第32話 「ただいま……誰か来てたのか?」

「ただいま……誰か来てたのか?」


 バイトから帰ったナッキーが、テーブルにあるカップを見て言うた。


「ああ。しんが。」


「晋…幼馴染だっけ。」


「そ。」


 晋は何度かここに来てるのに、ナッキーには会うてない。

 ナッキーに会うて帰れ言うても『Deep Redに会うなんて、緊張するから無理や!!』て、晩飯前には帰ってく。


 俺かてDeep Redなんやけど。



「晩飯食ったか?」


「いいや。」


「じゃ、少し待ってろ。」


 ソファーでギターを弾きながら、ナッキーが紙袋から食材を取り出す音を拾う。


 …俺をこっちに呼んだのは自分だから、って。

 ナッキーは、ホンマ…あれもこれも、俺の面倒見てくれる。

 住処もバイト先もテスト勉強(先生はナオトやけど)も、こうしてバイトの後に俺に飯作ってくれるんも…


「…なあ。」


「ん?」


 弾くのをやめて、上半身だけ振り返ってナッキーに問いかける。


「ナッキーって…何でいっつも自信満々なん?」


「……は?」


 ソファーの背もたれに両腕を預けて。

 そこに顔を乗せてナッキーを見つめる。


 ちょうど手を洗い終えた所だったんか、ナッキーは濡れた両手をピラピラさせながら顔だけ振り向いた。


「そう見えるか?」


「そう見えるで?」


「そう見せてるつもりだから、成功だな。」


「なんやそれ。」


「俺だって、『間違ったんじゃないか』『このままじゃダメだ』って、色々思い悩んで弱気になる事はあるぜ?」


「……」


 包丁と食材を手にしたナッキーを、少し意外そうな顔で見てもうた。


 いつでも即決の出来る男。

 それはもう、気持ちええぐらいに。

 それが…


「でもまあ…ここ数年は弱気にもなってないか。」


「て事は、自信満々やん。」


「あはは。そうだな。」


「…それって、バンド以外でも?」


「あ?」


 俺から見たらー…ナッキーはプライベートでも自信満々や。

 冷蔵庫の中見て、『よし』なんて言いながら、アレンジ料理作るし。

 女に誘われた時の断り方もスマートやし…

 誰彼に指示出すんも、ホンマ…無駄がない。


 …欠点ないやん。

 そら、自信満々にもなるわ。



「バンド以外なんて、俺にはないからな。」


 バン。と、ナッキーが何かを切りながら言うた。


「ない…?」


「ああ。プライベートも、全てはバンドのためみたいなもんだから。」


「……」


 確かに…

 マリと付き合うてたんも、マリがバンドに理解があって人脈に長けてたから…いうのもあった…はず。

 …そこだけ拾うと、ナッキーはクズやん…?


 複雑な気持ちになりながらも、ナッキーの背中を見てると。


「ふっ。おまえはすぐ顔に出るな。」


 ナッキーが顔だけ振り返って言うた。


「え…えっ?なんで?」


「映ってる。」


「はっ…」


 ナッキーが目配せした先には、ステンレスプレート。

 そこには、ハッキリと俺の顔が…


 ああ~!!

 唇尖らせてたん、もろバレやん!!



「…マリには助けてもらったと思ってる。でも、入り込まれ過ぎた。」


「……」


「俺は、Deep Redが成功するためなら何でもする。誰かに恨まれても、それは成功する事で償いたいとも思ってる。」


 テキパキと食材を切り進めるナッキーの声を拾いながら。

 プロデビューを言い出した俺に乗っかったはずのナッキーが、俺よりずっと先を走ってる気がした。


 ナッキーがマリに冷たくなったんは、マリが入り込んだから。

 でもそれは、俺のせいや。

 良かれと思って優しくした…俺のせいや。


 ナッキーの本気と俺の本気は、レベルが違う…

 なんや…見せ付けられた気がして、ダメージ喰らったな…



「俺は、おまえのギターを聴いたあの日から、俺らは絶対世界に出れると確信してるし…」


 冷蔵庫からビールを取り出したナッキーが、一本を俺に手渡す。


「…し…?」


 それを受け取りながら、ナッキーを上目遣いに見る。


「お前なら、世界中のギターキッズのヒーローになれるって思ってるんだ。」


「……」


 若干途方に暮れてる俺にお構いなしに、ビールをカシッと開けて勝手に乾杯すると。

 ナッキーはキッチンに戻って料理を再開させた。



 あの日…ナッキーの歌とナオトの鍵盤に、俺も鳥肌立てた。

 そして、Deep Redで合わせた日…思いがけず『見付けた』って、思った。


 俺の居場所。



「あちちちっ。」


「……」


 鍋の蓋と格闘してるナッキーの背中に。

 つい…立ち上がって、軽く頭を下げた。


 世界中のギターキッズのヒーロー…

 なってやろうやん。

 ギターヒーローに。



「…ふっ…」


 かすかな笑いが聞こえて顔を上げると。

 ナッキーが俺に背中を向けたまま、肩を揺らして笑いよった。



「………」


 ステンレスプレート…!!


 くっそ!!

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