第48話 「おはよ。」

「おはよ。」


 ベッドの中。

 俺がるーの顔を覗き込むと。

 るーは。


「……」


 眉間にしわ寄せて、ゆっくりと体の向きを変えた。


「って、そりゃないやろ。」


 細い肩を抱きしめて、首筋に唇を落とすと。


「ひゃっ!!」


「っ!!」


 るーはシーツを引っ張って、俺をベッドから振り落とした。


「あっ!!ごっごめ…ごめんっ…真音…ケガしてない…?」


 シーツにくるまって、目だけ覗かせて俺を見下ろす、るー。

 …そんな可愛い顔されたら、痛くもないし、怒る気にもなれへん。



 昨日…ピアノを弾き終えた俺は、るーに指輪を差し出した。


「武城瑠音さん、俺と結婚して下さい。」


「真音…」


 今度は…ちゃんと、るーが手を差し出してくれた。

 小さいダイアモンド。

 自分の指にそれを見たるーが笑顔になると、俺は最高に幸せな気分になった。

 あー…やっと…


 やっと、るーの笑顔が見れた。



 その後、店内中の人達から祝福されながら、家路に。

 武城邸に泊まる事を許可されてた俺は、意気揚々と…


「なんもせえへんって。」


「えっ……って!!ああっ…#$&#$△△…!!」


 家に入ってすぐ。

 るーを抱きしめると。


「ん゛ん゛っ。」


「………」


 メイド服のばーさんが、そこにおった。


「………」


「おかえりなさいまし。お嬢ちゃま、お風呂どうぞ。」


 抱き合うた感じになってる俺らに、メイド服のばーさんはそう言うて。

 るーを俺から引き剥がすと、トン、と背中を押した。


「……朝霧さん。」


「は…はい…」


「よく、頑張って下さいました。」


「…色々、ご心配おかけしました。」


 深々と頭を下げると、ばーさんは『よしよし』と俺の頭を撫でて。


「盛り上がる気持ちは分かりますが、今日いきなりお嬢ちゃまに手を出すなんて、許しませんよ。」


 ピシャリ。


 俺は顔を上げて。


「そんなんもちろん分かってます。信用してくれてるご両親に、悪いですから。」


 目線をばーさんに合わせて言うた。


「まあ、それはいい心掛けですこと。では、わたくしも安心して休む事にしますよ。」


 小さな背中を見送って、俺は…


「……くっそ~…マジか…俺…」


 信用してくれはってるご両親に悪い。いうのは、本音やけど…


 プロポーズして、成功したんやでー!?

 おまけに、公認でお泊りやでー!?

 お預け喰らってた分、たっぷり……あ―――!!


 頭を抱えながらリビングに転がり込む。

 いつぞや乗り込んで来た時ぶりの武城邸。

 あの時は、俺なりにいっぱいいっぱいやったから気付かへんかったけど…


「……」


 至る所に飾られた、写真。

 並ぶ写真立ての中の一つを手にして、眺める。

 それはー…るーが日野原の制服を着て、家族三人と写ってるもの。

 見れば、たぶん入園式、卒園式、入学式、卒業式、と、節目の家族写真がズラリ。

 その他にも、武城桐子のリサイタル会場でのショットや、運動会等々…

 わー…ちっさい時の、るー…

 不思議の国のアリスみたいやん…


 その一つ一つに見入ると、親父さんの心中がいかなるもんか…と。


「あっ…やだ…」


 ふいに、後ろから声を掛けられて振り向くと。

 風呂上りのるーが、まだ濡れた髪の毛のままで真っ赤になっとった。


「そっそそそんな写真…」


「ええやん。めっちゃええ家族写真ばっかやん。」


 俺の手から写真を奪おうとする、るーの手をかわして。


「ちゃんと乾かな、風邪ひくで?」


 空いた方の手で、タオルを奪う。


「……」


 写真立てを置いて、恥ずかしそうに目を細めるるーの頭にタオルを乗せて。

 ゆっくりと…その体を抱き寄せた。

 るーの体は………緊張でカチコチや。


「…ぷっ…」


「え…ええっ…な…何…?」


「いや…なんもせえへんって。」


「~………真音も、お風呂…どうぞ…フキさんが…用意してくれてたから…」



 言われるがままに、俺も風呂に入る事に。

 脱衣所には、るーの言うた通り…俺に用意されたらしいパジャマと下着が置いてあった。


 …どこまでも至れり尽くせり…

 俺は、メイド服のばーさん…フキさんの部屋の方向に勢いよくお辞儀すると、鼻歌交じりに風呂に入った。



「あー…ええ湯や…」


 外国映画に出て来るようなバスルーム。

 すげーなー…武城邸。


「………」


 これで終わりやない。

 これが始まりや。

 もうピアノを弾く事はないかもしれへんけど…

 今からはまさにギター一本。

 俺は、それでるーを幸せにせなあかん。



 ゆっくり風呂に浸かってる場合でもないんやけど。

 この後の事を思うと、俺も若干緊張してて。

 思ったより…長湯になってもうた。


 なんもせえへんって。

 大丈夫か?

 俺の理性…



 髪の毛が短くなって、ほぼ自然乾燥で平気そうや。

 タオルでガシガシと頭を拭いて、リビングに向かうと…


「…そらそやな…」


 るーは、ソファーで寝落ち。

 あー…待たせ過ぎた。


「…るー。」


 一応起こしてみるものの…るーは爆睡。

 …部屋、どこやろ。


 勝手に二階に上がって、いくつか部屋のドアを開けてみる。

 あ…ここやな。

 て言うか、ほんま…住む世界違うで。


 部屋のドアを開けたまま、リビングに降りて…


「…起きたら悲鳴…かもな?」


 小さく笑いながら、るーを抱きかかえる。

 が。

 全然目ぇ覚まさへんなー。


 そのまま部屋に連れて上がって、ベッドに降ろす。

 二人寝るのも余裕なベッド。

 そら当然俺もそこに…


「……」


 風呂上り。

 ええ匂い。

 ……耐えろ、俺。


「ん…」


 ふいに、るーが身じろぎした。

 悲鳴あげられる。て、ドキッとしてると…


「…真音…」


 るーは目を閉じたまま…俺の名前を小さくつぶやいて…

 少しだけ、笑顔んなった。


「…寝ぼけて俺の名前言うとか、てっぱんやん…?」


 あー。

 生殺しやー。

 て思いながらも。


 ホンマ…大事にせなあかんな。て…


 俺は、色んな人に感謝しながら。

 るーをそっと抱きしめるだけ…に留まり。


 ……ぜんっぜん、寝られへんかった。



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