第8話:地を害するもの


 グランの魔印を見付け、その生存を知った二人は森の中を歩き、グランがキャンプしている場所を探していた。

 周囲と記されていた以上、川の音が聞こえる範囲にある筈だ。

 そう思って二人は探すが、その途中で会話が途切れてしまい、レインはともかく、ステラは気まずいと感じていた。

 

――な、なにか言わないと……。

 

 別に無理に何かを言う必要はないが、ステラ的に精一杯のコミュニケーションを取りたかった。

 少しでも良いから互いを知っていた方が良いと思い、ステラは何度目かの勇気を振り絞る。


「あ、あの! レイン様!」


「なにか?」


 見向きもせず足も止めなかったが、レインはステラの声に反応した。

 けれども、そのタイミングでステラはある致命的な事に気付いてしまった。


――何を話せば良いのでしょう?


 話しかける事を考え過ぎた結果、ステラは話題を考える事を忘れていたのだ。

 これは恥ずかしく、考えている間にも妙な間が空き、その間がレインが意識を向けてしまった。


「……どうされました?」


 不自然さを感じたレインは、その足を止めて顔をステラへ向けた。

 向けられたステラも、照準が完全に自分が捉えられた事にビクッと身体を震わせてしまう。


「え、えっと……」


 まさか足を止めてくれたにも関わらず、何でもありません。

 そう言うのは流石に馬鹿過ぎる。情けない姿を見せてきた以上、レインへ、これ以上の迷惑は掛けたくなかった。


――せ、せめて姫らしく……!


 そんな事を思いながらステラは手を振りまくり、何とか誤魔化して話題を考えていると、ある事が脳裏に過った。

 それは、グラウンドブリッジでの事だった。


「あ、あの……グラウンドブリッジでの事なんですが。あそこが崩れる直前に聞いた――」


『キュウ~クルルルル!!!』


「――って感じの、鳴き声みたいなのってなんだったんでしょうか?」


 ステラが思い出したのは、グラウンドブリッジ崩壊直前に聞いた“謎の鳴き声”らしきものだった。

 あの殺伐とした中での奇声。合成魔物は全滅していた為、その可能性はなく別の存在しかいない。

 絞り出した感じだったが、思い出せば無性に気になりだしてしまうステラだったが、レインはあまり気にした様子ではない。

 

 ただ、これといった反応もせず、小さな声で呟いた。


「……“アースワイバーン”」


「……えっ?」


 アースワイバーン――レインは、それだけ言うと身体を反転して再び歩きだし、その後をステラも慌てて追いかけながら聞き返した。


「あ、あの! アースワイバーンって一体……」


「……アスカリア特有の“害獣指定魔物”です」


「害獣指定……?」


 まさかの正体にステラは困惑した。

 

【害獣指定魔物】 

 文字通りの魔物を指す。

 作物・自然を欲望、生態のまま貪る害獣でしかない魔物であり、作物を始めとした被害を出す魔物。

 けれども、基本的に人命的被害は少なく、大半は周囲の村人達だけでも駆除できる種が多い。

 

 だが被害額は馬鹿にならず、アスカリアの、そんな魔物の代名詞が【アースワイバーン】だった。


「アースワイバーンは人の世だけではなく、自然界にも被害を撒く事でアスカリアでは有名な魔物。作物は当然ですが、一番の被害は“土”です」

 

「土ですか?」

 

 作物以外の被害を聞き、ステラはキョトンとした様子で聞き返すと、レインは小さく頷いた。


「……アースワイバーンは土を喰らい、同時に周囲の土の栄養分も奪う。しかも奴等は“群れ”で行動し、その全てを欲望のまま土を喰らう為、最悪、地図を描き直さければならなくなる」


 土地の被害は、民・作物・地図の被害と同じだ。

 更に、栄養を奪われた土地は放置すれば枯れてしまうので、エルフやドワーフ、熟練の魔導士に土を癒して貰わなければならず、これら全てを含めれば被害額が高騰してしまう。

 

「せめてもの救いは、アースワイバーンはであり、力も弱く、周辺の村人達でも駆除が出来る事。――ただ、あまりにも数が多ければ騎士やギルドが出ますが、大抵は出る事はありません」


「そうなんですか、そんな魔物が……ですが、あのグラウンドブリッジを崩す力を持っている以上、危険な魔物だと私は思います」


 ステラは話を聞き終えると、少し咎める様な口調で言ってしまった。

 

 けれども、グラウンドブリッジは流通の要。

 今まで事故はなかったかもしれないが、その言葉を聞いたステラは、アスカリアがアースワイバーンを軽視している様に感じたのだ。


――結果論ではあるが、アースワイバーンがグラウンドブリッジを食べていた時にいたのが、自分達で良かった。

 

 ステラはそう思い、民にも被害が出たかもと思って頭が少し熱くなってしまったと自覚した時だった。

 何が彼の意識を刺激したのか、レインは足を止めた。 


「そうです。実際、グラウンドブリッジは強い強度を持つ鉱物が残って出来た自然の巨大橋。その強度は砲弾を撃ち込んでも傷一つ付かないと言われ、百年以上前から存在している」


――なのに


「ありえない異常な状況。何故ならば、アースワイバーンは――」


――しか食べられない。


「……えっ? ですが、現にグラウンドブリッジは崩壊しましたし、あの時に聞いた鳴き声は、アースワイバーンだけでした。――それとも、別の魔物だったのでしょうか?」


「いえ、あの独特な鳴き声はアースワイバーンのみ。あの時、グラウンドブリッジにいた魔物は間違いなくアースワイバーンです」


 戸惑うステラに、レインの言葉がより強く困惑させる。

 柔らかい土しか食べず、なのにグラウンドブリッジを崩壊させたアースワイバーンだが、実際に起きた状況は“生態”とは違う内容。 

 それは普通に考えれば、ありえない事であり、他国の事でもステラは違和感を抱いた時だ。


「……あれ?」


 ステラはある事を思い出した。

 それは、ルナセリア本国にいた時に聞いた『はぐれ魔物』の報告の事だった。


『生態も、まるで変っている。元の魔物の情報だけでは退治できない』


 確かに、そんな事を騎士達が言っていた気がした。

 はぐれ化したとはいえ、外見は殆ど変わらないので対処の方法も原種のまま行った結果、かなりの被害を受けたとも聞いている。

 

 それは、はぐれ魔物の話だったが、ステラは今回のアースワイバーンの一件が類似していると思えた。

 サイラス王からもステラは、アスカリアで既にはぐれ魔物が発生している事も聞いていた。

 ありえない話でもなければ、現にレインは数日前にアルセルの代わりに討伐すらしている。

 

「あの、レイン様――」


「見えました」


 ステラがレインを呼んだタイミングだった。

 レインの視線の先に、少しの木々に囲まれた場所があり、そこにはハンモックや焚き火の跡、箱に入っている積まれた物資が置かれていた。

 

――グランはキャンプを楽しんでいた様だな。


 レインとステラがその場に着くと、周囲には魚や猪の骨が転がっているが当のグランはどこにもいなかった。


「いないか、ならば――」


 レインはグラン不在を判断すると、川の周辺の時の様に魔印を探し始めた。

 周りの木の配置は分かりやすく、ハンモックを付けた木を調べると簡単に見つかり、魔力で触れると文字が浮かんだ。


『いない場合、周囲の探索中。一定の時間で戻る』


 グランは一定の時間だけ周囲の探索を行い、時間が経てばこの拠点に戻るを繰り返していた。

 焚き火を確認しても温かく、ここで待てばグランと合流できる事が分かり、安心して二人は椅子としてグランが薙ぎ倒したらしい丸太に腰を下ろした。 


「取り敢えず、グランが戻るまで待機します」


「分かりました……ふぅ」


 慣れない道を歩いてきたのもあり、ステラは休憩を挟んでいても疲労の量は多かった。

 額の汗をハンカチで拭い、レインから飲み物を受ケトルと、ゆっくりと口へと注いだ。

 冷たく、爽快な液体がステラの中を癒し、思わず熱の篭った息が体内から出ていく。


「ハァァァ~!」


 疲れた。同時に心の重りが少し外れた気もした。

 暗殺、合成魔物からの遭難。不安も多ければ、心の疲れも大きかった。


「ひと段落ですね……」


 レインのおかげや、自然の出会いもあって息抜き出来たのも救いだが、グランの生存・合流が確定したのも大きかった。

 それは、ステラにとって僅かながらも救いであり、肩の力を少し抜くことが出来た。


「……お疲れ様です。グランが戻り次第、情報共有し最初の拠点に戻ります」


「えっ……は、はい!」


 平然としているレインの声にステラは我に返り、その様子に気付いた。

 僅かな汗は流しているが、息は乱れた様子もなく、一目見ただけでもレインが冷静である事に。


「レイン様は凄いですね……殆ど息も乱されていませんし。それに引き換え、私は王女なのに情けない姿ばかりです」


 ステラは、ちょっと自己嫌悪しまう。

 一番しっかりとしなければいけないのに、ずっと弱音ばかり見せている事が情けなく感じてしまったからだ。

 和平も、この暗殺事件ですら元を辿ればルナセリアの揉め事であり、アスカリアを巻き込んでしまったとも言えた。

 

 そんな事を考え、暗い表情でステラが下を向いているとレインが言った。


「あなたには、あなたの為すべき事がある。――陛下は俺とグランに、あなたを守れと命じた。ならば、ルナセリアまで守り通すのが我々の使命。そして、その後に訪れる“和平”への道を示す事……それがあなたの為すべき事だ」

 

 そう言うと、レインは立ち上がって物資が入っている箱の中を調べ始めた。

 中身は食料系が多く、その中から果物を一つ取る。

 そして、ナイフを取り出して適当な皿になりそうな物の上に置き、慣れた手付きで切り分けた。

 加えて、それをステラの横へと置くと、もう一度腰を下ろした。


「ステラ王女、あなたは俺とグランに守られていれば良い。――あなたが気にするのは和平の事だけです」


「……そうですか。そう……ですね」


 ステラはその言葉の意図を理解し、少し表情を暗くして下を向いてしまった。

 要するに、足手まとい、無駄な事だと言われているのだ。

 だが、普通に考えれば当然だった。

 ずっと城の中で危険から遠ざけられていた王女と、自ら危険の下に向かう騎士では全てが違う。 

 

 結局、口だけで終わっていたかもしれない。

 レインとグランがいなければ、和平の話すら終わっていた。

 余計な事を考えるなと言われているが、その通りであってステラは何も言えず、レインが用意してくれた果物へ、気分を落ち着かせる為に手を伸ばした時だった。


――ステラは気づいた。皿に置かれた


 そればかりか、感じ取れば全体的に揺れていて、地震と呼ぶにも違和感がある揺れ方だった。


「――!」


「これは……!?」


 二人は立ち上がったが、レインは既に影狼に手を添え、警戒の構えを取っていた。

 周囲の木々も揺れ、動物や魔物達も騒ぎながらこの場から離れて行く。

 その姿はまるで、何かのを察知し、それから逃げる生存本能だった。


「一体、何なんでしょうか……?」


「――傍より離れるな」


 ステラの問いに対し、レインは、それだけ伝えて離れない様に忠告すると精神を研ぎ澄ませる。

 意識も周囲に集中させ、揺れからの気配、魔物達が逃げている周囲を探った。


――揺れも不自然だ。 


 何かの気配がある。

 揺れも不自然なリズムがあり、明らかに自然のものではなければ、確実に引き起こしている存在が確かにいた。


「……少し離れるぞ」


 レインはキャンプ地から少しだけ移動し、やや広い場所へと移った。

 ステラを傍に置き、邪魔な物もない場所に移った事で最低限以上に動く為に。

 

 けれども、未だに続く揺れが大きくなった時だった。

 不審な程に突然に、その揺れはピタリと止んだ。


「揺れが……?」


 ステラは困惑し、不安を強く抱いてしまった。

 どんなに平和ボケしていても、不自然に揺れがピタッと止んでいる以上、何か別の力を察する事はできる。

 けれども、揺れが止んでからも周りに反応も変化もない。


「普通じゃないですよね……?」

 

 静寂だけだ、周囲の生物は一斉に逃げ去り、木々と風の音だけが聞こえてくる。

 ちょっと待っても、少し待っても周囲に動きがない。

 そんな状況、ステラは台風の様に問題が過ぎ去ったのではないかと、自分を安心させる為にそう思ってしまった。


「……ふぅ」


 人は都合よく考えてしまう生き物だ。

 不安な事に目を背け、その可能性もなかった事になれば良いなと願ってしまう。

 少なくともステラは、それに近い気持ちを無意識に抱いてしまっていた。

 暗殺からのこの旅で、精神を守る為にしている事でもあり、理解も同情は出来る事だった。


――しかし、現実は甘くない。


「――!」


 突然だった、レインは影狼を地面に突き刺した。

 その上で、深く突き刺した影狼を素早くと引き抜くと、そこから“赤い液体”が噴水の様に吹き出した。


「……えっ?」


 吹き出した液体に、ステラの思考と動きが止まる。

 地面からなんで液体が? この液体はなんなのだろう?


 ステラは手に着いた、勢いよく吹き出す液体を見て、その正体に気付く。

 赤く、まだ生暖かい液体。それはステラに見覚えがあるものだったからだ。


――血だ。


 気付いたと同時、地面の中から大きな何かが奇声と共に跳び出した。


『キュウ~クルルルル!!!』


 例えるならば、鱗のないトカゲ。

 ウーパールーパーの様な平べったい肉体、退化したであろう白い目。

 それは、レインに刺されたであろう箇所から血液を吹き出しながら飛び出し、地面で苦しんで、のたうち回っていた。

 そんな姿にステラは衝撃を受けて青ざめると、生き物の鳴き声を思い出す。


「い、今の声……これが……アースワイバーン……!」


「下がれ……奴等は群れで行動する。一匹いれば、周囲にも存在する」


 レインの纏う雰囲気が変わる。

 今までステラに最低限の礼儀で口調を合わせていたが、戦闘となった以上、そんな事に意識を向ける事はしない。

 任務最優先――ステラの護衛が今するべきことだ。

 

 レインは、すぐにステラの身を守ろうと行動するが、不意に真下の地面から急激に振動が強くなるのを感じ取る。

 

――真下か。


「えっ?――きゃっ!?」


 突然、レインに腰に手を回され、そのまま肩に担がれたステラは小さく叫ぶが、レインは無視し、そのまま大きく飛んで距離を取った時だ。

 担がれたことで、背後を見れたステラは我が目を疑った。

 先程、自分達が立っていた真下から、大きな口が現れて地面を丸呑みにしたからだ。 


「今のもアースワイバーン……!?」


 その光景にステラは、あのまま立っていれば丸呑みにされていた事を理解する。

 急死に一生かも知れなかったが、レインはそんな事よりも別の事を考えていた。


「大きすぎる、それになぜ牙が生えている?」


 襲ってきたのはアースワイバーンなのは間違いなく、臆病だが襲ってきのにも納得していた。

 けれども身体が数倍大きく、牙を生やしたアースワイバーンが攻撃してきたのが、レインは納得できなかった。


 そもそも、アースワイバーンは臆病だ。

 怖がって攻撃する事もあるが、何匹か返り討ちにすれば勝手に逃げて行く。

 専門家曰く、単体が弱い為に種を少しでも存続させる為、すぐに勝てない相手だと判断して逃げるらしい。

 

 また、アースワイバーンは土を食べる。

 だから犬歯の様な歯は存在せず、穴を掘る為の特徴的な爪があるだけだ。

 しかし、巨大なアースワイバーンは犬歯を持っていて、これも異常を示していた。


 ともあれ、アースワイバーンに巨大な個体がいるのは実は変ではない。

 群れで行動するアースワイバーンには群れのボスがおり、そのボスは通常個体よりも大きいが、それも高々2倍程度。

 けれども、今の個体は通常個体の5倍はあった。

 

――つまり、絶対にただのアースワイバーンではない。


「変異個体か……?」 


「あ、あの! “はぐれ化”している可能性があるのでは?」


 担がれながらステラは、ずっと感じていた可能生を口にすると、レインは素早く移動しながらも悩んだ。


「可能性はあるが、断定はできない。顔を見れなかったが、はぐれ魔物は元が群れで行動する種でも単独行動をする。故に――」


 レインは突如立ち止まり、ステラがどうしたのかと問いかけようとした時だった。

 不意にレインは、ステラを真上に高く放り投げた。


「キャァァァァァァ!? なんでぇぇぇ!!?」


 てんやわんやで事態の把握がステラはできず、レインの予測不能な行動に軽くパニック。

 けれども、レインも別に意地悪とか、そんな理由で投げ飛ばしたわけではなかった。

 ステラが真上に飛ぶと間もなく、レインの周辺の土がもこもこと動き、その場所からアースワイバーンが5匹も飛び出してきた。


『キュウ~クルルルル!!!』


「またですかぁぁぁ!? しかも増えてますぅぅぅ!!?」


 下も修羅場になり、ステラの瞳に涙が溜まる。

 もう泣くしかない、暗殺・遭難・魔物の襲撃・真上に投げられた。

 これは決まった、ステラは確信した。厄日どころか厄年だと。

 スカートを抑え、せめて下着だけは晒さない様に守り抜こうと、ステラが空中で泣いている間に、アースワイバーンは地面にいるレインへと襲い掛かっていた。


『キュウ~クルルルル!!!』


 まともな歯などない癖に、口を開けながら飛び掛かる個体、爪を振り上げる個体。

 様々な攻撃をレインへ向けるが本人は膝を折り、姿勢を低くして構えた。

 

 そして、アースワイバーン達が一定の間合いに入った瞬間に抜刀し――


――魔狼閃円月まろうせんえんげつ繊月せんげつの型。 


 円の残光と共に、儚い程に細い三日月型の斬撃がアースワイバーンの肉体を通過する。

 

 その斬撃は、まさに二月月――繊月の形だった。


 それをアースワイバーン達に浴びせ、影狼を鞘に戻すと、アースワイバーン達は綺麗に真ん中から肉体が綺麗に別れる。

 その為、糸が切れた様に動きを止め、レインも立ち尽くしたまま、落下してきたステラを受け止めた。


「――こんな風に群れで行動はしない」


「あわわわぁ~そ、そうです……かぁ……!」


 何事も無かったような口調のレインだが、落下してきたステラは目を回していた。

 無事にキャッチされてもこれであり、本当ならば一休みしたいが敵は待つことを知らない。


『クルルル!!』


 その姿はまるで、大海原を泳ぐイルカの群れだ。

 だが、アースワイバーン達が泳ぐのは地面であり、その好き勝手な生き方によって美しき大自然は汚されていった。

 小さな木は根から彫られて倒され、花も見向きもせずに踏み潰し掘った土で埋まってしまう。


 そんな先程まで美しかった自然が無残になる姿を見てしまい、ステラは大きなショックを受けた。


「そんな……あんなに美しかった自然が、こんな僅かな間に……!」


「これがアースワイバーンだ……自然をここまで破壊する故に、奴等は人以上に、他の魔物達にすら敵視されている。だが、それであっても……」


 レインは、アースワイバーンの動きが気になっていた。

 臆病の割に仲間が殺されても逃げるそぶりもせず、それどころか動きに磨きが掛かっている。

 

――統率されているのか?


「魔物がなんでこの様な動きを……!」


「……魔物使いがいる訳でもなく、こんな動きをするとは。何かあるな」


 ステラですら驚くアースワイバーンの動き、レインも流石に万が一を考えて余力を残して戦っていたが、その考えを消す事にした。

 ステラを下ろし、彼女よりも一歩前に出てアースワイバーン達に立ち塞がると影狼を抜き、もう一つの顔を出した。


――黒狼としての顔を。


『キュッ――!?』


 アースワイバーン達の動きが止まる。

 それと同じくして場の空気も急変し、木々や風すら黙った様に静かになる。

 

――殺気。


 生物――強者が持つ圧倒的殺意を、レインがアースワイバーンへと放った。

 長く危険を、命の危機を隣に置いて来た身が取得していた殺気、それがレインの身体から、そして瞳にも絶対の殺意となって、アースワイバーン達を射抜いたと同時、アースワイバーンは身体を震わせた瞬間――


『!――キュエェェェェェェ!!?』


 大半のアースワイバーン達がレインの殺気に怯え、一斉に叫びながら逃げ出した。

 そのまま巨大なアースワイバーンが空けた穴へと我先に入って行くが、地上に怯えて動けないアースワイバーンがまだ数匹いた。

 レインは、それを処理しようと動き始めた時だ。

 それは突如として起こった。


『グギャァァァァッ!!』

 

 突如、周囲に謎の断末魔が響き渡った。

 加えて、断末魔の中に混じり、肉を混ぜるような音と骨を折る様な音もある。

 尋常じゃない、そんな事が直感的に脳裏に過ったステラは身体が震え始め、気付けば涙目で背後からレインのマントを掴んでいた。


「レ、レイン様……! こ、これは……一体なにが……?」


「……下がれ」


 レインはステラの身を守る為、自分のマントで彼女の身を隠すように動き、その断末魔の発生源へ目を向ける。

 その断末魔はある穴から――そう、先程アースワイバーン達が逃げて行った大穴から発せられていた。

 

――しかし断末魔が止んだ。


 その直後、丸い何かが穴から空高く飛び出した。

 丸い割にはそんなに飛ばず、地面に落ちても跳ねずにそのまま留まる物体。

 それがアースワイバーンの“頭部”である事に二人は気付くが、レインは別の点にも気付いた。


――今までのアースワイバーンよりも2倍ほどでかい。


 確信する、目の前の死んでいるアースワイバーンは群れのボスだと。

 しかし、そうなると最初のアースワイバーンは一体なんだとなる。


『キュウ~クルルルル!!』


 すると、その答えは、あの鳴き声と共に現れた。

 穴から這い出てこようとするが、その巨体故に上半身しか出さない巨大なアースワイバーン。

 その巨大な口には、先程逃げたであろうアースワイバーン達がいた。

 食われたのだろう、頭部・手足等が口からはみ出ているが、重要なのはそれじゃない。


――そのアースワイバーンの顔にそれはあった。の様な模様が。


「顔に赤の模様……はぐれ魔物……!」


「そう言う事か、群れで行動していた訳じゃない。このはぐれ魔物はアースワイバーンの群れを支配していた。どうりで平然と共食いもする筈だ」


 群れで共生していたわけではなく、ただ都合のいい道具として利用していた。

 逃げたアースワイバーンには死を、完全な独裁で元同胞を従う、はぐれ化したアースワイバーン――『グラウンドワイバーン』は口の肉片を呑み込むと、レインとステラに狙いを定めた。


『キュウ……グアァァァ!!!』


「そこから動くな」


 グラウンドワイバーンの声が変わり、レインは相手が狩り状態に入った事を察知する。

 そしてレインは、ステラを後ろに下がらせると影狼に魔力を込め、突進してくるその巨体へ斬撃を放った。


「魔狼閃――夜走一閃やそういっせん


 影狼を下から振い、放たれた魔力の斬撃は綺麗にグラウンドワイバーンの中心を捉え、頭部から尾まで斬撃が刻まれた。

 そして、一瞬の間の後、斬撃の跡から一斉に魔力が爆発。

 黒い魔力の爆発の形はまさに黒い狼の鬣の様で、グラウンドワイバーンの上を魔狼が走り去った様に見えた。

 

『ギュアッ!?』


 その攻撃を受けると、はぐれ魔物とはいえ怯まない筈もなく、奇声と共に動きを止めるが身体は両断までは至っていなかった。


「あのはぐれ魔物……まだ何かあるか」


 両断するつもりで放ったが、グラウンドワイバーンは痛みでのたうち回るだけで、身体は健在だ。

 多少の出血しか見た目に変化はなく、レインも手応えに違和感を抱いた。


「……アースワイバーンの手応えではない」


 まるで強固な鉱石でも斬った様な鈍い手応えを覚え、レインは意識をグラウンドワイバーンの身体を観察する様に集中させた。

 斬った部分へ重点を置き、背中をジッと見ていると肌の色に気付く。


「あれは……まさか鉱石か?」


 桃色の裸色であるアースワイバーン達の肌。

 それはグラウンドワイバーンも見た目は同じなのだが、レインが斬った箇所の皮膚が捲れ、その場所に顔を出したのは肉ではなく茶色や黒の鉱石だった。 


『グルラァァァァ!!!』


 正体見たり、立ち直ったグラウンドワイバーンが咆哮と共に、その正体をついに現した。

 叫ぶや否や、皮膚をまるで被り物の様に破り捨て、中から現れたのは“岩のトカゲ”だった。

 体中が鉱石で纏われており、それがレインが斬りきれなかった理由だ。


「鎧!? いえ、あれは――!」


 ステラも気付いた、グラウンドワイバーンの秘密はそれだけではないことに。

 身体中に纏っている鉱石だが、よく見ると幾つかは素肌のままだったり、鉱石のある部分は根元を肉が纏わりついている様に見える。

 

「……纏っているのではなく、肉体から生やしているのか?」


 鉱石を纏っている様にも見えるが、激しく動けば、多少は剥がれもするだろう鉱石が全く剥がれ落ちない。

 所々に素肌があるのも違和感しかなく、レインが様子を見ていた時だ。


『クルルル~』


 グラウンドワイバーンの身体に新たな変化が訪れる。

 肉体のあちこちがブヨブヨと動きだし、それは触手の様に一斉に現れると、その正体にステラの顔から血の気が失せた。


『キュウ~』


『クルルル~!』


 鉱石の隙間から割り込む様に出て来たそれには、頭部があり、その頭部に見覚えがあった。


――アースワイバーン達だ。


 身体から、うねうねと生えた姿は最早、別の生物――否、生きているとも言えない姿だった。

 その光景は中々に衝撃的であり、ステラは口を抑えてもショックな様子は隠せなかった。

 けれど、当のアースワイバーンは能天気な様子でうねうねと動き続けていた。


「食ったものを身体から生やせるのか……」


 グラウンドブリッジを崩壊させた、つまりは喰らったのだ。

 アースワイバーンも先程喰らったばかりで、もう疑いの余地はない。

 つまり、グラウンドワイバーンは喰った物を肉体から生やせる魔物だった。


――危険な変異体だ。


「魔狼閃――」


 危険と察知し、今度はレインが仕掛けた。

 相手の状態は理解した。硬い鉱石を持っていても出血した以上は攻撃は通っており、ならば殺せる。


「――頭狼狩爪とうろうかそう


 周囲を滅殺する爪の斬撃。

 巨大な狼が暴れたかの様な爪痕が周囲に刻まれ、そのままグラウンドワイバーンすら呑み込んだ。

 もう回避の話ではない、地面すら抉っている以上、潜って逃げようが斬ることが出来る。

――と言うよりも、絶対に逃がさない為の大技だ。


 けれども、グラウンドワイバーンも戦闘力だけが変異した訳ではなかった。


『ギュゥ……グルラァァァァ!!!』


『クルルル~!!』


 グラウンドワイバーンが一咆えすると、周囲の地面から一斉にアースワイバーンが飛び出した。

 飛び出した瞬間、レインの斬撃で絶命するが数は多く、グラウンドワイバーンの身体がら生えたアースワイバーンも手伝い、まるで盾になるかの様に斬撃へと飛び込んでいく。

 

 だが、その程度で突破される程、四獣将は甘くない。


「魔狼閃――」


 駄目押しと言わんばかりに再び構えたレインは、先程と同じ量の魔力を込めて影狼を向けた。

 多少の威力はアースワイバーンの肉壁で落ちてしまったが、次の一撃を放てば確実に斬る事はできる。  

 決着をつける、そう覚悟していたレインが影狼を振り上げた。


――まさにその時、周辺の地面から四つの影が飛び出すとレインの四肢へと噛みついた。


「!――他のアースワイバーンか!」


 飛び出してレインの動きを止めたのはアースワイバーン、しかし4体とも大きさは通常個体よりも2倍程大きい。

 つまりは群れのボスであり、それが4体。――それが意味するのは一つ。


――支配した群れは一つではない……!


「レイン様!?」


 レインの危機とも見える姿にステラは叫んだ。

 所詮、アースワイバーンであって見た目ほどのダメージはないが、見た側からすれば四肢に噛みつかれて痛々しかった。

 故に、咄嗟にステラも魔力収納していた杖を取り出して構えるが、それに気付いたレインはすぐに制止した。


「そこから動くな!」


 好き勝手に動かれては困る。

 脅威を片づけられない自分にも非があるが、レインは動きは止めない。

 技を中断し、嚙まれながら影狼を振るうや残光と共にアースワイバーン達は首から下が落ち、絶命して勝手に手足からも首が落ちた。


「謀られたか……」


 だが、グラウンドワイバーンからすれば作戦勝ちであった。

 ヤマアラシの様に身体に生えた鉱石を更に伸ばすと、アルマジロの様に身体を丸くしたグラウンドワイバーンに、レインの斬撃がぶつかった。

 威力が低下しているとはいえ、その斬撃は魔力の唸る音が鳴り止まない以上、威力そのものは死んでいない。


「ダメです! 攻撃が通っていません!?」


 ステラの言葉通り、鉱石を削る斬撃をグラウンドワイバーンは受け止めた。

 やがて斬撃が消え、鉱石は根元付近まで削られながらも己の身は耐えきったグラウンドワイバーンは狂った様な笑みを浮かべていた。


『キュウ~キュウ~♪』


――耐えきった、耐えきってやった。早く食べたい、お前を食べたい。


 そんな言葉が聞こえてくる様な嫌な顔だった。

 魔物の癖にと言いたいが、本当にそう思ってそうだから尚も不気味。 


『クルルル……グルラァァァァ!!!』


 グラウンドワイバーンは仕上げに掛かった。

 繁殖も高いアースワイバーンだからこその人海戦術。

 既に数多く斬っているが、グラウンドワイバーンの咆哮によって、まるで自然に生えてきていると錯覚しそうになりながら、レインは出てくるアースワイバーンを再び斬り捨て始める。


「――!」


 斬る、斬る、ただ斬り捨てる。

 思考と肉体を、目の前の害を駆除する為だけに使う。

 まだ追い詰められている範囲ではない、この程度は修羅場でもない。

 もっと過酷な任務はあった、命の危機は確かにあった。

 

 戦争――妖月戦争、あの時に比べればこの状況ですらレインにとって何でもない。


 そして、全く取り乱さず一心不乱にアースワイバーンを斬り捨てるレインの姿を見て、グラウンドワイバーンも恐怖を覚え始める。

 その為、後ろに下がりながら周りのアースワイバーンに指示を送った。


『グルラァ!!』


『!?』


――残りの連中でレインを止めろ。

 

 少なくとも、それらしい事を言った。

 命令を聞いたアースワイバーン達だったが、一斉に震えながらレインの方を一斉に向く。


――アースワイバーンの本能が警告していた。


 そこにあるのは同胞の血に染まるレインと、その周辺に転がる同胞だった肉片の山。

 行けば確実に死ぬ、臆病な彼等の本能が警報を鳴らす。

 逃げろ、種の為に逃げろと。しかし、逃げようとしても死だった。


『グルラァァァァ!!』


 グラウンドワイバーンが鉱石を角の様に生やした尾で、逃げようとしたアースワイバーン達を叩き潰した。

 それで今度は後ろを振り向くアースワイバーン達、そこには潰されて変わり果てた同胞の姿。

 しかし、それを見た彼等が抱いているのは同胞の死の悲しみではない。

 他に自分に降りかかる不幸を押し付け、どうやって生き残るか。

 つまりは数が減れば、その不幸が自分に来る可能性のに不安を抱いていた。

 

――ならば標的を変えるまで。


『キュウ~クルルル!』


「あっ!」


 アースワイバーンの標的はステラへと向けられた。

 グラウンドワイバーンも、レインを攻撃する様に言ったが、ステラでも何もしないよりかは良いと判断。

 ステラ自身も相手の敵意を感じ取り、恐怖しながらも杖の握る力が強くなった。

 すると、落ち着かせる為に呼吸も整え始め、やがてステラは覚悟を決めた。

 

「スゥゥゥゥ……ハァ……!――よし!」


 気合を入れ、ステラも前に飛び出した。

 魔物なら昔、ルナセリアでだが戦った事もあって経験自体はある。

 無論、その時は魔導騎士もいたのもあったが、だからといって何もしないで終わるのは嫌だった。


「レイン様! 私も戦います!」


「俺のミスか、こうなっては仕方ない。己を守る為に戦え……」


 レインはそう言うとステラの傍に陣取り、黒い瞳から強烈な殺気を辺りに解き放った。

 自由に扱える殺意の気。

 それはレインが己の師から学んだ能力であり、それは狙う様にグラウンドワイバーン達だけに向けられた。


『殺気を自覚しろ、自由に使え。魔物も人も、所詮は動物だ』


 これは師の言葉。

 騎士である以上は無駄な戦いも必要なのだろうが、それでも無駄を僅かでも減らせるようにと教えてくれた技術。

 そして、その教えは正解だった。グラウンドワイバーン達は、レインの殺気に影響され動きが鈍くなる。

 

『キュウ~クルルル……!』


 能天気な鳴き声とは裏腹に、グラウンドワイバーンはジッとレインを見つめていた。

 隙を探している、それは“己の中”の本能の力。

  

 両者対峙、静かな間が空いてどちらかが動くのを待つ、死と隣り合わせの静寂。

――の筈だったのだが、突如として、それは破られた。


『クルル……?』


 それに最初に気付いたのは一匹のアースワイバーンだった。

 対峙する両者する丁度、真ん中の向こう側から、それはやって来た。

 砂煙を巻き上げながら、かなり速度でこちらへと近付くにつれ、他の者達も気付き始める。


「な、なんでしょうか……?」


 ステラも好奇心でレインの後ろからこっそりと覗くが、それは巻き上げる砂煙のせいで本体は殆ど見えなかった。

 その事にステラは不思議に思っていると、レインは落ち着いた様子で手を出してステラに下がる様に言った。


「少し下がれ……巻き込まれる」


「えっ……は、はい」


 冷静になっているのか、慣れた様子で下がらせるレインに、ステラは困惑気味だが取り敢えず言う通りにして下がる。

 その直後、その正体が判明した。

 

――後ろで一纏めにしている茶髪、2m近い長身。そんな身の丈以上のハルバート――グランソン。


「剛突破!!」


 強烈な衝撃波と共にグラウンドワイバーン達に突撃をし、周囲を吹き飛ばしたのは四獣将・剛牛のグランその人だった。



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