ロストハーツ~月の姫と心を喰らう魔剣~

四季山 紅葉

プロローグ

 

 嘗てこの世界は【人間・魔物・亜人・精霊】が共存し、それぞれの恩恵によりバランスを保っていた。


 人は、文明を築き魔法や技術、そして世界に【秩序】を。

 魔物・亜人は、独自の生態系を築く事により住処である【自然】を。

 精霊は、人や魔物以外、花や虫等の小さな命にも【恩恵】を。


 これがこの世界のルールだった。

 この中の何かが欠けても世界のバランスは維持できず、一つでも欠ければ生命は衰退すると誰もが信じていた事だ


 しかし、秩序を作っていた人間は技術の向上により力を持ち、やがて邪悪な考えを抱いてしまった。

 自分達こそが世界の支配者に相応しいと、魔物達から自然を奪い、自分達の領地を広げ始める。

 その行為は自然を汚し、自分達以外の命を軽視する行動であり、精霊はこれに怒り、人間への恩恵を止めようと警告するが彼等が聞く事はなかった。


 ――人だけの時代が始まる。それが全てを制した人の答え。


  けれでも、人間の文明は。それも呆気なく突然に。

  人の力が弱まった事で、再び世界は元の美しさを取り戻し始め、精霊達は生き残った人間達に一つの誓いを立てさせる。


『もう二度と、この様な惨事を起こさないと誓うならば人間の今までの罪を許し、また共に世界の命として生きる事を許そう』


  人間達は、精霊の言葉を聞き入れ、二度と過ちを起こさないと誓った。

  それによって、人は再びこの世界の命として共存する事を許されたのだ。

  過ちは消え、ここから再び世界は歩き出すのだと誰もが疑うことはなかった。


 ▼▼▼


 しかし数百年以上の時が流れ、再び世界に変化を促していた。


【クライアス】

 この世界がそう名付けられると、クライアスは嘗ての様な景色は消え、新たなバランスが誕生する。

 精霊、魔物は新たな役割を得た。竜も亜人も、そして勿論、嘗て精霊から誓いをさせられた人間も例外ではない。


  竜と、彼等を守る龍人が住む聖域の山【ドラゴンマウンテン】

  エルフやドワーフ達、亜人の国【スタリア】

  また妖精を筆頭に、独自の文明を築く者達も多く現れ始めた。


 そして人間が最も存在する三つの勢力。


【アスカリア王国】・【ルナセリア帝国】・【アースライ連合国】


 人々は、この三つの大国と言う船に乗り、新たな技術や魔法を得ながら命の旅をしていた。


 ――しかし、クライアスは戦いの渦に呑まれ様としていた。


 大国同士の戦争、犯罪ギルドの介入、新種の魔物。

 そんな数々の傷跡を残しながら進むクライアスの命の旅。そんな人々が再び過ちを繰り返そうとする世に“彼等”はいた。


 アスカリア王国・国王が認めた4人の最上位騎士の存在だ。

 アスカリア王国の国旗に記されている四匹の獣である【狼・牛・鳥・獅子】を二つ名に与えられた四人の騎士将軍を、味方は英雄とし称え、敵は脅威として恐れた。

 そして、そんな彼等を人々はこう呼んでいた。


 ――『四獣将』と。


 これは、その四匹の獣の内の一匹である“黒き狼”の物語である。


♦♦♦♦



【クライアス】に君臨する三大国家が一つである【アスカリア王国】


 長い歴史の中で存在するアスカリア王国は、貴族優遇のあり方“貴族主義”を撤廃した<賢王サイラス・テル・アスカリア>が治める国だ。

 純粋な力・権力。それを貴族だけに優遇された世が消え、平民からも騎士や政治に関わる者が増えた事で新たな時代を築かんとする国家。

 

 また騎士家系の貴族が多く、国色は個の能力が高い“武”の国であった。

 その影響は魔法にまで現れ、魔法を武に活かす方向に発展し、更に武を磨き続ける国家。


――魔力の斬撃・魔力を込めた衝撃波などが良い例だ。

 

 そして平民から貴族の様に、その逆のパターンも現れ始める。

 貴族がパン屋・絵描きになるなど選択の自由が生まれた事で、文化も大国の名に恥じない程に発達を遂げる事となったのだ。

 

 しかし、全ての者がそれを受け入れた訳ではない。

 その変革の代償とし、現アスカリア王と貴族主義派の間に深い溝が生まれ、そんな新たな火種をアスカリア王国は抱えてしまったのだ。


♦♦♦


――アスカリア王国の辺境。


 整備されてもいない獣道を、二人の青年が駆け巡っていた。

 一人は息を乱して汗を拭う暇もなく必死で走り、もう一人は余力を残す様に涼しい様子で駆け続ける。


「ハァ……ハァ……!――待て! 逃がさないぞ!」


「……落ち着け」


 先を行く青年は綺麗に整えられた金髪と服装を纏い、手に持つ綺麗な装飾が施されたレイピアを持ちながら走っていた。

 誰が見ても高貴な人物な装備であるからか、その動きは騎士としてはぎこちない。

 

 一方、その青年を追う様に後ろを走る、綺麗な黒の長髪・黒マントを纏う青年は、マントが枝に引っ掛からないよう器用に動き、金髪の青年の後を見守る様に追っていた。

 加えて、その姿は洗礼された動きであり、金髪の青年よりも戦い慣れているのが分かり、必死な金髪の青年と同じ状況下でも、彼へ心配の声を掛ける事も出来た。  


「……。無理をするな」


「はぁ……はぁ……えっ? い、いや……僕は大丈夫だよ。――ごめん


 アルセルと呼ばれた青年は、自分を呼んだ黒髪の青年――レインへ息を乱しながら答えた。

 けれど、その言葉とは裏腹に、明らかに無理をしている様で汗も多く流し、呼吸も大分乱れていた。

 レインも、アルセルが嘘を付いているとすぐに分かり、険しい目を向けた。


「だがアルセル……獣道にお前は慣れていない。今、無理をしても何の意味もない」


 レインはアルセルが獣道、または整備されていない自然の道に慣れていない事は知っている。

 それはアルセルの豪華な装備の理由かつ、その立場が原因だ。

 だからレインは、アルセルへ獣道から出る様に進言しようとしたが、それよりも先に、前方に黒い影が横切った。


「ッ!? 見つけたぞ。あいつだレイン!」


 横切った大きな黒い影、それは二人が獣道を走っている“理由”であった。

 その為、アルセルは黒い影を追う様に獣道から飛び出しすと、幸運にも飛び出した先は人の手が入った道だった。

 獣道から出る事が叶い、そんなアルセルの目の前に目標の黒い獣が待ち構えていた。


『グルルルッ……!』


 日に照らされ、黒い影の姿が露わとなる。

 それは身体は大人よりも大きく、毛と瞳は赤ワインの様に赤黒く染まっている四足歩行の獣型の魔物だ。

 しかも魔物は牙を剥き出しで、威嚇する様に唸り声を鳴らし、完全にアルセルを敵と見なしていた。


「う、うぅ……!」


 命の危機を感じる威圧感を受けた為、アルセルは思わず下がってしまったが、自身の震えている身体に鞭を打ってレイピアを構えた。


「こいつが近隣の村を襲っている魔物……! 恐れるなアルセル……僕一人でも戦える事を皆に示すんだ」


 己に言い聞かせるように呟くアルセルは、大きく息を吸って落ち着きながらレイピアを魔物へと向ける。

 すると、その行動が完全な敵対行動となり、魔物はアルセルへ向けて大きく咆えた。


『ガアァァァッ!!』


 影が獣へと変貌した様な真っ黒な姿から、その名を『シャドウファング』と名付けられた魔物が、獲物を殺す為の殺気を放ち、アルセルへと飛び掛かった。


「う、うわぁぁぁぁッ!!!」


 その迫力にアルセルは気圧されると、尻餅を着き、恐怖でレイピアをめちゃくちゃに振り回す。

 叫び声だけ言えば魔物以上の大声だ。けれど、その大声がシャドウファングを刺激し、怯むどころか興奮しながら牙を剥き出しにしてアルセルへと迫った。


――瞬間、黒い斬撃が両者の間に割り込んだ。


「――魔狼閃まろうせん!」


 と見間違うかのような斬撃。

 それは飛び掛かるシャドウファングを直撃し、斬撃の肉を切る音と共にシャドウファングは地面を二、三回跳ね、最後にその動きを止めた。

 

「……無事か?」


「あっ……レイン」


 自分を呼ぶ声にアルセルは我に返えると、獣道から姿を現したのはレインだった。

 レインは己の武器である“黒刀”を抜いており、それからは微かに魔力の残り香が感じられた。

 だからアルセルも、先程の斬撃を放ったのがレインなのだとすぐに分かった。


「対処が遅れた、すまない……」


 怪我をさせた事へ、表情を険しくしながらレインは刀を鞘へ戻し、懐から青い液体が入った瓶を取り出して、アルセルへ謝罪しながら駆け寄った。

 何故なら、レインは護衛だからだ。


「はは……ごめん、レイン。僕じゃ勝てなかったよ……」


「謝罪するのは俺だ……」


 護衛として謝罪するレインへ、逆に情けないと言うような笑みを浮かべるアルセル。

 けれどもレインは冷静な口調で答え、一般に売られている薬『ヒール薬』と呼ばれる回復ドリンクのアイテムを手渡した。


「……ありがとう、レイン」


 内心でレインの足を引っ張っていたと自覚出来た事で、少し暗い表情をしながらも、ヒール薬を受け取ったアルセルは一気に飲み干した。

 さっぱりした喉ごしと仄かな甘みが口に広がり、彼の手足の擦り傷が静かに癒されていく。

 

 そして、いつまでも尻餅をついているアルセルへ、レインは手を差し伸べた。


「御手をどうぞ―――殿


 レインはアルセルへ“殿下”と呼んだ。

 この【アスカリア王国】――アルセルはその“王子”だからだ。

 そしてアルセルは“騎士”であるレインの手に自分の手を重ね、引っ張られる様に立ち上がる。


「いつもごめん、そしてありがとう……レイン」


「これが俺の役目だ……アルセル」


 手を掴まむアルセルを、そのまま引っ張り上げるレイン。

 過程はどうであれ、目的の魔物は退治できた。

 これで一つの問題が解決したが、これがお互いの運命を狂わせる始まりである事を二人はまだ知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る