第42話 『文化祭行かないんだ?』

『文化祭行かないんだ?』


「…行けるか。」


 Deep Redが次のアルバムのレコーディングに入った。

 て事で、本業が忙しい俺は…

 ピアノのレッスンが思うように進んでへん。


「おまえ、今どこに?」


『日本。』


「…マジか…」


『頼子がどうしても文化祭に行きたいって言うから、里帰り兼ねて。』


 電話の相手は、陽世里。

 ナッキーの弟で、俺とは同級生。

 で、るーの幼馴染の頼子ちゃんと結婚して…子供も生まれた。


 …同じ歳なのに、この差…


 いやいやいやいや…

 人それぞれやん。


 それにしても、卒業以来や言うのに…

 近況報告とかやなくて、文化祭行かへんのかって…何やそれ。



『別れたって本当?』


「…俺は好きやけど。」


『フラれた…と。』


「……」


 ああ…ナッキーの弟やなかったら…

 頼子ちゃんの旦那やなかったら…

 もう、陽世里となんか絶交してもええんやけどな…

 って、こういう所がガキやねんな俺…



 陽世里との電話を切って、深い溜息を吐く。

 ピアノを弾きたい…って言うより、弾かなあかんって思うてしまうあたり。

 俺はきっと…焦りまくってるんやな…


「…けど、今はこっちや。」


 ギターを手にして、新曲に集中する。

 どうにか…俺の録りは最短で済ませたい。

 それには、一発で完璧に仕上げるしかないんや。


 誰もを、やなくて。

 俺が、一発で納得いくギターを弾かな…きっとレコーディングは長引く。



『るーちゃんのバイオリン、すごく良かったらしいよ。』


 そう陽世里から電話があったのは、前の電話の二日後やった。


「…いちいち報告要らんわ。」


『本当に?きっと気になってるはずだから、って頼子が言ってたけど。』


「……」


 確かに…気になってる。

 色々。

 丹野 廉の事もやけど…一番は…


「…るー、元気やった?」


『元気だったわよ。』


「うおっ…よ…頼子ちゃん?」


 陽世里やと思って話しかけたのに、返って来たのが頼子ちゃんの声で。

 俺は少し大げさに肩を揺らせた。


『お久しぶり。どこにいても色々やらかしてくれるわね。』


「…そんなつもりやないねんけどな…」


 ポケットから、るーに投げ返された指輪を取り出す。

 こんなん…俺が持っててもしゃーないのに…


『あんなにひっこみじあんだったるーが、ステージでバイオリン弾くなんて…あたし、本当にびっくりしたし感動した。』


「…せやな…」


『誰の力なのかなって。』


「……」


 俺の力…では、ないよな…

 そう思うと、自然と猫背になってもうとる自分がガラスに映って、慌てて背筋を伸ばす。


『廉と並んでるの見て、お似合いだなって思った。』


「…そっか。」


『でも…るーは朝霧さんを好きだと思う。』


「……」


『本当は…あたしだって、るーがこれ以上泣くのは嫌だから…廉を応援したいって思っちゃう。だってあいつ、本当にるーの事真剣に好きそうだし。』


「俺かて真剣に好きやで。」


『そうなの?なのにどうして…るーはいつも泣く事になっちゃうのかしらね。』


「……」


 それを言われると…

 それは、俺が不甲斐ないせいとしか…


『…それでも、るーは朝霧さんを忘れられないみたいだから…』


「……」


『るーが廉になびく前に、どうにかした方がいいんじゃない?』


「…なびく…」


『可能性はゼロじゃないと思うけど?』


「……」


 手にした指輪をギュッと握った。

 そして…電話を切った後、外に出て…


「…ふっ…んっ…!!」


 川に向かって、その指輪を投げた。



 中途半端な関係のまま、渡した指輪。

 投げ返された指輪。

 そんなん…持ってても意味ない。


「…しっかりせえよ…俺。」


 パンパンと顔を叩いて、アパートに駆け戻る。

 そのままギターを担いで、レコーディングスタジオに向かった。



「あれ。マノン、早いな。」


 いつものように漫画を読んでるナッキーが顔を上げた。


「俺、いつでも弾けるで。全曲一発で終わらせる。」


「…頼もしいな。」


 漫画を置いたナッキーが、スタジオを覗いて俺を振り返る。


「さっさと終わらせて来い。」


「…サンキュ。」



 こうして俺は…宣言通り、全曲を一発でクリアした。

 自分でも完璧や思ったけど…


「おまえ、本当にクレイジーだな!!」


 現地のスタッフが、俺以上に盛り上がってくれて。


「次作は間違いなく、ハードロックバンドとして認識されそうだな。」


 ナッキーがニヤニヤしながら、俺にハイタッチして来た。



 …なんやろ。



 俺、今なら弾ける気がするで。




 英雄ポロネーズ。

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