第37話 「アンコールだ!!早く出て!!」

「アンコールだ!!早く出て!!」


 ステージ袖でそう言われて。

 俺らはまた慌ただしく駆け出す。


 アメリカに来て一年一ヶ月。

 去年の夏にはデビューアルバムも出した。


 …が。


 コケた。


 俺らが全力を注いだ最高傑作は。

『軽い』『ポップ過ぎる』『聴く価値なし』等々…散々な酷評を受けた。


 けど…


「ふっ。言ってくれるじゃないか。手荒い洗礼ってとこだな。」


 不敵に笑うナッキーは…予想でもしてたんか、すぐに次の手を打った。


「え。チャリティーイベントに出る?」


「え。文化祭のゲスト?」


「え。施設訪問?」


「え。バーにレギュラー出演?」


 そりゃあもう…次から次へと…

 コケたせいか、ナッキーが話しをつけてたんかは謎やけど、事務所も数ヶ月は好き勝手やらせてくれた。


「名前も知られてない日本のバンドが、いきなり売れるわけないさ。地道にやってれば、火種にはなる。」


 そのナッキーの言葉通り…俺らは…



『今日のゲストは、私も今一番会いたかったアーティスト!!日本からやって来た五人の侍、Deep Red!!』


 テレビでも、そんな風にもてはやされるようになった。

 けど…まだまだや。

 今はハードロック、言うより…産業ロックとして受け止められてる。

 それを不本意に思う俺と、ステップの一つだから気にするな。て、飄々としてるナッキーとナオト。

 ゼブラとミツグは、音楽ならどっちでも良さそうや。


 …いつか。

 完全にハードロックバンドとして、Deep Redの名前を世界中に広めたる。

 そのためにも…俺には、必要なんや。

 俺の熱を上げる存在が。



「マノン、あれからピアノはどうだよ。」


 俺がナタリーに猛特訓されてるのを知ってるナオトが、スタジオのピアノを弾きながら言うた。


 …くそっ。

 簡単そうに弾きやがって…


「確かに気になる所だな。少しぐらい披露してくれよ。」


 それまで漫画を読んでたはずのナッキーが、興味津々な顔で俺に言う。


 …いや…いやいやいやいや。

 ナオトのピアノ聴いた後に、そらないやろ。

 俺、ド素人やで?

 まあ…習い始めて一年以上経ってるやん言われたら…まあ、それまでやけど…


「おお、俺も聴いてみたい。」


「笑わないから弾いてみろよ。」


 ゼブラとミツグまでが、おもろがってる。

 …くっそ~…

 挑発には乗りたくないけど、感想を聞いてみたい気はする。

 俺のピアノ、どうなんかな?



「…英雄ポロネーズは弾かへんで。」


 あれは、るーのために…頑張って習うてる曲や。

 ホンマはあの一曲だけでえかったんやけど。

 ナタリーに『あなたのためよ』て…バイエルの曲を色々やらされた。


「えーと…ほいなら得意なやつ…」


 腕まくりして、ピアノの前に座る。

 ナタリー以外に聴かせた事ないし、緊張…やな。

 軽く深呼吸をして、鍵盤に指を落とす。


「おっ、『貴婦人の乗馬』か。」


 弾き始めたところで、ナオトが言うた。

 さすがやなあ。

 タイトルだけ聞いたら、俺には似合わへんけど。

 この、ところどころで跳ねるような旋律が、るーとの思い出みたいや思った。


 俺の袖を掴んだるー。

 サボってたベンチでの再会。

 片っぽだけの箸で食べた弁当。

 ステージから見下ろした、るーの真ん丸い目。

 差し入れの手作りクッキー。

 並んで歩いた公園。

 可愛いドレス姿。

 今も大事にしてる写真。

 …箱一杯のギターのクッキー。


 …結局泣かしてもうた。

 そのうえ、意外にも恋愛に関しては自分に自信が持ててへんって気付いた俺。

 揺らぐ気持ちにばっか気ぃ取られて…見て見んフリしてた。

 ホンマはずっと待ってて欲しかったって事。

 それに気付いてからは…もう、決めた。


 絶対。

 るーの事、周りからも認められて…迎えに行く。て。



「………」


 弾き終えると、みんながポカンとしてる事に気付いた。


「あ…あれ。ノーリアクション…」


 何が一番怖いて…ナオトや!!

 うちには極上のピアノ弾きが…!!


「いや、ビックリした。おまえすごいな。」


 そう言って、立ち上がってまで拍手してくれたんは…意外にも俺が怖い思うてたナオトやった。


「お…おう…サンキュ…」


 戸惑いながらも照れ隠しに前髪をかきあげると。


「マジで…感動して言葉出なかったぜ。」


 ナッキーがそう言いながら、俺の座ってる椅子に無理矢理割り込んで来た。


「なんっ…狭いやんっ。」


「嬉しいからハグさせろ。」


「わっ!!なっ…なんでっ!!ナッキー!!あはははは!!くっくすぐっ…!!あはははは!!」


 ハグや言うたけど、ナッキーは俺を抱きしめて脇腹に手を這わせてる。

 そんなん!!くすぐったいに決まってるやん!!


「マノンが努力したと思うと、俺も涙が…」


「ほんとほんと。」


 ゼブラとミツグまでが、そう言いながら俺とナッキーに纏わりついてくる。


「やっやめや!!暑苦しいっちゅうねん…っ!!」


 ナオトは一人、離れた所で手を叩いて笑う。


 …あー…

 何やろ。

 ナッキーとゼブラとミツグに纏わりつかれて。

 兄貴達に会いたいなあ…て思った。


 …けど、俺ら…もう家族みたいなもんやもんな。


「よし。いい刺激になった。リハしようぜ。」


「おう。」


 俺のピアノを、ええ刺激とか。

 …ホンマ…こいつら…


「…マジ、自慢やん…」


 リハスタジオに向かう背中に、小さくつぶやいて感謝した。

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