第29話 FLY!AGEHA!

 4月、あげはたちは3年生になった。


「お母さん、ウチ、ちっちゃい頃どんなリハビリしてたっけ?」

「え?リハビリ?どうしたん、今頃」

「んー、もっかいやってみよかなって」

「へー、あ、好きな男の子とかできた?」

「はい?なんでそうなんの?」

「そう言うもんなんよ、あげは位の年頃の女の子は」

「そーかな?ウチ、そんなんおらんし、全然関係ないけど。ほんでどんなリハビリ?」


 あげはは淡々とした表情で問うている。なんや、まだか…、千夏はがっかりを顔に出さないように答えた。

「足伸ばすとか、歩くとか。病院に専門の先生が居てはって、ジムみたいな機械があって、あげは泣いて暴れて大変やった」

「あー、それはごめんでした。やっぱり病院か」

「どうしたん?あげは、真面目に治そう思てんの?」

「ウチはいつも真面目。真面目にサボる事もあるだけ」

「はぁ」

「早く治さんと一生このままはやっぱり嫌やと思てん。せっかく羽生えても上手く飛ばれへんやろ。お母さん言うてたやん、ウチには羽が生えるって」


 羽って・・・。千夏の気持ちは温かく上昇する。何があったか知らんけど、子どもから少し脱皮したのかも知れない。


「病院、探してみよか?多分この町ではあかんと思うわ」

「うん、でもまずはウチが保健の先生に聞いてみる」

「そう?」

「うん、自分のことやし」


 あげは、急に成長したな。取敢えずはあげはの意思を尊重しよう。千夏はほっこりした。



 翌日、あげはは職員室を訪ねた。

「失礼しまーす」

あげははキョロキョロする。えーと、先生どこかな。すると脇の方から丹波先生が現れた。丹波先生はそのまま3年生の担任に持ち上がっている。


「沢井さん、どうしたの?」

「あ、あの、ちょっと個人的なことなんですけど、足のリハビリする病院教えてもらおうと思て、保健の先生探してるんです」

「へえ、リハビリ?」

「はい。いつまでもこれではあかんと思て」

「そっかー。じゃあ保健の先生でもいいんだけどさ、私もいいところ知ってるよ」

「丹波先生が知ってはるんですか?」

「そう。バス通りをずっと下ったところにあるカフェ。Catsってお店」

「Cats?」

「沢井さん、よく知ってるでしょ」

あげはは声も出ずウンウン頷いた。

「Catsの橘香苗さん、沢井さんの放課後のことも教えてくれるのよ」

「えー?先生も行かはるんですか」

「まあね。夜が多いから沢井さんとは会わないね。カナちゃんとはジムが一緒の友だちなのよ」

「へぇー?」

「彼女ね、理学療法士の資格持ってるのよ。今のカフェやる前は、東京でずっとそれで働いてたんだって」

「知らんかった…」

「なんだかいろいろあって辞めちゃったらしいんだけど、相談には乗ってくれるよ」

「はい!香苗さんやったらめっちゃ気軽に相談できまーす。有難うございました」


 あげははぴょこんと頭を下げると、いそいそと出て行った。背中からハミングが聞こえて来そうだった。


 「さーって」


 丹波先生は自席に戻るとスマホを取り出しメッセージを入れた。どうなるかな、あの二人。やっぱ春だなあ、微笑みながら眺めた窓の外には桜の花びらがひらひら舞っていた。



その日の帰り道、早速あげははCatsへ、文字通り駆け込んだ。


♪ チョリーン リン リン   どたっ


「いらっしゃ・・・どうしたの?あげはちゃん」

「はぁはぁ… 香苗さ・・・ん、こんなしんどいの・・・はぁ、ゴールド…以来や…はぁはぁ」

「そんな慌てて来なくても、私もお店も逃げないよ」

 

 あげははカウンターのスツールに座込む。あーしんど…。

「じゃあ、飲んでから話聞こうかな、あげはちゃんの相談」

香苗さんはあげはの前に柑橘ジュースを置いた。

「え?なんで解るんですか? あ、丹波先生?」

「はは、そうよ。あげはちゃん行くからよろしくって」

「そっか、めっちゃ速い。びっくりや」

「狭い町よね、ここ。で、やる気になったのねリハビリ」

「はい。ヘレナにFLY魔法かけられたから、飛ぶ前にちゃんと立って走れるようになっとかんと、またブランコから転ぶんで」

「ふふ、ブランコのある大学行くんだもんね。じゃあね、だいたいのリハビリの内容を教えてあげる。病院は後で探しておくからまた今度ね」

「はい。ちっちゃい頃は足伸ばしたり、機械を歩いたりしてたってお母さん言うてました」

「なるほど。あんまり変わらないけどね。えーっとまずはね…」



 その週末、あげはは香苗さんからLINEをもらった。病院の目途がついたから土曜日の午前中に一旦Catsへ来て欲しいとの事だった。あげはは千夏を振り切って一人でやって来た。



♪ チョリーン


「いらっしゃい。まあ座って」

「はい」

香苗さんはあげはの前に柑橘ジュースと地図を置いた。

「えーっと時間は12時だから、11時のバスに乗ればちょうどいいんだ。病院の前にバスまるから便利だよ」

「はい」

あげははジュースをチューっと飲んだ。

「今日はね、多分レントゲン撮って、今の状態を見て、これからの方針とかどれ位かかるかとかの話をしてくれる筈よ」

「はい。こんな格好で大丈夫ですか?」

「うん。パンツの方がいいからそれでいいよ」

「急に不安になって来た。お母さん一緒に来る言うてたんですけど、ウチが一人でできるって言い張って置いて来たんです」

「そっか。丁度いいよ。あげはちゃんのリハビリを是非手伝いたいって人がいるのよ」

「え?手伝い?」

「うん。まだ見習いもいいとこだけど、自分も経験あるから辛さも判るし、一緒に先生の話聞いてくれるからあげはちゃんも気が楽だよ」

「へー。香苗さんが知ってる人ですか?」

「そうよ。心配しなくても大丈夫。きっと頼りになる。実はいい子だから」

「へえ?」


 香苗さんは時計を見上げた。


「じゃ、あげはちゃんそろそろ出ようか」

「はい」


♪ チョリーン


 外には眩しい春の光が注いでいる。バス停はCatsのすぐ近く。ずーっと前にあげはがシャニーと出会った原点の場所だ。

「じゃ、あげはちゃん、頑張ってね」

香苗さんがあげはの背をそっと押した。

「はい!行ってきます」

あれ?バス停、誰かいる。あれって…。


 バス停には大樹が立っていた。戸惑いながらバス停に向かうあげはの周りにアゲハチョウが現れ、軽やかにバス停へ飛んで行く。背後から香苗さんの声が聞こえた。


「FLY!AGEHA!」


 あげはに新しい魔法がかけられた瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る