第46話 「はー…」

「はー…」


 俺が小さく息を吐くと。


「そんなに緊張しないで?はい、リラックスリラックス。」


 そう言って…俺の背中をポンポンとしてくれたのは…


 武城桐子。

 るーのおかんやけど、世界的ピアニストや。


 その世界的ピアニストが、なんで俺の背中をポンポンしてるか言うと…



「朝霧君のピアノ、すごく良かった。だけどあの弾き方だと、力が入り過ぎて後半の指の動きに支障が出るわ。」


 プリンスホテルのロビーで弾き終えた俺に、そうアドバイスをくれて。

 さらには…


「るーには、いつ会うの?」


 そう聞かれて。

 俺が9月17日を予定してると言うと…


「じゃあ、それまでに一度レッスンさせてくれない?」


 ありがたいけど恐ろしい申し出をしてくれた。


 丁重に断ろうとも思うたが。

 意外にも、親父さんが。


「せっかくだから、そうしなさい。」


 無表情でそう言うてくれはって。

 恐縮ながら…俺は、世界的ピアニストに。

 マンツーマンで。

 ピアノを習う事に。


 …いつかナオトに自慢したろ。



 当然やけど、実家にはピアノはなくて。

 俺は、夏休みなのをええことに。

 近所にある卒業した小学校の音楽室を借りて、毎日ピアノの練習をした。

 武城桐子にもろた、簡単かつ的確なアドバイスを頭ん中で反芻して。


 同じく夏休みの三千太が、ここにもビデオカメラを担いでついて来て。


「ホンマに弾いてるんやな~…ビックリや…」


 て。

 帰ってみんなにも映像を見せた。らしい。



 九月に入って、二学期が始まっても。

 先生の好意で、小学校の音楽室での練習は続ける事が出来た。

 まあ、本業の練習もせなあかんから…ピアノは短時間で集中してやった。



 そしていよいよ…


 武城桐子(もはや頭の中でも『おかん』とか呼べへん)の予定に合わせたら、レッスンは九月の九日。

 つまり、ピアノを聴いてもろて一ヶ月経ってからやった。


 指定された場所に行くと…そこは…


「あ、朝霧君。いらっしゃい。」


 俺に駆け寄る武城桐子。

 その周りには…


「もしかして、彼が噂の?」


「巧さんの再来って?」


 こ…これはもしや…

 オーケストラ…!?


「さ、こっちに来て?」


「は…はい…」


 …てっきり…音楽教室かどこかで…て、思い込んでた俺は。

 違う世界に引き込まれる感覚になった。


 な…何で来てもうたんやろ…!!

 マンツーマンや思ってたのに…!!



「はー…」


 もう一度、息を吐く。

 俺が座らされたのは、ホールのステージにあるグランドピアノ。

 客席には、リハを終えたらしいオーケストラの面々。


「じゃ、始めて?」


 武城桐子は笑顔で言うたが、俺には若干鬼にも見えた。


 …何ビビッてんねん。

 俺かて…世界目指してるやん。

 少し畑は違うかもやけど、同じ音楽や。


 …弾くで。



 思うままに、それでも武城桐子にもろたアドバイスを頭に入れて、鍵盤に指を乗せる。


 …このホール、綺麗に響くもんやな…

 アメリカで少し売れ始めた俺らでも、まだここまで音のええホールでライヴをした事はない。

 俺みたいなのが、こんなええ場所で弾かせてもらえるなんて…ホンマならあり得へんよな。


 ふと気が付くと、俺のピアノに他の音が重なってきた。


「……」


 少し戸惑いながらも続けてると、視界の隅っこに武城桐子の笑顔が見えた。気がした。


 中盤、そして終盤へ、と。

 重なる音は増えていって。

 それはまるで…俺がオーケストラの一員であるかのような錯覚すら覚えた。

 いや、おこがましいけれども。


 るーの両親の前で弾いた時も…自分の演奏に鳥肌を立てた。

 が。

 今日のコレ…何やろ…

 超…気持ちええ~…


 つい、俺の口元も緩む。


 ああ…クラッシックもええなあ。

 これ、超セッションやん。

 畑が違うとか、俺…ちっさいなあ。



 八日後、俺はるーのためにピアノを弾く。

 その時…るーは、俺を受け入れてくれるんやろか。

 それとも、もう俺なんかとは無理や、て…拒絶されるんやろか。


 …でも、今、この瞬間。

 何となくやけど…俺は成功する気がしてる。

 きっと、るーは待ってくれてる。

 俺が、置いてけぼりにしてもうたるーの気持ちを迎えに行くのを。


 もう一度、るーの気持ちを掴む事が出来たら…

 その時は、もう一生離さへん。



 バン


 最後の音を弾き終えて顔を上げると。

 大勢の人達が、俺に拍手を送ってくれた。

 それを呆然と眺めてまうと。


「朝霧君には、みんなに火を着ける才能があるみたいね。」


 武城桐子が、俺の肩に手を置いて言うた。


「私に出来る事、ない?」


 そこで俺は…9月17日が俺の誕生日な事を打ち明けた。


 もう二日待てば、るーの誕生日やねんけど。

 俺の誕生日に全てを決めて…るーには、俺の彼女っていう立場…か。

 もしくは…

 スッキリとした気持ちで、18歳を迎えて欲しいと思うてる事も。



「じゃあ…私からもプレゼントさせて?」


「もう充分プレゼントもろてますやん。」


 俺が周りを見渡して言うと。


「まだまだ足りないわ。」


 武城桐子は、後日。


『9月17日、19時にプリンスホテルの25階にあるレストランに席を取ったわ。あそこにもピアノがあるから、キメてちょうだい♡』


 何やら楽しそうに…電話して来た。



 …色々お膳立てしてもろて。

 ダメでした。とは言いたくない。


 絶対…成功させる。

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