第16話「真夏の青空は眩しく」






   16話「夏の青空は眩しく」




 望の口から出てきた言葉は、緋色の予想をはるかに超えたものだった。

 自分が望と茜の実の子どもではなかった。それが衝撃でしかなかった。



 「わ、私が………養子……?」

 「あぁ、そうだ。緋色は私と茜が施設で見つけた子どもだ。…………今まで黙っていて悪かった。」

 「…………そんな………どうして………。」



 緋色は自分でも驚くぐらいに動揺していた。

 養子でも、子どもの頃からよくしてもらっていたじゃないか。血が繋がっていなくても、固い絆で結ばれていれば大丈夫じゃないか。

 そう思ってからハッとするのだ。

 その記憶がない緋色には、父や母との絆なんてあるのだろうか、と。


 それが怖くて、緋色の体が震えた。

 恐怖からくる震えを抑えようと自分の体を両腕で抱きしめるが、止まる事はなかった。



 「………わ、私…………。」

 「緋色ちゃん。大丈夫、大丈夫だよ………。楪さんも俺もちゃんといる。………そして、君が大好きだよ。」

 「………泉くん。………お父様。」



 緋色の小刻みに震える体を泉が肩を抱いてくれる。そして、優しく微笑みながら緋色の顔を見つめていた。望も心配そうにしながらも、微笑んでくれていた。


 その表情を見て、緋色は少し落ち着きを取り戻し、大きく息を吐いた。



 「大丈夫です。お父様。お話を聞かせてください。」



 緋色がしっかりとした口調でそう言うと、望は頷くと、昔の話をゆっくりと話し始めた。



 「緋色が楪家に来てくれたのは、おまえが9歳の時だ。きっと、記憶をなくしているだろうけれど、おまえはとてもいい子だったよ。きっと、私たちに好かれようと必死だったんだろうね。少し、試し行動で私たちを困らせたりもしたけれど、それでも、緋色が私たちを信用してくれているからだと思って嬉しかったんだよ。」

 「お父様………。」

 「何故、私たちが養子をとることにしたか。それは、緋色も大体わかるだろう………。私たちには子どもが出来なかった。それは茜の体が子どもが出来にくいのが原因だとわかってね。彼女はとてもショックを受けていたんだ。」

 「……………お母様が………。」

 


 初めて聞く話に、鼓動がドクンドクンッと激しく鳴っている。

 自分の知らない幼少期。そして、両親の想い。それを知り、心にこみ上げてくるものがあった。



 「そして、思い悩んだ茜が考えに考えた事。それが、離婚だったんだ。」

 「…………そんな………。」

 「『あなたは優秀で素敵な人。だから、貴方の血を継いだ子どもを残すべきだわ。それは、私でなくても出来る。だから、別れましょう。』と、涙を溢して必死に訴えられたのを今でも覚えているよ。」

 「…………それでは、あの手紙は。」

 「あぁ。そうだよ。そう私に言った後に家を出ていった彼女が私に残したものだ。」



 望は遠くを見る目で、庭を眺めながらそう言った。望の目には、その当時の映像が映し出されているのだろう。とても、辛い表情だった。



 「その後、私は必死に彼女を探して見つけ出して説得したよ。そして、2人で養子という道を選んだ。初めて緋色がこの家に来た時、茜は不安そうにしながらも、とても幸せそうだった。それを見た瞬間、この選択でよかったんだと思えたんだよ。………だがら、緋色が私や茜の元に来てくれたのには、とても感謝しているんだ。大きくなればなるほど、養子で家に馴染むのは難しいというのに、おまえは乗り越えてくれた。そして、沢山思い出を作ってくれた。だから、茜も最後の最後まで緋色が大好きだったし、今でもそのはずだ。」



 緋色は望と同じように庭に視線を向ける。そして、雲1つない夏の快晴を見上げた。



 「………茜は20歳になる時に養子だという事を伝えるのは止めようと言ったんだ。………緋色が落ち着いてからでいいんじゃいかな、とね。けれど、私はいつお前に伝えればいいのかわからなかった。そんな時、おまえが事故に遭い記憶を失った。……やっと普通の生活を過ごせるようになったのに、話してもいいものかと思ったが。………記憶の混濁もなくて安心したよ。………泉くんが居てくれてよかった。本当に………。」



 緋色はポロポロと涙が流れ始めた。


 両親の気持ちが、じんわりと心に染み込んできたのだ。

 養子だった事は戸惑いしかない。

 けれど、大人になってからわかること。それは、きっと楪家に来て自分は幸せだったのだという事だ。

 本当の親は知らない。けれど、その本当の親の代わりに、もしかしたらそれ以上の愛を望と茜はくれたはずだ。

 そうでなかったら、養子の話を聞いた瞬間のショックはもっと大きかったはずだ。記憶を失っていたとしても、緋色はそう思った。




 「泉くんが緋色を選んでくれてよかった。緋色が今穏やかに笑えるのば君のおかげだからね。」

 「………緋色ちゃんが、俺を選んでくれたんです。」

 「…………そうか。緋色、泉くんを大切にな。」

 「はい。………お父様、話してくださってありがとうございました。そして、私の勘違いでお父様に酷い事ばかり言ってしまっていました。本当にごめんなさい………。」

 「いいさ。わたしがお前に話せなかったのが悪いんだ。………おまえがよかったら、話しをするよ。」




 ポロポロと泣いて謝る緋色を慰めるように、父は微笑んだ。

 その笑顔は、昔の写真でしか見たことがないものだった。






 その後、昔のアルバムを取り出して、望が幼い頃の緋色の話をしてくれた。話題の中心が自分だというのは、とてもくすぐったい思いがしたけれど、2人が楽しそうに話しているのを見ているだけで、緋色は嬉しかった。


 アルバムには、ところどころ抜けている所があった。それを見て、昔は「茜じゃない本当のお母さんがいたのかもしれない。」と思っていたけれど、父は「昔からこうだったよ。」と、言うだけだった。

 不思議な気もしたけれど、今、父がそういうのならば信じるしかないなと思った。



 緋色が事故にあった後、数ヵ月に1回は病院に行っていた。記憶の話をよくするけれど、あれから何かを思い出すことはほとんどなかった。医師からは、何かのきっかけで思い出す可能性は十分にあると言われていた。

 もし、記憶を取り戻したとしても、もう養子だという事は知っているので、ショックは受けないはずだと、緋色は考えていた。




 結局、話し込んでいるうちに、すっかり昼過ぎになってしまい、3人で昼食を食べた後、緋色と泉は帰ることにした。

 望は帰り際に「結婚式はした方がいい。2人と私だけでもいいから。思い出としても記念としてもやった方がいいだろう。………茜も、2人の晴れ姿を楽しみにしているはずだよ。」と言ってくれた。



 望と別れ、2人は今日は家に帰ることにした。

 そして、緋色が作ったアイスコーヒーを飲みながら、リビングのソファに座った。



 「泉くん。今日はありがとう。………泉くんのおかげでお父様から本当の事を聞くことが出来たわ。何回感謝しても足りないぐらいよ。」

 「………俺は何もしてないよ。緋色ちゃんが自分で話をしたから、気持ちを伝えたからお義父さんもわかってくれたんだ。」

 「…………ありがとう。………ねぇ、泉くん。………私………。」

 「わかってるよ。楪家の血が入っていないけど、どんな両親の親かわからないけど、でしょ?」

 「………………。」



 自分の思いが泉には筒抜けだったようだ。


 緋色は不安だったのだ。

 緋色の本当の両親の事は、望もわからないそうだ。そのため、緋色はどこで生まれたのか、どんな両親だったのかわからない。

 そんな人間と、泉は結婚するのはどう思っているのかと心配になった。



 「緋色ちゃん。俺は緋色ちゃんが好きなんだよ。そんな心配はしなくていい。」

 「でも………。」

 「それ以上、自分を卑下する事を言ったら怒る。」

 「え…………。」



 泉の鋭い視線を感じて、ビクッと体を震わせてしまう。緋色は彼に本気で怒られたことがなかったし、怒らせてしまった事はなかった。

 優しい人だ。怒ることなどほとんどないと思っていた。


………優しい人ほど怒ると怖いというのは本当の事のようだ。



 「………ごめんなさい。泉くんは、そんな人じゃないよね。」

 「緋色ちゃんだって、そんな人じゃない。どんな両親だって、君はいま楪さんみたいに優しいんだよ。君の両親は、望さんと茜さんだよ。だから、そんな悲しい事は言わないで。」

 


 緋色の両親は、優しくてかっこいい望と優しくて笑顔が可愛い茜だ。

 何の心配などない。自慢の両親だ。



 「そうだね。………私が間違っていたわ。」

 「わかってくれたなら、いいよ。」 

 「…………ありがとう。」



 緋色は「ごめんなさい。」の意味を込めて、彼の胸にゆっくりと体を預けた。すると、頭の上からクスッと笑う声が聞こえ、そして泉は緋色を優しく包んでくれる。



 「緋色ちゃんがまた1つ笑顔になれてよかったよ。…………もっと可愛くなった。」

 「そ、そんな事………。」

 「あるよ。…………本当に俺の奥さんは可愛い。」



 前髪を撫でながら泉は目を細めて、愛おしそうに緋色を見つめる。その視線を近くで感じ、緋色は体が熱くなり、胸がキューッとなった。



 「その顔もいいな………。」

 「………恥ずかしいよ。」

 「その顔が見たいから、だよ。」



 そう言うと、泉は緋色の唇にキスをした。啄むような短いキスを繰り返し、そして、最後は少し長いキスだった。


 キスをしただけのはずなのに、全身が熱かった。緋色は彼に真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて、すぐに彼の胸に顔をうずめた。





 

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