第36話 「絶好調だな。」

「絶好調だな。」


 ヘッドフォン外したとこで、ナッキーに言われた。


「あ?」


「見てみろよ。早速ファンが出来てるぜ?」


 ナッキーが顎をしゃくった先には、目をキラキラさせとる子供達。

 俺はその光景を見て、目を丸くしてみせた。


 アメリカに来て二ヶ月。


 こっちに来てからは、すぐにレコーディング。

 今日は初めてのオフで、公園に小さいギターアンプ持ち出して、ヘッドフォンして弾いてた。


「おまえすごいな!!」


「どうしたらそんなに指が動くんだ!?」


「……」


 わっ、と…早口の英語で言われて。

 立ったままニヤニヤしとるナッキーに救いを求める。


 ナッキーは子供達の前にしゃがみ込むと、流暢な英語で話しかけた。



 全然気が付かへんかったな。

 どんだけ弾き倒してたんやろ。


 時計を見ると、三時。

 あ、そろそろ指休めとかな…



「俺達がデビューしたら、あの子達喜ぶだろうな。」


 走り去る子供達の背中を見ながら、ナッキーがつぶやいた。


「てか、ナッキー、なんでここに?」


「走ってた。」


「真面目やな。」


「お前が言うかな。」


 ナッキーは…事務所におる時は、いっつも漫画読んでるのに。

 いざ自分の出番やって時は、周りがピリッとするようなオーラを出す。

 で、録音も一発OKとか…ホンマ嫌味な奴。


 それにしても…


「やっぱ、英語喋れんの…痛いなあ。」


 ナッキーは生まれがイギリスやから、元々ペラペラ。

 こっち来る前、みんなが英語習うてるって聞いて。

 まあ、俺が喋れんでもどうにかなるやろ思ってたけど…


 ナオトもミツグも、こっちで数人仲のええ女を作って。

 そのおかげか分からへんけど、二人とも普通に喋ってる。

 ゼブラは、嫁と二人して英会話教室通ってる。



「おまえ、ついでに英語も習えばいいだろ。」


「まあ、そうやけど…喋ってる暇ないねん。」


 今、俺は…ピアノを習うてる。

『英雄ポロネーズ』を弾けるようになるためや。


 最初、ナオトに弾けるか聞いてみたら…目の前でさらっと弾かれて。

「俺にも弾ける思う?」て聞いたら、笑われた。


 おまけに、るーの彼氏は『英雄ポロネーズ』が弾けなあかん言うたら。


「じゃ、俺はその子の彼氏になれるな。」


 ふ・ざ・け・ん・な


 そんなわけで…

 俺は、事務所の先輩で。

 シンガーでもありピアニストでもあるナタリーに、ピアノのレッスンをしてもらうよう頼んだ。


 今はまだ、『ハノン』てバイエルを繰り返し弾いて。

『ブルクミュラー』てバイエルの中から、簡単そうなんを教えてもろてる所。


 英雄ポロネーズ…

 ナオトが簡単そうに弾いたもんやから…俺も頑張ったら弾けるんちゃうかな思ったけど。

 ナタリーは笑った後に目を細めて。


『血を吐くほど努力して』と言い放った。と、ナッキーから聞いた。



 るーには時々手紙を書く。

 たぶん、今書いとかな…そのうち、俺らは忙しくなる。

 返事は…まだ、ない。



「…はあ。」


 小さく息をついて立ち上がると、腰に手を当ててストレッチをしてたナッキーが俺を振り返った。


「帰るのか?」


「夕方からレッスンやねん。」


「なるほど。」


「…なあ。」


「あ?」


「…俺は俺のやり方で…」


 るーには、乞うご期待。とか言うたクセに。

 俺は今も自信が持てへんまま。

 …こんなんで…ええんか…って。


 俺が続く言葉を飲み込んだのを見たナッキーは。


「おまえ、今やってる事が自分のやり方だとは思ってねーの?」


 首を傾げて…ニッと笑った。


「…るーの親父さんがやった事やしな…て。」


 所詮…俺のやってる事は、親父さんの真似や。

 そんなん…俺のやり方って言えるんかな…


「けど、その親父さんが出した条件なんだろ?娘の彼氏はピアノが弾けないと認めないって。」


「まあ…そうやけど…」


「ふっ。何で今更悩んでんだよ。出来そうにない事をやり遂げる。それがお前のやり方の一つだろ?」


「……」


 無言でナッキーを見つめる。


 出来そうにない事をやり遂げる。

 まあ…確かに、中坊の時にライヴハウス出たり…プロんなるって上京するためにめっちゃ勉強(一夜漬け)したり…


 いや…いやいやいや。


「…俺、なんかええ具合に乗せられてる気するんやけど。」


 目を細めてしかめっ面でそう言うと。


「乗せられとけ。心配しなくても、おまえには弾けるさ。」


 ナッキーは両手を上にあげて、体を伸ばした。


「何なん…その、買いかぶり…」


「ははっ。買いかぶりか?でも、英雄ポロネーズだろ?」


「……」


「ヒーローが弾くに相応しい曲だ。」


 …俺が言うたらカッコつかへんけど…

 ナッキーが言うのは、カッコええ思った。


 シビれた。



「…よっしゃ。帰っておさらいしとこ。」


 前髪をかきあげて言うと、ナッキーは相変わらず男の俺から見てもかっちょいい横顔で。


「期待してるぜ。ヒーローさん。」


 そう言って走って行った。



 ああ。

 やるしかないやん。


 俺…




 ヒーローやしな。

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