第23話 「どうしたの?今日ゴキゲンね。」

「どうしたの?今日ゴキゲンね。」


 今日はバイトやけど、るーに写真を取りに来るよう言ってある。

 つまり…

 木曜やないのに、会える!!

 そら、ゴキゲンにもなるわな。



「天気ええですしね。」


「えー?天気ぐらいでゴキゲンになるの?」


「なりますやん。」



 ちと奮発して、革のパスケースを買うた。

 るーの写真を入れるからには、どうでもええビニールのじゃあかん。

 るーに似合う上品なやつや。

 俺が持つには似合わへんかもやけど、いつか俺も…

 上品いうんとは違うけど、紳士いうか…るーに似合う男になれたらええな思う。



「ねえ、この前のライヴの時にさーあ?」


 そう言えば…るーは一人娘やったな…

 以前頼子ちゃんが言うてたけど、なんやらって曲が弾ける奴やないと無理とか…

 親としては、るーの相手はピアノを弾ける奴がええ、と。


 うーん…無理やなあ…


「ちょっと、マノン、聞いてるの?」


「え?」


「もうっ。」


 ああ…煩わしいなあ。

 この人、暇なんやろか。


 Deep Redで一回対バンした『ミスティー』ってバンドの紅一点。

 歌はまあまあ上手かった思うけど…名前…名前…なんやったかな…


「マノン、髪の毛伸びたわね。」


 ぐいっ。

 腕に胸を押し付けられる。


 お…おおぅ…

 男として、こういうのは…嫌いやない。

 嫌いやないけど…


「そうっすかね。」


 商品にハタキをかけるフリして、一歩離れる。


 …るーと出会う前。

 この人とも、何回かキスをした。

 キスだけ。

 美人やけど、面倒臭そうやから…その先に進む気はなかった。



「あっ、何これ。ラブレター?」


「あ。」


 ふいに、エプロンのポケットから封筒を抜き取られる。

 眉間にしわを寄らしたけど、そんなん完全無視して写真を取り出す女…


「誰かの結婚式だったの?」


「…まあ、そうです。それ、人にあげるやつなんで返して下さい。」


 俺が封筒に手を伸ばすと。

 封筒は返してくれたものの…たぶん、俺がホストみたいな写真を手に少し離れて。


「やっだ。マノン、この顔最高。あたしにちょうだい?」


「……」


 おい。


 つい、無表情になってもうた。

 この顔見て分からへんのやったら、相当鈍いで。

 俺は今、すこぶる機嫌が悪うなった。



「いや…人に渡すやつなんで。」


「え~。焼き増しすればいいじゃない。」


「いや、ホンマに。すんません。」


「やだ。これ欲しい。」


「そう言われても。」


「誰かにあげるんでしょ?あたしも欲しい。」


「……」


 少し呆れたように溜息を吐いて無言になると、ようやく何か察したんか。

 女は唇を尖らせて写真を差し出した。


 はあ…

 はよ帰ってくれへんかな…


 願いも込めて、背中を向けてみるも…


「ねえ、今度マノンのギターで歌いたいな。」


「…ええギタリストで歌うてるやないですか。」


 ミスティーはギターが目を引く奴やった。

 テクニックもあるし、もっと花のあるバンドでやればええのになあ…て、他人事ながら勝手に心配してやった。

 打ち上げで隣になって、29歳って聞いてビックリした。

 ミスティー、もう12年もやってるって。


 ボーカルは三人目やけど、ギターとベースとドラムは結成時から交代なし。

 プロ目指してる…て。

 12年やってもプロになれへんのは、何でやって考えたら分かりそうやけど…

 そんなん高校生の俺が偉そうに言う事でもないし、打ち上げではひたすらギターの話で盛り上がった。


 ええ人やったよなあ。

 本名知らへんけど。

 ギターのアグリー・ミツさん。


「あんなの、マノンに比べたら全然よ。ね、お願い。次のライヴ、ヘルプでいいから。」


 …?

 アグリー・ミツさんのギターを、…!?


「あー…俺ら、ちょい忙しくなるんで無理ですわ。」


「もうっ。」


「すんません。」


 怒りに震えながらも、この人は客や。

 俺らもデビュー前や。

 こじらすな。

 そう言い聞かせて耐えた。



「じゃ、キスで許してあげる。」


 …キスで許してあげる…?


 ゆ…許すって…

 なんで俺がおまえに許されなあかんねん―――!!


 内心、床を蹴り上げたい気分やったけど…それも堪えた。

 はよ…

 何とかはよ帰ってもらわな…

 俺が壊れる。


 …正直に言えば…?

 そしたら、キスなんて強要されへんのやないか?



「彼女ができたんで。」


「…それが何?」


「…え?」


「今までも、彼女いても平気だったじゃない。」


「…は?」


 い…今まで、俺…彼女なん……


 マリ!!!!


 あああああああ!!


 もう、どれもこれもが…身から出たサビ―――!!



「こ…今回は、今までとは違うんで。」


「…気に入らない。」


「そう言われても。」


「マノン、あんた分かってないわね。」


「分かってないですか?」


「分かってないわよ。そんな事、ファンにはバラさない事ね。」


「何でまたそんな…」


「彼女が、痛い目に遭うのよ。」


「……」


 そう言われた途端、公園でのアレを思い出した。


 今後…るーに何かあったとしても。

 守ってくれてた闘将ダイモスはロンドンへ旅立った。

 誰が…?

 誰が、るーを守ってくれる…?


 小さく溜息を吐いて、女の肩に手を掛けると。

 素早く唇がかすめる程度のキスをした。


「そんな子供みたいなキス、納得できないわ。」


「……」


 こんな気持ち悪いキス、生まれて初めてや。

 まだ、酔っ払ってミツグとキスした時の方がマシやった。


「ふふっ。ありがと。またね。」


 女は満面の笑みになって、俺の腕を一瞬抱きしめて帰って行った。


「……疲れた……」


 肩を落としてつぶやく。


 るーとのキスも…まだやのに。

 なんでこうも俺は…

 罪悪感と自己嫌悪でぐっちゃぐちゃや。


 前髪をかきあげて、視線を店内に向けた瞬間。

 陳列の向こうに、るーを見付けた。


「…るー…」


「……」


 呆然とした表情。

 それだけで…るーがいつからそこにおって、俺を見てたかが…分かる気がした。


「……」


 唇を噛みしめてうつむく。


 俺…


 るーに、辛い『初めて』ばっか…与えてるやん…

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