第9話 「杉乃井幸子です。よろしくお願いします。」

 〇桐生院華音


「杉乃井幸子です。よろしくお願いします。」


 翌日…早速顔合わせがあった。

 新しいバンドは、まだ名前も決まってない。

 メンバーは、今の所…


 俺とガクと希世と…杉乃井幸子。



 昨日、紅美に杉乃井幸子がメンバーにいると言ったものの…その後、その事は話題に出る事はなかった。

 後で知って悶々とされるより、先に言っておこうと思っての事だったが…

 俺が思うほど気にしてないのか?


 紅美はあれから一度も、杉乃井の名前を出さなかった。



「面接に来てたのは、これだったのか?」


 腕組みをして問いかけると。


「…これって言うわけじゃないんですけど、結果これになりました。」


 杉乃井は…不機嫌な顔で。

 おまえ大人だろ?って言いたくなっちまう。



 F'sのライヴの後、ダリアで話し込んで少し親しくなったような気がしてたが。

 この件でバツが悪いのか、はたまた何か気に入らない事があるのか。

 ぶすーっとした顔での敬語。



「…もしかして、DANGERの方?」


 希世が恐る恐る問いかける。

 それぐらい、杉乃井の態度が…『よろしくお願いします』って感じじゃないからだ。


「……」


 希世の問いかけに、杉乃井は無言。

 まさか、じーちゃんはそんなに早くからコレを考えてたのか?


「…どうなんだよ。」


 別にどうでもいいが…答えないのは気持ちが悪いと思って問いかけると。

 杉乃井は、俺達を一人一人見た後…


「…そうです。」


 首をすくめた。



 …あれは…F'sのライヴの後だから…

 4ヶ月前。

 …マジかよ。

 あんなに前から…


 だから、DANGERにもDEEBEEにも、春のフェスに参加しろって話は出なかったんだな。



 そう思うと、少し気持ちが落ちた。

 そここまで認められていなかったなんて。


 …いや、でももう先に進むしかない。

 切り替えろ、俺。



「DANGERに入りたかったんですか?」


 ガクが問いかけると。


「…紅美さんの弟さんね?」


 杉乃井は、斜に構えてガクを見た。


「あ、はい…ガクです。」


「言っとくけど、ガクも希世も結婚してるからな。」


 先に釘を刺しておこうと思って言うと、杉乃井はムッとして。


「男選びのために加入したわけじゃないから。」


 キッと俺を睨んだ。


「あ…それは失礼…」


 首をすくめて小さく謝ると、さすがに杉乃井もバツが悪いのか。


「会長に、どうしてDANGERに入れてくれなかったのかって聞いたら…ハッキリ『合わない』って言われました。」


 唇を尖らせて、ガクの問いかけに答えた。


「でも…パーソナリティーとして着々と大きな番組任されてたのに…何で今更転職…?」


 俺の気になってた所を、希世が言うと。


「持ってた番組を春から新人に取られる事が決まって、ちょっと腐ってたんです。そこに会長からお話をいただいて。」


「…キーボーディストにならないかって?」


「いえ、『うちで番組持たないか』って。その面接に来てピアノが弾けるって言うと、春に新しいバンドを立ち上げるかもしれないけどどうだって言われて…DANGERの方を強く希望したんですけどね…」


 どれだけDANGERが好きなのか。

 杉乃井は、やたらとDANGERのメンバーから外れた事をしつこく話した。


 …て言うか…

 俺ら、誰も杉乃井の腕前を知らねー。

 じーちゃんがゴーサイン出すぐらいだから…上手いんだろうけど。



 そして、この後。

 軽く合わせてみようって事になって…


 俺とガクと希世は、杉乃井の腕に度肝を抜かれる事になる。





 まずはスタジオに入った。

 手始めに…何をやる?って話になって…


「Free Wayやりましょう。」


 そう言ったのは、杉乃井。


「…弾けんのか?」


「弾けなかったら言いません。」


「……」


 それは…Deep Redの初期のアルバムの一曲目。

 かなりハードな曲だ。


『Free Way』は、ナオトさんのソロも多くて。

 色んなバンドがカバーしたがるが、ナオトさんほど弾けるキーボーディストとなると…

 知ってる限りでは、ナオトさんの息子であるまこさんしか、俺は知らない。

 だからなのか、この曲をカバーしたがるバンドは聞いた事がない。

 いたとしても、キーボードソロは端折ってある。



「…じゃ、いくよ。One,Two..」


 希世のカウントで、一斉にイントロに入る。

 じーちゃんのキーは…高いけど歌い甲斐がある。



 初めて合わせる曲なのに…ガクも希世もバッチリだと思った。

 …杉乃井も。


 そして…ギターソロの前。

 俺とガクと希世は…眉間にしわを寄せた。


 なぜなら…

 杉乃井幸子がナオトさんのソロを、さらに難しくアレンジして弾いてるからだ。



「……」


 …俺の…

 俺の本気に、火が点いた。

 今まで、ここまで俺を引っ張る奴…いたか?

 しかもキーボーディストで。



 俺がソロを弾き始めると、それに被せたように杉乃井も弾き倒して。

 ガクはそれをまとめようと…また違うベースワークをして。

 希世も…それらに引っ張られ始めた。


 …何だこれ。

 全然まとまりない。

 まとまりないのに…


 …ゾクゾクしてたまらねー…!!



『Free Way』が終わったと思ったら、杉乃井は同じアルバムの二曲目に入っている『Without You』のイントロを、涼しい顔をして弾き始めた。


 …マジかよ!!


 俺ら三人とも、一曲で汗だくんなってるっつーのに…!!



 …正直…

 こんなに本気中の本気でやるのは、生まれて初めてだ。

 しかも…相当マジなのに…

 杉乃井に置いていかれてる。


 …悔しい…!!



 結局、そんな調子でアルバム一枚…11曲を通した。

 俺としては…ガクと希世がDeep Redの初期のアルバムをここまで聴き込んでた事にも驚いたが…

 …とにかく…杉乃井が…

 半端なく凄くて…



「…思ってたより、体力ないですね。」


 床に座って、息絶え絶えになってる俺達を見下ろした杉乃井は。


「あと、迫力も。」


 無表情な顔でそう言って。


「みなさんは体力作りから始めて下さい。曲はあたしが書いて来ます。じゃ、今日はこれで。」


 さっさと…スタジオを出て行った。



「……」


「……」


「……」


 俺達三人は…何も言えなかったが…

 …悔しさは、同じぐらい感じてた。




 まさかの杉乃井に…




 完敗。




 〇二階堂紅美


「…よろしくお願いします…」


 今日は…早速、新生DANGERのスタジオ入り。

 予定より早い復帰になった沙也伽は、昨日はあれから自宅のスタジオにこもってドラムを叩きまくったらしい。



 高原さんからは、前もって音源渡してたから…って言われたけど…

 あたしも沙也伽も、元BackPackの実力…ちょっと疑ってる。

 趣味の延長。ぐらいの気でやってるって聞いた事があるだけに、大丈夫なのかな。って気持ちの方が大きい。


 一応、本間三月抜きの四人でスタジオでペコペコと挨拶をした。

 今日からルーム使っていいはずなのに、二人はルームにも来ずにスタジオにいた。



「揃ってるか?」


 そんな、妙な空気のあたし達の中に入って来たのは…


「…里中さん?」


 一斉に、あたし達四人の眉間にしわが寄る。


「よし。一曲目…『Ugly』から行こう。」


 こ…

 これは…もしや…

 あたし達、里中さんに指導されるの!?


 あの、大御所の朝霧さんやナオトさんにも、悪魔って言われてるちさ兄にも、悪い所なんて見当たらないSHE'S-HE'Sにも、平気でダメ出しする里中さんに!?



「何してる。早くしろ。」


 …これ、もうスイッチ入り気味だよね。

 里中さん、普段は物腰柔らかいもん…


 ともかく…あたしは三人を見渡して、イントロに…


『遅い!!』


 キーン。


 里中さんのマイクを持っての大声に…あたし達四人は肩を揺らせた。

 まだ…あたし、一小節弾いただけだよ---!?


『ちゃんと弾け!!』


「は…はい!!」


 あたしがイントロに入ると、麻衣子さんがユニゾンで弾き始めて。

 沙也伽と多香子さんのリズム隊が同時に…


『沙也伽~!!バラッバラじゃねーか!!』


「えっ…」


『おまえハット踏んでんのか!?』


「はっ…」


『おいおいおいおいおい!!幸せボケしてんじゃねーよ!!』


「……」



 それからも里中さんは…


『おっ…多香子。一人だけ裏からオシャレに入ったな…って、違うだろ!!何でそこ合わせられねーんだよっ!!ンパッ!!じゃねーよ!!パッ!!だろーが!!』


『麻衣子ーーーー何回言わせんだーーーーーあ!?何でバッキングがそんなに邪魔なんだよ!!気付け!!素人か!!』


『紅美!!息継ぎ早い!!』


『沙也伽!!シンバルで誤魔化すな!!』


『麻衣子!!』


『麻衣子!!』


『多香子!!』


『沙也伽!!』


『多香子!!』



 とにかく…容赦なかった。




 結局、里中さんがあたし達に『Ugly』一曲全部を通させてくれたのは…

 スタジオに入って三時間が経った頃で。


 たった一度。

 たった一度通したそれを聴き終えた里中さんは。


『何なんだ…この下手くそ集団は…』


 絶望的。ってぐらい悲壮感漂う声で。


『明日もこうだったら、解散だからな』


 そう言って…スタジオを出て行った。



 明日もこうだったら…解散…?

 まさか…嘘だよね…?



 汗を拭いて、唇を噛みしめる。

 アメリカでも…グレイスにこっ酷くやられたけど…

 里中さんは、それ以上だし…噂以上に厳しい。

 そんな里中さんを、明日…納得させられる?


 そもそも…新生DANGER…

 無理があり過ぎじゃない?

 今までノン君とガクがいたパートに…多香子さんとあたし。

 そして、あたしが弾いてた部分を麻衣子さん。


 …どう考えても、あたしもだけど…

 Back Pack…足りないよ…



 あたしが心の中で少し不満を吐いてると。


「…ごめん…あたし、サイドギターのクセに足引っ張って…」


 麻衣子さんが…泣きそうな声で言った。


「…そんなの言ったら…あたしなんて、たぶん一番名前呼ばれて叫ばれたし…」


 多香子さんも、唇を尖らせて言った。


「……」


 確かに二人とも、よく名前を呼ばれた。


 …だけど…



 あたしと沙也伽なんて、プロとしてデビューしたのに。

 二人と同じぐらい名前を呼ばれた。


 あたしの作った曲なのに…理解してんのかって言われた。



 …麻衣子さんと多香子さんのせいじゃない。

 あたしと沙也伽の情熱が…足りないんだ。

 今までのDANGERは…ノン君とガクでもってた。って言われたようなもんだ。


 …そんなの、悔し過ぎる。



「……泣きごと言ってる場合じゃないですよ。明日解散なんて…冗談じゃない。」


 沙也伽の声に顔を上げると、沙也伽は袖を肩まで捲り上げて。


「こんなので解散なんて、イヤ。」


 あたし達を見据えた。


 …ああ。

 沙也伽は…もう切り替えてる。

 …さすが。



「…もちろんよ。」


「合わせてくれる?」


「OK」



 そしてあたし達は…それからも『Ugly』一曲を、延々と続けて。


「そこ、麻衣子さんが入るタイミングおかしいんですよ。」


「…『さん』要らない。それに、タメ口でいいから。」


「…え?」


「あたし達、メンバーでしょ。多香子も。」


「……」


「そうよ。紅美、沙也伽。あたしの事も、多香子でいいから。」


 二人が真顔でそう言って。


「…了解。じゃ、麻衣子。Bメロに入る時、単音で入るとあたしとズレるから。」


「なるほど…カッコいいと思ってやってたけど、ズレちゃ耳障りよね…」


「沙也伽、もう一回頭からお願い。」


「オッケー多香子。」



 明日、解散なんて言わせない。

 あたし達、高原さんに『選ばれた』四人なんだ。

 絶対…認めさせてみせる。



「今の!!今の良かった!!」


「うんうん!タイミングバッチリ!!」


「あー!!気持ち良かったー!!」


「紅美、ほんとにいい声してる。この曲にピッタリ。」


「…ありがと。明日はもっとシビれる曲にしよ。」


「うん!!」




 新生DANGER




 第一歩…のための…準備。





 完了。

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