第15話 裏番

 その2日後の下校時だった。ヘレナの前をまたあげはが歩いている。二人とも部活に入っていないので基本的に終業後すぐに帰宅するが、ヘレナにはいろんな友だちからお誘いが来るのでストレートに帰ることは珍しい。その日はたまたまだった。またあのCafeに寄るんかな。追いついたらあかん。ヘレナは少し離れてゆっくり歩く。その店、Catsの前であげはは小さく店に向かって手を振った。あれ? あげははそのまままっすぐ歩いている。今日は寄らへんのか。きっとお店の人かあのネコちゃんに挨拶したんやな。うーん、あたし探偵みたい。探偵…尾行…聞き込み…。

ヘレナは決断した。あげはがいないのなら、あたしもあのお店に入れる。Cafeなんやから恐いことはないやろ。


♪ チョリーン


「はい、いらっしゃいませ」

香苗さんが笑顔を見せた。

「あの、お邪魔します」

思い切ってドアを開けたものの、ヘレナもやや緊張気味だった。えっと…。察した香苗が席を勧めた。

「変なお店じゃないから大丈夫だよ。水樹中学の生徒さんだよね。金髪の美少女がいるとは知らなかったけど、どうぞ」

「ありがとございます」

「中学生だからコーヒーとかあんまり飲まないかな?ウチのお勧めはシトラスミックスジュースだけど、それでもいい?」

「は、はい」

いろんな柑橘がミックスされたジュースであることはヘレナにも判った。香苗さんがお陽様みたいな色のジュースをテーブルに置いて言った。

「初めて入るのは勇気がいるでしょ。でもこのジュースが美味しいって良く来る水樹中学生もいるから安心してね」

香苗さんがウィンクした。ちょっとここいらでは見かけない所作の女性だ。ヘレナは思い切って尋ねてみた。


「あの、その中学生はあげはですか?」

「あら、知ってるの? あ、そうか、生徒数少ないもんね。大体みんな知ってるんでしょ?」

「ええまあ。あげはとは同じクラスやし」

「そうなんだ。2年生か。キミは日本語大丈夫って言うか、関西弁だよね、イントネーション」

「ええまあ。日本語覚えたのが大阪やったから」

「あっそう。じゃ、あげはちゃんと親しいんじゃないの?彼女も大阪育ちだよ」

「はい、ええと」


心を落ち着かせるためにヘレナはジュースを一口飲んだ。うわ、おいっし。お陽様の味や。


「ええと、めっちゃ美味しいです。お陽様飲んでるみたい」

「わお、頂いちゃおうそのフレーズ。丁度キャッチの言葉考えてたのよ。いい?」

香苗さんがまた破顔している。

「はい」

「有難う。じゃ、キャッチコピー代、そのジュース1週間分ってことでいいかな?」

「へ?」

「7日間来てね」

「はあ。あの、でもあげはですけど」

「うん。そしたら一緒になるよきっとどこかで。彼女、三日にあげず来るんだ。ネコのお世話頼んでるし」

「ネコのお世話ですか?」

「そう。お散歩させたりご飯あげたり。そのバイト代がこのジュースなのよ」

そう言う事か。へえ、あげは上手くやってる。ヘレナは感心し、また一口ジュースを飲む。


 「ナァーオ」


部屋のどこかでネコの鳴き声が聞こえた。香苗は『はいよー』と答えると部屋の隅からネコを抱えてヘレナの前にやって来た。

「ほら、この子なんだ、あげはちゃんにお世話してもらってるの。シャニーって言うんだけど」

この前こっそり見た茶色っぽい猫だ。やっぱお腹が大きい。

「解るでしょ。もうすぐ赤ちゃん産むのよ。だからあげはちゃんも張り切ってるってわけ」

「へー」

「じゃあさ、こうしようか。あげはちゃんがいなくてキミがいる時は、キミがお世話してくれる代わりにバイト代はミックスジュース。これでキミのジュースは一生ほぼタダだよ。あげはちゃんの裏番ってところね」

ヘレナは香苗さんの顔を見上げた。

「何だかさ、感じるんだ。キミ、あげはちゃんとケンカでもしてるのかな」

え?ヘレナはジュースを吹きそうになった。

「な、なんで判るんですか?」

「年上の勘かな。あげはちゃんが寄らないで行っちゃった後すぐに、躊躇いがちにキミが入って来たし。何だか教会の牧師さんの所に懺悔に来たみたいに見えたのよ。大阪育ち同士の同学年だし、近いといろいろあるからね」


 ヘレナは項垂れた。こんな図星な指摘を受けたのは初めてだ。あたしよりよっぽど探偵っぽい。

「で、キミの名前は?キミじゃ呼びにくいし」

「ヘレナ リンドです。リンドが苗字です」

「へえー、ヘレナちゃんかあ。こっちも可愛いなあ。モテるでしょう、その顔立ちや髪の色。あ、もしかしてあげはちゃんと恋のさや当て?」

ヘレナは全力で首を振った。金色の髪がさらさらっと流れる。


 ヘレナは迷った。全て告白すべきか。でも4歳の頃のことはあたしの記憶の中だけや。あげはの気持ちも正確に解らへん。せやけど夢の中では『こうなったんは誰のせいやねん!』って長いスカートであげはは迫って来る。


「あたし、あげはに嫌われてるんです。理由は判りません。今まで殆ど喋ったことなかったし、接点ってほとんどなかったんです。でも体育大会で、私がリレーに出て、次の人にバトン渡す時にバトンが弾けて飛んでしもて、それをあげはが、たまたまですけどおでこで受けて上手いこと次の人に渡って、それであたしらの組が勝ったんです。それで初めてあげはと喋るようになったんですけど、なんでかこないだから喋ってくれへんのです」


ヘレナは最近の事実だけを忠実に話した。うん、間違ってへん。嘘はついてへん。香苗さんは腕組みをした。


「ほーぉ。二人ともお年頃だからさ、ちょっとした事でもダメージになっちゃうんじゃない?ヘレナちゃんが気がつかないちっちゃいことが原因なんじゃないのかな。ま、もつれて固まってる時に無理に解こうとしても上手くいかないだろうからね、自然に結び目が緩むのを待つ方がいいんじゃないかな」

「はい」

「だから裏番が丁度だよ」

「はい…」

「じゃあさ、あげはちゃんがいる時はドアのところの看板をさ、『営業中』だけでなくて『Open』もくっつけとくよ」

「えっと、あたしが来てる時に、あげはが後から入ってきたらどうしましょ」

「それは事故ね。アクシデント。そこまで責任持てないし、それにアクシデントから結構恋が芽生えたりするでしょ?いい方向にいくんじゃない?」


 そんな筈ないやん。今この瞬間でも、ここにあげはが現れたらどうしようってドキドキしてるのに、それにあげははあたしを恨んでるのに恋やなんて、有り得へん。香苗さんの提案に頷いてみたものの、屈託ない香苗さんの笑顔はそのまま受け入れにくいヘレナだった。

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