第27話 錘は鐘になる

 あげはは咄嗟にしゃがみこみ両手を耳に当て目を瞑った。一瞬感じた土と草の匂い。なんなん?これ。


『Fly!AGEHA!』


 その瞬間、身体がふわっと浮いて飛んだ。それで、それで、どうなったんやろ・・・。ヘレナが魔法かけてくれて、それで、どうなったんやろ。あの日、いつやったか忘れたけど、ずーっと前にヘレナがかけてくれた魔法。ヘレナ、あの時から友だちやった。あげはは突然立ち上がってヘレナの方を向くと、叫んだ。


「あんた、ヘレナやんな?!ちっちゃい頃、一緒に遊んだヘレナやんな?!」


 あげはの記憶は鮮明に戻っていた。

「ウチ、忘れてた…すっかり忘れてた…ごめんヘレナ」

 ヘレナはあげはから視線を外せなかった。あげはの肩に手を載せると、ヘレナの目に涙が盛り上がり『あの時』が一気にほとばしった。

「ごめんはあたしが言う事やねん。あの時、あの時はごめん。あたしのせいで、あげは、足、怪我させて曲がってしもて、ほんまにごめん。あたし、どうしようって…どうにもできへんのに、どうしようって、ずっと思ってるだけで何にも出来へんかってん…ほんまにごめん」

あげはは肩のヘレナの手をそーっと外すとヘレナを抱き締めた。

「なに言うてんの。ウチ、ヘレナの魔法で飛べてん。ふわーって飛んだんよ。そこから覚えてへんけど多分ウチがどん臭くて落ちたんやと思う。足が曲がったんは、お医者さんの言う事聞かへんかったからやねん。ちゃんとリハビリせえへんかったからやねん。ヘレナのせいちゃうよ。ウチが悪いねんよ、ヘレナは関係ない」

「そんなこと言うても…」

「そうなんよ。ヘレナ、魔法、どうなったん?もっとできるようになったん?」


 あげははヘレナを離し、ヘレナは手で目を擦りながら笑った。

「魔法なんか・・・できへんよ」


 あっけに取られていた香苗さんが、二人の肩に手を掛けた。

「中に入ろっか。なんだか歴史的な瞬間に立ち会っちゃったみたいだし」

二人は並んでカウンターの前に座った。香苗さんが急いでジュースを入れて二人の前に並べる。


「それで、推測するに、あげはちゃんとヘレナちゃんは小さい頃から知ってたってわけ?」

二人は頷き、あげはが言った。

「それをウチが忘れてたんです。なんでか解らへんねんけど、すっかり忘れてたんですけど、ヘレナの魔法の言葉で突然思い出したんです」

「ふうん。流石は魔法の言葉だねえ。ヘレナちゃんはあげはちゃんのこと、覚えてたんだ」

「はい。せやからどうしようって。あたしがあげはに魔法とか言うて、ブランコから飛ばして、それであげはが落ちて大怪我して、足が曲がってしもて、あげはにずっと恨まれてると思ってました」

「なるほどねー。それでヘレナちゃんがここへ来た時のことが判ったよ。嫌われてるって言ってたもんね」

「ウチ、元々あんまりヘレナと喋らへんかったし」

「ふうん。でもそれはヘレナちゃんはあげはちゃんを魔法で足に怪我させてたからって思ってたってことか」


 あげははヘレナの方を向いてヘレナの手を取った。

「ヘレナ、苦しかったやろ今まで。ウチもウチのせいでゴールド、足、捻挫してしもた思て、めっちゃ苦しかった。ゴールドは良くなったからウチもホッとしたけど、治らへんかったらどうしよう思て苦しかった。ヘレナはもっと長い間、一人でずっと苦しかったんやな。ほんまにごめん」


ヘレナの目にはまた涙が溢れ、香苗さんがすかさずティッシュを差し出し、優しく頷いた。


「それでさ、その魔法って飛ぶ魔法なの?」

ヘレナは黙って首を振ったが、あげはは香苗さんの方を向いて、勢いよく答えた。

「そうなんです! ヘレナ、魔法でいろんなもんを飛ばしてたんです、ちっちゃい頃」

「へえ、Fly!ナントカって言うわけ?」

「そうそう、そっか! それで前にゴールドも飛べたんや! ヘレナのお蔭でウチも救われた」


 ヘレナが赤い目のまま笑った。

「偶然やろ。飛べるわけないやん。ちっちゃい頃の遊びやもん。その時は本気やったけど」

 しかしあげはは真剣だった。

「いや、ウチ、確かに飛んだ。覚えてるねん、ふわってなってん」

「せやからそんな筈ないやん、魔法なんかないんやから」

「あるって! ヘレナほかのモノも飛ばしてたでぇ」


 香苗さんはその子どもみたいなやり取りを微笑みを浮かべながら聞いていた。なんだか鐘がなってるみたい。カランカランって、長い間、ヘレナちゃんの心にあった錘が鐘に変身して打ち鳴らされてるみたい。二つの鐘が響きあっている。こっちの方が魔法だよ。


「あの、あたし、もう一つ言わなあかんことあるんです」

うつむき気味だったヘレナが急に背筋を伸ばした。

「なーに?」

あげはと香苗さんがヘレナの方を向いた。


「あたし、春休みに引っ越します」

「え?」

「どこ行くのん?また千葉?」

「ううん、帰るんやて、お祖母ちゃんのところ」

あげはは口をポカンと開けた。香苗さんが疑問を引き取った。

「お祖母ちゃん?」

「うん。この頃具合悪くなって、放っておかれへんからDaddyがみんなで帰るって」

「それって海外ってこと?北欧だっけ?」

「はい。あたしも行ったことはあるけど住んだ事ないからちょっと不安です。言葉とか勉強とか」

「そうかぁ、日本とは違うもんね。ヘレナちゃんはずっと日本育ちだしね」

「はい」


 あげはは何も言えなかった。なんで今? せっかく思い出したのに、これからいっぱい喋って、ちっちゃい頃を思い出してって思うてたのに、そんな話ってある?


「ごめん、あげは」

あげはは首を横に振るだけだった。

「でもあたしはあげはに謝れたから、すーっと重いの取れて、それは良かった。思い残すことないわ」

「まだやん」

「え?」

「ウチはまだやねん。ヘレナのこと思い出したから、これからもっと友だちや思うたのに」

「あげは、友だちやで。それは変わらへん」

「だって居てへんやん近くに。顔見られへんやん。一緒に野ばら湖行かれへんやん」


 あげはは両手で顔を覆った。心の鐘の音色も急に重くなる。ヘレナはあげはの肩を優しく撫でた。


「ありがと、あげは」

「ヘレナ、また来れるん?」

「ちょっと、判らへん」

「ウチ、一人で外国ってよう行かんし」

「でもね、大学とか日本の大学に行けるかもって、Daddy言うてた」

 あげははピクンとなって、顔を上げた。

「そうして!ウチも勉強頑張って同じとこ行く!どこ行くか、はよ決めてな!」


 はは、あげは、ちょっとイタい子に戻ってる。ヘレナは微笑んだ。

「ブランコのある大学にしよかな…」

「えー!そこからリセット?」


 また一緒に漕ぐブランコ。あげはの心の鐘の音色はちょっぴり明るくなった。飛んで行ったアゲハチョウみたいに、ヘレナも飛んでいくんやな。ウチだけがいつまでもモゾモゾしてるわけにはいかへん。あげはは思いを新たにした。


 ヘレナに追いつかんとあかん。

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