第30話 春にはアメリカに行くし…

春にはアメリカに行くし…て事で、正月は実家に帰る事にした。

一人で帰れるー、言うのに。

保護者や、言うてナッキーがついて来て。


「お父さんに報告させて下さい。」


て、カッコええ事言うて。

以前からナッキーを『男前や』『綺麗な子やな』て高評価しとった、うちの三人の兄貴達は。

ぞろぞろとナッキーと一緒に墓参りして。

仏前でも手を合わせるナッキーに、完全に見惚れとるようやった。



「ホンマ、彫刻みたいやな…あの鼻、横から見てみい…」


「貴族みたいやで、貴族。」


ずっと年下のナッキーを崇める兄貴らを、目を細めて眺める。


「まあまあ、夏希君。いつもお世話になって。ささ、こっち来てしっかり食べて飲んで!!」


襖を取っ払って広くした客間に、長テーブルを並べて。

ドーンと料理を並べたおかんが、得意気に言うた。


「じゃ、遠慮なく。」


ナッキーはさわやかに笑うと、長男の一郎が用意した座布団に座った。


…今まで、あんま回想もした事ないし…

ちとここで俺の家族の紹介でもしとこかな…


親父の朝霧あさぎり光太郎こうたろうは、二年前から天国の住人。

親父が経営してた小さい印刷会社は、長男の一郎いちろうが継いだ。

現在38歳。新婚。

バリバリに働く妊婦の嫁がおる。

(今日は実家に帰ってるらしい)


次男の次郎丸じろうまるは、33歳。

大工。

長く付き合うてた彼女がおるはずやけど…未だ独身。


三男の三千太みちたは28歳。

高校の国語教師。

書道の師範をしとるおかんの影響で、書道の先生も兼ねとる。

三千太も独身。


で、四男坊が俺。


どーしても女の子が欲しかったらしい親が、高齢出産覚悟して頑張ったらしいが…また男。

ホンマかどうかは知らんけど、『女の子なら四葉よつばって名前を考えてた』て、一郎に言われた事がある。


女やったらラッキークローバーか。

けど、男に生まれてもうた俺は…


「あー、この子はアレ。私の好きなマノン・レスコー。マノンにするわ。」


おかんが即決したらしい。


真音まのんの真は、おかんの真知子から一文字入ってるだけに、まあ…その辺は愛をくれたんやろって事にしとく。

それに、名前に『音』が入ってる事。

それは、少なからずとも、自分が音楽の道に進む事を導いてくれた気もする。

…るーともお揃いやしな。



「アメリカなあ…ビックリや…」


次郎丸がナッキーに乾杯しながら言うた。


のおかげです。」


「ナッキー!!その呼び方すんな言うてるやん~!!」


ナッキーの肩をバシバシ叩いてると。


、恩人になんて事すんねん。」


一郎が隣で俺の頭を抱えた。


「いたっ!!あいたたっ!!にっ兄ちゃん!!アホかっ!!」


「誰がアホやて~?」


あー!!

ヘッドロック、キメられてもうとる!!


「くっそ~…やるんか!?」


俺が若干アゴを出し気味で立ち上がると。


「おう。まだまだ負けへんで?」


一郎も腕まくりをして立ち上がった。


「何言うてんねん!!じじいが!!」


「誰がじじいや!!」


「こーらー!!一郎!!まー!!座って食べなさい!!」


うっ。


おかんの一言で、一郎と共にすごすごと座る。


「全く…兄貴はいつまでもガキみたいやな。」


「丸!!お兄ちゃんの事、悪く言うたらあかん!!」


「おかん…それで呼ぶのやめてくれ…」


おかんは…一郎の事だけフルネームで呼んで、次郎丸を丸、三千太をミッチ、俺をまーって呼ぶ。

呼び方なんてどうでもええけど、確かに次郎丸の『丸』はおかしい。


「相変わらず仲良しだな。」


ナッキーが隣でクスクス笑う。

仲良し…仲良しなんかなあ?


俺ら、歳離れてるからか、一郎なんかはよう『マー君のお父ちゃん?』て言われてたよなあ。

20も違うし。


「あははは。ミッチ、好き嫌いはあかんよ。」


「それ、おかんが嫌いなやつやん…俺の皿に入れるのやめてや。」


……おかん、年取ったなあ。

まあ…しゃーないけど…


みんなでわいわい食って飲んで笑てるのに。

俺は少し寂しい気分になった。


ビール持ったまんま、縁側に出る。


「…さむっ…」


元日の夜空は、曇って何も見えへんかった。

寒いし景色も良うないのに、俺はそこに座ってビールを飲んだ。


どれぐらいそうしとったか…


「風邪ひくで?」


一郎が、俺の肩に赤いハンテン掛けてくれた。


「…サンキュ。」


「なんや。悩み事か?」


隣に座った一郎は、青いハンテンに湯割りの焼酎。


「…兄ちゃん、結婚の決め手ってなんやった?」


唐突に問いかけると、一郎は飲みかけた焼酎を吹き出した。


「ぶっ!!…な…何や急に…」


「いや…なんか、何となく…」


「なんやなんや~。彼女でも出来たんか?」


「…彼女出来て、フラれた感じ。」


「おぅ…」


一郎はポリポリと頬を掻いて、一旦焼酎を縁側に置いた後。


「決め手言うか…キッカケは、おとんの死、やな。」


そう、話し始めた。


親父の、死…


「朝飯一緒に食って、病院行くって出て行こうとして倒れて…そのまんま。人間って、なんて儚いんやろって思って。」


「……」


「おとん、俺に『はよ結婚してくれ、孫見せてくれ』言うてた。ぶっちゃけ、独身が楽やん思うてたし、結婚願望もなかってんけど…」


「…結婚して親孝行しよ思うたん?」


「いや…まあ、それもあるけど、一番は…自分が死ぬ時、誰かにそばにおって欲しい思った…言うのが、決め手かもしれへんな…」


「……」


まだ若い俺は、自分が死ぬ時いうのを想像しにくい思った。

いくら、明日事故で死ぬいう事があっても不思議やないとしても。

死、は…まだどこか他人事や。


「ま、それがキッカケやねんけど…結婚したらしたで、あれだけ独身がええ思うてた自分が不思議やな思ったわ。」


一郎が照れくさそうに鼻を掻く。


「え?」


「一緒に起きて、一緒に飯食って、一緒に寝て。おはよう、おやすみ、いただきます、ごちそうさま、ごめん、ありがと、て、当たり前の事やし普通の言葉なんやけど…これが幸せなんやなって。」


「……」


それは…いとも簡単に想像出来る俺がおった。

…何でやろ。

恋人として上手くいかへんかったのに…

家族になる事は、想像出来るとか…


「フラれたのに、忘れられへんのか?」


一郎が、俺の顔を覗き込みながら言うた。


「…忘れられへんな…」


笑顔も泣き顔も、すぐ真っ赤んなるとこも、挙動不審になるとこも。

全然、忘れられへん。



「俺な…最低な彼氏やってん…」


膝を抱えてそう言うと、一郎は焼酎をぐいっと飲んで空を見上げた。

俺もつられて見上げたが…相変わらずの曇り空。


「最低な彼氏が最高の彼氏になろう思っても無理やで?」


「…無理かな…」


「普通の彼氏でええねん。」


「普通…普通ってなんや?」


俺の問いかけに、一郎は小さく『よっこいしょういち』言いながら立ち上がって。


「肩肘張らん等身大のおまえでええっちゅー事や。」


ポンポン、と。

俺の頭を軽く叩いて部屋に入った。



…肩肘張らん等身大の俺…


情けないクソみたいな男…?



でも、もし変われるなら…



るーに…


本気の俺を、見せたい。

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