第15話「真実を知る時」






   15話「真実を知る時」







 泉はその日の予定を全てキャンセルをして、緋色の父である望と会う約束を取り付けてくれた。

 

 父の事も母の事も知らないといけないと思いつつもずるずるとここまで来てしまった。

 父である望に大切に育てて貰い、今の自分があるのは緋色にもわかっていた。

 けれど、詳しい事を知ってショックを受けるのが怖かった。これ以上、本当の父の姿を知ってしまったら、自分はどうすればいいのか、そんな事ばかり考えては、何もしないで過ごしてしまったのだった。


 それなのに、泉に「ダメだ。」と言われ、「楪さんに会いに行こう。そして、話を聞こう。」と手を握ってもらい、そんな俯いた考えは少しずつ消えていった。

 それは、彼が一緒だからという事もあるだろう。


 けれど、1番の理由は泉という存在の大きさだと緋色は気づいていた。

 もし父の真実を知り、緋色が耐えられなくなってしまっても泉が変わらずに傍に居てくれる。

 その事が、緋色を動かしたのだ。




 「緋色ちゃん、大丈夫?」

 「………うん。大丈夫………。」

 「顔、強ばってるよ。」



 泉の運転する車で望が待つ実家に向かった。

町の外れにある静かな高台の上にある屋敷が緋色が育ったという家だった。

 敷地の駐車場に車を停めてから、泉は心配そうに緋色の顔色を見つめていた。緋色は自分でもわかっている。緊張からか顔が固くなっている事が。

 婚約の報告をしに来た時よりも緊張しているのは、今日話す事が良いことではないからだろう。

 緋色ははーっと息を吐いた後、「行きましょう。」と、強い言葉を発した。






 そして、いつものように「おかえり。」と、ぎこちなく微笑みながら望は緋色を出迎えていた。泉を見ると少しだけホッとした表情になっていたのを、緋色は少し悲しくなりながら見つめていた。父にそんな顔をさせてしまうのは自分のせいだというのに。そして、苦手な父にどう思われようと、気にするべきではないはずなのに………。



 実家に帰ってくる時はいつもドキドキしていた。それは、記憶がなくなってしまった後からの話だけれど、なるべくならば父に合わないように帰ってきた。帰ってくる理由はいろいろだったけれど、緋色は必ず母の慰霊に手を合わせていた。にこやかに微笑む母の写真の前には母がお気に入りのカップに紅茶が淹れてある。それは、父が毎日行っている習慣のようだった。

 今日は泉と一緒に手を合わせてから、リビングに移動する。



 庭が見える大きな窓が開放感を感じ、茶色の皮のソファやアンティークの家具が並ぶおしゃれな部屋だ。

 中央の数人用のソファには泉と緋色。そして、1人用のソファには望が座った。望の席からは中庭の緑や花たちがよく見える。望の特等席だった。



 「それで、当然話とは何かな。結婚式の話しでは………なさそうだな。」


 

 望は、2人の表情や雰囲気を感じとり、良い話ではないとわかったようだった。


 緋色は俯きながらも、キュッと手を握りしめて、ゆっくりと顔を上げた。もちろん、まっすぐな視線の先には父がいる。

 隣には、何かあれば助けてくれる彼がいる。それが、緋色の背中を押してくれるのだ。



 「お父様。今日はお時間ありがとうございます。………ずっと話さなければならないことがあると思っていました。けれど、お父様との関係が変わってしまうのではないかと、怖くて前に進めないでいたのです。けれど、結婚をするという節目で、それを変えたいと思ったのです。お父様の事を知りたいと………。だから、本当の事を教えてほしいのです。」

 「…………それは、あの手紙の事だね?緋色。」



 緋色の言葉を聞いて、すぐに何の事なのかを理解したようだった。

 緊張した面持ちのまま緋色が小さく頷くと、望は少し考えた後に、ゆっくりと口を紡いだ。



 「本当の事を話さないというのが、緋色の母である茜の願いだったんだがね。………その願いらを壊してしまうが私には迷いがあるのだよ。そして、緋色のためにも………。」

 「…………お父様。」



 その言葉は、父がどれほど母を大切にしているのがわかるものだった。緋色もわかっていた。いつも慰霊の前には綺麗な花とお菓子、そして紅茶が置いてあった。亡くなってから数年経っているのに、毎日欠かさず手入れをしているのを緋色は知っていた。だからこそ、本当に父は緋色が考えるような事をする人だったのか。そんな疑問を持っていたのだ。

 もし勘違いならば、それを払拭して欲しい。そう思ってこの場に来たのに、父は話すのに迷いがあるのだ。


 2人の約束ならば、緋色が何かを言う資格はないのではないか。

 そんな風に思い、緋色を口を閉ざしてしまう。




 すると、隣に座っていた泉が声を出したのだ。

 それは彼らしいまっすぐで澄んだ声だった。



 「楪さん………。茜さんは、楪さんと緋色ちゃんの仲が悪くなる事を望んではいないはずです。きっと、今の状態を見て心を痛めているはずです。それに、楪さんは緋色ちゃんに本当に話をすることで、辛い思いをさせてしまうのではないかと、心配なのですよね。」

 「……………。」

 「………今の緋色ちゃんならば大丈夫です。彼女は強く賢い女性です。だから、きっとしっかりと自分で考えて答えを出すと思います。それに、楪さんも茜さんも、緋色ちゃんが何よりも大切にしてきたのは、わかっているはずです。それに、もし苦しんでしまうのならば、今は俺が傍にいます。彼女を支え守るのは俺の役目なのですから。」



 彼が何を言おうとしているのかはわからない。けれど、父が秘密にしていることを泉は知っているのだけはわかった。そして、父や母だけじゃなく、泉も自分を大切にしている事が………。



 「俺の事は………今は、その時ではないと思います。ですから、茜さんの思いだけでも伝えてあげてはくれませんか?」

 「…………泉くん?泉くんの事って、どういう……?」

 


 彼の言葉が引っ掛かり、緋色は彼に問い詰めてしまう。その時ではないとは、どういう事なのか。

 けれど、泉は優しく微笑みながら緋色を見るとゆっくりと首を横に振った。先ほど彼が言ったように、話すつもりはないのだろう。

 戸惑う緋色に、泉は緋色の手をポンポンッと優しく触れた。


 そんなやり取りを見て、父は安心したように微笑んだ。


 

 「2人はいつの間にかそんなに仲が良くなっていたのだね。………確かに、緋色の事は泉くんに任せておけば大丈夫だろうな。」

 「…………お父様。では………。」

 「泉くんが言った通り、きっと今の緋色との関係を茜が見たら悲しむだろうな。私は茜に怒られてしまう。それだけは嫌だからな。………それに、最愛の娘に嫌われるのは結構辛いものだからね。」



 望は苦笑をしながら緋色と泉を見た。

 泉はいつものように柔和な笑みを浮かべているが、緋色は少し申し訳ない気持ちになる。そして、父の気持ちが変わったことにより、本当の話が聞けると緊張した気持ちになる。



 「……………話していただけるのですね。」

 「あぁ………。だが、緋色。もし記憶の事で頭が痛くなったり、気分が悪くなったらすぐに教えるんだよ。」

 「はい。わかりました。」


 緋色がそう返事をすると、望はゆっくりと頷き、1度姿勢を正すために椅子を座り直した。

 そして、手を組んで静かに目を閉じた後、口を開いて真実を語り始めた。



 「始めに言っておこう。緋色は私が別の女性と関係を持って、その女性との子どもが自分なのではないか。そう思っていたようだが、それは違う。」

 「………では………。」





 「緋色、君は私と茜の元に来てくれた、養子なんだよ。」




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