第一章:黒狼と月の姫

第1話:黒狼と姫君


 アスカリア王国・首都【グランサリア】――それよりも西へ行った辺境の一つの村【サロス村】での魔物退治を終えたレインは、護衛対象であるアルセルの隣でウマに跨り、村人達から頭を下げられている彼を見守っていた。


「本当にありがとうございました……アルセル殿下! レイン様!」


「ありがとうございました!」


 村人達は、脅威を払ってくれた事で深々とレインとアルセルへ頭を下げ続けているが、それは感謝からだけではない。

 こんな辺境の村の魔物退治。それを王子であるアルセル、そして護衛としているレインが対処するのは異例の事。

 村人からすれば末端の騎士が来るだけでも過剰と言える中、王子達が来た事は安心どころか逆に不安すら抱くレベル。

 けれど白馬に跨っている不安の原因――アルセルは村人の様子に気付いた様子はなく、照れ臭そうに笑っているだけだった。

 

「そ、そんなに頭を下げないで……これは当然の事、これが王子である僕と、騎士であるレインの役目なんだから」


「しかしアルセル殿下自ら来てくださると思ってもおらず、更に<黒狼のレイン様>までも、こんな田舎村一つの為に……!」


 二人を見上げる高齢の村長の表情。

 ただ不安からの解放による安心があったが、同時に恵まれ過ぎている現状への不安が隠しきれず、暇あれば額の冷や汗を拭いていた。

 

「そんなに深く考えないで良いんだ。これはあくまでも僕が――」


 基本的に、田舎の村人とは立場故に関りがないアルセル。

 その為、彼等の態度に気付かないまま話を続けようとするが、レインはそれを不意に遮った。


「これは国内視察のついでに過ぎない。本来ならばこの規模の村一つの為に殿下と俺が動く事はない。お前達は運が良かった……それだけだ」


「そ、そうですか……!」


 ハッキリと言うレインの言葉により、先程より笑顔が消える村人達だったが、同時に不安の方も消え去った様子。

 全ては偶然。仕方ない。そんな投げ槍感で、村人達がホッと息を整えているのをレインは気付いている。

 

「……どこも同じか」


 レインは立場上、このアスカリア国内を都会から辺境まで渡り歩いている。

 故に辺境の村人達とも時折だが関わりがあり、どうすれば彼等が不安要素にならないかを理解していた。


「レ、レイン!? そんな言い方……!」


 けど言い方が少し悪いと、アルセルに注意されてしまった。

 アルセルも悪気がある訳ではなく、レインがオブラートに言えると思っているからの言葉だったが、それを見ていた村長は慌てて頭を下げ始めた。


「よ、良いのですアルセル殿下!――寧ろ、安心できました」


「えっ……安心って?」


 村人の言葉を不思議に感じたアルセルは理由を聞こうとしたが、けれどもレインが口を挟む。


「殿下、そろそろ……」


 レインはそう言いながら後方へ視線を向けさせると、少し離れた場所には金と銀等で装飾された特別感のある騎士達が馬に乗って佇んでいる。

 彼等は親衛隊。その面々が此方を見ていた。

 

「ごめん、もう行かないと……」


 自分の親衛隊とはいえ、待たせるのは申し訳ないとアルセルは思い、村人達に謝った。

 それには深い理由は無く、アルセルが非が無くても謝る様な性格。

 つまり臆病、自分の意思を出すのが苦手故の行動。


「そうですか……この様な村ですが、何かあれば訪れください。出来る限りの歓迎をさせて頂きます」


 アルセルへ、村人達は再び頭を深く下げた。

 その様子にアルセルは頷き、馬をその騎士達の下へと走らせる。


「それじゃあまた来るよ!」


 背を向けたアルセルと村人の距離はすぐに開き、村人からはアルセルの姿はすぐに小さくなる。

 その一方、レインはその場にまだ留まっていた。

 

――まだ伝えるべき事がある。その為に。


「……村を襲ったのはシャドウファングと言われる狼型魔物。その変異体――だ」


「はぐれ魔物……! 最近、増え始めているという魔物の変異種ですか?」


 レインの言葉に顔色が青白くなり、ざわつき始める村人達。

 その理由は近年になって増え始めた<はぐれ魔物>と言われる変異体。

 本来の種とは違う進化をした魔物であり、その能力も本来の種よりも強力で危険すぎる。

 

「確か他の街だと、退治するのに戦闘ギルドでも犠牲が出たった聞いたぞ!?」


「そんな変異魔物がこの村にいたのか……!」


 国内外で話題になっている話なだけであり、辺境でも知られていたが、村人達は辺境での目撃情報がなかった為、半信半疑の困惑状態。  

 しかし、そんな村人達へレインは容赦なく口を開いた。

 

「特徴が合っていた以上……間違いない」 


 レインの言う特徴――はぐれ魔物の共通する特徴の事だった。

 顔のどこかに必ずがある事。

 はぐれ魔物は必ずする事。

 

 群れで行動していた種でも、はぐれ魔物となれば単独で動き始める。

 その特徴等が由来となり“はぐれ魔物”と名付けられていた。


「だが討伐したことで村の安全は確保された。――後の事は、自警団やギルドの者達でも対処が可能だろう」


「わ、わかりました……」


 村長は息を呑みながら頷いた。

 今までの被害は畑だけであったが、行動の読めない変異魔物。

 もしかしたら畑の野菜なったのは自分達だったのかも知れない。そう思うと村人達は恐ろしくなり、ざわつきが静まらない。

 けれど、レインは彼等が静まるまで待つ気はなかった。


「……ではな」


 知ることを伝え終え、レインは自分の役目は終えたというように馬の縄を握り直す。

 そのままざわつく村人達に背を向け、アルセルの下へ向かおうとした時だ。

 村人の中から一人の男の子が現れ、レインの乗る馬の真横に飛び出してきた。


「!」


 危うく轢いてしまう所だったが、レインの咄嗟の判断と馬が利口だったこともあって大事にはならなかった。

 しかし子供に自覚はなく、無邪気な笑みでレインを見上げていた。 


「レイン様! ぼくも……ぼくもいつか騎士になれますか! レイン様の様な立派な騎士……<四獣将>の様な誇りある騎士に!」


「なっ……こ、こら!」


 子供と言えど失礼な態度。それを見て村人は慌てて一斉に少年を止めた。

 貴族主義が無くなったとはいえ、立場は今も完全な平等ではない。

 しかもレインは、王国の中でも選ばれし“最上位騎士”の一人。

 子供だろうが、この場で斬り捨てられても不思議はないが、レインにその気は微塵もない。


――任務でもなければ、その程度で斬る理由はない。


 レイン自身はこの程度で自身に何かあると思っておらず、この程度で斬り捨てる気は更々ない。

 だからレインは気にする事なく少年を見下ろし続けると、輝かせている瞳で見てくる少年を見て、ある危機感を感じ取る。 

 

――危うい……。


 少年が騎士と言う存在を、己の憧れだけの認識で見ている事、それは能天気に輝かせている目を見れば察するのは容易かった。

 命を奪うという存在である事を微塵も思わず、綺麗な所だけで判断した憧れは厄介でしかない。


「騎士は誰でも容易になれる存在ではない」


 だからレインは厳しく、ハッキリとした口調で言い放つと少年の表情が曇る。

 お前の様な子供になれる存在ではない。そう言われたと感じたから。


「だが……」


 ただ、レインの話は終わっていない。


「これから先、お前に必ず訪れる大きな分かれ道。それまでに現実を知り、それでもその心が変らなければ――いずれは俺とも共に戦う時も来るだろう」


「そ、それって……?」


 その言葉に少年は聞き返そうとしたが、レインはそのまま馬を走らせた。

 

「レイン様! ぼくは!! 絶対に騎士になってみせます!! だから……待っていてください!!」


 背後からの、少年の言葉が届く。

 レインも少しだけ顔を横向け、軽く振り返るが視界で少し確認しただけで、すぐに視線を戻した。

 

「わぁ……!」


 だが、少年にはそれだけで十分だった。

 こんな田舎の一人の子供に対し、騎士の中の騎士である『四獣将』のレインが反応してくれた、その事実だけで。

 

「必ず、ぼくは騎士になってみせます……!」


 そう心に決めた少年の目に、レインの後姿が焼き付く。

 

――マントに描かれる“黒き狼”の姿が。


♦♦♦♦


「なにかあったのかい?」


「……いえ、問題はありません」


 遅れて追い付いたレインに、アルセルは心配そうに聞いてくるが村人達との事は何も言わなかった。

 村人はともかく、子供に足止めを食ったなどと騎士が言える筈がない。 

 けれど、そのレインの様子が気に食わない者が一人いた。 


「ふんっ……殿下を待たせるとは、流石は四獣将。良い御身分だな」


 敵意を隠そうともせずに睨んでくるのは、アルセルの隣に馬を付ける一人の女騎士だった。

 短く薄い茶髪を風に揺らせ、親衛隊特有の桃色と金色の鎧を身に着けているが、彼女の鎧は他の親衛隊よりも差別化された立派な鎧だ。

 

「ラ、!? いくら親衛隊長だからってレインにそんな事を言っちゃ駄目だ!」


 慌てて止めたアルセルの言葉に女騎士――<ライア・レイロス親衛隊長>は目つきを鋭くし、更にレインを睨み付ける。


「殿下に守られるとは情けない男だ……」


 止めるどころか、レインへの敵意を更に強めるライア。

 親衛隊長でありながら獣道に対応できず置いて行かれたのもそうだが、アルセルがレインを頼りにしているのが一番気にいらない。

 そんな感情的な敵意に対し、レインはどこ吹く風で、正面を見据えたまま沈黙を続ける。

 

――いつもの事だ。

 

 ライアからの敵意は今に始まった訳ではないと、レインは気にする様子もなかった

 慣れ故に相手にすらしなかったが、逆にその態度によってライアの表情は更に怒りに染まる。 


「き、貴様!」


「いい加減にされよ!!」


 ライアの怒りの声に異を唱えたのは、彼女の隣にいた厳格な高齢の騎士だった。

 顔の皴は隠せないが、長髪の白髪と肩幅の広いガッチリした体格で、老兵とは侮れない風格の男。

 

「<アイゼル副隊長>……!」


「親衛隊長とはいえ、立場は四獣将のレイン殿の方が上。……己の肩書に酔い痴れ過信なされるな!」


「だ、だが……! 嘗ては親衛隊長と四獣将の立場は同格だったのだぞ!」


 ライアは、副官であるアイゼルに止められても納得しなかった。

 本来、この任務は親衛隊だけがアルセルの護衛に付く筈だったのもあり、誰が納得してやるかとすら思っている。


『今のお前達だけでは不安が残る……すまんがレインよ、アルセルに同行してもらえぬか?』

 

 彼女の記憶には、今でも王が言った言葉が鮮明に覚えている。

 親衛隊だけでは不安に思った王が信頼の厚いレインを同行させた事、それも彼女の敵意を強める要因。

 反面、それでも彼女の性格が一番の原因。自身が感情を抑えられない事で、騎士の間では悪い意味で有名なのをライア自身は知らない。 


「……その立場をお下げになられたのが誰か、お忘れですかな?」


「なっ……!」


 だが原因を自身のせいにされている、その事だけは分かっているライアは、その言葉に痛い所を突かれた様に表情が固まった。

 アイゼルのその鋭い視線を受けて僅かな間が空いた後、やがて感情を爆発させるように怒鳴りつけた。


「無礼者!! 親衛隊副隊長でありながら隊長である私を愚弄するのか!」


「自覚があるのならば態度を改めなされよ! その傲慢な態度がどれだけ殿下の評判を下げているのか分からんのですか!!」


「こ、この……!」


 アイゼルの怒号に対し、更に怒りで赤くするライアだが、その口がそれ以上は開く事はなかった。

 情けない話、本気になれば実力が上なのはアイゼル副隊長の方だからだ。

 勝てない相手にも噛み付く彼女だが、部下の前でも本気で手を出してくる相手には黙るしかない。

 

――感情を抑えられない騎士は夜盗以下だ。


 目の前の現状を見て、というよりも以前からレインは、ライアへの評価をそう判断している。

 しかも任務を遂行して結果を出すならばいいが、ライアは結果を出していない。

 現に、周囲の騎士はライアの様子に特に反応せず、影口の様にコソコソと話し始めすらいる。

 

「またか……いい加減にして欲しいものだ」


「奴のせいで殿下の評判も悪いしな」


「いや、親衛隊隊長の任命は殿下に任されている。殿下も責任がない訳ではない。今もオロオロしているだけだしな」


 嘗て親衛隊は騎士の中でもエリートであり、周囲からも四獣将の次に憧れていた役職。

 だが、それは嘗ての事。今ではライアが立場と評判を下げまくり、周囲からは疎まれるだけの集団と成り果てていた。


「今じゃ奴の私兵扱いだ……」


 その評価は、実力で親衛隊にまで上り詰めた者には堪ったものではなかった。

 その為、徐々に親衛騎士の中でも不満が溢れ始め、それぞれの不満がヒートアップしてきた時だ。

 それに待ったを掛ける者が現れた。


「――そこまでです」


「ミ、ミスト・ファルティス親衛参謀長……!」  


 黒髪の短髪にインテリ眼鏡を掛けた細身の青年<ミスト・ファルティス>

 彼の芯の入った声により、親衛騎士達の口は一斉に閉じる。


「聞こえていないとは言え、あまり関心できませんね?」


「で、ですが、ライア……親衛隊長は親衛隊を私情で動かし過ぎています。殿下も、その事を決して咎めないのは……」


「故に責任は殿下達にあると? しかしそうなのでしょうか?」


 眼鏡をクイッと指で上げるミストの言葉に、親衛騎士は首を傾げる。

 まるで他に原因がある、そんな言い方に。


「どういう意味ですか?」


「責任があるのは殿下だけなのでしょうか? 何か言われても、興味ないと振る舞う黒狼殿にも責任があると私は思います。――王国最強の四人の騎士である『四獣将』なら、騎士の手本を見せるべき、そんな人間が何も言わないのはどうでしょう?」


「い、一理あると思いますが……それは少し強引なのでは?」 


 親衛騎士達は、ミストの言葉に困惑を隠せず、更にレインが傍にいるので言葉を詰まらせてしまう。

 無論、レインも聞こえてはいたが反応しない。特に何も感じなかったのもあるが、それよりも重要な事があるからだ。


「まあ、ここで何か言い合っても仕方ありません。首都に着くまでの二、三日、ずっと愚痴を言うのも疲れるでしょうからね……」


 涼しげな、だが嫌味な笑みを浮かべながら自分達を見るミストに、親衛騎士達の口は閉じ続ける。

――首都に着く、その日まで。


♦♦♦♦


 森や、まともに整備されていない田舎道。

 そこをレイン達が馬を走らせること三日目の昼、首都【グランサリア】に辿り着いた。


 アスカリアの首都である【グランサリア】

 それは円状に巨大な城壁に囲まれた要塞の街だ。

 

 中心にサイラス王が治めるグランサリア城が君臨し、北半分が貴族街・南半分が市民街の街。

 そんな王都にレインとアルセル達は南の城門より帰還を果すが、残念ながらすぐ城に帰る事は叶わなかった。


「アルセル殿下!! お帰りなさいませ!!」


「レイン様!! 任務ご苦労様です!!」


 その原因である、レイン達の迎い入れる大勢の人々。

 騎士達が城までの道を確保し、英雄を迎えるパレードの如く、道を市民達が覆い尽くしていた。


「殿下~!! レイン様~!!」


 市民達がお祭りの様に騒ぎ、それに答えるようにアルセルが苦笑しながら手を周りに振って行進するが、表情は疲れ切っていた。


「なんで、こんな大袈裟になっているんだろう……」


 疲れ気味にアルセルは呟いてしまう。

 実際、レインも普通に帰還する予定で、パレードの規模で数千近くの市民が待っている事実を聞いていない。

 だがアルセルの隣にいるライアが、誇らしげに語り始めるのを見てレイン達は全てを察した。


「私が鳩を事前に飛ばしておきました! アルセル様が帰還なされるのですよ? これぐらいの規模で出迎えるのが当然じゃないですか!」


「でも、こんな大事にするのは……」


 城まで続く騎士と民の道にアルセルは気まずそうにし、他の親衛騎士達は溜め息を吐いてしまう。

 自分達の行った任務は、ただの辺境の魔物退治。なのに凱旋の如き歓迎が、逆に彼等を惨めにさせていた。

 また溜め息を吐いていたのは親衛騎士だけではなく、アイゼルとミストも流石に吐いていたが、レインは自分達を見ている国民にもいた事に気付く。


「おい、確か殿下達が出て行ったのって一週間程前だろ? 四獣将と親衛隊を引き連れた割に、帰りが早いって言うか……」


「知らないのか? 今回の遠征は辺境の魔物退治で、あくまで殿下の評価稼ぎに過ぎないんだって話をよ」


「マジかよ……たかがそれだけで、なんで四獣将が?」


「陛下が殿下の親衛隊を信用してないからだろ? 親衛隊長は無能だから、殿下と親しい<黒狼のレイン>を同行させたのさ」


 民の者達はそんな話をしながら、苛ついた様子でアルセル達を睨みつける。 


「送りと出迎えだけで幾らの税金が使われたんだか……」


「下らない事に金を使い過ぎなんだよ……」


 結局、民達の会話はアルセル達が通り過ぎてもグチグチと続き、レインは民の不満が混じる歓声を聞き続けるのだった。


♦♦♦♦


 城へ到着した後、アルセルはレイアに連れらて行ってしまった。

 どの道、レインは陛下に報告するだけなので気にはせず、中庭で馬を近くの騎士に預けた後、城内へ入城した。

 

「任務、お疲れ様ですレイン様!」


「そちらも務めご苦労」


 城内に入ると気付いた騎士達から一斉に敬礼を向けられ、レインも礼で返す。

 一週間前とは変わらない城の様子、それを感じながら城内を進んで行くと、周囲から噂話がレインの耳に届く。


「おい聞いたか? 【ルナセリア帝国】が『傭兵ギルド』を筆頭に、各地のギルドを雇い始めたってよ」


「馬鹿な……緊迫した状態とはいえ、まだ開戦する程ではない筈だ。そんな事をすれば、我等や周辺国へ警戒させるだけだぞ?」


「しかし……あのドワーフ達からも武器を購入しているとも聞いた。本当に噂だけなのか?」


 聞こえてくるのは敵国に関する噂話ばかりだが、レインも、その手の噂は多少気になっていた。


――ルナセリア帝国の動向が不明過ぎる。


 魔法大国であり、アスカリア最大の敵国『ルナセリア帝国』

 その不穏な動きの噂は最近になってよく聞くようになったが、事実である根拠はなかった。

 そもそも、戦争推進派が周囲を煽らせる為のガセの可能性だってある。


――亜人達からも、その手の話は聞いてない。


 南の地に住む獣人・ドワーフ・エルフ達の亜人達も、基本的には人の戦争には介入しない主義だ。

 商売ならばともかく、戦争などの問題を起こすのはいつも人間。

 他種族からすれば迷惑なだけであり、稼げたとしても喜んでどっちに味方すると事は一度もなかった。

 

 ただ、それでも取引はするだろう。だが開戦の事前準備、それ程の取引に気付かない程、どこも平和ボケしてはいない。


――物は売るが人間同士の争いには中立を貫く亜人達。

――国家という枠から外れる『ギルド』の存在。

 

 どちらにしろ不安要素であり、頭の隅に置きながら歩いていると、不意に自分に近付く豪快な足音に気付いた。


「おっレイン! 戻ってたんだな!」


「……か」


 豪快に手を振りながら歩いてくる人物。それは長い茶髪を後ろで一纏めしている大柄な青年だった。

 名は<グラン・ロックレス>――二mはあるであろう身長に広い横幅、強靭な肉体。

 豪快な姿をして威厳を感じるが、それでもレインが思い出す限り、年齢はこれでも27歳。


「殿下と親衛隊のお守りは終わったんだな。 俺も今さっき帰って来たばかりだ。――つうか聞いてくれ! どっかの魔術ギルドの連中がゴーレムを暴走させやがって、その数20体だぞ? まあ全部、ぶっ壊して止めたけどよ」


「まさに『剛牛』か……」


 豪快に笑うグランの相変わらずの姿を見て、レインは遠回しに脳筋とも取れる発言をしてしまう。

 けれどグラン自身は別に気にした様子はなく、寧ろ誇らしげに羽織っている茶色のマントを見せつけた。


「そりゃそうだろ! このマントの『剛牛』が見えんだろ? この四獣将が一人!――のグラン・ロックレスがゴーレム如きに負けるかっての!」


 四獣将――<剛牛のグラン>

 それが彼の二つ名であり、レインと同じくアスカリア王国・最上位騎士の一人。


――変わらない奴だ。

 

 グランとは既に十年以上の付き合い。

 腐れ縁からの親友。と言うよりも、グランが勝手に言い続けた結果レインが折れた形。

 そんな何年経っても変わらない親友に、レインは諦めた表情を浮かべながら歩く速度を早めた。


「先に行く……」


「あっおい!? 俺も行くって!」


 グランも急いだ様に追い掛けて来ると、そのまま横に並んで歩き始めた。

 そして少し歩くとグランは伸びをし、天井に飾られている国旗を見上げる。


「毎回そうだが、見るたびに引き締まるぜ」


 “太陽の十字架”と、それを囲む“四体の獣”が描かれるアスカリアの国旗。

 その四体の獣をグランは歩きながら見つめ、やがて大きな溜め息をグランが吐いた。


「はぁ……どうやら今回は全員は揃わねぇか。少し前に連絡は来たぜ?」


「……は、やはり任務が長引いているか」


 グランの話を聞いたレインは、ここにいない残りの四獣将の事を思い出す。


艶翼えんよくのミア>


炎獅子えんじしのファグラ>


 双方共、四獣将の名に恥じない実力のある騎士。

 ただ今は担当している任務が長引いているらしく、来ること叶わない事が鳩によってグランの耳に届いていた。

 けれど、二人の”任務内容”が特殊性を考えれば仕方ない。


「【港街ソウエン】に現れた幽霊船調査。三大盗賊ギルドの一角、その討伐。どれも簡単に片付く任務ではないか……」


「あぁ……だが、流石に今回の招集は余りにも急すぎるからなぁ。陛下も大目に見てくれるか」


 ミアもファグラも、四獣将とはいえ厄介な任務を言い渡されたものだと、レインもグランも同情する。

 内容が内容だ。自分達よりも難易度の高い任務故、帰還できないのも仕方ない。

 けれど今回に限ってはそうはいかないと、レインは内ポケットに手を入れながらグランに視線を向けた。


「それこそ陛下の話、その内容次第だ。四獣将全員を招集……只事ではない」


 そう呟き、レインが内ポケットから取り出したのは一通の手紙。

 アスカリア王国の王印が刻まれたこの手紙。任務中に届いた王から四獣将への招集状であった。

 これのせいで二人は任務の素早い達成。出来る限り素早く帰還せざる得なかった。


「……だよなぁ」


 レインの言葉に、グランも自分に来た招集状を見ながら不安そうに頭を掻く。

 というのも今回は比較的軽い任務内容だったが、基本的にレイン達の任務難易度は高いのが多い。

 一般騎士ならば達成は不可能なものばかりで、通常は突然の招集に間に合う事はなく四人全員が集まる事が稀だった。

 

「ただの世間話……で、終わらねぇよな?」


「それもすぐに分かる」


 怠そうに呟くグランを横目に、レインは足を止めて目の前の巨大な扉を見上げた。

 城の天井まで届く高さ。覚悟無き者を拒むかのような“謁見の間”への扉。

 二人は身なりを整えてゆっくりと手を翳し、認められた者の魔力が反応した事で扉が静かに開いてゆく。


「行くぞ」


「おぉ!」


 高い天井から降り注がれる光、それに照らされた長いカーペットの上を。二人は何も言わずに歩き出す。


「今回は二人だけか……」

 

 そんな二人の姿を、王座から見守るは二人の男。

 眼帯をした緑の短髪の中年である男性<バーサ大臣>

 短い髭を生やした銀髪の貫禄ある男性<サイラス王>。


 不思議な事に、謁見の間には見張りの騎士が一人もいない。

 それだけ重要な話。今だけは王と大臣、四獣将含めて四人だけが謁見の間にいる事を許されていない。

 その為、重い空気と静寂が包む謁見の間を進み、レイン達が王座の近くまで来た瞬間にバーサ大臣の隻眼が光る。


「――止まれ」


 その言葉に二人は静かに立ち止まり、バーサ大臣も腹に力を入れ、この場全てに反響させる程の声量で叫んだ。


「四獣将よ! 忠誠を誓いし王の下、己の存在の証を示し! 王に己の存在を示せ!!」


 王が騎士団の中でも強さ・信頼を認めた四人の最上位騎士。

 その四人は代々<四獣将>と呼ばれている。

 

 アスカリア王国の守護獣である<狼・牛・鳥・獅子>を二つ名に入れ、代々受け継がれし“武器”

 それを持つのを許された四人の最強の騎士。

 権限も王から上級貴族以上の力を与えられており、力・権力共に保証された選ばれし存在。

 それ故に、王への忠誠を示す儀式を毎回しなければならない決まりがあった。


「レイン・クロスハーツ!」


 バーサ大臣の言葉にレインは一歩前に出る。


「四獣将であり、汝の存在――「黒狼」の証『魔剣・影狼』を示せ!」

 

 その言葉に左腰に掛けていた黒刀――影狼を抜刀し、王に献上する様に掲げた。


「黒狼――レイン・クロスハーツ……ここに」


「うむ……今回もご苦労であったなレインよ」


 サイラス王は静かに頷き、レインも頭を更に深く下げた事を確認したバーサ大臣は、次にグランの方を向く。 


「グラン・ロックレス! 四獣将であり、汝の存在――「剛牛」の証『ハルバート・グランソン』を示せ!」


 今度はグランの番だ。

 バーサ大臣の言葉に頷き、グランは右手に魔力を集中させる。


「ハァァァ!!」


 その集中させた魔力の粒子は徐々に槍の様な形状となり、やがて巨大な斧の刃と槍の刃が一つなったハルバート・グランソンが現れた。

 それは剛々しい装飾、グランよりも長い身の丈。

 見ているだけでも重量があると分かるが、グランはそれを片手で掴んで目の前で掲げた。


「剛牛のグラン・ロックレス……ここに」


「うむ……今回は魔力を暴発させなかったなグランよ?」


「ぐっ……!? へ、陛下……!」


 楽しそうに髭を撫でるサイラス王の言葉に、グランの言葉が詰まる。

 グランの武器は巨大故、持ち運び時は魔力を使って己の身体と一体化させ必要な時に取り出していた。

 その技術は下級騎士には難しいが、上級騎士達にとっては必須魔法。

 それ故、四獣将であるグランも普通ならば出来て当然なのだが、不器用なのかサイラス王の前でグランソンを取り出す度に暴発させ、己の服をボロボロにさせた過去がある。

 

――形にはなったか。


 それがつい最近までの事であってレインは少し感心し、サイラス王は楽しそうにからかい、バーサ大臣も今回は大丈夫だったと安心した様子で見ていた。

 

 逆に周囲の様子にグランは何とも言えない気分になってしまう。

 

「へ、陛下……今回の招集は、俺をからかう為なんですかい?」

 

「ハハハ……残念だがそうではない。――お前達を呼んだのは他でもない」


 基本的に人当たりの良いサイラス王は、日頃こんな感じに四獣将を召集しても世間話などを最初に話す様な自由な王。

 けれども今回はそんな雰囲気は一切なく、二人は王がいつもと違う事を察する。


「今回の内容……それは【ルナセリア帝国】の事だ」


【ルナセリア帝国】

 それはアスカリア王国から東に存在する魔法大国であり、アスカリア王国とは長い歴史の中、争い続けた敵国。

 

 軍事力の総数はアスカリアよりも劣っているが、魔法大国である事から戦闘魔法や魔法兵器の扱いがズバ抜けている。

 十年程前にも大きな戦争が起こったが“元凶”が滅び、争いの余波が他国や多種族にも及んだ事もあり、各国が仲介する事で終戦した過去もある。


 だが現状はあくまで休戦であり、近年は国境付近で小競り合いが起きては互いに非難を続けるのが増えていた。

 そんな敵国の名が王自らの口で語られる事に、レインの頭の中で関連する情報は一つしかなかった。


「……ただの噂話でしかないと思っていたが」


「まさか宣戦布告か……!」


 ルナセリアとの間が緊迫する中でのタイミング。

 最早、宣戦布告しかないと思った二人だったが、それを聞いたバーサ大臣が静かに首を横へと振っていた。


「いや宣戦布告ではない……が、無関係でもない話だな」


 バーサ大臣は二人の言葉を否定しながらサイラス王へ視線を送るが、その表情を見る限り、厳格なバーサ大臣にしては珍しく不安そうでもあった。

 

「バーサよ……不安なのは分かるが、これは既に後戻りは出来ぬ事だ」


 サイラス王はバーサにの意志を察した様に言うと、諦めた様に溜め息を吐いている。

 そんな王と大臣の奇妙な遣り取りに一体何なのかと、レインは横目で隣を見るが、グランも同じ様に自分を見ていた。

 つまりはどっちも分かっておらず、視線を戻すしかないとレインが思った時だった。


「出て来られよ……」


 静寂な広い空間の中、サイラス王の誰かに語り掛けた。

 その声はすぐに空間に呑まれ、再び静寂の空間になる中、コツ、コツ、と足音だけが謁見の間に響いている。


――玉座の隠し通路からだと? 誰かいるのか……?


 この場の一人も動いていない。

 つまりは第三者の存在にレインは意識を集中させると、音の発生源はサイラス王の巨大なから聞こえてくる。

 玉座に隠された“隠し通路”の場所は、サイラス王の信頼のある者しか知らない。

 つまり切り札とも言える、隠し通路を知っている者。

 その者の足音が傍まで来ると、歩みを止めず、そのまま姿をレイン達の前に現した。


――その正体にレインは我が目を疑う。


「まさか……!」


 玉座の後ろから現れた人物を見て、レインの無表情が崩れる。

 何故なら、その人物はアスカリアでは珍しく幻想的な腰まである青の長髪・ブルームーンの様な瞳。

 周りを青で強調した装飾の純白のドレスを身に纏い、まだ幼さを残すも、凛々しさもある顔付きをした少女だった。


――何故、彼女がここに?


 その少女とはレインも初対面の人物だったが、顔だけは知っていた。

 レインだけではなく、グランもそうだ。

 何故なら彼女は――


「お初にお目にかかります、レイン様、グラン様。私は――ルナセリア帝国・王女<ステラ・セレ・ルナセリア>と申します」


 敵国・ルナセリア帝国のの王女だから。


「ステラ・セレ・ルナセリア王女……!」


 あり得ない。それがレイン達が最初に思った言葉。

 今さっきまで宣戦布告の話までしていた中、その敵国の王女が国内に、そして自分達の目の前にいるからだ。

 

「なんでルナセリア帝国の姫さんが!?」


「陛下、これは一体……?」


 混乱すした様子のグランを横に置き、レインは真剣な表情で問い掛けると、サイラス王も静かに頷き、そして――。


「レイン・クロスハーツッ!! グラン・ロックレスッ!!」


 身体の奥から震わせる様に、サイラス王の声が謁見の間に響き渡った。

 広い謁見の間、その全てに反響する程の声量、それを一般騎士が聞けば耳鳴りを覚えた事だろう。

 まさに王の一喝であり、その声に呼ばれたレインと混乱していたグランも我に返り、膝を付いた。


「今回、ステラ王女が我が国にいるのは”和平”の為であり、私はそれに応えようと思う!――故に両名に命ずる! この親書! そしてステラ王女を祖国【ルナセリア帝国】まで“護衛”せよ!!」


 アスカリア最強の騎士、その内の二人に命じられたのは最大の敵国の王女を、その敵国までの護衛だった。

 これが【クライアス】全土を巻き込む一つの物語の開幕なのを、レインは知る由もない。


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