第14話 噂

 梅雨が本格的に始まり、学校の窓から見える山々も白く煙っている。ヘレナはあげはと話ができるようになったものの『これからや。これからちゃんとせんとあかん』と考えていた。何しろあげはは爆弾を抱えている。ヘレナへの恨みと物理的に曲がったままの足。このじめじめした季節にも長いスカートである。『誰のせいやと思う?』こう言いながら迫って来るあげはの夢を、ヘレナは何度も見ていた。せやから誠意や。ネコの話の前に、ほんまにあたしが悪かったって、でもあたしは足を治されへんって、ちゃんと解ってもらわんとあかん。その上であたしはあげはの為に何ができるか聞いてみる。本人に聞いてみる。こういう話をする場は、休み時間とか一緒に帰る時途中とか、中途半端はあかん。場所も教室とか歩きながらはあかん。どうするヘレナ? 次の一歩が難しいヘレナだった。授業中も時々あげはの方を見てみる。本心ではあたしのこと、どう思てるんやろ。憎しみだけかも知れん。時々眉間に皺寄ってるのは、あたしのこと、思い出してるのかも知れん。はーっ。ほんまに、ほんまに、どうするヘレナ?

 そうや。あげは誘ってバスで街まで遊びに行くってどうやろ。自転車でも行けるってDaddy言うてたからバスやったら楽勝な筈や。それで買物とかして、マクドかミスドとかで正直に謝る。周りは知ってる人なんかおらん筈やし、気にせんと謝れる。やっぱり誠意や。ネコの話はその後でしよ。実はあげはの秘密、知ってんねんって話、しよ。


 そんなヘレナの悩みなど知った事ではない夏芽は、思い切った作戦に出た。すなわち、学級委員の唯に匂わせたのだ。


「唯、あのさ、ちょっと気になってんだけどさ、ヘレナ、授業中も時々あげはの事、見てるんよ」

「え?何それ。ガン飛ばしてるみたいな?」

「逆じゃないのかなって」

「は?意味判んない」

「だからさ、ほら、女子が女子を好きになるってやつ」

「えー?中学生なのにぃ?」

「中学生とか関係ないんじゃね?」

「まあ、そうか…」

「話しかけて来る時もさ、ちょっと赤いのよ、ほっぺ」

「へぇ、初々しい感じだ」

「そ。色が白いから余計に目立っちゃう」

「いいんじゃないの?可愛くて」

「まあ、そうなんだけど」

「もしかして夏芽も沢井さんのこと好きとか?」

「違うよ。こんな話って、ほら、一クラスしかないから目立っちゃうなって思うし、贔屓ひいきとかあっても学級委員として困るんじゃないかなって思ったから、一応唯にはお知らせまで」

「それはお気遣いをありがと。騒ぐ話じゃないと思うけど、どっちか言うと村上君の方が沢井さんのこと、気にしてるって気がするなあ」

 唯は以前に感じた大樹の態度を小出しにしてみた。

「えー、マジ?あのイケメンがあげは?村上親衛隊にバレたら戦争起こるよー。村上君ってずっとあげはの事、苛めたじゃん。なんでだろ。やっぱバトンかな」

「それもあるだろうけど、実は前から気になってたんじゃない?」

「それで苛めてたのか」

「男子あるあるでしょ」

「でもそうなったら三人はどういう関係になるの?」

「夏芽、もういいじゃん。芸能リポータじゃないんだから静観だよ、こう言うのは」

 

 夏芽からヘレナの話を聞いた唯は悩んだ。誰が誰を好きになろうと本来自由だ。だけどこの小さいクラスで女の子同士が好きになって、それで、変な関係になったら、変な噂も流れるだろうしちょっと大変かも知れない。唯は考えながら顔を赤らめた。変な関係って…、何を想像してんのよ唯。あー、でも学級委員としてはやはり気を配るべきだろう。その為に夏芽は打ち明けてくれた訳だし。終業後、帰宅しようとするあげはを唯は捉まえた。


「どしたん?」

「あのさ、沢井さん、気に障ったらごめんね。あくまでも噂だから違うなら違うって言ってね」

「うん、何?」

「リンドさんと沢井さんって、ほら」

唯は俯き気味の顔を赤らめる。

「あの、女の子同士が好きって関係なのかな?」


 あげはは心底驚き、そして焦った。ヘレナ、そんな気持ちで話してくるわけ?人からそんな風に思われてるって、恥ずかしいし、そもそもそれってコミックとかの話ちゃうん?

「誰がそんな事言うてんの?ある筈ないやん。ムラカミか?アホなこと言うてんの」

「違う違う。違ったらいいんだ。なんかリンドさん、沢井さんのことよく見てるからって、そう錯覚した人がいるみたいで」

「ウチはアホやからって見てるだけちゃうん。よう言うわ」

「ごめんね。それだったらいいんだ。でもそんな噂聞いたから、変に拡がると困るなって思ったのよ。小さい町だし学校だし」

「ほんまやったらそうやろうけど、嘘です、その噂」

「うん、解った。もう言わない。誰かがそんなこと言ったら誤解だって言っておく」


 後味悪く唯は引き下がった。夏芽がオーバーアクションだったのかもしれない。あの子、そう言うとこあるからな。唯は唇を噛んだ。


 一方の当事者、ヘレナは何も知らなかった。ヘレナはテスト後の二人のお出かけを胸に描いて、ドキドキしながらあげはの所へやって来た。


「あげは、ちょっと話あるねん」

唯の話が胸にくすぶっていたあげははいきなり反発した。


「何なん?ヘレナ、何様のつもり?」

 

いきなりのあげはの口撃にヘレナはたじろいた。


「どうしたん? 何様って何?」

「何様は何様やろ!変な噂、流さんといてくれる?」


 ヘレナは何も言えない。小さく「ごめん」と言うとそのまま引き下がった。どうなってんの?何があったん?もしや足のことで変な噂でも出て怒ってんの?どうしよ…。ヘレナの目の前は、突如真っ暗になった。

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