃で返す。


「っと!――剛突破・激震!!」


 振りかぶった一撃がガードした爪に入り、大気を揺らしながらデュアルイェーガーを後方へブッ飛ばされた。

 また、それによって爪に亀裂が入るが、デュアルイェーガーは怯むこともなく再びグラン目掛けて動き出す。 


「おいおい根性あるな……!」


「呑気に言っている場合か、何とか隙を作って離脱する」


 既に乱戦となって黒装束と鬼血衆が戦いを始め、空から手裏剣やクナイが落ちて危なっかしい。

 だからステラの身を守る為、レインは、この場を離脱しようとするがデュアルイェーガーは執念深いのか、三人から視線を外さない。


「ならもう一発入れてやる……その間に離脱するぞ!」


 グランがもう一発、重い一撃を入れようと構えた時だった。

 そんな三人の真上を、黒装束の一人が通り過ぎた。


影走かげばしり――先駆さきがけ


 足に魔力を込めた黒装束の動きが、突如として変わる。

 一段階素早くなった様に急加速し、一気にデュアルイェーガーへ接近すると、その驚異的な身体能力を披露した。


『キィィ!!』 


 振り回す鎌や爪を紙一重に、だがどこか余裕を残して回避すると、パラディン・マンティスの顔部分に何かをぶつけた。

 それは小さな爆発を起こすと紫の粉を撒き散らし、それを吸い込んだ瞬間にデュアルイェーガーが悶絶する様に痙攣を起こし、その動きを止める。


「おぉ、動きを止めたのか……!」


「隠密ギルドは、ギルドによって特殊な技を持つと聞いたが……今の動きがそうか」


 グランとレインはそれぞれ黒装束の行動に感心していると、その黒装束が三人の前に降り立った。

 だが驚いた事に、その黒装束は若いのか大人よりも背が低く、レイン達は少し驚いた。


――年齢の割には強いな。


 若いながらも実力がある証拠であり、少なくともレインは目の前の忍を鬼血衆よりも手強いと判断し、警戒を解かないでいると、向こうから声をかけてきた。


『皆さん急いでこちらへ、これから安全な所にご案内します』


「なに……?」


 恐らく少年。だが予想以上に若い声だが、その内容は更に驚くものだった。

 どこか焦っている様な――否、急かす様に少年言うと、背後で苦しむデュアルイェーガーへ視線を向ける。


『あれは、あくまで虫型魔物の動きを止めるもの、長くは持ちません。――お願いします、今は僕を信じて下さい』


「……良いだろ」


 レインは頷いた。

 少なくとも嘘をついている様には見えず、実力はあるが、自分とグランで容易に対処が可能であると判断したからだ。

 グランとステラも、その判断を信じたのか反対はしなかった。


「あいよ、レインがそう言うならまず信じるが、どうすれば良いんだ?」


『取り敢えず僕の後に付いて来てください――こちらです』


 そう言って少年は駆け出すと手薄な箇所から森に入り、三人もそれに続く様に走り出すと、レインはステラを担いだ。


「失礼――急ぐぞ」


「えっ!? は、はいぃ……!」


「レインも大胆だなぁ……まぁ自覚はねぇだろうが」


 無表情で担ぐレインにステラは驚くが、状況が状況だけに恥かしさをなんとか呑み込む。

 その光景をグランは面白いのを見る様に、ニヤニヤと笑いながら後を追い始めると、鬼血衆達が逃げるレイン達に気付く。


『逃げたぞ!!』


 背後から鬼血衆の怒号が聞こえるが、他の黒装束が迎え撃ったのか戦闘音によって掻き消された。

 

――そして音が遠くなった頃、レインは目の前を走る少年へ問いかけた。


「それで、お前達は何者だ? 何故、俺達を助ける?」


『はい……まず僕達も彼等と同じ隠密ギルドの者です。助けたのは我々のゴタゴタに巻き込んだから、そして頭領が皆さんと話がしたいとの事です』


「なる程な……それで、その案内人さんは何者なんだ? 名前も流石に機密か?」


 少しでも疑う要素を減らしたいのか、それともただの性格ゆえか、グランの場合は後者だった。

 少なくとも、名前も教えない奴は信じないのがグランの心情で、案内人に名前を聞くと、少年は少し意外だと感じながらも、走りながら顔の装束を取った。


「いえ、そこまでは隠しませんよ。――僕の名前は<セツナ>です、隠密ギルド『月詠一族』のセツナ。宜しくお願いします」


 茶トラ猫の様な綺麗な茶髪、綺麗な黄色の瞳。

 そして鉢巻がトレードマークの少年――セツナ。


 これがレイン達とセツナの初めての出会いだった。



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