第24話 ピンポーン

 ピンポーン


『はい…え?ああ…いるけどー…どうかしら…』


 誰かが来た。

 マリが玄関で承っとる。

 俺はそれを布団にうつ伏せんなったまま、何となく耳に入れた。


『マノン、マノーン』


 マリの声がいつもよりちいと高い気がする。

 来たのは男やな。

 誰や。

 俺は出んで。

 俺は…落ち込んでるんや…



 あの音楽屋での一件以来…るーからの連絡は、ない。

 当然やけど、俺から出来るはずもない。

 いや…ここは男らしく、俺から連絡を…と思わん事もないけど。


 残り少ない夏休み。

 るーのために何かしてやりたい思うてたけど、それも…

 …るーに、あんな顔させた張本人が…どの面下げて会いたい言えるか…て。

 もう、情けなさ通り越して…どうにもならへん…


 そんなわけで、夏休みも今日で終わり。

 るーは…どんな気持ちで夏休みを終えるんやろ…



 ガラッ


「マノン。」


 バッ


 マリが引き戸を乱暴に開けて、タオルケットを剥ぎ取った。


「幼馴染だって子が来てるわよ。」


「はあ…?幼馴染って何やねん…な…え…えっ!?」


 もしかして…頼子ちゃん!?

 るーの幼馴染!!


 部屋から出掛けて、慌てて戻って服を着る。

 頼子ちゃんにこんなん見せたら、陽世里にも怒られてまうわ!!


「おっお待たせを…………ん?」


 玄関のドア開けると、そこには頼子ちゃんやなくて…


「マノン!!久しぶりーっ!!」


 俺にギュッと抱き着いて来たんは…


「………晋?」


 幼馴染の浅井 晋やった。


 …そうよな。

 頼子ちゃんはロンドンやもんな…

 俺、何考えてるんやろ。

 闘将ダイモスが救世主ダイモスになるかも…て、甘い…甘過ぎる…


「マノン?」


 無言になった俺の顔を覗き込む幼馴染。

 俺がこっちに来る前に会うたのが最後やったから…ほぼ三年ぶりか。



「先週引っ越して来て、明日からガッコ?」


 マンションの向かいにあるラーメン屋。

 向かいにあるのに、あんま来た事はない。


「そー。しかも結構窮屈そうなとこ。」


 晋と向かい合うて、ラーメンをすする。


 晋が言うには。

 仕事の関係での三年の別居生活を経て。

 このたび、おかんと晋がこっちに来て、親父さんと妹と四人での生活を始める事になった、と。


「どこ。」


「日野原。」


「……」


 まさかの、日野原。

 って、晋…もしかして…


「晋、おまえ高校一年か。」


 箸を止めて言うと、晋は『何をいまさら』みたいな顔をした。


「親父が勝手にガッコ決めててん。知ってたら俺も星高にしたのに。」


「日野原…ええなあ…」


「…は?」


「日野原に、彼女がおんねん…」


「………」


 俺の言葉に、晋が箸を止めて変な顔した。


「…なんや、その顔。」


「いや…マノン…彼女…いらんとか言うてたやん…不特定多数と遊ぶの」


「あーあーあーあー。」


 晋の言葉に耳を塞ぐ。


 何で俺は…!!

 その時だけ気持ち良くてもあかんて気付かへんかったんや…!!


「めちゃくちゃ好きやねん…」


「…なんで泣きそうなん?」


「俺、サイテーな奴やから…」


「ケンカ?」


「ケンカ…ケンカにもならへん…呆れられたかも…」


「…でも、付き合うてるんやろ?」


「付き合うてるけど…嫌な思いばっかさせてんねん…」


「……」


 思い出したように箸を動かし始めた晋。


 俺は、もう…るーにはふさわしくない気がして。


「…晋、恋は遊びやないで…」


 テーブルに頭を乗せてそう言うた。


「…マノンが言うとか。」


「…せやな…」


 ズズッ


 晋がラーメンをすする音が、耳の奥に響く。


 久しぶりに会うた幼馴染は。

 年下やけど、気の許せる友達で。

 それは、ナッキーやナオトらとはまた違うところで、心地ええ存在でもあって。


「…晋。」


 俺は体を起こして、晋を見つめる。


「んあ?」


「…もし同じクラスんなっても…惚れたらあかんで。」


「…一応聞くけど、なんて名前?」


「何で名前なんかき」


「間違いが起きひんように、前もって知っときたいだけやから。」


「……」


 ズズズッ


 どんぶりを傾けて、スープをすすりながら。

 晋は上目遣いで俺を見る。


「…武城…瑠音…」


 改めて口にすると、それだけでるーが汚されたような気がして。


「…あかん…もうホンマ…俺…」


 テーブルに突っ伏した。


 そんな俺を見下ろしながら。


「マノン、ラーメンのびるで?俺食ってええ?」


 晋は、俺の返事も待たず、どんぶりを交換した。

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