第33話 「…はー……」

「…はー……」


 長い深呼吸をして、その門を見つめた。


 大理石に彫ってある名前は『武城たけしろ』…。

 近くまで送って来た事あるし、るーがお嬢やいうのは知ってたやん…

 そう思いながらも、やっぱ緊張する。


 大きい門の前で、三回深呼吸を繰り返して。


「…よし。」


 俺は背筋を伸ばした。



 今日は…るーだけやなくて。

 るーの親御さんにも、決意表明するために…ここに来た。


 俺は、プロになる。

 そのために、アメリカに行く。

 せやけど、るーの事…諦められへん。


 今まで、ギター以外にここまで執着した事、ない。

 るーには…力がある。

 俺を真っ直ぐ立たせてくれる力が。


 俺が、真っ直ぐに音楽に取り組むためには…

 るーが、必要なんや。


 チャイムを鳴らそうと、表札の横にあるボタンを押そうと…


「あら、どちらさま?」


「え…っ…」


 指を宙に浮かせたまま、俺は口を開けて見入ってもうた。

 門を開けて顔を覗かせたのは…


「た…」


 武城たけしろ桐子とうこ!!

 音楽屋にドーンとポスター掲げてある、あのピアニスト!!

 つまり…


 るーのおかん!!





「は…はじめまして…お…僕は、朝霧あさぎり真音まのんいいます…るっるる瑠音るねさんの…」


 ああああ!!

 ど緊張!!

 どもりまくってもうたー!!


 ぶっちゃけ…こんなに緊張する思わへんかった。

 俺は詳しくは知らんけど、るーのおかんは世界的に有名な人や。

 いつぞや、ナオトに聞いたら『知ってる』て真顔で答えられた。

 ついでに『鍵盤やってる者は全員知ってる』て強調された。


 …たぶん、めっちゃ努力しはって世界に出た人や。


「あら、娘のお友達?」


「と…もだち…」


 友達…ちゃう。


「いえっ、友達じゃなくて…」


「?」


 くりっとした目で俺を見上げて。

 首を傾げてるサマは…親子やなあ。


 ふっと肩の力が抜けた気がした。


「瑠音さんと、お付き合いさせてもろてました。」


「まあ、そうなの?」


「ええ。でも…俺が不甲斐なくて…」


「もしかして、娘がギターのクッキーを焼いたお相手、あなたかしら?」


「あっ…い、いただきました…」


「そうなのね。ふふっ。今日は?会いに来て下さったの?」


「…はい。」


「どうぞ。入って下さい。」


「……」


 今まで…人の親見てあれこれ感じる事なかったけど…

 るーのおかん…すごいな。

 どう見ても、ジャンル違いって分かるやん…?俺。

 せやのに、全く普通に接されたで…


 るーのおかんに続いて庭を歩く。

 外国映画に出て来そうやな…


「さ、どうぞ。」


 玄関入って、スリッパを出された。


「…お邪魔します。」


 靴脱いでそれに足を入れて、一歩進んだ所で…


「奥様…あ、お客様ですか?」


 うおっ…!!


 心ん中で叫んでもうた。

 そこには、メイドの服を着たばーさんが…!!


「ええ。ほら、るーが作ったギターのクッキー。」


「あらあら、あのクッキーの。」


 ……

 メイド服のばーさんと、るーのおかん。

 二人は『ギターのクッキー』で…なんや盛り上がってる。


 …あのクッキー。

 るーにとっては…嫌な思い出になってるよな…


「お茶をお持ちします。」


「お願いね。」


 メイド服のばーさんに会釈して、るーのおかんに続く。


 白が基調の豪邸。

 …るーはここで育ったんか…

 イメージ通りやな…



「さ、どうぞ。」


 リビングと思われる部屋のドアを開けて、中へと誘われる。

 小さく息を飲んで背筋伸ばして。


「こんにちは。」


 まずは…そこにいてはる親父さんに頭を下げた。

 それから…


「……」


 久しぶりの、るー。


 びっくりしてるなあ。

 ポカンとした顔。

 …なんやろ。

 数秒見つめ合うただけやのに…胸が締め付けられて、泣きたくなった。


 やっぱ…ダメや。

 愛し過ぎる。


 俺…ホンマに…




 ………バカやったな。

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