第43話 『明日の14時に、ダリア。』

『明日の14時に、ダリア。』


 そう、晋に言われたのは…俺が急遽帰国して、その連絡をした時やった。


「明日の14時?」


『ああ。明日、みんなでSolidのコンサート行くねん。その前にダリアで待ち合わせの約束してる。』


「…で?」


『廉の事、気になんねやろ?』


「は?いや、別に。それに、そんな盗み聞」


『あー、はいはい。とにかく明日ダリアな?』



 行かんで。


 そう思うてた俺やけど…

 目が覚めた時、何となく…気になり始めた。


 …今日は、最初の勝負の日や。

 るーの顔を見てから行っても…罰当たらへんよな…?


 そんなこんなで、俺はダリアへ。

 晋に言われた『丹野 廉』も、ちっとは気になるし。


 それより何より、やっぱ…るーを、一目…



 観葉植物で仕切られたテーブル席。

 俺が奥の席に座ってると、晋がやって来て。


「久しぶり。Deep Red、快進撃やな。」


 俺らが載ってる音楽雑誌のページを開いて、見せた。



 それから間もなくして…

 晋の彼女やいう女の子が到着。

 その時点で、俺は観葉植物に身を隠してコーヒーを飲んでた。



「晋ちゃん、夏休み、まだ会える日ある?」


「え?あー…うん。まあ。」


「何?そのうやむやな感じ。」


「ま、この話はまた後で…」


「…怪しい。」


「怪しくないって。」


 ふっ。

 晋の奴。

 俺に聞かれてる思うて、嫌なんやろな。


 そんな微笑ましいやりとりを、何となく聞き流してると…


「あ、せんぱーい。」


 晋の彼女が、入り口に声を掛けた。


 …るー…や。


 テーブルに頬杖をついて、葉っぱの隙間から入口を見る。


 …髪型、変わってる。

 晋から『モテ子ちゃんになってるで』って聞いたけど、ホンマやな…うんと可愛くなってるやん…



「みんな、まだ?」


 ああ…るーの声。

 久しぶりや。

 最後に聞いたんは…『もう、要らない』…


「……」


 あかん。

 今は考えるのよしとこ。



「誠司と勇二は会場の前におるって。八木と臼井は少し遅れるって。」


「廉は?」


「……」


「何?」


「いや…あ、来た。」


『廉』…

 るーが、男の名前を呼び捨てにした。

 少し俯いたものの…そんなん、しゃーないやん。

 るーにとって、新しい世界が増えただけや。



「あっちー。」


「走って来たんか。」


「バイク。直射日光で溶けるかと思った。」


「なんか飲むか?」


「そうしよ。瑠音は?」


 …瑠音。


 さすがに…丹野 廉から繰り出された『瑠音』は。

 俺をテーブルに突っ伏させるほどの威力があった。


「るー、廉とつきおうてんの?」


 丹野 廉がテーブルを離れてすぐ。

 晋が問いかけた。


「どうして?」


「せやかてー、お互い呼び捨てやし。」


「…みんな廉って呼んでるじゃない。」


「るー、男は呼び捨てんやん。マノン以外。」


「……」


「しかも、瑠音?おーおー、いつの間に。」


「ちっ違うってば。つきあってないわよ。」


「でも、かなりええ雰囲気やったやん。誰でも誤解すんで?」


「…そうかな。」


「ま、廉がるーに惚れとるっちゅうのは、はたから見ても一目瞭然やったけど。」


「……」


「廉もええ奴やし、るー、なびいとんちゃう?」


「大事な友達よ。」


「でも廉は、るーがマノンを忘れとる思うてんやないの?せやから、猛アタックしてるんちゃうん?」


「思ってないよ。」


「なんで。」


「文化祭のあと…」


 その後、丹野 廉が戻って来て、その話はうやむやになった。


 …でも、るーとあいつは…付き合うてない。

 それが分かっただけでも、俺にとっては…挽回のチャンスに思えた。


 もう…ええかな。

 とりあえず勝手知ったる何やらで、裏口から出る事にして。

 ゆっくり席を離れようと…


「俺んとこに永久就職って手もあるぜ?」


「ぶふっ。」


 晋が吹き出したのと同時に。

 俺の思考が止まった。


 …丹野 廉…

 今のそれ……

 プロポーズ…プロポーズか!?


 ゆっくり席に戻って続きを聞く。


「れ…廉、それは大胆発言やな…」


「そっか?ありだと思うんだけど。」


「いいなあ、先輩。もうプロポーズされちゃって。」


「え。」


「え。って、何。おまえ、何だと思ってんの。」


「……結婚って事?」


「そ。俺は準備万端なんだけどな。」


「何の…?」


「おまえを受け入れる態勢。後は、あの邪魔者がお前の中からいなくなってくれるのを祈るばっかだな。」


 丹野 廉がそう言った後。

 俺の目の前に…丸まったストローの包み紙が飛んで来た。


「……」


 あいつ…俺がここにいる事、分かってるんやな。

 で、これはー…

 宣戦布告って事やな。


 …受けて立ったるわ。



 その後、気付かれへんように席を立った。

 翔さんは不在やったけど、昔馴染みのスタッフにコッソリ挨拶をして、裏口から店を出た。


 外に出ると、八月の眩しい陽射し。

 それに目を細めて…ダリアの入り口を振り返る。

 すると、ちょうど…晋と彼女が出て来た。

 続いて、丹野 廉と…るー。


 道路を挟んで、人並みの中に隠れそうな姿に視線を送る。

 仲のええ奴らとおるいうのに…るーに笑顔はない。


 蜃気楼が立ち込めそうな横断歩道。

 俺の視線に気付いたんかどうかー…

 るーが、こっちを見た。


「……」


 一瞬、目が合うた気がした。


 …あかん。

 行かな。



 俺はそのまま、るーに背中を向けて歩き出す。



 …さあ。


 勝負や。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る