第39話  パズルとアルシエル

「あの、アルシエルさん、ベリアルが誰なのか見破る方法は、ないんでしょうか」


 悶々とした空気を破ったのは、彩斗だった。


「……難しいと思う」


 アルシエルは首を横に振った。


「というより、ほぼ不可能だ。私は、皆を召喚した際、《看破》の魔法を使っていた。だが、それでも見破れなかった。奴は《変化》の術も長けた魔神だ。対抗策があるのだろう。対して、私は幻術や変身の類は、得意ではない。ダジウスの輝石で魔神となった今でも、増したのは単純な暴力ばかりだ。すまない」

「いえ。それは仕方ないです。……なら、そういう魔法具はないんですか? ベリアルを見破るような。そんな……道具は、エレアントのどこにもないんですか?」


 一瞬、否定しかけたアルシエルだったが、ふと思案を巡らせると、小さく声を出した。


「……もしかすると、この天空宮殿にならあるかもしれない」


 アルシエルは疑念を抱きつつも呟いた。


「私はこの宮殿を占拠する時、ベリアルへの復讐だけを考えていた。アルシエル・ゲームに必要な機能さえ覚えておけば復讐は完遂できる――そう思っていたが、もしかすると、宮殿内にも私が見逃した何かがあるかもしれない」

「あ、それじゃあ……」


 彩斗の声に、希望が生まれる。

 アルシエルは頷いた。


「ベリアルは熱しやすく、冷めやすい魔神だった。ベリアル・ゲームを行っていた当時、奴は退屈しのぎのため、地上から魔法具を持ち込んでいた可能性が高い」

「なら、その中に、幻術や変身を見破る魔法具があるかもしれませんね」

「可能性は十分にある。――来い、シャノン」


 大声で階下へ叫んだアルシエルの元へ、一人の少女がやってきた。彼女は彩斗も見たことがある、蜂蜜色の髪をした、メイドの少女だった。


「お呼びですか、アルシエル様」

「この宮殿の内部を記した書物を持ってこい。確かそういう物があったはずだ。前にお前との会話で言っていたな?」

「はい。ございます。――以前ベリアル様は……いえ、ベリアルは、ここを統治していた当時、いくつかの隠し部屋を作り、秘密の遊技場としていました。その在処を記した本が、大宝物庫プレアデスに保管されています」


 アルシエルはすぐさま命じる。


「それを今すぐに持ってこい」

「……今すぐ、ですか?」


 メイドの少女は小首を傾げた。


「そうだ。一刻も早く」


 メイドの少女は、少し考えた。


「わかりました。ではガーゴイルを数体ほどお貸しいただけますか。大宝物庫には防衛用の仕掛けもございます。その露払いとして」

「構わない。なるべく早急に戻ってこい」

「かしこまりました」


 礼をして了承するメイドの少女の手に、アルシエルは魔法を放った。

 少女の手の甲に花弁のような印ができる。花弁は八枚。それはガーゴイルを一時的に貸し与える魔法の印だった。


「八体を預ける。急げよ」

「はい、かしこまりました」


 間もなくメイドの少女は小走りに部屋を後にした。ガーゴイルの足音である、硬い石の足音がいくつも響いて、やがてそれらは遠ざかっていく。



†   †


 そして、しばらく時間が経った。

 手持ち無沙汰になったのは全員同じだ。激闘が終わって、気力を消費していたせいもあり、一同は自然を張り詰めていた気を一旦緩ませ、それぞれ床や壁に身を預ける。


「夜空、本当に綺麗だね」


 床に腰つけながら、なんとなしに彩斗がつぶやく。


「こんなに綺麗な空なのに、どうして、ベリアルはそれで満足できなかったんだろう」

「――それは、奴の持つ、膨大な魔力のせいだろうな」


 少しの間を経て、答えたのはアルシエルだった。彼女はスララと軽く手を重ねながら、


「奴は生まれつき、力のある存在だった。普通の魔物が何十年、何百年とかけて蓄える力を、わずか数年で極めてしまった。頂点の力を手に入れてしまい、魔神と呼ばれるようになったベリアルは、己の衝動に従い、暴虐の限りを尽くした。溢れる力を使って、破壊の飢えを満たそうとした」

「そんな……」

「アルシエル・ゲームを開催していた私にはわかる。強大な力には、己を狂わせる魔力がある。あるいはそれは、本能と呼ばれる衝動かもしれない。動物が子を成そうとするように、人が誰かを愛するように、それは止められない。私はベリアルへの復讐からこのゲームを始めたが、そもそも魔神として、力に溺れていた面もある」

「それは、悲しい事ですね」

「そうだな。ベリアルは、それに輪をかけて酷かった。奴は自らの膨大な力を使わずには、いられなかったのだろう。ベリアルの暴虐は――全てそれに繋がる」

「なんて酷い話だ……救われない」


 ふと、彩斗の脳裏に、中学の頃の光景が浮かぶ。

 修学旅行のときだ。土産物に行ったときの事。彩斗は木刀を買ったのだが、似た経験を覚えた。

 それは取り立てて高価なものではなく、何の変哲もない、量産品ではあったが、彩斗はすぐに気が強くなった。

 木刀を握るだけで、胸の奥から高揚感が湧き出て、妙に浮ついた気持ちが湧いた。前よりも自分が上の次元に踏み込んだ――そんな感覚があった。


 それこそが、『力』による『陶酔』なのだろう。

 突き詰めれば、ベリアルの力と彩斗が感じたものは同じ。


 武器には、『力』には、持ち主を暴力に酔わせる魔力がある。

 規模は違いすぎるが、根源的な衝動は――同じ。


「力を使わずにはいられなかったのだ、ベリアルは。自らの湧き上がる衝動に身を委ねなければ、生きてはいられなかった。退屈を何よりもあいつは恐れた。奴の黒き大蛇も、石像庭園も、円環の鎧も、その他数々の魔法も、どれか一つだけならば、それを駆使して、普通の魔物として奴は生きていただろう。しかし全てを得てしまったがゆえに、使い続けなければならなかった。溢れる力を発揮させねばならなかった……それは、ある意味では誰よりも悲しいと言えるかもしれない。誰かを不幸にしなければ自分が不幸になる――それこそが、ベリアルという存在」

「そう、ですね」


 その言葉は、限りなくベリアルに近づけたアルシエルだからこそ言えるのだろう。

 彼を身近で見て、彼を強く憎み、自身が魔神と呼ばれる存在になって、皮肉にも、初めてベリアルの心情がわかってしまった。


 ――強すぎる魔神の抱えた、悲劇とも言える習性。


「……」


 ふと、そのときと彩斗はその言葉を受け、針のような違和感を抱く。それは、とても小さな違和感で、ともすれば忘れてしまいそうなもの。

 けれどなんだろう……何か、アルシエルは今、大切なことを言った気がする。

 忘れてはならない、何か――重要な。


 けれど。

 そんなことを思っている間に、アルシエルは話を続けてしまう。


「何にせよ、ベリアルを討ち滅ぼすという私の目的は変わらない。シャノンが戻ってくるのを待とう、話はそれからだ」


「……はい、そうですね」


 そして絶景に再び皆の視線は戻る。天空の星々の鮮やかな輝きは、これまでの疲れや緊張を洗い流してくれるような感覚をもたらした。些細なことならば、気にすることはないだろう。彩斗はごく軽く考えるようにして、隣のスララと星々を鑑賞した。




 それからまたしばらくして。


「あ、ねえねえ、彩斗~」

「ん、どうしたの、スララ」

「さっきから思ってたけど、あそこ見て。パズルがあるよ」


 スララの示した方向に、皆の視線が向く。

 そこには、パズルが埋められていた。透紺色の石で構成された床のうち、数カ所に一片が一メートルほどの額縁が埋め込まれている。

 ピースの数はまちまち。絵柄は特徴的で、屈強そうな巨人や竜、可憐な妖精など、エレアントに住む生き物が描かれている。


「……ああ、あれか」


 アルシエルが返答する。


「私もここを支配したときから気になっていたが、何の意味があるのかわからない。ベリアルの趣味の一つだろうと、無視していたのだが……」


 パズルは、数えてみれば六種類あった。

 床の上、直線上で結ぶと、ちょうど六角形になるようにそれらは埋め込まれていた。


「ねえ、見て。外せるよ~」

「あ、スララ、いきなり取ったりしたら危ないかも……」


 言うが、その間にスララがリコリスを伸ばし、一ピースを外してしまった。


 ――いきなり天井が割れ鉄球が落ちてきた。

 なんて事もなく、何も起こらない。スララから一番近い妖精のパズルを外したのだが、辺りは平穏そのもので、スララは首を傾げる。


「見て、ピースの裏にも絵が描いてあるよ~。なんだろうね、これ」

「本当だ。……竜?」


 スララが伸ばしたリコリスを皆の目の前に引き寄せ、パズルの絵柄を見せる。そのパズルの裏面を覗いてみれば、『三つの眼』を持つ竜が描かれていた。


「両面式のパズル……? ずいぶんと精密な絵だ」

「わたしの描く絵よりもうまいかも~。本当、何なのかな、これ」


 スララが首を傾げ、何度か裏表を返してみる。

 アルシエルが魔法を使い、危険性あるかどうか、軽く調べてみる。


「……特に異常はないな。魔法的には何の変哲もない代物だ」

「ということは、ただのパズル? ベリアルはたまにこれで遊んでいたのかな~?」

「……まさか。いや、夜空を楽しむ情緒はあったくらいだから、暇つぶしとしてはありかもしれない。ありかもしれないが……」


 そもそも、天空宮殿の中枢部にあるというのが気にかかる。わざわざそんなところにパズルなどはめ込むか……?


 スララがリコリスでつんつんと竜の絵柄を突いていく。けれども異常性は特にない。全くない。完全に遊戯物としての代物らしい。

 そのことを一同が結論付けると、スララがはにかみながら、問いかけた。


「ねえお姉ちゃん、シャノンが戻るまで、暇じゃない? 試しにこのパズル解いてみようよ」

「おいおい、スララ」


 苦笑する。


「何もこんなところでしなくともいいだろう。確かに時間があるのは確かだが……」

「ダメかな? 異常はないんでしょ?」


 確かに、一端完成した絵柄をばらせば遊戯物としては使える。

 使えるが、何もこんな時にそんな事しなくとも……。


 そう笑い流そうとして、けれどアルシエルは出来なかった。

 これは誘いだ。スララが、昔姉妹として交流出来なかった事への。その反動。こんな時だからこそ、危険が去った時だからこそ、束の間の安らぎを求めている。

 この一連の事が終わればまた忙しい日々が続くだろう。アルシエルは皆への終演のフォロー、スララはその補佐。きっと、忙殺されるに違いない。


 だから今、ふと出来た空白の時間を使って、ささやかな癒やしを求めてきたのだ。

 アルシエルは、すぐに表情を切り替えた。スララの瞳を見て、そこに期待の色を見て、頷く。


「パズル……か。そういえば集落にいたときは、遊びらしい遊びもしてやれなかったな……」


 思い出らしい思い出などなかった。あるのはひたすら復讐に燃える日々で、口を開けばベリアルへの復讐か、そのための研究ばかりを行っていた。

 姉妹の時間といえるものは、ほとんどなかった。


「……ああ、そうだな。やろうか、スララ」

「やった、嬉しいよ、お姉ちゃん!」


 晴れやかなスララに、アルシエルも釣られて頬を緩ませた。

 それどころか久しぶりに遊び心が湧いたのだろう、ふっ、と柔らかな笑みさえ浮かべている。


「しかし、やるからには容赦はしないぞ、スララ」

「わたしだって負けないよ~。絶対勝つから」


 そうして、束の間の遊戯の時間となった。

 全部で六つあるパズルのうち、四つを使う事にする。それぞれ彩斗たちは散らばっていき、元の絵柄を全部取り出した。

 そして裏面の絵をはめていき、五回戦で一番勝った者が最終的な勝者という勝負。


「では、行くぞ」


 そして皆の準備が終わり、遊戯が開始される。

 一回戦は、圧勝したのはアルシエルだった。

 彩斗は二位。スララは三位。ビリはエルンストで、苦笑いをしている。


「……うわ、お姉ちゃんずる! 一番少ないピース選んでる~」


 気づけばアルシエルは最もピース数の少ないものを選んでいた。以下、少ない順に彩斗、スララ、エルンスト。

 一回戦はピース数に順当な結果だった。


「ふふ……パズル選びから勝負は始まってるぞ。妹よ、言っておくが敗者には罰ゲームもあるからな。一番遅かった者は……そうだな、優勝者の願いを聞かなければならない、という事でどうだ?」

「うわ、お姉ちゃんズル過ぎ~、せめて交代しようよ」

「勝負とはな、不平等から始まるのが常だ。そんな甘い事を言う時点で、敗者決定だ」


「うわあ……」

「なんて大人気ない……」彩斗が言った。

「まるで子供みたいなやり方であるな」エルンストが呆れた。

「なんとでも言うがいい。ふふ、さて、そうしてる間にも私はどんどん組み上げていくぞ」


 二回戦。容易くアルシエルが勝った。


「うわ、お姉ちゃん卑怯!? わ、わたしも頑張らないと」


 三回戦。スララはリコリスを用いて、速度を上げていった。実質四本の腕だ。

 だがアルシエルも負けてはいない。両の爪のリコリスを広げ、芝居がかった仕草で10本のリコリスを操る。


「ふふははは! 見ろ、私のリコリスを! 分体を! スララには負けん、負けんぞ!」

「うわーっ、お姉ちゃん十個も分体作ってる~! ズルっ!? ど、どうしよう~、彩斗!?」

「いやー、これは……無理なんじゃないかな。……というか早すぎて視えないよ。どんだけアルシエル本気なの」


 残像翻しパズルを組み合わせるアルシエルは尋常ではない。魔神の力、無駄遣いし過ぎ。さすがの彩斗もドン引きだった。

 エルンストは苦笑してマイペースに組み合わせている。


「……もうボクはビリでもいいや。スララのパズルを手伝うことにする」

「ははは、無駄だ、無駄だ、スララには負けんっ! 私の勝ちだ、フフハっ!」


 楽しそうだった。じつにアルシエルは楽しそうだった。輝く瞳でスララと彩斗が悔しがる様子を見ながら、十本の爪のリコリスと、十体の分体で次々とピースをはめていく。


「あ」


 その時だった。スララのリコリスが強く動きすぎたのだ。ピースが飛び、隣の彩斗の顔に当たってしまう。


「痛っ!?」

「わ、ごめん彩斗、だいじょう……わあっ」


 焦っていたので周りの大量のピースに目がいかない。彩斗の顔を覗きこもうとしたスララは、手のひらをピースで滑らせてバランスを崩す。

 そして巻き込まれた勢いで、彩斗ごと二人は倒れた。

 弾みで、スララの胸に彩斗の手が触れる。柔らかな感触で、むにゅんと揺れる胸。


「あ、ご、ごめん。スララ……」

「事故だから平気。それより、彩斗の顔に、」

「き、貴様ら――――っ!?」


 アルシエルが狼狽えつつも叫んだ。


「あや、あや、彩斗! お前、スララの胸に触ったな!? 私の妹に破廉恥な行為とは、許さんぞ!」

「ええ!? いや、あの、違います! わざとじゃありませんっ」

「それより彩斗、今がチャンスだよ。お姉ちゃんを抜かそう~」

「ちょ!?」

「く……だが速度は私の方が上だ。お前たちには負けん」


 するとスララは何やら考える仕草をした。

 少しだけ悪そうな顔をし、彩斗の体に密着すると、


「お姉ちゃんに勝ついいこと思いついた。……ぴと」


 彩斗の胸に、スララが顔を埋める。


「す、スララ!? お前っ、男の胸に顔を埋めるとは、何を――っ」


 アルシエルが顔をひくつかせる。その隙にスララはババッと、ピースをはめて形勢の逆転。


「待て、スララ、卑怯な! 私の気を散らす作戦だと?」

「勝負は不平等なんだよね? それなら、使えるものは何でも使ってもいいんだよね?」

「くっ……!」

「スララ……何て恐ろしい子……」


 ピースを早くはめようとするアルシエルだが、スララは構わず彩斗と密着してパズルを埋める。

 アルシエルはそちらが気になって集中どころではない。さらにスララは追い打ちのごとく、


「……ぴと? すりすり」


 彩斗の太ももに顔を埋めた。そして撫で始めた。


「スララーっ! お前っ、おと、男の太ももに、なんて破廉恥なことをっ!」


 さらにスララは彩斗の頬に自分の頬を重ねる。

 さすがに彩斗は顔が赤くなる。


「いや、あの、スララ……もうその辺で」


「……さすさす」


 彩斗の手を取って、スララは自分の頬に少し擦りつけた。甲にそっと唇を付ける。

 アルシエルが――彩斗が――固まった。


「す……す……スララ。おま、お前、何して……っ」

「すすす、スララ……!? ボクいま、キスされたような……っ!?」

「今のうちだよ! 彩斗、急いで急いでっ!」

「あ、え、う、うん……」


 硬直するアルシエルを差し置いて、リコリスを颯爽と動かす。

 やや時間を経て、スララのパズルが、アルシエルのそれを抜いて逆転優勝した。




「策士策に溺れた……」

「やった、お姉ちゃんに勝ったよ~! ありがとう、彩斗!」

「……いや、うん。ボクは喜んでいいのか、それとも道場すればいいのか……あの、アルシエルさん、ごめんなさい」

「いや、謝らないでくれ」 


 アルシエルが床に手をついて落ち込んでいる。

 スララが彩斗の手を取って笑っている。

 愕然として、アルシエルは体をわななかせ、叫ぶ。


「く……そんな、私の妹が、スララがあんなに嬉しそうに……仲の良い恋人のように、喜んでいる、だと……!?」


 何やら床に向かってしゃべりだした。


「く、確かにスララは可愛くて、愛らしくて……どこに嫁に出しても問題ない、世界一可愛いプリティーでキュートでラブリーな妹だが、だからといって人間が伴侶であるなど……! いや待て、スララを大切にしてくれるなら良いのか……? し、しかし……近年では価値観の違いからの離婚問題が多いと聞くし、そうしたらスララはとても悲しむだろうし、不倫事件とか……でもでも、スララが選んだ男なら私は、私は……っ、く、彩斗ぉ! お前、スララのこと、末永く大切にしてくれ! 頼んだぞ!」

「いや、アルシエルさん、悔しさのあまりおかしな言動になってますよ!?」


 彩斗が彼女を揺らすと、それでようやく、アルシエルは我に返った。


「ハッ!? 私は何を……」


 恥ずかしそうに周りを見て、顔を隠すように、わざとらしく彼女は咳をする。


「うん。……まあ、では勝負はスララの勝ちだな。我が妹ながら見事だった」

「お姉ちゃんに勝ったよ! それじゃあ、約束通り、お姉ちゃんに勝者のお願いをするから」

「ああ……お、お手柔らかに頼むぞ」


 スララが少し悪い顔になって姉を見上げた。


「――じゃあ、お願いするね。お姉ちゃん。これからずっと、わたしのそばにいてほしい」

「え……」


 驚き、と目を瞬かせて、アルシエルは妹の顔を覗き込んだ。


「スララ、お前――」

「さっきみたいに、楽しそうな仕草で、わたしと一緒に遊んだり、笑ったり、一緒に過ごしてほしいよ。憎しみは忘れて、新しい日々を送るの。それが、わたしからのお願い。お姉ちゃんに望むこと」

「スララ……」


 アルシエルは、感極まって、思わずぎゅっと抱きしめて、妹の胸に顔を埋めて、震える。

 そんな姉を、スララは優しく抱き返した。


 もっと色んな姉を見てみたい。アルシエルを知っていきたい。

 子供みたいにはしゃいで、時にはムキになって。

 些細な遊びに全力で挑む――アルシエルを知っていきたい。

 紡がれなかった時間をこれから紡いでいこう。埋められなかった空白を、二人でたっぷり埋めていこう。

 そんな気持ちが込められる。


 ――罪滅ぼしの日々は、辛く険しいかもしれない。

 けれど姉妹一緒ならば、苦しさは半分、辛さも半分、けれど喜びは二倍も三倍にも増えるから。

 溢れる姉への想いを込め、スララはアルシエルを強く抱き返す。


「わたし、お姉ちゃんが大好きだよ。もっと一緒にいたい。だから頑張ろうよ。わたしも、お姉ちゃんに協力する。どうやって罪を滅ぼせるか考えてみる。ベリアルとも一緒に戦うから――だから、早くベリアルと決着をつけて、幸せになろ?」


「ああ……ああ!」


 スララの笑顔は――太陽だった。

 憎悪の氷に包まれていたアルシエルは、この時、一片の欠片もなく、憎しみを棄てることができた。

 姉妹が抱き合う時間だけが静かに訪れる。

 優しい空気が彼女らを包み込んでいく。


「スララ……ありがとう、ありがとう……」


 低い嗚咽が、染み渡るように部屋へ広がっていく。

 スララとアルシエルは、潤んだ瞳と濡れた声音で、いつまでも抱き合っていた。

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