第25話 「あ。」

「あ。」



 昨日、始業式もバイトもサボった俺の元に。

 始業式帰りの晋がやって来て。


「武城瑠音、同じクラスにいてたわ。」


 サラリとそう言うた。


「めちゃ暗い顔してたな~。俺がマノンの幼馴染や言うても、目も合わせてくれへんかったわ。」


 ズキズキズキズキ


 む…胸が痛い。

 このまま死ぬんかも…

 身から出たサビ病で死ぬんや…


 そんな情けない俺に、晋は。


「なあ、何で?こんなダラダラしとっても何も変わらへんやん?マノン、こんなダメダメやったっけ?」


 まるでトドメを刺すかのように、呆れた顔で言い放った。


「……」


「誰かに奪われてもええぐらいの気持ちなん?」


「そんな薄っぺらやないわ!!」


「それなら、好きなら好きで突き進むしかないやん。」


 好きなら好きで、突き進むしかない…


 そう言われた途端、目の前が晴れた。


 なんちゅーシンプルな。

 ホンマ。

 面倒臭かったり煩わしかったりすんのは、ミスティーのボーカルとか取り巻きとかやなくて。

 俺やな。

 俺が一番、面倒臭くて、煩わしいわ。



 そんなこんなで……日野原の前で待ち伏せた。

 以前、ナッキーがそうした…って、るーに聞いたからや。


 そこで出くわしたのが…



「マ…ママママノ…いやっ…あああ朝霧さ…んっ…」


「あー…陽世里の結婚式で…」


 るーのクラスメイトや。

 確か、あの時サインも書いたし…写真も…


「はっははははいっ!!そうです!!わー!!覚えてもらえてたなんて!!」


 そら覚えるわ。

 るーの男友達。

 ジェラシー満開や。


「えーと…」


「あっ!!もしかして、るー…ですよね?」


「あ…ああ…」


 男友達は校舎を振り返って、俺を見て、また校舎を振り返った。


「お待ちください。すぐ呼んできます。」


「…来るかな…」


 少し弱気になった俺に、男友達は。


「絶対連れて来ますから!!任せて下さい!!」


 そう言って…


「…はや…っ…。」


 校舎に向けて走って行った。



 …好きなら好きで、突き進むしかないねん…

 よし。


「って…え…っ?」


「わー!!Deep Redのマノンだー!!」


「キャー!!」


「握手して下さい!!」


「わっ…」


 いきなり囲まれた!!

 気が付いたら、あちこちから人が押し寄せて…

 …俺、こんなに人気あるん…?て、今までならええ気になってたけど。

 今日はー…なんや、俺なんかでええんかな…って気になった。


 ライヴの時なら気持ちええ事が、今は全然気持ち良うない。

 俺はギター弾いてなんぼな男でしかないんやな…て…


 …いやいやいやいや。

 しっかりせぇよ自分。


 軽く頭を振って校舎に視線を向けると、さっきの男友達がるーを引っ張ってやって来てるのが見えた。


 …るーは、片手でカバンを抱きしめて…少し困った顔。


 下唇を軽く噛んで、挫けそうな気持ちに喝を入れる。


 野次馬達は、るーと俺を見て『えぇ…武城さん、マノンの何…』『付き合ってるの…?』…

 まあ、気になるよなあ…


 俺は控えめにみんなに頭を下げて、その場から歩き始めた。





「話したくないかもやけど…」


 公園のベンチに辿り着くまで、るーはずっと無言のまま…俺を見る事もなかった。

 もう…嫌よなー…こんな男…


 …けど。



「正直に言うで。」


「……」


「今まで、色んな女と付き合うた。」


 今日は、色んな決意を胸に、ここに来た。

 俺が初めて、本気で好きになった子に…

 もっとちゃんと、俺を知ってもらわなあかん思うたからや。


 もしかしたら…ドン引きされるかもやけど。

 それでも。

 それでも、俺は…

 るーの事、好きで好きで…

 ずっと一緒にいたい思うてるって。

 ちゃんと伝えたい。



「色んな女と付き合うてきたし…この前みたいに、キスなんかは誰とでも平気でしとった。けどな、俺、るーと会うて…変わりたい思うたんや。」


「…変わりたい?」


「愛なんかあちこちに撒かんでもええやん。1人にだけで。」


「……」


「初めてだらけのるーを見て、最初は好奇心と興味、それから…だんだん好きになってく内に、俺自身の過去を顧みるようんなって、そしたら…めっちゃ恥ずかしくなった。」


 俯きがちだった顔を上げて、空を見る。


 あー…何やろ。

 この、雲一つない空。

 ホッとすんなあ…


 空を見上げたまんま、今の俺自身を考えた。

 ナッキーの言うた『はじめてちゃん』は…

 俺でもあったなあ…て。



「るーを好きになればなるほど、自分がるーにふさわしくない男やって気付いて…」


「な…何言ってるの?」


「え?」


 空からるーに視線を移すと。

 るーは眉間にしわを寄せて、難しい顔になっとった。


「それは…いつもあたしが思ってた事よ。」


「るー…」


「あたしなんか、真音にふさわしくないって…」


「ちゃうわ。俺な、言い訳にしか聞こえへんかもやけど…るーを守りたい思うたら、言いなりになるしかないとも思うた。俺と付き合うたら、るーにマイナスな事しか起きんのちゃうかな思うたら、どうしたらええんか分からんかった。」


「……」


「けど、これだけは信じてくれ。俺は、るーを大好きやし、守りたい思う。るーにふさわしい男になれるよう、努力したいとも思うとる。」


 るーの顔が、難しいのから不思議そうなのに変わった。

 …もしかして、俺の本心って伝わりにくいんか?


 嫌がられるかな…思いながら、一歩距離を詰める。


「それと、約束してくれ。」


「…何?」


「俺、この前みたいな事があっても、もう絶対受けん。その代わり、るーに何か起こるかもしれん。その時は、俺に隠さず全部言うて欲しいんや。」


 不思議そうな顔やったるーは、何か言いたそうに唇を動かしたものの…

 ポロポロっと涙を…


「えっ、る…るー?どないしたん?」


「うっうっだだ…だって、あたし…」


「えええ…ちょ…ちょい待っ…えっ…」


 ハンカチ!!

 ハンカチはないんか!?


 ポケットをあさるも、出て来るんは小銭やピック…

 ああああ~!!

 だいたい、ハンカチなんか持ってないやん!!


「う…わ…悪い…ちーと我慢…」


 シャツの袖、なるべく綺麗そうなとこを、るーの頬にちょい当ててみる。

 るーはビクッとしたものの…少しくすぐったそうな顔になった。


「も…もうダメになるかと…思って…」


「…俺は、ダメになんかせぇへんよ。」


「真音…」


「ん?」


「…大好き。」


「………」


 い…今の…

 ききき…聞き間違いやない…よな…?

 るー、俺の事…大好き、言うたよな…?


 …抱きしめたい。

 そう思うたけど、踏みとどまった。

 さっきビクッとなったるーを思い出したからや。


 あんな事の後やし…信用ゼロのはず。

 今は、誠意を……あ。



「…これ。あん時渡せれんかったやつ…」


 カバンから封筒を取り出して渡すと、るーは首を傾げてそれを受け取った。

 首傾げるのクセなんかな。

 かーいいなあ…


「…ど?」


 封筒から取り出した写真に見入ってるるーに並んで問いかける。


「…宝物にする…」


 そう言うて、写真を胸に抱いて俺を見上げるるー。

 …めっちゃ可愛い。

 もう笑顔になってくれるとか…女神や。


「…俺も。」


 ホンマは見せるつもりなかってんけど。

 胸のポケットに入れとるパスケースをチラリ見せると。


「…え?」


 るーは真っ赤んなって。


「は…恥ずかしい………でも…嬉しい…」


 胸を射抜かれて死んでまうんやないか思うレベルの威力を持った、はにかんだ笑顔を見せてくれた。

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