第7話:グランの安否


 森の中へ入った。――とはいうものの。実際は湖と川に沿って歩き、森にはそれほど足を踏み入れてはいなかった。

 捜索範囲が広大ゆえ、出来るのは痕跡が残っているかも知れない川沿いしかない。

 最初にいた拠点にも、騎士が任務中に使用している長い時間発生する特殊な狼煙を使ってから来ている。

 これは敵にも場所を知らせる行為で危険もあるが、運よくグランが気付く可能性もある。

 

 その上で、拠点に目印を残しながら二人は上流に向かう様に進んで行くが、自然の姿だけあって足場が良い場所も、あれば悪い場所もあった。


 濡れた地面、枝や丸太まで転がっていたり、砂利もあれば崖になっている場所もある。

 そんな場所を探索する二人は、基本的にレインがステラへ手を貸しながら進んで行き、グランが流れ着いた様な痕跡を探す道中、ステラは途中で目の当たりにした“大自然の神秘”に驚きを隠せずにいた。

 

「わぁ……! 凄いです! 凄いです!」


 ステラの目の前に広がるのは、偉大な自然の神秘。

 巨大な滝は、大きな轟音と共に飛沫をレインとステラへ降り注ぐ。

 その為、二人はしっかりと距離を取っていたが髪は一気に濡れてしまう程で、その衝撃から巻き起こる風にもステラは楽しくて仕方ないように瞳を輝かせていた。


「こんなに立派な木なんて初めて見ました……!」


 他にも城と同じぐらい大きいのではないかと思わせる大樹にも、ステラは感動を抱いた。

 滝も迫力あったが、目の前に佇む巨大な大樹の存在感。命の大きさに圧倒される。

 触れて分かるその偉大な命。空に君臨する枝・葉には果実が実り、沢山の植物や昆虫、小型の魔物達が平和に過ごしていた。


「わぁぁ……!!」


 感動や驚きが絶え間なく訪れる事態に、ステラは瞳の輝きが増し、両手で口を抑えても漏れだす感激の声を止める事が出来なかった。

 この衝動を止められる筈がない。

 何故なら、巨大な滝や大樹・珍しい動植物等、本でしか見た事がないのに自分は実物を目の当たりにしているからだ。

 美しく、そして凄い。

 ステラは身体や首を忙しく動かしながら『レイン様! あれはなんでしょう!?』と、暇なく聞きながら好奇心の感情を爆発させた。


「レイン様! 木の上にいる綺麗な鳥はなんでしょう!?」


「“エアガイア”と呼ばれる鳥の魔物です。基本的に温厚で、攻撃しなければ何もしてきません」

 

 目の前の景色全てが、彼女にとって自然の図書館と呼べるものだ。

 レインも、そんなステラに最低限の理解を示すように問いへの返答をするが、その視線は別の所へ向けられていた。


――ないか。


 川付近、木々の傷等をレインは慎重に観察していた。

 

「……グランの事だ。生きていれば何かしらの痕跡を残すはず」


 四獣将と呼ばれているグラン。

 ならば状況次第だが、自分が生きている痕跡を残す事をする筈。

 けれども、川付近にはそれらしいものはなく、木々の傷も目印の様な傷もなかった。


――探している場所が違う、痕跡はとっくに消えた。

 

 それが事実ならば、もうレインには何も言えないが、やはり特定する情報も少ない。

 神経や耳等を研ぎ澄まし、森が魔物が人間異物を拒絶する様な気配や異変を察しようとするが、それらしい動きもない。


 すると、そんなレインを見てステラも己の立場を思い出した。

 

――そうでした。何をはしゃいでいるんでしょう私は。


 ステラは、見た事もなかった景色や経験に感情が高ぶっていた自身を恥じた。 

 ヴィクセル達からの裏切りに現実逃避し、心を癒したかったのかもしれない。

 だが、それは今ではない。全てを――和平を結び、クライアスの、民の平和を築き、王族としての責務を果たした後でだ。


 ステラは気合を入れるように両手で己の頬を二回叩いた。

 

「んっ!――よしっ!」


気合が入り、先程とは別の意味で瞳を輝かせながらステラは川の方へと歩いて行くと、レインもそれに気付いて後を追った。


「どうしました?」


「えっ!? えっと……休憩致しませんか!」

 

 川の前で腰を下ろすステラへ、レインが背後から声を掛けるとビクッと身体を震わせ、少し困った様な笑顔を浮かべながら提案した。

 

「……そうですか」


 相変わらず変な所で挙動不審な王女だが、レインも流石に休ませた方が良いと判断する。

 そして静かに頷くと、拠点から持ってきたリュックから水筒を取り出し、ステラへと差し出した。


「どうぞ」


「あっ、ありがとうございます!」


 何かに集中しているのか。ステラは、レインから差し出された水筒に一瞬反応が遅れるも、すぐに気付いてお礼を言いながら受け取り、蓋を外してカップにもなる蓋に注いだ。

 

「これは……ジュース?」


 中身は新鮮な色の果実ジュースだった。

 拠点でレインが瓶を何本も開けていたが、実はレインの認識はアルセル基準で、王族はジュースばかり飲むイメージだった。


「何故ジュースなんでしょう? やはり、昨夜の件で子供扱いされているんでしょうか……」


 それを知らないステラからすれば、若干だが困惑。

 一応、レインは水とお茶も持って来ていたが、真っ先にジュースを渡されたステラは苦笑してしまった。


――そこまで子供扱いされているんでしょうか? 確かにジュースは好きですが……。

 

 そんな事を思いながらも、ステラはジュースを呑みながら休憩を始めた。


「ふぅ……さて


 そして、気を遣ってレインが少しだけ離れると、再び何やらし始めた。

 それはただ、レースの手袋を外し、川に直接手を浸すだけの事だ。 


「……川遊びか」 


 気分転換な水遊びだろうと見ていたレインは思ったが、不意に不思議な感覚に気付いた。 


――静かすぎる?


 静寂だ、自然の中でいる以上、消える筈のない静寂となった。

 水の音が消え、絶対に止まらない音が消えた事で違和感を抱いたレインが、素早く立ち上がった時だ。


――時が流れ出すかのように、再び自然の音色がレインの耳へ届く。


 気のせい。そう思ってしまうかのように短い時間。

 我に返っただけの様な感覚であり、レインが呆気になっているとステラは川から手を抜いていた。

 そして、立ち尽くしているレインの隣へ来て腰を下ろし、未だに立っている彼を不思議そうに見上げた。


「どうかしましたか?」


「……いえ、何でもありません」


 レインは、何事もなかった様に自分を見ているステラの様子に少し違和感を抱いたが、それが何かとは答えられなかった。

 結局、レインは諦めた様に腰を下ろし、持ってきていた地図を広げて次の向かう場所を調べ始める事にした。


――やはりここではなく……もっと上流ですね。

 

 そんなレインの隣でステラは、どこか真剣な表情で悩む仕草をしながら、川の上流を眺めているのにレインは気付かなかった。


♦♦♦♦


「もうよろしいですか?」


 15分程の休憩を取った時、レインはステラへそう言いながら立ち上がり、ステラも頷きながら立ち上がった。


「はい。私はもう大丈夫です!」


 両手で握り拳を作り、何故か、やる気十分である事をステラは示していた。

 そのやる気と元気が空回って余計に疲れなければ良いが、レインは取り敢えず地図を折りながら休憩中に考えていた範囲を指で示した。


「では、今度は向こうへ――」


「こっちに行きましょう!」


 レインが示したと同時、その言葉は自信満々に別方向を指したステラによって遮られてしまう。

 レインが指したのは森。しかしステラは川の更に上流を指していた。


「……何故に?」


 これには流石のレインも不信感しかなかった。

 他国故、道に関して何も言えず、先程までも言う通りにして付いてくるだけだったステラが、今度は自信満々に道を示してくる。

 はっきり言って怪しく、レインがどこか見定める様な視線を向けると、ジッと見られた事で気まずい感じてステラは身体ごと目を逸らした。


「え、えっとですね……その……もっと川の上流を見てからでも良いのかなぁっと……」


「……そうですか」


 ステラの言葉にも一理あった。

 けれども、ここから先は道が荒れ、ステラに辛いと判断してレインは別の場所へ向かおうとしていたのだが、本人が言っているのならば仕方ない。

 相変わらずどこか怪しいが、追求する理由も薄く、やや上り坂となってきた川をレインを先頭にして二人は進み始めた。


♦♦♦♦


 案の定、周辺の石が大きくなり、道は歩きづらくなっていた。

 あまりに酷い場合は森の方へ遠回りして進んで行くが、それでも自然の道。

 レインはともかく、基本的に城暮らしだったステラには過酷であり、額に汗を浮かべながらレインの手に捕まったりして進んでいた。


「……もう一度休憩しましょう」


 レインも無謀に進む気はなく、ステラの体調も把握しなければならない。

 その為、休憩を促すのだが、当のステラはそれを断っていた。


「い、いえ……まだ大丈夫です。――今は休む時ではありませんから!」


 両手で拳を作り、自分は元気ですアピールをするステラ。

 一応ではあるが、レインは彼女に飲み物は渡しており、歩きながらステラも水分補給は行うが、その歩みを止める事はしなかった。

 そして時々「もう少し……」とか「この辺り……」等とブツブツと呟くステラを、レインは横目で見ていた時だ。


「むっ? 川の音が……」


 レインが違和感を聞き取った。

 今まで流れに沿っていた様な綺麗な川の音が、一定の場所に来た瞬間に乱れ始めたのだ。

 それは虫の知らせと言うべきか、レインは場違いな騒音となっている川の音に何か感じ、その場所へ向かおうとした時だ。

 レインよりも先に、ステラが動いた。


「――ステラ王女?」


「こちらです!」


 やや駆け足で急いだ様子のステラの後をレインも追うと、徐々に川の音が大きくなっていく。

 発生源へ近付いている証拠であり、回り道から川へ出ると、二人の目の前にある光景が広がっていた。


「これって……」


 目の前の光景にステラは驚いた様子で目を丸くするが、それも無理はない。


――川が


 そう表現するべきか、否、どちらかと言えばというべきか。

 巨大な傷跡が川の形を変え、水がそれに巻き込まれて異質な音を奏でていた。

 例えるなら、巨大な生き物が暴れた跡だが、レインはこれを行った犯人を知っていた。


「……だな」


 レインには見覚えがあった。この川を抉った跡、それは豪快なグランの特有の技の痕だと。

 おそらく、川に流されていたグランが目覚め、脱出の為に一撃放ったのだろうと察した。


「ならば……」


 レインは、川の傷痕に目をパチクリさせながら驚いているステラを連れ、周囲の木々の確認を始めた。

 丁寧に木々を一本一本、レインは一周しながら丁寧に見て行った。

 それはまるで、何かを探している様だが、ステラがそれ聞く前に、それは見つかった。

 

 川のすぐ傍に立つ一本の木。そこに“片角の牛”の焼印が刻まれていたのだ。


「……グランの“魔印まいん”か」


 レインが探していたのは、この魔印まいんだった。

 それは、アスカリアの騎士達が万が一や、任務の時に仲間に情報を知らせる時に使う魔法の一種であり、決まった相手の魔力にしか反応しない細工が施されている。


 その為、今回は四獣将でグランの魔印であり、これに反応できるのは同じ四獣将か、その親衛隊だけでレインは条件に該当していた。


 ならば話は早いとレインは手に魔力を込め、撫でる様にその魔印の周辺を触れた。

 すると、その魔印の下に文字が浮かび上がった。


『グラン・ロックレス。ここに生存を記す。周辺でキャンプし、周囲と生存者の探索を行う。――これを見ているって事は、無事で良かったぜレイン』


「この近くにいるか……」


 グランの生存と状況を知れたレインは頷きながら手を放すと、浮かび上がった文字は静かに消えていった。

 ともあれ、これでレインの目的は達成したも同然であり、ステラも達成感を抱くように元気に頷いていた。


「グラン様もご無事で良かったです……そうですよねレイン様!」


「……えぇ、そうですね」


 悪い事ばかりの中でのグラン生存。

 良い事が続いていた事で、ステラにも元気が戻って来たが、レインは、ステラに気づかれないように彼女を疑う様な視線で見ていた。


――都合が良すぎる。


 ここまで道、それは殆どがステラが決めていた様なものだ。 

 レインが示す場所ではなく、ステラは自信を持って道を示し続けており、思えば最初からグラン生存にも全く疑いを持っていなかった。


――探知魔法? いや、そんな素振りはなかった。


 探知魔法の類とも疑ったが、ステラからは魔力を使っている様子はなく、魔法の類は一切使っていない。

 魔法大国ルナセリアの新たな魔法とでも言われればそれまでだが、少なくともレインは納得が出来なかった。


「当然ながら“秘密”を持っているか……だが、それはお互い様でもある」


 今は追求するつもりはない。

 秘密を持っているのはお互い様であり、レインは任務に従うだけだと言い聞かせた。

 利用できる内は利用すれば良い。後の分岐点が来る日までは、と。


 自分が何故、ここにいるのかを自覚しながらレインは、ステラを連れてグランのキャンプへと歩いて行った。 

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