第45話 「みんなに、話しがあんねん。」

「みんなに、話しがあんねん。」


 るーの両親にピアノを聴いてもろて。

 そのままプリンスホテルに泊まって…翌朝新幹線に乗って実家に帰った。


「なんやのん…急に帰国って。あんたまさかクビとか…」


 今日は一郎夫婦も、その子供も。

 次郎丸も三千太も集合や。

 そこで、おかんが心配そうな顔で俺に言うた。


「夏希君に迷惑かけ過ぎたんやないの?」


「ちょい待てや…誰がクビんなった言うた?」


「違うん?それならええんやけど…なんで急に帰って来たん?」


 みんなが俺に注目する中。

 俺は一度目を瞑って、それから背筋を伸ばして目を開けた。

 そして、みんなに背を向けて、仏壇の前に正座する。


「俺、プロポーズしたい子がおるんや。」


 親父の遺影に向かってそう言うと。


「えっ!?」


 背後で大声が上った。


「とりあえず…ご両親には、たぶん…プロポーズする事を許してもらえた…思う。」


 後ろにも聞こえるぐらいの声で、親父に話しかける。

 …せめて、俺が有名になるまで生きといて欲しかった…思ったけど。


 …孫、見せたかったなあ…て。

 今は、そう思う。



「本人より先に親に…?」


「…なんかおかしない…?」


「プロポーズを親に許可もらうって…どういう事やろ…」



 背後から、ヒソヒソと疑問の声が聞こえる。


 …せやな。

 普通なら、本人が先やもんな。

 何やろ。

 俺、全然そこは気にならへんかったわ。



 俺は鞄からパンフレットを取り出して、まずは仏壇に向けて開いた後。

 振り返って、みんなに見せた。


「世界的指揮者の武城たけしろ たくみと、同じく世界的ピアニストの武城たけしろ桐子とうこの一人娘。それが、俺がプロポーズしたい相手や。」


「せ…世界的…」


「指揮者と…ピアニスト…って…」


「お…おお嬢様やん…?」


 一斉にパンフレットに群がって、目を白黒させるみんなに。

 俺は小さく笑った。


 …せやな。

 るー、お嬢様やな。

 出会った頃は、なんもかもが初めてで。

 それが物珍しくて…落としてみたい思っただけやのに。


 気が付いたら…目を離せんくなってた。

 赤くなる頬に、今までみたく軽々しく触れたらあかんって。

 ああ、この子、特別やなあ…って。


 るーは、俺にも…『初めて』をくれた子や。



「俺がいくら有名人になった所で、不釣り合いや言われるような家の一人娘やねん。」


 俺がそう言うと、家族全員が口を開けて絶望的な顔をした。


「な…なんでまた…そんな家の子を…」


「いや、待て。でも、親には許可をもろた…って…」


「え?え?どういう事?」


 一郎、次郎丸、三千太が順に俺に詰め寄る。


「…娘の相手はピアノが弾けんとあかん。って言われて。」


「ピ…ピアノ…」


「ギターで許してもろたんか?」


「まさか。ピアノ、猛練習して…昨日、弾いて来た。」


「……」


 全員が無言で顔を見合わせる。

 そらそやろな…俺、ホンマ…鍵盤には興味なかったし…

 なんならピアノは女子の弾くものって思うてたぐらいやもん。


 あ、キーボードは別。



「…全く…この子は…」


 おかんは思い出したように、用意してた麦茶をみんなに手渡しながら。


「あんたがピアノやなんて…ビックリやけど…よう頑張ったなあ。」


 やっと緊張が解けたような顔で言うた。


「ホンマやなあ。ギター以外は長続きせぇへんかったクセに…」


「それにしても、何の曲披露したん?」


「クラッシック言うたら、『運命』とかやないん?」


「あんな難しいの、無理やろ。」


「………」


 せやなあ…口で言うても信じてもらえへんよな。


 俺は鞄からカセットテープを取り出して、ステレオにセットした。

 ピアノスタジオで毎回録音したやつで、これは先週…一番上手く弾けた時のやつや。

 これを繰り返し聴いて、いいイメージだけを耳にも指にも残した。



「これ、俺が弾いたやつ。」


 そう言うて再生ボタンを押す。


「…え?」


 全員が目を丸くして、俺を見た。


「いや…いやいや、まさか。」


「せやな。信じられへんよな。」


 俺はテーブルの上に鍵盤を思い浮かべて、そこで指を動かす。

 そしたら、それを見た一郎の息子が真似を始めた。


「ええええええ…マジか…」


 三千太が立ち上がって、奥の部屋からビデオカメラを担いで来た。


「こんなん撮らんでええ!!」


「記念や!!記念!!」


 それから…気の早い我が家族は。


「かんぱーい!!」


 肝心要のプロポーズがまだや言うのに。

 下手したら、失敗に終わる可能性もあるのに。

 俺の意向は無視して、祝勝会を始めた。


「まー!!しっかりな!!」


「ええ報告待ってるで!!」


 …ふっ。


 ホンマ…俺の家族は…



「そういうわけやから、来月の半ばまで世話んなります。」


 おもむろに正座してそう言うと。


「は!?来月!?」


 決戦日は明日やと勝手に思い込んどったみんなは、呆れた顔をした後。


「あははは!!毎日願掛け兼ねて飲まなな!!」


 顔を見合わせて、爆笑した。




 ただ飲みたいだけやん…(笑)

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