第15話  仲間というもの

――戦いは、彩斗からすれば異次元の光景だった。


 斬撃と軽やかなステップ、時に真っ向から斬撃し、魔法を放ち、地響きするほどの攻防が、いくつも重ねられていく。

 鋼と鋼が火花を生み出す。数えきれぬほどの火花が散華しては消え、衝撃波を撒き散り、少年も、女性も、そしてそのパートナーである魔獣とシーサーペントも、それぞれの武技を乱舞させていく。


 彼らの闘技は、まさしく超常者たちの戦いだった。

 夜津木や彩斗のときの戦いすら超えている。一切の遊びのない、切迫した真の戦闘。

 鍛えぬかれた肉体と武器が刹那の間に衝突し、乱舞し、紙一重の攻防となって荒れ狂う。 

 地面が割れいくつもの破片が飛び散う。大気は焦がされ、ときに爆発が空気を吹き飛ばしていく。


 そして、闘技も中盤に差し掛かり、互いに大技を繰り出している最中で。


「――彩斗、スララ。直接話せるうちに、伝えておきたいことがある」


 エルンストが、激闘の合間を縫うように話しかけてきた。


「な、なんですか?」

「まず君たちのいた世界のことを聞きたい。どのような世界だったであるか?」


 その問いかけに、彩斗たちは目を瞬かせた。


「えっと……どうしてですか?」

「なに、少し気になることができたのである。単純に好奇心もあるのだが」


 言うと、エルンストは軽く頭を振り、


「いや、そうであるな……まずワタシのいた世界のことから話そう。その方が話しやすいと思われる」

「あ、はい。では、お願いします」


 エルンストは軽く頷いた。


「ワタシのいた世界は、強大な敵に対抗するため、不死の軍団を作ること執念を費やしていた世界である」

「不死の軍団……ですか?」


 いきなりスケールの大きい話に、彩斗が面食らう。


「その通りである。ワタシは『棄科学』という、魂を物体に憑依させ、滅びのない戦士を作る研究者の一人だった。例えば――」


 白衣の中から、ガラス管を取り出して、彩斗たちに見せる。


「先ほどワストーに放ったこの液体は、その副産物の一つだ。液体に人の魂の欠片を憑依させることで、ある程度、液体が自律行動できるようになっている。そしてそれは戦闘に応用できる。先の例で言えば、ワストーの衣服にこの液体がくっついたことで、彼は床にへばりつく形になった。あれはこの液体に、予め、『戦闘できない姿勢になれ』と、命令を組み込んでおいたからなのだ」

「何か……すごいですね……」

「わたし、よくわからない~」


 スララが小首をかしげた。


「わからなければそれでもいい。要は、物に『意思』を与える技術が発達した世界、と思ってくれれば」


 エルンストは続けた。


「魂を他の物質に憑依させ、操る技術。それを用いて、ワタシの世界では死なぬ軍団を作っていた。考えてみるがいい。人は体に剣を刺されれば、それで死ぬ。だが落命する直前、生命の源である魂を移動させることが出来たら? たとえ肉体が滅んだとしても、記憶、技術、人格、つまり命を別のものに移し替えることで、その者は死を免れることが可能となる」


 エルンストは、科学者の顔で言葉を続ける。


「ワタシの世界では、その破格の技術を確立させた。たとえ一度は敗れても、再び別の物質に魂を宿し、戦闘を可能とする技法。すでにワタシの世界では、生身の戦士はほとんどいないのである。ほぼ全てが、金属の鎧や、砂を固めた体に、魂を憑依させた戦士となっている。――死のない軍団。勝利するまで、ひたすら戦える勇士たち。そんな世界である」

「それは……なにか、怖いですね」


 思わず彩斗は言った。

 アルシエルのような強力無比な業火とは別に、原始的な恐怖を呼び起こす、恐ろしい技法。助けてもらっておいて何だが、そんな技術を使ってワストーを撃退したのかと、少しだけ怖くなる。


「うむ。そうであるな。ワタシは慣れたものだが、一般の人間は忌み嫌っている。禁断とも言うべき技術である。だから一度は歴史の中に葬られ、封印された技術だったのだが――現在のワタシの世界では、それを必要とする事態が起こったのだ。そして、その元凶は、死なぬ軍団ですら、勝てない敵だった。『機械神天使』と言ってだな。とにかく厄介な機械の神が――」


 そこでエルンストは、数回まばたきをして、言葉を止めた。


「いや、話は手短にであるな。闘技が終わってしまう。話せる機会は限られているのである。ワタシの話は、とりあえずそのくらいにしておこう」


 言って、彼は隣であくびをしている少女に顔を向けた。


「フレスベルグ。君のいた世界も彼らに説明してほしいのである」

「やだ。眠い。エルンストがやって」


 にべもない少女の言葉に、彩斗は苦笑した。先ほどから、フレスベルグはそんな調子だった。顔立ちはあどけなさや可憐さと共に、妖美さも備えていて、どこか蠱惑的なものもあるのだが、それらを消し飛ばすほどに眠そうな瞳だった。


「仕方がないのであるな。ワタシが代わりに言おう」


 持っていたガラス管をくるっと回して、エルンストは白衣のポケットに入れた。


「フレスベルグのいた世界は、『大きな樹』が中心にある世界だったな」

「そう。綺麗な樹。草と花でいっぱいだった。こことは全然違う、良い場所。はあ……早く帰りたい」

 反応は示したが、やはり説明する気はないようなので、エルンストが更なる補足を伝えていく。


「フレスベルグのいた世界は、いずれ滅びる預言がされていたらしい。それで、人間たちは生き残れる力を得るため、『世界樹』の頂上を目指していたそうだ。頂上には奇跡を呼ぶ果実、『黄金堅果イズラギー』があり、それを欲したのだな。しかし、世界樹は魔物たちの住処であったと。だから魔物たちは、侵入してくる人間たちを追い払い、秩序を維持していた。フレスベルグはその中でも強大な一族の末裔として君臨していたらしい」

「人間の預言なんてばかみたい。世界が滅びるなんて愚かな話。それで勝手にフレスベルグたちの樹を登るなんてふざけてる。世界樹が消えるなんてあり得ないのに。ほんと、くだらない」


 口を尖らせて少女は言う。

 彼女の口が悪いのも、人間を追い払うべく日夜戦っていたせいなのかもしれない。

 警察が日々犯人と接するうち、高圧的になるのと同じ理屈か、と彩斗は思った。


「フレスベルグの世界では呪字ルーンと呼ばれる、力ある文字を操ることが盛んだったらしい。人も、魔物も、特別な力を秘めたルーンを行使して、火を起こし、風を起こし、時には大地の実りさえも操った。……が、いつしか人間の間で一つの預言が広まったらしい。世界の終焉の預言が。

 ――曰く、四つの首を持つ巨大な化け物が、世界樹を焼き、大地を割り、海を蒸発させ全てを無に還すと。要約すればそのような予知らしい。

 滅びを嫌がった人間たちは、唯一回避の可能性を持つ、世界樹の頂上の『黄金堅果イズラギー』を求めて登ろうとした。反対に、その大樹に住む魔物たちは、人間の侵略から排除の行動をとった。それが、何百年と続いていると。そういう世界であるな」


 戦いの連続の世界。彩斗の中では、ほとんどお伽話の類だ。それよりもっと生々しい。けれど、エルンストもフレスベルグも、そういう世界を生き抜いてきた独特の気配がある。

 彼らとも、戦う日が来るのだろうか。

 そんなことを思っていると、エルンストの視線が彩斗の方へ向けられる。


「彩斗の世界は、どうだったのであるか?」

「……え」


 話を振られて、少しだけ口ごもる。

 正直、特筆すべき話など何もなかった。悲惨なニュースなどもあるが、エルンストやフレスベルグの世界の実情を踏まえれば平穏そのものな世界だ。


「……ボクのいたところは、場所によって格差はありました。武器を持って争う人たちもいましたけど、ボクたちの国は平穏で。基本的には、話し合いが前提の世界だったと思います」

「ほう……魔物はいたのであるか?」

「いません。そういう恐ろしい存在は、昔も今もいません」

「魔物がいない? ふむ……」


 これにはエルンストだけではない、フレスベルグやスララまでもが驚いた顔をした。それで、彩斗は少しだけ萎縮してしまう。


「……ひょっとして、珍しい世界なんでしょうか」

「だと思われる。今日までにワタシは何組かとのペアと話したのだが、名称は違っていても、『魔物』に相当する存在はどこの世界にもいた。『霊獣』も『妖魔』も『ミュータント』も『魔獣』もいない世界は、今のところ彩斗の世界だけであるな」


 そこまで言われてしまうと、さすがに動揺してしまう。

 何か意味があるのだろうか。わからないが、彩斗には答えなんて出せるわけもなかった。


「とはいえ、深く考える時間もないのである。最後は……スララであるな。どういう世界から来たのであるか?」


 言うと、スララは柔らかな口調で答えた。


「この世界だよ~」


 スララの返答に、ややエルンストは驚いた表情を見せる。


「ふむ? この世界ということは、君は、以前はこの宮殿の外にいて、そこから召喚されたというのだな?」

「そうだよ~。なんかね、集落でお仕事してたらね、体が浮く感覚がしたの。そうしたら、この宮殿に連れてこられちゃった」


 答える彼女を尻目に、エルンストはあごに手を添えた。そしてスララの目を見ながら、


「この世界は、どういった世界であるか? 軽く説明してほしいのである」


 問われると、スララは考え込みながら、


「ん~、説明って言われても、よくわからないかな。この世界は、『エレアント』って呼ばれていて。わたしは、その辺境で暮らしてたの。人間からの迫害を受けて集まった、魔物たちの集落。だから、自分の周りしかわからない」

「なるほど。魔物の集落か。人とは隔絶された生活であるか」


 リコリスがふよふよと動いている。どうやら無意識のうちに、スララが動かしているらしかった。


「えっと、人間が大きな戦いをしてたってことはわかってるけど、どういう理由があって、どんな結果になったのかまでは、よくわからない~。ごめん」

「良いのである。むしろ、この世界から喚ばれた者もいるとわかっただけで、収穫だ」


 エルンストはそう言って、微笑んだ。


「とは言え、この世界――エレアントと言ったか。ここの出身なら、少し聞いておきたいことがある」

「うん。何でも聞いて~」

「スララよ。【ベリアル】という単語に、覚えはあるか?」


 少女は、何度か瞬きをするだけだった。特に驚くような仕草も、嫌悪感を現すこともない。無反応と言っていい表情。


「ベリアル? そう言えば、集落の魔物たちが言ってたかも~。それが、どうしたの?」

「ワタシはフレスベルグの千里眼によって、他のペアの牢屋の様子をいくつか見てみたのだが、妙に多く書かれた単語があったのだ。それが、【ベリアル】という単語である」


 エルンストは、スララの目をよく見て言った。


「何か知っていることはないだろうか。あればアルシエル・ゲームでうまく勝ち抜くヒントになるかもしれないのだが。どんな些細なことでも構わない。何か、スララは知っているか?」


 スララは首を横に振った。


「……ごめん。わたし、聞いたことはあるけど、それがどういうものなのかはわからない。他に、何か壁に書かれていたものはあるの?」

「ある。意味があるかないかは知らないが、ベリアル以外だと、『大戦』、『ガーゴイル』、『黒き大蛇』、『討伐軍』、『ダジウスの輝石』、あとは石像庭園やら円環の鎧やら、固有の名詞もいくつか壁に書かれていたのである」

「あっ、『大戦』なら集落の人が言ってたよ~。人間たちが、何か大きな戦いくさをしていたんだって」

「戦? 詳しくことは知っているであるか?」

「う~ん……」


 スララは、一生懸命考えるように、頭を傾げる。


「討伐軍は、『大戦』で負けたって、集落の魔物たちは言ってたような……。ごめん~、わたし、集落の外で仕事してばかりだったら、わからない~」

「気にすることはない。わからなければ別の手段をすればいいだけである。スララが悪いわけではない」

「ありがとう」


 スララは微笑んだ。その笑みは華やかなものだったが、ふと、このとき彩斗は胸が不自然に、高鳴ったのを自覚する。


 ――【ベリアル】。


 その単語を聞いた瞬間から、何か得体の知れない寒気が、嫌な予感が、強く彩斗に襲いかかった。

 その単語の正体を、彩斗は知らない。けれどそれが、無視してはならないような、何かを含んでいるような、冷たい恐怖と同時に、全ての鍵だと、頭のどこかがささやいていた。


「あの……」

「うん? どうしたであるか?」

「その、ベリアル……でしたよね? それって、何なんでしょう。どうして、そんなものが牢屋の壁に書かれていたんでしょう」

 エルンストは少し考えた。


「ワタシは、アルシエル・ゲームは今回が初めてではないという証だと思っている。以前にも、同じものをアルシエルは開催した。そこでワタシたちと同じように、牢屋に閉じ込められていた人間や魔物たちが、恨みを抱いて遺したもの――という考えである」

「あ、でもアルシエルは……」


 彩斗はスララとの会話を思い出す。観衆場の石像の近くに漂う魔素からして、アルシエルは全てには関与していない可能性があることを思い出した。

 石像の中には、明らかに古い時代のものも含まれていると。年齢的に、アルシエルがゲームを開催するのは不自然だと。

 そのことを、彩斗はかいつまんでエルンストへと伝えると、


「ふむ……? 魔素か。そういうものがあるのであるか。しかし年月が正確にはわからないというのは、惜しいであるな。わかればもう少し推測が立てられたものだが」

「ごめん~。わたし、魔法に詳しければ良かったね」

「それは仕方がないのである」


 エスンストはやや間を開けて、続けた。


「じつは、壁に書かれていたものはベリアルへの恨みや、畏怖の文章が多かったのである。このことから、ベリアルは人名、あるいは魔物の名か、集団の名称だと推察されるが……ワタシは、アルシエルの背後にあると思われる、魔物の集団と推測していた。……が、今の魔素の話でまたわからなくなった。結論を出すには情報が足りない」


 わずかに越えのトーンを落として、エルンストは続ける。


「壁の文章を全て解読しようにも、薬品が足りないのである。ワタシは元の世界から文字の解読ができる薬品を持ってきていて、ベリアルを始めとしたエレアントの名詞ないし単語をそれで知ったのであるが……その液体を全て使っても、宮殿内全ての牢屋の文字を解読するには足りない。あとはこの世界の出身者の話を聞くか、新しい薬品を調合するしかないのである。どちらにしても、時間が掛かる」


 闘技中に、他のペアと話すにしても、戦いが終われば牢屋へ連れて行かれる。一度に多くのことは知りえない。今、闘技中の時間を使えるのは貴重だった。


「それだったら、ボクたちも協力します」

「ふむ?」

「ボクたちは、エルンストさんに恩がありますから。そうでなくとも、こんな状況です。協力は当たり前だと思います。他のペアから、色々聞き出します。そうすれば、もっと色々と掴めるかもしれないから」


 エルンストは頷き、


「そうであるな。うむ、そうしてくれると助かるのである。彩斗、礼を言おう」

「いえ、そんな……」


 思わず、気恥ずかしくなり、彩斗は照れ笑いを見せた。


「ボクだって、こんなゲーム、早く終わってほしいです。何か手がかりになる可能性があるのなら、何でもするつもりです」

「助かる。実際、ワタシの解読した単語は、どこまで有益かはわからないのである。しかし、知らねばこのままゲームを続けさせられるのも確か。何かを変えられるとしたら、この線しかないとワタシは思っている」

「そうですね。ボクも、ベリアルを初めて聞いたとき、不吉な予感がしました」


 あるいは、それは単なる思い違いかもしれない。しかし過去に誰かが牢屋に遺したからには、意味があるはず。アルシエル・ゲームに繋がる、『何か』の断片。希望への道標。

 それを、彩斗は信じたかった。闘技をただ待つことなんてできない、行動することで前が開けるなら、やっておくべきだと、彼は言葉に込めた。


「彩斗。聞き込みの時は、わたしが彩斗を守るよ~」


 スララがにこやかに声を発してくる。


「今日みたいに襲われても、絶対に撃退するから」

「ありがとう、スララ」


「――闘技が、もう少しで終わりそうであるな」


 エルンストの言葉に、彩斗とスララは戦場へ目を向ける。

 闘技は終盤へと突入していた。戦斧の少年は劣勢を跳ね返せず、鉄扇の女性に翻弄されている。相方の魔獣も、シーサーペントの長い尾に巻きつかれ、未動きが取れないでいた。


「そういえば、決着がつく前に、聞いておきたいことがもう一つあったのである」


 その闘技の様子を痛ましい様子で見つめながら、低い声音でエルンストが言う。


「なんですか?」

「彩斗、スララ。君たちは、右腕のどこかに――『火傷の痕』はあるか?」

「……え? やけど、ですか? はい。ボクはあります。……これです」


 言って、彩斗は右手の甲が見えるように差し出した。負ったときの記憶はないが、小さなときからずっとあったものだ。平凡の塊の学生時の、唯一の異質点。


「じつは、ワタシも右手の中指から手首にかけて、火傷の痕があるのである。これだ」


 白衣の袖をなびかせてエルンストが右手を見せつける。確かにその右手の中指と手首に、細い火傷の痕が走っている。


「フレスベルグ。君も確か、右の二の腕に火傷の痕があったはずだな」


 エルンストの視線がパートナーの少女へと向く。眠そうにあくびをしていた彼女は、何も言わずに右腕を掲げてみせる。

 そこにあったのは、もみじのような形をした、火傷の痕だった。


「三人とも……火傷の痕が?」


 思わず呟いた彩斗に対し、エルンストは小さく首を横に振って否定する。


「スララ、君の右腕も見せてほしい。おそらく君にも、火傷の痕があるだろう」

「……うん、あるよ~」


 そう返事しながら、スララはやや時間をかけてケープを少しまくった。白くて細い腕の一部――肘のところに、薄い火傷の痕がある。



 ――。



 そのとき、彩斗の心臓が大きく跳ねた。

 四人中四人の右腕に残っている、皮膚が爛れた痕。それ自体は何も恐れるものではないはずなのに、皆の右腕に、何かの証のようにあるのを見た瞬間、不吉な予感が背筋を貫いた。


「――やはり、そうであるか」


 エルンストが腕を下ろしながらささやいた。


「今日に至るまで、他のペアも可能な限り調べて、出た結論がある。アルシエル・ゲームのペアたちは――全員、右腕のどこかに火傷の痕がある」


 鳥肌が立つと共に、彩斗の体がわずかに震えた。


「え、でもそんな……え?」

「事実である。初日から今日まで、フレスベルグの千里眼で、他の牢屋の文字を見るのと平行して、調べてみた」

「あれはだるかった。もうやりたくない。ほんと勘弁」


 フレスベルグが唇を尖らせ口を挟むのを経て、


「そしてその結果、調べた皆に、火傷の痕があることに気付いた。それも、右腕にだ。全員はさすがにまだ調査し終えていないが、今のところ例外はいない。大きさはまちまち。場所も多様ではあるが、全員、右腕に『火傷の痕』を持っている」


 そういえば、夜津木の右手にも、火傷の痕がなかったか。彩斗は得体の知れない、寒気を感じた。


 沈黙が四人の中で広がっていく。

 誰も何も言わず、ただエルンストの言葉を噛みしめるように、立ち尽くす。闘技の音だけが聞こえた。爆音と衝突音。光が時折、ちかりと飛び交った。


 それは、何かの暗示なのだろうか。

 アルシエル・ゲームは負ければ石化の残酷なゲームではなくて、まだその奥に何かが潜んでいる。

 それは、まだ断片でしか目の前に見せてなくて、這い上がる寒気に彩斗はぶるりと震える。


「――まあ、わかっているのはその程度である。これらが何を意味するのはわからない。ただ一つ言えることは、闘技には必ず勝利せねばならず、合間に、情報を得るしかないということである」

「そう……ですね。今日はたまたま観戦組でしたけど、明日はどうなるか、わかりません。今の話に気を取られると同時に、闘技への対策もしておかないと」


 スララも頷く。


「そうだね~。わたしたちがやることは、とにかく闘技で勝つこと。観衆になったら、調査する。彩斗、頑張ろうね!」

「そうだね。そうするしか……今はないみたいだから」

「まずはこの四人が生き延びることを祈ろう。そして帰るのだ、各々のいた世界に。暮らしに」


 今はまだ、通り果ての道のりだ。

 しかし出来ると信じたい。夜津木に託された期待もそう。自分自身のこともそう。

 彩斗は、スライム少女と知り得た科学の青年、美貌の睡魔少女と共に、未来を掴みたいと思った。


 エルンストが頃合いを見て告げる。


「ワタシは引き続き、フレスベルグに千里眼を使ってもらい、この天空宮殿トルバランのことを調べてみる。並行して、解読の薬調合に勤しもう。もちろん、闘技は必ず勝利する。君たちも、頑張って勝ち残ってほしい」

「はい!」

「もちろんだよ!」


 彩斗は頷いた。スララも、リコリスをふよふよ動かして返事をする。フレスベルグだけは相変わらず眠そうな顔をしていたが、顔は向けていたので、話だけは聞いているようだった。


 負ければ石化のゲーム。

 勝ち抜くのは厳しいが、自分以外の人たちと協力すれば、なんとか乗り越えられる――彩斗はこのとき、そう思っていた。


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