第35話 「朝霧君。」

「朝霧君。」


「っ…」


 涙目んなっとるとこに声掛けられて、驚いて振り向くと。

 るーの家から少し離れた電柱の陰から、メイド服のばーさんと、るーのおかんが俺を手招きしとった。


「は…あっ…」


 慌ててシャツの袖で涙を拭う。

 カッコわる…っ…!!


「…ごめんなさい。ちょっと、お時間あるかしら?」


 るーのおかんは、俺が涙目なんを少し気にした後。

 メイド服のばーさんと共に手招きした。


「…はい…」


 二人について歩いて行くと、そこは…武城邸の裏側。


「え…ええんですか…?」


「大丈夫。ここには誰も来ないから。」


 俺が連れて来られたのは、メイド服のばーさんの部屋らしく。

 こじんまりとした木造りの…童話に出てきそうな部屋やった。



「主人があんな言い方して、ごめんなさいね。」


「いえ…当然です。」


 さっき出してもろたお茶飲んだばっかやけど、今度は紅茶とチョコが出て来た。


「門前で何を話したの?」


「え…っ?」


 前のめりで聞いて来るおふくろさんに、少し体を退いた。


「だって…朝霧君…」


「お嬢ちゃまに泣かされたのですか?」


「……」


 おふくろさんが言いにくそうにした言葉の続きを、メイド服のばーさんがスパッと言うた。


「…泣かされ…た…いや、自分が情けなくて…泣けてしまいました…」


「どうして?」


「…今日は、ご両親に決意表明したくて来たはずなのに…俺、るーに…」


「……」


「好きとか許すとか言って欲しかったわけやないけど、待ってるって言って欲しかったんやな…て…気付いたら…」


 そうや。

 俺は…るーに…『待ってる』て…言って欲しかったんや…


「…ホンマ俺、アホやな…って…」


 何が、るーに好きな奴が出来たとしても、や。

 そんなん嫌に決まってるやん…

 俺だけを好きでおって欲しいに決まってるやん…!!


「お嬢ちゃんがあんなに楽しそうにクッキーを焼かれる姿、初めて見ました。」


 紅茶を飲みながら、メイド服のばーさんが言うた。


「……」


 情けない事に、ボロボロ泣いてもうてた俺は、その言葉でさらに涙腺が崩壊する。


「そうね…鏡の前に立つ時間も長くなったし。」


 おふくろさんから、ハンカチを差し出される。

 …そんな、綺麗なハンカチ使えん…て思いながらも、受け取った。


「正直言うとね、私がドキドキしちゃった。」


「まあ、奥様ったら。」


「だって、色々思い出しちゃったもの。」


「ああ…そうでしたわね。奥様がまだ『お嬢ちゃま』だった頃、似たような事がありましたものね。」


 二人の会話から…それは、親父さんの事やと分かる。

 けど、それだけの事で…こんな情けない俺の事、慰めてくれてるんか…?



「朝霧君。」


 おふくろさんが、俯いたままの俺の手をギュッと掴む。

 驚いて顔を上げると…そこには真顔の二人。


「るーの事、あきらめないで。」


「…ええんですか…?」


「いいに決まってるじゃない。」


「私も応援します。」


「……」



 思いがけず…俺に心強い応援団が出来た。


 けど。

 それに甘えるつもりはない。



「ありがとうございました。」


 メイド服のばーさん…フキさんの部屋を出て、二人に頭を下げる。


「情けなくてみっともない俺ですが、彼女の事を想う気持ちは…本物です。絶対頑張ります。」


「うん。楽しみにしてる。」


「頑張って下さいねぇ。」


「はい。ありがとうございます。」


 待ってる。て…言って欲しかった。

 そう思った自分が全てやと気付いた。


 このガッカリは、今まで何回も…るーが味おうて来た物。

 そう思えば、俺のこの一回だけなんて…ちっさいもんや。


 …ずっと、るーにこんな思いをさせてた俺は、もう終わりや。



 俺は…


 世界の朝霧真音になる。

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