第16話  スララというパートナー

「短槍が砕かれたぜ」


 魔物ハンターのグルゲンが顔をしかめさせて呟く。


「ああ、おれは体のあちこちが痛え」


 同じくハンターのワストーが忌々しげに唇を歪めていた。


 彩斗たちがエルンストと決意を固めているのと同時刻だった。

 撃退されたワストーとグルゲンは、忌々しい声音を交わし合っていた。


「ちくしょう、あの白衣め、くそったれな液体ぶっかけやがって。服が変な風に動いたせいで、まだ手足が痛え」

「風使いの小娘、ゴミみたいにおれを吹き飛ばしやがった。ちくしょう、次の闘技の鑑賞になったら、ぶっ飛ばしてやる」


 いきり立って両拳をがつんとぶつける髭面のグルゲンだが、すぐさま激昂を抑える。

 一度戦っただけで、実力差は身に染みた。一対一で挑んでも、絶対に勝てないとわかってしまうほどの強豪だった。

 エルンストとフレスベルグ。

 今、この瞬間も、あの白衣の青年と長い髪の少女はコロシアムの対岸で話をしている。主に口を開いているのはエルンストで、フレスベルグはあくびばかりしているが、コンバットナイフを持つ少年と、半透明の髪の房を持つ少女は、意気投合したかのように、交流を行っている。


 何とかしてあのエルンストとフレスベルグを引き離したい。あの彩斗とか言う少年のコンバットナイフを奪い、戦力を少しでも補強したい。

 特に愛用の短槍を失ったグルゲンは、ほとんど死活問題となった状況だった。エルンストたちに撃退された屈辱、これからの不安、それが入り混じり、焦りを増殖させている。


「全てのペアのうち、見た中じゃあ、あの彩斗って小僧から奪うのが手っ取り早かったはずなんだが」

「その通りだよなあ。夜津木との闘技は、あの半透明の房の小娘のおかげだしなぁ。とりあえず武器は確保しとかねえと、武器の消耗がやばい」


 ――そのとき、ワストーとグルゲンの背後に、歩み寄る二つの影があった。

 一つは細長い体躯の鳥だった。後頭部に二本の羽毛を持ち、灰色がかった白と、晴天の空を塗りたくったような鮮やかな色素。青鷺に似ているその魔物は、名前をベヌウと言い、『不死鳥』とあだ名される、生命力に長けた存在だった。

 もう一体はカトブレパスと呼ばれる魔物だ。巨大な頭部、太い四肢、体長は五メートルを超え、長く鋭利な爪と、強靭な尾を持っている。何より目立つのは額にある、三本の太い角。そして、目は金属のプレートで覆われていた。細いベヌウと並ぶと、屈強な体躯が際立っている。

 彼らはグルゲンとワストーのパートナーである魔物だ。


「戻ったか、ベヌウ」

「お前もよく偵察に向かってくれたな、カトブレパス」

「グモオー」


 グルゲン達がねぎらうと、カトブレパスが低い唸り声を発した。

 強力な能力を持つカトブレパスだが、人語は話せず、複雑な命令も聞かなかった。

 反対にベヌウの方は、


「やれやれ、人間に使いっ走りされるとはわたくしも落ちたものです。わたくしは高貴な生まれの魔物。本来は人間どもの言葉に耳を貸すのも我慢ならないのですが、ゲームの攻略のためには、致し方ありませんね」


 高圧的な態度で、不満を隠しもせずに口にする。その代わり映えしない態度にワストーたちは苦笑半分、頼もしさ半分の顔のまま返す。


「ま、いつ見ても正反対な魔物たちだな。よくもまあここまで対称な」

「まったくだ。おしゃべりと寡黙な魔物、怪物にも個性ってやつがあるわけだ」


 ワストーとグルゲンは低く笑い合う。

 自分たちはじつに運がいい。ベヌウとカトブレパス、強力な魔物をパートナーにしてもらえたのは、何かの天啓としか思えない。『不死身』という使い勝手の良い能力を持つベヌウと、『視線で対象を即死』させるカトブレパスがいれば、いかなる魔物も恐れるに足らず。。

 まだ闘技の出番こそないが、目算で見る限り、これを上回る魔物はそういない。

 巨大かつ威圧感あるカトブレパスを見上げて、グルゲンが愉快そうに言う。


「カトブレパス、次の闘技の時間、もしも戦う組に選ばれたら、普通に戦え。だが今日みたいな観衆に選ばれたら、さっき伝えた作戦の準備をしろ。頭が足りないお前でも、それくらい出来るだろう」


 命じられ、カトブレパスはグモオーと野太い声を発した。

 知性は足りないが、その分内に秘めた力は感じられる。

 代わりというように、ベヌウは後頭部の長い羽毛を揺らして、不満そうに語る。


「その代わり、わたくしに負担が押し付けられているのですが。まったく人間とは弱い生き物ですね。作戦もないと満足に戦えないとは……本来なら、あなたたちも参加すべきなのに、たかが一度負けた程度でわたくしの力を借りるなど、何様のつもりですか?」

「うっせえな」


 ベヌウのパートナーであるワストーが顔をしかめた。


「いいか、本当なら別のペアを襲うつもりだったが、標的は変更だ。あのエルンストって野郎、フレスベルグとかいう小娘だ。あいつらは邪魔だ、何としてでも排除しなければならない」

「ふう、やれやれ、人間同士の醜い争い、見るに堪えないものです」


 言ってろ、とワストーが忌々しく声音を歪ませ、


「準備は五日かける。ベヌウ、お前は合図を受けたら、奴らに襲いかかれ。言われた位置まで奴らをおびき寄せろ。その後は、カトブレパスが終わらせてくれる」

「グモオー」


 ベヌウは針のように細い脚で床を叩いた。


「まあ、いいですとも。今のうちは手を貸しましょう。ゲームはパートナーを倒してしまったら石化。不死鳥のわたくしでも、それだけは防げない。今はあなたたちに協力しましょう、業腹ではありますが」

「そうだ、それでいい。まず、強い奴を減らす。そして弱い奴から武器を奪う。ククク……おれたちの勝利は、揺るぎない」


 強者が弱者から奪う。それは当たり前の摂理だ。奴らには運がなかったと諦めてもらおう。

 五日後が楽しみだ、その時はお前らの最後だ――。

 ワストーとグルゲンは、互いの肩を抱き合って笑い合っていた。


 ――上には上が、いるとも思わずにに。



†   †



 金属音がかち合う音がする。

 氷雨と紅蓮が交差し、岩場を薙ぎ払う。荒々しい爆音が鳴り響き、その直後、盛大に土煙が巻き起こる。


 翌日、闘技場では激しい戦いが続けられていた。

 もうすでに、開始してから半刻ほどの接戦だった。筋骨隆々の巨漢と、子供の体躯の妖女。どちらもが実力者である激闘は、光と衝撃波を撒き散らしながら、いつ終わるともなく続いている。


「それでですね、火傷をしたときの状況を教えてほしいんですけど……」

「はあ? うるさいわねぇ。どうしてあたしがそんなこと教えないといけないの?」


 彩斗の問いに魔術師の女性が辛辣な口調で応じる。

 闘技が決戦の舞台で行われている最中、彩斗はスララと共に、観衆場で聞き込みに走り回っていた。

 丁寧な口調で聞き込みをしたのだが、相手の反応はいまいち芳しくない。

 相手を変えて、彩斗は何度か同じことを頼んでみたのだが、


「うるせえな。どうでもいいだろ。こっちはいらいらしてんだ。すっこんでろボケナスがっ」

「火傷をした状況? それより俺たちは闘技の様子を見るのに忙しいんだよ、悪いな」

「そんなことより君、良いナイフ持ってるね。くれない?」


 誰も彼もがまともに応じない。あんまりな対応に、彩斗は少し弱り顔になる。


「彩斗~、交代して。わたしがやってみる~」


 なので、スララが試しに上目づかいで、明るい声を出しながら頼んでみた。


「あの、じつは火傷の痕について、調べないといけないんです。教えてくれませんか?」


 少し潤み、それでいておねだりするようなつぶらな瞳。

 鈴の音のように心地よく、そして困ったような口調。

 男はスララのその可憐な姿を見て、むっつりと、


「……ふん、まあそうだな。この傷は、故郷の戦争でできたものだ」

「そうなんだ~。すごく痛そう。きっと、辛かったんだね……」

「まあ、そんなことはねえよ。俺にとっては勲章みたいなものだ、傷なんてのは」

「わあ、強いんですね~。そういう人、憧れます」

「ん? いやー、ははは。自慢じゃないが槍の腕はそこそこだ。見るかい?」


 男は照れて、むずがしそうに口をもごもごさせる。

 その後もスララはひまわりのような笑顔で、いくつかのペアから情報を得る。


「わあ、すごーい。それで、火傷したときのこと、もっと聞かせてほしい~」

「おお、なんでも言っちゃうぜ」


 結果として、十組の話を聞いてきてしまった。

 晴れやかな笑顔で、スララは彩斗の所へ戻っていく。


「やったよ、彩斗! ばっちり教えてもらっちゃった!」

「いやこれもうボクいらなくない……?」


 こっちとしては一生懸命だったのに雲泥の差過ぎる。

 性差もあるとはいえ目の前であんな結果を見せつけられると軽く心が折れそう。

 というか大半がスララの体というか胸を見ている。

 衣装で分かりづらいがスララはなかなかに立派なものを持っている。

 ハニートラップではないがそういうのはどこの世界でも共通するのだなと彩斗は乾いた笑みで思った。


「ま、まあ良かったよ、無事に情報を引き出せて」


 にこやかなスララに彩斗は苦笑する。

 けれど、スララは少しだえ照れたような笑みを浮かべてみせて、


「でも……難しいね。失敗したらどうしようって思うと、ちょっと体が震えてる。みっともないね」


 言って、一瞬だけ不安げな表情をとったが、


「スララ……?」

「ううん、何でもないよ」


 言って、彼女は可愛らしい力こぶを作り、


「頑張るよ。もっとたくさんの人から、情報をもらってくる。このゲームを勝ち抜くために」

「うん、そうだね。ボクも出来る限りやってみよう。君にばかり負担をかけさせるわけにはいかないから」

「ありがとう、彩斗。頑張ろうね!」


 満面の笑みが彩斗を優しく癒やす。

 彼女のためにも奮闘しよう。決意を新たに、意気込む彩斗だった。



 ――が、神はなかなかに厳しいらしい。

 決意も新たに二人はそれぞれ聞き込みに奔走したのだが、


 結果はスララが八人成功で、彩斗は一人のみ。

 彩斗は床に手をついてブツブツ言っている。


「……ボク、いらないんじゃないの? スララがいれば全部大丈夫な気がするし。大体みんな女の子っていうか胸好き過ぎでしょ。硬派な不利してチラチラ見るとかくっそぉぉ不埒共がっ」

「彩斗、しっかりして! 初めからうまくいく人なんていないよ!」

「わかってる。ボクの未熟さが招いた結果だって。でもスララに。くそぉ、ボクは生まれ変わったら女の子になってやるっ」

「錯乱してる! 彩斗が悔しさのあまり錯乱してる! ダメ、戻ってきて彩斗!」


 概ね、そのような光景が繰り広げられていた。

 彩斗は話術スキルが微妙に上がった。

 スララは話術スキルが格段に上がった。 

 世は無情である。

 



 ――そしてさらに、二日が経った。


 その間に彩斗たちは他のペアに聴きこみを行い、いくつかの情報を得るため奔走に勤しんでいた。

 主に彩斗は火傷の痕を負った経緯についての調査。それと、元の世界での身分の聞き込み。

 これはゲームに巻き込まれた人間や魔物に、どれだけ共通点があるかというものだった。火傷の痕や元の世界での共通点が見つかれば、アルシエル・ゲームについて何らかの打開策が出てくるかもしれない。

 エルンストの方は、その聞き込みに加えて、無数の牢屋の壁に書かれた文字の解読と、それに必要な薬品の調合をしていた。


 難航しているのは、その解読薬の調合だった。エルンストは様々な物質と物質を掛けあわせて新たな物質を作り出す、『調合』という技術を持っているが、手持ちの道具では、満足に行うことはできなかった。

 本来なら専門の施設で、大掛かりの手順で行わないと純度の高い物はできないのだ。手持ちの器具だけでは、簡素な調合だけなら可能でも、本格的なものと比べると効率は落ちてしまう。

 その結果として、牢屋の文字の解読はなかなか進まず、材料集めにも苦慮していた。


 また、解読薬にも材料が必要だった。その主な材料は、特定の鋼材と、動物の血液や体毛だ。それらを特殊な粘液と共に、数千度の炎で一晩熱し、特殊な粉末をかけるとようやく解読薬は完成するが、まず鋼材を確保するのが困難だった。

 エルンストが持っていた鋼材だけでは到底足りず、自分の武器を溶解して少しでも足しにしている有り様。それでも足りないため、他のペアと交渉して、武器を譲ってもらい、それを分解あるいは溶解して、鋼材を確保しようともしていた。


「ま、判っていた事であるが、なかなか厳しいであるな。こんな状況だ、皆、自分のことで精一杯だ」


 エルンストは何度か苦笑していた。

 当然だが、自分の武器を譲ってくれるペアなどほとんどいない。交渉を重ねても、なかなか良い返事はもらえない。むしろ邪険に扱われるのがほとんど。

 スララの奮闘もあって聞き込みは順調だが、肝心の牢屋の文字の解読は、牛歩としか言えなかった。

 そしてある時――。


「ねえ彩斗。早くエルンストたちと合流しようよ。彩斗も頑張ったよ。少しずつでも、前に進んでるはず。がんばろう~」

「うん……」


 落ち込みかけているとき、彩斗にとっての心の支えは、スララだった。

 どんな時でも、彩斗がつまずきそうになると、彼女は優しく声をかけてくれる。春の日差しのような笑顔を向け、「がんばろう、彩斗」「大丈夫だよ~、彩斗」と、かいがいしく励ましてくれる。

 夜津木戦を経て、彩斗は少しずつ強くなってきていたが、それでも根底は普通の高校生と変わりない。

 いつ終わるとも知れないアルシエル・ゲームの重圧に、潰されかけるときがある。


 けれどそんな時、機敏に察して、柔らかい笑みを向けてくれるスララは生命線だった。

 彼女に励まされるだけでもやもやとした胸の不安が祓われていった。スララの優しげな口調、案じる声、そういったものが彩斗の全身に染み渡り、新たな活力が沸いてくる。


 いくら感謝してもしきれない。自然と、彩斗はスララのことを大事に思うようになっていた。


「? どうしたの、彩斗」

「ううん、スララがいてくれて良かったな、って思ってた」


 思わずスララを見つめていると、彼女はひょこひょこっとリコリスを動かしてきた。


「えへへ、そう言われると嬉しいよ」

「君がいるからボクは頑張れる。いつもありがとう、感謝してもしきれない。君は、最高のパートナーだ」


 スララがくすくすとはにかんだ。


「わたしもね、彩斗がパートナーで良かったなって思ってるよ。だって彩斗、優しいもの。いつもわたしに穏やかな感じで接してくれるから。毎日『おはよう』って声をかけてくれるとき、リコリスの特訓を終えて『お疲れ様』って言ってくれるとき、彩斗はすごく優しい眼をしてる。それを見るとね、もっと頑張っていきたいな、彩斗の色んな顔を見てみたいな、って思うの」


 真っ直ぐな言葉が向けられる。思わず、彩斗は照れた。視線を傍らに移し、ぼそりとつぶやく。


「い、いやそんな……優しいのはスララの方だよ」

「ううん、彩斗の方が優しいよ~」

「いや、スララが」

「ううん、彩斗の方が優しいよ~」

「いやいや、スララが」


 そう言って、二人して笑ってしまう。


 スララは本当に屈託のない笑みで、楽しそうに頬を上気させていて。 

 そんな彼女を見ると、体が暖かくなり、幸せに感じられる。

 もっとスララと話したいと思ってしまう。


 けれど、今は闘技の時間だ。貴重な情報収集ができる時でもある。名残惜しい気持ちはあるが、彩斗は心を深呼吸で沈め、意識を切り替える。


「それじゃあ、エルンストさんたちと合流しようか」

「うん、今日はいい報告があるといいね」


 こぼれそうな笑顔のスララと共に、彩斗はエルンストやフレスベルグと合流し、今日の成果を確認するべく、彼らのところへと向かっていった。


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