第31話 「やーっと会えたー。」

「やーっと会えたー。」


 一月は…ナオトに家庭教師してもろて、勉強頑張った。

 三年の俺は、赤点がなければ二月が丸々休みになる。

 が、一つでも落としたら…追試と補充授業に通わなあかん。


 何が何でも赤点を免れて、二月は丸々休む気で。

 スタジオ後、今までになく真面目に勉強に取り組んだ。


 おかげで思いがけず高得点を取れて、二月初日から一週間実家に帰った。

 正月に帰ったばっかやったからか、『また帰って来たんか!!』言われたけど。


 こっちに戻ってからは、毎日スタジオリハとバイト三昧。

 深夜に帰って、ナッキーと曲作り。


 …るーと、偶然会うような事もなく一ヶ月以上が過ぎた。



「…おう、久しぶりやな。」


 不貞腐れたような声に振り向くと、晋がおった。

 やっと会えた…言われたら、それもそうか思った。

 最後に晋に会うたの、クリスマス前やん。



「マンション行っても、いっつも留守やし。」


「ああ…今月はずっと帰るの遅いねん。」



 ぶっちゃけ…指輪渡せたかどうか聞かれるのが嫌やな思うたけど、晋はもうそんなん知ってる気がした。

 それに、どうせなら…俺の不甲斐なさを責めて欲しい気もした。



「なあ、これ、ええやろ。」


「あ?」


 晋はそう言うて、小さい透明な袋を指でつまんで見せて来た。

 赤いリボンで結んであって、中にはカラフルな丸い物体が三つ。


「なんや。」


 興味なさげにそう言いながら、陳列にハタキをかける。


 あ、そう言えば電池が入荷してたな。

 並べとこ。


「チョコや、チョコ。今日、バレンタインやん?」


「あー、それでか…」


 バイトに来たら、俺の持ち場に紙袋が四つ置いてあった。

 誕生日ちゃうで?思うたけど…バレンタインか。

 今日が何日かも忘れとったわ。


 今まではチョコもらうの当たり前やったし、もろた数が人気のバロメーターや。って。

 スタジオで、みんなに見せびらかしてたなあ。


 ………ガキやな。

 恥ずかしい。



 チョコなんて。

 欲しい子からもらわな意味ないやん…



「晋、ダリアでライヴしたんやろ?そんなチョコしかもろてへんの?」


 晋は先月、ダリアでライヴをしたらしい。

 何で誘ってくれへんかったんか聞いたら。


「はっ!!まだDeep Redは無理やねん!!」


 て、よう分からん事言うた。


 …まあ、ええけど。


「あー、もろたで。けど、これが一番可愛いなあ思って見せびらかしに来た。」


 電池を陳列に並べながら、晋が手にしたままのチョコをチラ見する。

 可愛いか可愛くないか言われたら、可愛いが…

 そんな特別どうこう…


「るーにもろてん。」


「………」


 俺の手から、無意識に電池が落ちた。


「うおっ。マノン、電池落ちたで。」


 晋が俺の足元に転がった電池を拾う。


 …るーが…

 晋にチョコを…


「…おーい…マノーン…」


 しゃがんだままの晋が、俺を見上げて声を掛けるが…俺は


「……」


 ガックリうなだれて、よろよろとバックヤードへ向かおうとした。


「ええええ…ちょっ…マノン、ちゃうって。るー、俺だけやなくて。誠司と勇二にも渡してたし。」


 ガシッと腕を掴まれて振り向かされる。


「義理チョコやって。お世話になってるお礼、て。」


「…ぎ…義理チョコ…」


 それでも羨ましい…

 それでなくても、晋は学校行ったら、るーに会える。


 まだ。

 まだ…こんなにも情けない俺。


 アメリカに行く前に、るーに気持ちを伝えたい…とは思う。

 せやのに…


「…晋。」


「ん?」


「俺、ずっと甘えてたんやな思った。」


「……」


 そう。

 甘えてた。

 俺がギターを弾いていられるのは、常に俺の気持ちを盛り上げてくれる誰かの存在のおかげや。


 最初は、それが親父やったんやな…って気付いた。


 誰もが、俺の夢を笑うてる中。

 親父だけは…信じてくれた。

 そんな親父に応えたい思うてたのに…親父が死んで、俺は心の支えを失くしてたんやと思う。


 何も変わってないつもりでも、あの頃のナッキーやナオトの目を思い出したら…そうでしかない。


 気持ち良くなれば、誰かに求められるんなら、それでギターも今まで通り弾けるはずや、て。

 俺は、寄って来た女を都合よく抱いたし…最低な事に、マリとも関係を持った。

 それでも…俺に熱が戻る事はなくて。


 …正直、今も。

 今の俺も、全然ダメやと思う。

 こんなんでアメリカ行って、成功するか?て…少し焦ってる俺がおる。

 Deep Redとしての成功はあっても、俺は…俺が満足できる成功は、このままだと出来ひん事を分かってる。


 自分の望む成功のために、やらなあかん事。

 それは…もう分かってる。


 俺の熱を、俺の、最高の熱を引き出してくれる存在に。

 俺の思いを伝える事や、って。



 砕けるかもしれへんけど。


 それでも…

 俺の熱のためだけやなくて。


 るーの…

 初めての恋が、辛いだけの物として思い出にならんために。

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