第20話 「んーあっ!!」

 〇桐生院華音


「んーあっ!!」


「おはよー。」


 咲華が桐生院に顔を出したのは、翌日の朝。

 みんな大部屋に揃ってたが、まだ親父と華月が若干寝ぼけた顔をしてる時だった。


「えっ…咲華!?」←母さんとばーちゃん


「おっ。何で?」←聖


「何かあったのか?」←じーさん


「……」←親父と華月


「ちょっと海さんの現場が長くなるみたいで、数日こっちに帰ったら?って海さんのご両親が。」


「わー‼︎それいい‼︎」


 ばーちゃんと母さんが嬉しそうに咲華に駆け寄る。

 じーさんも立ち上がって、咲華の腕にいるリズの頬を撫でた。


「さ、リズ。みんなを覚えてるかな?」


 咲華がそう言って、抱えてたリズを降ろすと。


「わー、歩いてる歩いてる…」


 歩き始めたリズに、みんなが目を輝かせた。


 が。


「じーの所に来い。」


 今まで寝ぼけてた親父が、すっと手を伸ばして。


「んひゃー!!」


 リズの腰を掴んだ。


「あっ、もう。千里ったらずるい。」


「千里さん、手を離して。リズちゃんの行きたい所に行かせて。」


 母さんとばーちゃんの声に、親父は一瞬目を細めたが…


「リズは、じーといたいよな?」


 似合わねー高い声で、リズの顔を見て言った。

 そんな親父の様子に…みんな何とも言えない顔になる。

 親父の手から離れたリズがどこに行くか、みんなが固唾をのんで見守ってると…


「え。」


「あら。」


「…何で聖んとこだ…」


「親父、妬かない妬かない。」


 リズは聖の所に行って。


「…何だ?」


 なぜか…聖の背中をポンポンと叩いている。


「何だろ。こういうの、初めて見た。」


 咲華も目を丸くして見る光景。

 続いて、リズは聖の肩に手を掛けて。

 膝によじ登ろうとする。


「…何だよ。抱っこか?」


 聖がリズを抱えると…リズは聖の頭を撫でた。


「…ふふっ。聖、リズが『可愛い』って。」


「マジかよ~…俺、どんだけ下に見られてんだ…?」


 うなだれた風に言いながらも…聖は笑顔で。

 だけど、それが強がってるのは俺も華月も一目瞭然…


「ほら。俺はもういいから、好きな所へ行け?」


 聖がリズの目を見ながらそう言って、ゆっくりと降ろすと。

 今度は…隣にいる華月の膝によじ登った。


「あたしの事も、なでなでしてくれるの?」


 華月がそう言いながらリズを抱えると、やはり…リズは同じように華月の頭を撫でた。


「あ~、いいなあ。リズちゃん、さくらばーちゃんの頭もなでなでしてくれるかな?」


 ばーちゃんがそう言ったけど、リズはばーちゃんの顔を見て。


「ばー。」


 そう言って、手を振った。


「あっ…フラれた…」


 ばーちゃんが眉毛を下げて。

 それを見たじーさんが、ばーちゃんの頭を撫でる。


 …ふっ。

 全く…

 じーさん、夕べの華月のおかげで、今日は朝から笑顔だ。



 夕べ…あれから華月は俺の部屋に来て。

 じーさんのスマホで、Leeに電話をかけた。


 すると…


『…はい…』


 Leeという女…聖の元カノは、電話に出た。


 その瞬間…


「あたし、華月。切らないで聞いて。あなたが何をどう思って聖を捨てたのか分からないけど、聖はズタボロになってて見てられないぐらいよ。お願いだから、話しだけでも聞かせて。近い内に会いましょ。絶対よ。もし逃げたりしたら、あたし…あの事バラすから。」


 華月が、一気に言葉を吐き出した。


 …あの事をバラす?



 華月にとっては、それは『手』でしかなかったらしいが。

 よっぽど身に覚えがあるらしいLeeは。


『…分かりました…』


 と、小さく答えた。


 …我が妹ながら…お節介な野郎だぜ…



「リズ。俺はなでなでしなくていいのか?」


 華月の頭を撫でてるリズに問いかけると。


「……」


 リズは俺の顔をじっと見た後…


「…(ぷいっ)」


 すげーそっけなく、顔をそむけた。


「あははははははは!!」


 みんなには爆笑されて…それはそれで平和で良かったが…



 …何でだよ!!


 * * *


 結局…じーさんに杉乃井の事は聞き出せなかったが。

 たとえ杉乃井が二人いるとしても…

 本人が何か言い出すか、俺が本当にそうだと感じて切り出さない限りは傍観する事にした。


 実際、俺は咲華が男だと言った杉乃井にコテンパンにされたし、刺激もされた。

 もし本当にあいつが男の杉乃井なら…挑み返したいとも思う。


 そして、いつもの杉乃井は…

 まあ、俺達に合う音を弾ける心地いいメンバーでもあるんだ。

 害がない限り、このスタンスは崩すのをやめよう。



「のんのっ。」


「……リズ。俺をそう呼ぶのはやめろ。」


 額に手を当ててうなだれると。


「あはははは!!ノン君、可愛い呼ばれ方!!」


 紅美が隣で腹を抱えて笑った。


 今日は俺も紅美も午後からで。

 咲華とリズが帰って来たと言うと、速攻麗姉がやって来て。

 紅美もそれにくっついて来た。


 朝から会えてうれしい反面…


「ああ~もう歩いてるなんて~。ねえ、あたしとお散歩行かない?」


 リズを愛しそうな目で見てる紅美を見ると…


 …俺達も、早く子供欲しいぜ…


 なんて思ってしまう。


 その結果…気が焦る。



「でもすごい。一歳になると、こんなに喋るもんなんだ?」


 紅美が咲華を振り返って問いかける。

 確かに俺も…『のんの』なんて認識されて呼ばれるとは思わなかったぜ…


「んー、色々なんだとは思うけど、リズは他の子より耳がいいのかな?検診の時に先生も驚いてた。」


「紅美と学が一歳の頃は、『まんま』しか言わなかったわね。」


「うわ…何それ。食いしん坊姉弟みたいだわ…」


「それが、『ママ』なのか『まんま』なのかよく分からなかったんだけど、陸さんは『パパ』って言ってもらえてないのが悔しくて『まんま』だって言い張ってたわ。」


 麗姉の言葉に、その場にいる俺と咲華と紅美と母さんが目を細めて苦笑い。


「華音と咲華は喋り始めるのは遅かったけど、一度喋り始めたら…後は早かったわよ。」


 母さんがお茶を入れ直しながら言って。


「ああ、そうだったわね。」


 麗姉がそれに頷く。


 そこから…俺と咲華がアメリカでSHE'S-HE'Sに囲まれて育った事。

 帰国した時には、誓兄と麗姉の名前をたどたどしく言えてた事。

 誰かが泣くと、それが嫌で怒ってた事…なんかを話された。


 それはもちろん、俺も咲華も知らない事だが…

 それを聞いてると、さっきのリズが聖と華月の頭を撫でたのが分からなくもない気がした。


 大人には分からない何かがリズには察知出来て。

 今、心では泣いてるであろう、聖と華月を癒したかったのかもしれない。

 そしてそれは、咲華と海はもちろん…

 向こうで沙都や曽根がリズを囲んで笑ってくれてるからだろうとも思える。


 俺達が、SHE'S-HE'Sにしてもらってたように。



 …だが…それと同時に。


 咲華の中に二階堂としての血が育ってしまってるんじゃないかという疑問。


 俺と咲華は、ばーちゃんの孫だ。

 俺の耳が人よりいい事も、その要因だと思われる。

 昔から当たり前だと思ってた母さんのオタク的知識も、そのせいだとすると…

 咲華のそれも…あっても不思議じゃない。


 そんな咲華と、二階堂のトップにいる海に育てられたら…

 リズだって、そうなる可能性だってある。



「のーんのーっ。」


「…おまえ、わざとこんな呼び方教えただろ。」


 低い声で咲華に言うと。


「リズが勝手に覚えたのよ?」


 咲華はわざとらしい笑顔。


「…俺の子には、おまえを『満腹太まんぷくふとる』って教え込んでやる。」


「何その名前。」


 そう言って笑ってる咲華と麗姉と母さんを前に。

 紅美は…


「……」


 一人、赤くなってた。





 〇二階堂紅美


「おはよー。」


 あたしが挨拶と共にルームのドアを開けると。

 中にいた麻衣子と多香子と沙也伽が。


「結婚式って、いつするの?」


 声をそろえて聞いて来た。


「……」


 挨拶もなく、いきなりそれ?って思いながらも…

 実は結婚の事について聞かれるのは嫌いじゃないあたしは…つい、口元が緩む。


「えー…と、まだ全然決めてない…」


 ギターを降ろしながら三人の輪に入る。


「えー!!何で決めてないのよ!!」


「そうよ!!こういうのは素早く段取り良く決めて、周りにも速やかに報告しなくちゃ!!」


「そうそう!!こっちだって色々準備があるんだから!!」


 そう、三人にまくし立てるように言われたあたしは。

 なるほど…あたしとノン君、親に報告したって事でホッとして、何も進めてないなあ…なんてのんきに思った。


「…そうだよね。でも結婚式…うーん…結婚式かあ…」


 足を組んで腕組みもする。


 あたし…ウェディングドレスとか…似合う?

 こんなに大きく育って…


「沙也伽の結婚式は良かったなあ…」


 あたしが沙也伽と希世のサプライズ結婚式を思い出して言うと、それに興味を示した麻衣子と多香子が。


「えーっ!!どんなだったの!?聞きたい聞きたい!!」


 目を輝かせて言った。


「え…えー?今は紅美の結婚の事なのに……んっ、まあ…そんなに聞きたいなら?んー…」


 ふふ。

 沙也伽、全然困ってないよね。

 何なら話したくて仕方ないよね。

 本当、あの時は感涙だったなあ…



「あたしと希世って、あたしが高校在学中のできちゃった婚だったんだけど。」


「うんうん。それで?」


「それが、DANGERとして渡米するのを希世が反対して。」


「えー!!何でかなあ!!」


「そしたらいきなり、明日デートしようって。」


「一つ屋根の下で暮らしててデートって、ちょっとときめくわね。」


「ドライヴして行った先がチャペルの結婚式場。」


「キャー!!希世君やるー!!」


「あれよあれよって着替えさせられて…」


「うわー!!すごい!!鳥肌!!」


「そしたら両親も来てて。」


「泣けるー!!」


「チャペルのドアが開いたら、そこにはDeep RedにSHE'S-HE'SにF'sにDEEBEEに…」


「あたしなら倒れる!!」


 あたしは、沙也伽と麻衣子と多香子の漫才のような掛け合いに小さく笑いながら、あの幸せな場面を思い出してた。


 …ノン君が作った、沙也伽の髪飾り…

 可愛かったな。

 あの男、ほんっと器用だよね。


 …あの旅行でも、あたしの髪飾り…作ってくれたっけ。

 あたしの名前とドレスの色に合わせて…深紅のミニバラ。



 …あたし、いつからノン君の事好きだったんだろ。

 沙都にも言われた。

 あたし、気が付いたら後ろを振り返ってる…って。

 確かに…振り返るといつもそこにいてくれたノン君に、安心感は覚えてた。


 …本当にいつも…見守ってくれてたんだな…



「…紅美?」


「どした…?」


「何で…?」


 三人が、あたしの顔を覗き込む。

 気が付いたらあたし…泣いてた。


「あ…な…何でだろ…涙が出て来た…」


 本当に…あたし、ノン君に守られて来て。

 これから…一緒に生きていけるんだ…


「…うんうん。色々あったもんね…やっと結婚決まって、泣いちゃうほど嬉しいよ。あたしだって…嬉しいもん。」


 沙也伽がそう言って、あたしを抱きしめる。

 そんなあたし達を見た麻衣子と多香子は、まだ付き合いは浅いものの…女として何か感じるものがあるのか、もらい泣きしてる。



「今度こそ、幸せになるんだよ…紅美。」


「も…もうっ、まだ全然…何も決まってないのに…」


「あの器用で不器用な男がさ…やっと口に出して、あんたを大事にするって…あんたの親に言ったんでしょ?もう…あたし、それだけで感激だよ…」


 沙也伽は…小学生の時に出会って以来、ずっとあたしのそばに居てくれた心強い存在。

 DANGERを始めた時も一緒。

 あたしが家出をして帰って来た時は…叱ってくれた。



 …あたし、ずっと自分が幸せになっちゃいけないって思ってた。

 あたしの本当の父親である、関口に殺された人達の家族の事を想うと…

 慎太郎のお母さんのように、あたしの事を恨んでる人がいてもおかしくない…って。



 だけど。

 あたし…幸せになりたい。

 ノン君と。


 それが…

 あたしを育ててくれた父さんと母さんと、あたしを取り囲んできた環境と、ずっと…あたしを見守り続けて来てくれたノン君を幸せに出来る、最高の方法だもん。



「…紅美、沙也伽。」


 ふいに、麻衣子と多香子が立ち上がって。


「あたし達…二人の友情に割り込んだりは出来ないけどさ…」


「うん…だけど、メンバーとして本当に紅美の幸せを願ってるし、応援してるから。」


 あたしと沙也伽の背中に手を当てて言った。


「…ありがと…」



 あたし達、DANGERは…まだ動き出したばかり。

 本当なら、そんな時に結婚どころじゃない…って話になるのかもしれないけど。


 ノン君と結婚する事。

 それが、あたしの活力にもなる。

 ノン君にとっても…そうだと思いたい。




 そして、あたしとノン君は…結婚に向けて、色々話をした。

 式場や衣装選びにも行った。


 夏にはビートランドの大きなフェスが開催される。

 それまでに…



 それまでに。


 あたしとノン君は。


 みんなを幸せに出来るような結婚を、する……





 はずだ。








 47th 完


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 えーーー!?ここで終わり!?な感じですいません。


 他に待ち構えてる子達のために、一旦終わらせて下さいm(_ _)m

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いつか出逢ったあなた 47th ヒカリ @gogohikari

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