第47話 「まあ。見違えちゃったわ♡」

「まあ。見違えちゃったわ♡」


 プリンスホテルのロビー。

 武城桐子はそう言うて、俺をキラキラした目で見た。


「す…すんません。本来、お宅に伺う時に、こうせなあかんかったのに…」


「ふふっ。いいのいいの。」



 昨日、こっちに来る前に…おかんが。


「あんた、まさかその髪の毛でプロポーズする気?」


 眉間にしわ寄せて言うた。


「…髪でプロポーズするんちゃうからな。」


「何言うてるんっ!!ほら!!さっさと床屋行って来ぃ!!」


「……」


 まあ…そやな。

 確かに、俺の印象は、るーの印象にも繋がるしな。


 そう思って、いつぶりかの短髪。

 あー…首すーすーするー…



「何から何まで、ありがとうございました。」


 深く頭を下げて顔を上げると。

 武城桐子はニッコリと笑うて。


「頑張ってね。私、絶対あなたと親子になりたいから。」


 両手を握りしめて、何度も頷きながら言うた。


「は…はい…頑張ります…」


 親子…

 そうか。

 俺、るーと結婚したら…世界的指揮者とピアニストと…親子になるねんな。


「…恥じない男になります。」


 俺の言葉に、武城桐子は手をヒラヒラとさせて去って行った。


 セッティングはバッチリ。

 ここまでお膳立てしてもろて…失敗するわけないやん…?


 そう思いながらも、エレベーターの中では緊張感しかなかった。


 付き合い始めてからも、約束を破ってばっかで。

 るーの気持ちなんて…考えもせんと。

 俺には、音楽と大事な仲間と彼女がいてサイコー。なんて…



「いらっしゃいませ。」


 エレベーターが開いてすぐ、案内係が軽く頭を下げた後。


「朝霧様ですね?武城桐子様より承っております。お席はあちらの窓際、ピアノに向かわれる時は、左からお回りください。」


 俺に近付いて、小声で言うた。


「…どうも。」


 緊張で…喉がカラカラんなって来た。

 言われた窓際の席には…るーが、こっちに背中を向けて座ってる。


 小さく深呼吸をして、るーに向かって歩き始めた。

 今日、答えが出る。

 俺が…音楽の世界で生きて行くために、全力を出し尽くせるどうか、の答えが。



「久しぶり。」


 るーの隣に立ったまま、そう声を掛けると。


「……真…」


 少し間を開けて俺を見上げたるーは、驚いた顔になった。


 あー…ダメや。

 泣きそうや。

 頑張れ、俺。



 心臓が飛び出そうなほどの緊張。

 それでも、震える事無く…何とか、るーの前に腰を下ろす。

 正面から目が合うて…相変わらず驚いた顔のるーに、少しだけ笑顔んなる。


「髪、似合うやん。」


 ホンマ…可愛い。

 アイドルみたいやん。


「どー…」


「どうして、ここにいるか?」


 るーがキョロキョロと周りを見回す。

 せやろな。

 おかんと食事ってはずやもんな。


「おふくろさん、親父さんとデートするって帰ったで。」


「…え?」


「今日のこの計画、親父さんも許可くれてはるんや。」


「……」


 笑顔にはならん、るー。

 それでも…何やろ。

 俺、超浮かれてるなあ。

 こんな可愛い子と対面で、キョトンとした顔独り占め出来てるなんて。

 しかも…


 俺が、世界中で一番好きな子やし。



「乾杯しよ。」


 言われるがまま、言う感じでシャンパングラスを合わせて。

 それでも唖然としたままのるーは、グラスもすぐに下ろした。


「どう…なってるの?」


 その問いかけに、俺はグラス越しにるーを見て。


「あの時投げられた指輪、捨てたで。」


 ハッキリと告げた。

 それをどう受け取ったんか…るーはガックリとうなだれた。


 …お互い、すれ違い過ぎた。

 それでも、色んな人の協力もあって…今、ここでまたこうして向かい合える。

 もう…『もし』なんて考えへん。



「あの時一緒におった人、知っとる?」


「…有名なシンガーでしょ?」


「そう。で、俺の先生。」


「先生…英語の?」


「いや…」


 ゆっくり立ち上がってピアノを見ると、なんや…照明まで当てられて…少しギョッとした。


「ピアノの。」


「え…っ…」


 ここに来てから、ずっと驚かせてばかりやな。

 そう思いながら、俺はピアノに向かう。


 フロア全体を見渡して、頭を下げて…椅子に座った。


 …エレベーターの中での緊張を思い出すと…笑えるぐらい。

 今の俺は、解放された気分や。

 この日のために練習して来たピアノ。

 不思議な事に、どんなに辛くてもやめたい思わへんかった。



 事務所では温和で通ってたナタリーに、何度も鬼みたいな顔をさせた。

 極秘で付き合うてる彼氏は、ナタリーと俺が噂になった事…ホンマは嫌やったろうに、全力で応援してくれた。


 メイド服のばーさんと、武城桐子。

 まさかの身内から…こんな大きいお膳立てとか。


 それに…ホンマなら、るーを俺やない誰かと結婚させたかったはずの親父さん。

 ハッキリとしたエールやなくても。

 今日、俺がるーを連れ去るであろう計画を、許してくれはった。


 本職はなんやねん。って言われないよう、しっかりギターの練習もしとけよ。って、俺を送り出してくれたDeep Redのメンバー。

 みんなに与えられたオフ。

 けど、俺だけが長いオフ。

 こんなに甘やかされて、頑張らんわけいかんやん?


 晋にも世話んなったなあ…

 何かと俺の尻に火ぃつけてくれたの、あいつやし。

 頼子ちゃんと陽世里にも…感謝や。


 それとー…俺の家族。

 ホンマ…

 俺の事、愛してくれて、ありがとう。



 視界の隅っこ。

 るーが両手で口を覆って、信じられへんって顔してるのが見える。

 ホンマやな。

 俺も思うわ。

 信じられへんよ。

 まさか俺が…



「素敵だったわ。」


「素晴らしいピアノをありがとう。」


 ギターヒーローになるはずやのに。

 ピアノで、こんなに拍手もらえるなんてな。

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