第28話 魔法のチカラ

♪ チョリーン


「いらっしゃいませ、あ、あげはちゃん」

「新入り連れて来ましたー」

「へ?」


 それはリンド家が引越しをした2日後だった。


「夏芽、ここの香苗さん」

「あ、は、初めまして、小山夏芽です」

「ようこそ。ヘレナちゃん来なくなったから淋しくなってて丁度良かったよ」


 あげはが意気込んだ。


「そうなんです。ヘレナの代わりにゴ-ルドのお世話係になるんです」

隣で夏芽がけ反っている。

「は?何それ?聞いてないよ。ってか、ゴールドって誰?」


あげはは黙って指を指した。その先にはネコが二匹、丸まって寝ている。


「ここではな、あのネコちゃんのお散歩とかご飯あげたりとかお世話するのが水樹中の生徒の役目やねん」

「へーえ?」

「その代りに美味しい柑橘系ジュースが頂ける」

「何だか解んない」


 香苗さんがニコニコしてその様子を見ている。

「若い子の会話って聞いてて飽きないよねえ、まあ、座りなよ。シャニーもゴールドも春眠中だしさ」

香苗さんが、その柑橘系ジュースを二人の前に出してくれた。

「いただきます」

夏芽は律儀に手を合わせてストローを咥えた。躾はしっかりしているのだが、奢られるのにも慣れている。

「夏芽、それ飲んだらもう今日のお散歩は夏芽の仕事やで」

夏芽は咳込んだ。

「へ?」

「まあ、いいよ、初日なんだからさ」

香苗さんは笑った。あげはがゴールドを抱っこして連れて来る。

「この子がゴールド。ヘレナみたいな毛の色やろ。はい、夏芽抱っこしたげて」

「え?」

おどおどしながら夏芽はゴールドを受け取る。

ナーォ!

ゴールドは鋭い声を出すと身体をくねらせて、爪を出したかと思うとポイッと飛び降りた。夏芽は驚いて手を上げる。

あげはがゴールドの前にしゃがみ込んだ。

「あれ?ゴールド、夏芽やで。夏芽に怒ってたらご飯もらわれへんでぇ」

ナーォ


「夏芽、抱っこしたり」

「え?ちょっと…ムリ」

「なんで?ヘレナなんかゴールドの方から飛び乗ってたで」

「あー、あげはちゃん、夏芽ちゃんの恐い気持ちがゴールドに伝わってるのよ。だからゴールドもちょっと恐いの。ヘレナちゃんは特別だよ。初めて会った時から見つめ合ってたからね」

「そっか。ヘレナはネコと相性良かったもんなあ。夏芽、ネコ恐い?」

「んー、特に得意じゃない…」

「まあ段々慣れるやろ。ここにはネコと香苗さんしかおらんから」

「はは、誰が店の主か判んないねえ」

「なんだかあげはが一番偉そうにしてるって感じ」

ゴールドから目を逸らして夏芽が言う。

「だってウチ、ここの開店第1号のお客さんやもん。ウチ、アゲハチョウに導かれてこの店に来てん」

「ふうん。アゲハチョウ…」

 夏芽は改めて店を見回した。


「中にはおらへんで。せやけどヘレナが帰るちょっと前にな、ここの壁でアゲハチョウがチョウチョになってん」

「アゲハチョウはチョウチョでしょ?」

「ちゃうって。蛹から出て来てチョウチョになったんよ。じーっとして翅が拡がってな、それで最後に飛んで行ってんけどな、その時にヘレナが魔法かけてな、それで、ウチ、ヘレナのこと思い出してん」

「思い出した?」

「うん。ちっちゃい頃にウチとヘレナ、大阪で一緒に遊んでてん。同じ団地に住んでて」

「えー!そうだったの?」

「そう。ウチ、何でか判らんけどすっかり忘れててヘレナに悪いことした」

「そんな過去があったって、誰も知らないよ」

「まあね。でもヘレナがウチに魔法かけてくれたから、ウチも羽えるよ。あげはやから」

「まったぁ判んないことを…」


 聞いていた香苗さんが、あげはの正面に来た。


「あげはちゃん、あげはちゃんに隠してたことがあるんだ」

「え?香苗さんがですか?」

「うん。私とヘレナちゃんで」

「何です?」

「あのね、あげはちゃんが来ていない時にね、お店の前にこんな子がいたの」


 香苗さんはスマホで動画を見せた。それはティッシュペーパーの上で羽ばたくアゲハチョウの動画だった。


「この子は、前の子と違う子ですねえ、… あれ?翅がちょっと変」

「そうなの。蛹からチョウチョになる時に失敗したみたいで、左側の翅が縮こまってるの」

「それで飛べるんですかぁ?」

「ううん」

香苗さんは首を横に振った。

「岩城先生にも聞いたんだけど、一生飛べないって。だから私が家でね、蜂蜜を飲ませてあげながら保護してたの。でも2週間位で死んじゃった」

「あ…」

「そりゃそうよ。歩くしか出来なくて、友だちとも遊べない、結婚もできない、ずっと一人ぼっち。自分が飛べないって解ってたかどうかは判らないけど、それは一所懸命に飛ぼうとして、ヘレナちゃんも指に止まらせて飛ばせてあげようと一所懸命にやったんだけど、やっぱ駄目だった」

あげはは、羽ばたくアゲハチョウの動画を食い入るように見つめた。


「ヘレナちゃん、この子はあげはちゃんに見せないでくれって、私に頼んだの」

あげはは目を見開いて香苗さんを見つめた。

「この子を自分だと思っちゃうかもしれないから、アゲハチョウはあげはちゃんの心の支えだから、見せられないって。ごめんね、隠し事して」


 いつの間にか隣で夏芽が泣いていた。


「ヘレナちゃん、あげはちゃんに飛んでもらいたかったのよ」


 香苗さんは今後はカウンターに2枚の紙を並べた。あげはには見覚えがあった。


「これって去年の七夕の短冊や」

「そう。二つ折りのがあげはちゃん、それで、こっちがヘレナちゃん。読めるかな、意味解る?」


 『May the kitten bring her the swallowtail wings』


「子ネコが彼女にスワローテールウィングスを持ってきてくれるように?」

「そうだね。丁度ゴールドが生まれる直前ね。それに、私も知らなかったんだけど、Swallowtailってアゲハチョウのことよ。wingは羽だよね」

「ゴールドがウチにアゲハの羽をもたらせてくれますように?」

「そう。ゴールドに託したんだよね。当たってない?」


 あげははのぼせた様な気分になった。ゴールドの散歩でヘレナと仲直りできた。ヘレナ、ゴールドを魔法で飛ばせて、ほんで、ウチにヘレナの魔法で飛んだこと思い出させてくれた…。凄い…。


香苗さんはもう一枚の紙を示した。


「開けてみてよ、あげはちゃんの願い事」

「は…い」


あげはは震える手で二つ折りの紙を丁寧に拡げた。隣で夏芽も凝視している。


 『きれいな羽が生えますように  あげは』


せや、こう書いたんやった。


「あげはちゃんとヘレナちゃん、同じことを願ってたんだね」

あげはの腕には鳥肌が立っていた。


「ヘレナってほんまの魔法使いやった、ちっちゃい頃に『魔法使いになる』言うてたんは嘘やなかった…」

 

 いつやったかお母さんが言うてくれたウチの羽、ヘレナが魔法で生やしてくれたんや。まだ飛ばれへんけど、多分背中には生えてるんや。あのアゲハチョウみたいに、まだクシャクシャやけど、これから伸ばして、パタパタ乾かして、そしたら、ウチ、飛べる!


 あげはの目に涙が溢れた。泣きながらあげはは香苗さんに宣言した。


「ウチ、飛びます。頑張って、足治します。ほんまに頑張らなあかん。こんなに応援してもろて、魔法かけてもろて、このままやったらあかん…」


 隣で夏芽も目に涙を溜めながらヘレナを想っていた。あげははとっくに私の所から飛び立っている。それで今度は外の世界へ、本物の空の下に飛び出そうとしている。ヘレナの魔法に操られるみたいに、あげはがチョウのように舞い上がろうとしている。ヘレナ、キミはこの町に1年間だけやって来た北欧の魔法使いだったのか。だからネコともすぐお友達。もっとちゃんとしてあげればよかった…。夏芽は時間を巻き戻したくて目を強く瞑った。

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