第44話 「お時間取っていただき、ありがとうございます。」

「お時間取っていただき、ありがとうございます。」


 俺が頭を深く下げると。

 頭上からは、鼻で笑うような声と。


「そんなに頭を下げないで?」


 優しい声が降って来た。


 ダリアで…るーの姿を見た後。

 俺は、こうして正装に着替えて、ここに来た。


 ホンマなら春…Deep Redが帰国してからのつもりやったけど。

 色々俺の中での変化も手伝って、の、今日。


 何回もしつこく連絡して。

 るーの両親に会うてもらうよう、約束を取り付けた。



「…まさか、まだ娘を好きだったとはね…」


 親父さんの声は冷たい。

 が、仕方ないのは十分承知や。


「あなた、そんな言い方しないで。」


「…それで、何の用だね。こんな所に呼び出して。」


 今日、俺が二人を呼び出したのは…プリンスホテルのロビー。

 ここには、グランドピアノがある。


「気を悪くしないでね。それより、見違えたわ。」


 るーのおかんが俺の腕に触れてそう言うと。


「桐子っ。」


 親父さんが、腕を引いた。


「もう…あなたったら、こんな所で…」


「なっ何を…これは違うっ…」


 少しからかうような上目遣いに、親父さんが赤面して声を裏返させる。

 …武城桐子…

 魔性系やな…



 俺は二人をピアノのそばに誘って、座ってもらう。

 親父さんはいぶかし気な顔で腕組みをしたが、おかんの方は何が起こるのか、とワクワクしてるように思えた。


 もちろん、ホテルには了承済み。

 今から俺は、ここで…るーの両親にピアノを聴いてもらう。


 ピアノの椅子を引いて座ると、二人が『えっ?』と小さく驚きの声を上げた。


「…ふー…」


 目を閉じて、小さく深呼吸する。

 最新のるーの笑顔を思い出そう思うたが、それが数年前の物やと気付いて…目を開けた。


 絶対…更新するで。

 俺は、今からもずっと…るーがそばにいてくれへんとダメなんや。


 鍵盤の上に指を落とす。

 苦手な四度も、ナタリーの特訓で五回に一回はスムーズに弾けるようになった。

 今日のコレは、その五回に一回や。

 絶対成功させるで…!!



『英雄ポロネーズ』はショパンの曲。

 ドラマや映画で使われる事も多くなって、親しみのある楽曲になってる思う。

 けどそれは、サビの部分だけ。

 最初ナオトに弾いてもろた時、ちゃうやん思ったもんな…


 何回もナタリーに弾いてもろた。

 もちろんレコードも繰り返し聴いた。

 頭に叩き込んで鼻歌で歌えるぐらいにもなったし、暗譜もした。


 今のところノーミス。

 いや、ミスってもええ。

 縮こまらず、俺らしく弾けばええんや。


 通りすがりが皆立ち止まって、ロビーにはちょっとした人だかりが出来てる。



 ナタリーには、この曲の構成や概要も理解するべきや言われたけど…

 俺にとっては、どうでもええ事。

 俺が感じた『ポロネーズ』を、俺が英雄になり切って弾くだけや。


 るーを何回も泣かして来た。

 そんな俺は、ご両親から見たら…不甲斐なくて頼りない、特に親父さんから見たら、ただの虫や。

 せやけど、これからどんな困難や苦難も。

 るーとなら、越えられる。

 越えてみせる。


 俺は…Deep Redのマノンで、世界のギターキッズのヒーローで。

 るーだけの英雄、朝霧真音になるんや。



 後半に差し掛かると、自分でもいつも以上に気分が乗ってる事に気付いた。

 俺、ホンマ本番に強いんやな。て、ギター弾いてる時みたいな楽しさが初めて湧いた。


 今まで、絶対成功させなあかん。て気負いみたいなんしかなかった気がする。

 触れる事のなかったクラッシック畑。

 けど、無理やとは思わへんかった。

 それは…やっぱ、るーのおかげやと思う。


 るーのためなら、俺は…何にでもなれるんや。



 ああ…指、辛いなあ。

 辛いけど、何やろ…終わるのもったいないなあ。


 最後の音を弾いた瞬間。

 自分でも鳥肌が立った。

 気が付いたら肩で息するぐらいになってて、ライヴの後ぐらい興奮してる俺がおった。


「すごい!!すごいわ!!朝霧君!!」


 そう言って、駆け寄ってくれたのは…るーのおかん。

 ロビー全体からも、大きな拍手が。


「感動しちゃった…もう…あなたってば…!!」


 流れる涙を拭いもせんと…おかんがバシバシと俺の腕を叩く。


「あ…あっ、どど…どうも…」


 痛くはないねんけど、体を退きながら親父さんを見ると…


「……」


 唇を食いしばって、腕組み。

 目は…俺を見据えとる。

 俺は親父さんの前に立つと。


「…向こうに行ってすぐ、練習を始めました。正直、この曲の解釈とか無視した分…納得出来ないデキかもしれません。でも…」


 ポタッ。と…俺の額から、汗が伝って落ちた。


「これが、俺の『英雄ポロネーズ』です。」


 言い切った俺の目を、親父さんは怒りに満ちたような目で睨んだ後。


「……諦めの悪い奴だ。」


 小さく、そうつぶやいた。

 すると、その親父さんの腕に。


「もうっ。あなたも相当諦め悪かったでしょ?」


 笑顔で絡みつく、おかん…


「と…桐子。だから、その話は…」


「あなたが私に弾いてくれたあの日を思い出して…涙が出たわ。」


「…桐子…」


「朝霧君があなたに似てるなら、るーは私と同じで幸せになれるわね。」


「……」


 威厳のある親父さんや思うてたけど。

 結局はおかんの方が上手うわてで。

 俺は心ん中で、俺もるーの手の平で転がされる日が来ればええなあ…て。


 今からの闘いに。



 改めて、背筋を伸ばした。

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