七章 終焉

始動

 

 その日、スイは魔王城の最も高い場所にある部屋の中央で、床に座り込んで一人目を閉じていた。

 室内を埋め尽くすのは、不可視の魔力。それが濃密に溶け込んだ室内は、魔力の才能に恵まれない者が立ち入れば、たちまち体調に異常が生じてしまうほど。

 限られた者しか居座る事を許せない場所を創り出しているスイは、不可視の筈の魔力の中で、見ようとしている。

 触覚に触れない筈の魔力を、感じようとしている。

 過去でも現在でもなく、未来を。


 そもそも、どうして未来は見る事が出来ないのか。

 過去を思い出し、目の前にその時の光景を作り出す事なら誰だって可能だ。未来も同じ様に、作り出せないだろうか。

 占いや予知夢の類は、魔力のない世界でも信じられていた。

 ならば魔法で未来を見る事は容易いのではないか。


 そして未来が見れれば先手が打てる。

 相手の脅威を回避できる。

 敵の攻撃手段が一つもわからないスイにとって、予知は強力な防衛手段だと考えた。


 瞼の裏に張り付いた暗闇。

 暗闇は軈て宇宙に変化し、躰に纏わり付いていた重力は一切無くなる。

 たくさんの星。

 それは未来の数だとスイは直感する。

 すなわち無限。

 その中で一際大きくて近い、存在感の強い星に意識を向けた。

 その星は動いている。

 いや、そんな生易しい表現は不適切だ。あれは隕石だ。

 どこに向かっているのか。

 どれ程のエネルギィを秘めているのか。

 意識を集中した瞬間に、景色が変わる。




 勇者が、倒された。


 顔の見えない誰かが、そう口にした。

 多くの人族は絶望し、次に怒りを露わにする。


 魔族に倒されたのか。


 憎しみすら籠っていそうな呟きを、大勢の中の一人が垂れ流した。


 我々は、今こそ戦わなくてはならない。


 再び顔の見えない誰かが言った。


 そうだ。

 もう誰も助けてくれない。

 人類の天敵を、

 今こそ、

 この手で、

 葬らなければ、

 自分たちは死んでしまう。


 取り憑かれた様な恐怖が人々を支配し、次の瞬間、景色が切り替わった。


 見渡す限りの赤。

 それは地獄の業火の色で、

 生物が流す生きた証でもあり。

 怒号と悲壮のぶつかり合い。


 勝敗に意味はなく、

 無意味な悲劇。

 結末は虚無感が支配する事を、

 きっと、

 誰もがわかっているのに、

 誰にも止められなくて――




「――うわあぁぁっ!」


 悲鳴はスイの口から。

 現実に戻ってきたのか。スイはそれを確認した後、部屋中の魔力が暴走して壁の所々を破壊していることに気付き、次に、自分が汗を垂れ流して息切れしている事を知った。


「どうしたの、スイ!?」階段を駆け上がって来たマオが、驚いた様子で声を上げる。

 振り返ったスイは、少女が自身と同じ表情をしている事に不思議と安堵感を覚えて、少し冷静になる。


 今のは占星魔術というやつだろうか。なんでもいいが、あれは数ある未来の内の一つだ、変える方法はある。ただ、急がねばならない。

 スイは一呼吸ついて、今見た光景を伝えた。


「こうしている内に、あの未来は迫って来ている。今日の夕方だ。ここを発たねばならない。これは勘だが、それを過ぎれば奴は仕掛けてくる」


 リクハートは勇者が寝返った事を悟ったのだろうか。それとも本当に倒されたと思ったのだろうか。どちらにせよ、何日も帰らない勇者への期待は失われたのだ。

 だが、待っていろ。

 この数日間で、貴様に刃向かう準備は整ったのだ。

 スイは強い視線で遥か先を見据える。


 これが最後の、面倒事だ。

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