第19話 二階堂本家で、そのまま晩飯を…

 二階堂本家で、そのまま晩飯を…と誘われたが、事務所に戻る事にした。

 華月から、イギリス事務所所属の『Lee』についても頼まれてたし。

 ついでに…

 杉乃井の事も、聞きたいと思ったからだ。


 紅美もついて来たそうだったが、本家の玄関で理由(華月に頼まれた事)を話すと。


「そっか…じゃ、あたしはここで晩御飯食べて帰る。」


 笑顔で言ってくれた。


 その胸元に光るネックレス。

 それに愛しそうに触れると。

 紅美は周りをキョロキョロとして、俺に軽くキスをした。


「…何度も鏡見ちゃうよ。」


 そう言って自分でもネックレスに触れた紅美は…今までもそうだったが、より美しく見えた。


 …マジ、こいつの隣に居て恥ずかしくない男にならなきゃな。

 そう奮い立たせられる。



 若干どんよりした気持ちを抱えたまま、事務所のエスカレーターに乗る。

 このモヤモヤは…アレだ。

 杉乃井が二人いる。

 それには、得体の知れない気味の悪さを感じた。


 双子か?

 でも、男と女の双子であんなに見事に化けれるか?

 俺が咲華になれと言われても…そりゃあ顔は似てるかもしれねーが、体格が違う。


 そして、モヤモヤはそれだけじゃない。


 …咲華。


 海の嫁になったから…って言うだけにしては、おかしくないか?

 今まで、食って笑って食って寝て、食って笑って食って食って…って奴だったのに。

 あんなにするどい指摘をするような奴だったか?


 双生児疾患と疑われるような、奇跡みたいな何を発症するのは、いつも俺で。

 咲華は『えー、どうして華音が痛くなるの?』なんて、他人事のように驚いたり、のんきに笑ったりしてたのに。


 …あいつに、二階堂の人間みたいに、するどい奴になって欲しくないわけじゃなくて。

 危険な目に遭って欲しくないんだ。

 海と結婚した事によって、それがゼロとは限らないとしても。

 出来るだけ…安全な場所で幸せになって欲しい。



 …環さんの、あの目。

 咲華を教育しようとしてるのか…?

 …おもしろくねー…



 エレベーターで最上階に上がる。

 じーさんがまだ残ってるのは、家族LINEで確認済み。

 ついでに、マンションを借りられないか聞いてみよう。


 ドアをノックすると。


『はい』


 中からは、すぐに返事があった。


 ドアを開けて会長室に入ると、じーさんは俺の顔を見て少し笑顔になった。



「もう歳なんだから、早く帰って飯食って寝ろよ。」


 俺がそう言いながらソファーに座ると。


「可愛い孫の忠告には、素直に従わなきゃいけないな。」


 そう言って笑って、時計を見た。


「で?どうした?」


「いくつか聞きたい事があって。」


「うん?」


「えーと…」


 どれからにしよう。

 とりあえずは…


「じーちゃんのマンション、俺…借りていいかな。」


 幸せな話題からにした。


「紅美と結婚して住むためにか?」


「んー…実はもう明日からでも一緒に暮らしたい。」


 俺がよっぽどデレデレした顔でそう言ってしまったのか。


「ぶはっ。」


 じーさんは小さく噴き出して。


「全く…我慢が出来ないのは家系だな。」


 笑いながら言った。


「陸が許すか?」


「どうかな。でも事務所に近いし。」


「結婚してからはどうする。千里は当然桐生院で暮らすと思ってるんじゃないか?」


「そうだろうなー…ああ見えて親父、大家族が好きだからなー…」


 とは言っても…俺も大家族に生まれ育って、あの家を出た事と言えば…DANGERで渡米した時だけ。

 一人暮らしに憧れた事も、出たいと思った事も一度もない。

 て事は、それだけ居心地が良くて文句なし…と。



「こんな事言うのは甘いのかもだけどさ、バンドも離れたし…一緒に居られる時間は存分にくっつきたいんだよなー…」


 本音を言いながらソファーに深く沈み込むと、じーさんは下を向いて笑っているようだった。


「いつも存分にくっついてるのがいるじゃないか。」


「まあ、そうだけどさ…今はちょっとー…気が咎めるっつーか。」


「気が咎める?なんで。」


「…気付いてない?」


 首を傾げて問いかけると、じーさんは俺と同じように首を貸してげ。


「…聖か。」


 少し寂しそうな顔になった。


「何で聖が元気ないか…知ってる?」


 立ち上がって、コーヒーを淹れる。

 じーさんは頭の後ろで手を組むと、そのまま天井を見上げて。


「彼女と別れたんだろうか。って、さくらと話してはみたけど、本人に確認はしてない。」


 そこを見たままで言った。


「…ま、いい大人だからなー…親に聞かれても素直には言いにくい事もある。」


 首をすくめてそう言いながら、じーさんの前にコーヒーを置く。


 …とは言ったものの…

 俺、割と親父と母さんには、言いたくないのに言わせられてる気もするよな…



「いい大人か…俺にとっては、おまえも聖も、まだまだ小さな子供のままだけどな。」


「それ言われちゃー、色々白状しなきゃなんねー気がしてくる。」


「ふっ。」


 顔を見合わせて笑って。

 俺はもう一度ソファーに座った。

 すると、じーさんもコーヒーを持って俺の前に。



「マンションの件、俺はいいが…千里と陸にも相談しろよ?」


「…だな。了解。」


「他には?」


「え?」


「バンドの事か?」


「……」


 バンドの事…と言えば、そうかもしれないが…


「…バンドっつーか…」


「うん。」


「杉乃井の事なんだけど。」


「サリー?」


「…ああ。あいつの家族構成とか…知ってる?」


 俺の問いかけに、じーさんは少しだけ首を傾げた。

『どうしてそんな事を?』って顔だよな。


「サリーの身内に、関わりたくない人物でもいるのか?」


「いや、そうじゃないけど…兄弟とかいるのかなと思って。」


「遠回しに言うな。何が聞きたい。」


「……」


 杉乃井って男?

 なんて…聞けねーし。

 咲華がそう言った。なんて…もっと言えねー気がする。

 帰って来てるのも、サプライズだしな…



「…じゃ、それは置いといて……イギリス事務所のLeeってさ…連絡ついたりする?」


「あ?」


「…華月が知り合いらしくて、連絡取りたいっつってた。」


「……」


 華月の名前を出すのは卑怯かなー…とは思ったけど。

 俺は面識ねーから仕方ない。

 …じーさんにとっては、どうして華月が聞きに来ない?なんだろうけど…

 その辺は察してくれるはず。



「…詩生に対して、酷かったと思うか?」


 じーさんは伏し目がちにそう言って、コーヒーを一口飲んだ。

 華月が直接聞いてこなかった事、やっぱり…不自然だもんな。


「ま…仕事だからな。」


 俺も、つられたようにカップを手にする。


「詩生には期待してるんだ。」


「……」


 俺が思ったのと、違う言葉が出て来た。

 俺はてっきり…詩生は見切りをつけられたのかと。


「あいつは、まだ自分の才能に気付いてない。」


「…才能…」



 俺から見た詩生は…

 昔から歌が上手くて、見た目も華やかで。

 する事もいちいちキマってんだよなー。

 カッコ悪い事をしたとしても、それが同性の俺から見ても可愛い奴だなって思えるぐらいだから…

 天性の愛されキャラだと思う。

 同じ愛されキャラの沙都とは違うタイプの。


 だけど、いまいち…詩生自身が見えないっつーか…

 詩生の『これが強味だ』っていう『何か』は分からなかった。

 沙都は愛されキャラの他に、ソロとしての実力とソロでこそ光る個性を持ってた。


 …まだ詩生自体が出来上がってなかったって事か?



「詩生には試練だと思う。だが…腐らずに超えて欲しいと願ってる。」


 …だから…世貴子さんも早乙女さんも。

 心配はしてるようだったけど、結構突き放してる風でもあった。


「…うん。信じて待ってよう。」


 俺が頷いてそう言うと、じーさんは少し目元をほころばせて。


「…本当なら教えないんだが、可愛い孫の願いとあっちゃな…」


 そう言って立ち上がると。


「これで華月が機嫌を直してくれるとは思わないが、少しは目を合わせてくれるように口添えしてくれ。」


 らしくない事を言いながら、スマホを手にした。


「珍しい事言うなあ。」


 大げさに目を見開いて笑うと。


「可愛い孫の冷たい態度は、年寄には毒より効くんだよ。」


 じーさんは首を横に振りながら、スマホを俺に手渡した。





「…出ない。」


 目の前で、華月がスマホを片手に変な顔をした。

 それを真正面から見て少しニヤけると、華月は目を細めて。


「妹の顔見てニヤけないでよ。」


 低い声で言った。


「こんな顔されたら笑う。」


 顔真似をして言うと、華月は『もうっ!!』と俺の腕を叩いた。



 Leeの電話番号をじーさんからもらって家に帰ると。

 すでに晩飯をすませてた両親とばーちゃんと華月は、大部屋でくつろいでた。


 聖はまだ仕事で。

 じーさんも、俺が帰る時は『もう少ししたら帰る』と言ったものの、まだ帰って来ない。


 俺は軽く食った後、アイコンタクトに促されるように華月の部屋に向かった。



「非通知や知らない番号からかかったら、出ない奴もいんだろ。」


「仕事の事かもしれないのに?」


「まあ、それはそれぞれだからな。」


「……」


「じーさんの携帯からかけたら?」


「…お兄ちゃん、かけてよ。」


 …やれやれ。


 俺はあぐらを組み直すと。


「おまえ、じーさんに冷たく当たんなよ。」


 斜に構えて言った。


「…分かってるけど…」


「納得いかねーから、自然とそういう態度に?」


「…だって…」


「だって?」


 華月は尖らせた唇を元に戻そうとするも…なかなかそれは戻らないまま。

 少しうつむき加減に小さく溜息をついて。


「…詩生にだけ…冷たい気がしちゃって。」


 最近聞いた事もないぐらい、か細い声で言った。


「は?」


「聞こえてるクセに、聞き返すのやめてくれない?」


「いや、聞こえてるけど…詩生にだけ冷たいって、それはないぜ?」


「…そうかな…」


「ま、俺も最初は酷いなーとは思ったけどさ。」


「でしょ…?」


「でも、じーさんは誰かを見放すなんて事、今まで一度もした事ねーよ。」


「……」


「詩生には試練かもしんねーけど、じーさんだって詩生が戻って来るって信じてないと出来ない事をしたんじゃねーか?」


 俺の言葉に華月は少し黙って考えてるようだった。


 ガキの頃から知ってて。

 気が付いたら手を繋いでたような二人。

 出来れば…詩生には、この試練を乗り越えて、華月を迎えに来て欲しい。



「いいキッカケだと思って、スマホ貸してくれって言ってみたらどうだ?」


 華月の頭をポンポンとしながら言うと。


「…そんな、簡単に貸してくれるかな…」


 華月は、さっきとは違う意味のような唇の尖らせ方。


「今なら即貸してくれるんじゃねーかな。」


「…どうして?」


「寂しがってたぜ?」


「……」


 俺の言葉に華月はしばらく何か考えてるようだったが…


「…ずるいかもしれないけど、聖のためだから…」


 そう言って、両手で自分の頬をパンパンと軽く叩いた。



 そしてその数分後。

 帰って来たじーさんの腕に甘えたらしい華月は。


「おじいちゃまには悪いけど、冷たくしといて良かった。」


 スマホを手に、俺の部屋にやって来た。

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