それぞれの役割

 

 時間が無い。


 スイがそれを伝えた時、仲間の誰もが笑顔を見せた。


「やっと世界を救える日が来たんだな」ロイに続いて、「魔法を思う存分使えるわ」と嬉しげなミラ。

 一瞬驚いたスイだが、直後に理解した。彼らも怖いのだ。

 それでも強がりを言ってみせるのは、恐怖から目を背けるためであり、また、スイが焦っている事を察して落ち着かせようとしてくれたのだ。

 事実冷静になれたスイは、的確な指示を飛ばす。


「勇者達が魔大陸に向かった事は誰もが知っている。まずは俺たちが無事である事を人族に知らせる。でないと代わりの者達が魔大陸に攻撃を仕掛けるかもしれない。次に――」


 この平和な数日間で必死に考えた策を、一つずつ話していく。最後に「問題はないか」と問うスイに、ミチルが声を上げた。


「大丈夫だ。ただ、相手は絶望の塊みたいな奴だ。どんなに打ちのめされても、誰も諦めてはいけない。必ず全員が無事でいなきゃいけない。使えるものはなんでも使い、常に敵の弱点を探し、叩き続けろ。卑怯でもいい。俺たちは誰も失いたくない」


 そう、誰も失いたくない。スイは「同感だ」と頷いてから、一つ深呼吸。

 これから王城に向かうメンバーは、スイ、ロイ、ミラ、ステュ、メリー、ミチル、マオの七人だ。これは事前に決めてあり、それ以外の誰も巻き込みはしない。

 そして七人で王城に殴り込みに行く手段も、事前に練習済みだ。


「マオ、やるぞ」


 瞳と同じ紅色の唇を綻ばせ、少女は左掌を突き出す。スイも同様に右掌を合わせ、互いの魔力回路を繋げ、増幅させ、激流の様に暴れさせる。

 少し強引な、二人の“合成魔法”は、マオの為にスイが創造したものだ。

 飛ぶ事を忘れてしまった少女に、もう一度空を感じてほしくて。

 強かな美しさを思い出して欲しくて。

 その想いでマオの姿を本来、或いは、前世の姿に変化させたいと願った。


 そしてそれは、紛れもなく――


「「進化アブソリュート」」


 完全なる進化の形である。


 荒れ狂う魔力と光の中で、マオは自身が自覚している己を見つめる。

 そしてスイは、彼女が自覚出来ない心の一部を見つけて、そっと教える。

 己の全てを悟ったマオは覚醒した様に、その姿を形作る。


 憧れた漆黒の翼ではないけれど、スイが綺麗だと言ってくれた紅の翼を広げて。



「これが……竜化か」


 魔王城から出て来たアランが、何倍にも大きな竜に進化したマオを見上げて呟いた。アランとフーガは身を守る為に魔王城にとどまって貰う事になっていた。


『皆、背中に。直ぐに飛び立つ』


 声帯を失くしたドラゴンは、思念魔法で語りかける。

 マオは竜化するとエネルギィに満ち溢れる様で、早く飛びたいという意思が伝わってくる。

 スイは空間を指定して補助魔法の結界を張る。飛行中の風圧に耐える為である。


「皆んな、頼んだ!次のパーティは王城でやる為に、全員で勝って来てくれ!」


 見送るアランに一同は笑いかける。そうだな、また皆んなでパーティをしよう。そんな思いでミチルは拳を掲げた。


「いざ、出陣だ!」


 ミチルの声と共に、マオは飛び立った。





 アルバリウシスは狭い。

 スイは常々思っていた事だが、こうして竜の背に乗って世界を見下ろすと、本当にそう感じる。

 瞬く間に人族の大陸に辿り着いたマオは、要塞都市フォートの上空で停止。

 スイは竜の背中から飛び降り、数日前自分達を見送ってくれた砦の上に着地する。

 既に数人の魔法使いが上空を監視しており、いち早くスイに気付いた。


「勇者様、ご無事で!上空のドラゴンは味方ですか?魔王の討伐は!?」


 矢継ぎ早な質問を手で制して、スイは拡声魔法で都市中に情報を伝達する。


「皆の者、よく聞け!我々はずっと騙されていた!魔大陸に居るのは善良な民だけで、本当の魔王は今も昔も、ずっとリクハート城に居たのだ!勇者一行は本当の魔王を倒すべく、王都に向かう。皆はこの場で安全を確保したまえ!」


 スイの声はサイレンの様に人々の耳に入り、更に強い言霊がこもったお陰で、誰もが安全の為にこの場に留まることを決めた。

 それでも勇者の発言を突飛だと疑問を持つ者は多い。

 だが急いでいるスイは、首を傾げる人々を無視して、飛行魔法を用いて再び竜の背中に戻った。


「強引な勇者様ね」


 ミラの苦笑いに「時間が惜しいんだ」とスイは一言。


「でも、これで魔大陸の安全は確保されただろう。言霊って便利だなぁ」


 余裕を感じさせる会話中でも、着実に王都に近付いている。


「見えてきました、いつもと変わらない様子ですね」


 スイは軽く頷いた後言った。「二人とも大丈夫か?」


「任せてください。寧ろ大事な戦闘に加われない分しっかり働かせてもらいます」


 事前に話し合った通り、ステュとメリーは王城には乗り込まず、王都の住民の避難を誘導する。

 一般市民を巻き込みたくないスイの思いに加えて、戦闘が得意ではない二人を気遣った結果でもあった。


「では皆様、健闘を祈ります。必ず無事でまた会いましょう」


 ステュはメリーの手を取り、竜の背から飛び降りる。直後、2人の身体はシャボン玉のような柔らかな結界に包まれ、緩やかに落下して行く。


『さて、そろそろ突撃。盛大に破壊する』


 リクハートの住まう部屋には何らかの結界が張ってある。出発前にそう予想したマオは、結界ごと敵の住処を破壊してしまおうと企んだ。それを実行するための竜化でもあったのだ。


 いよいよ目標は目の前に。

 自身に防護魔法を掛け、パワーを増幅させる為にスピードを上げる。

 だがその時。


「人様の城を傷付けようとは、良い趣味とは言えませんぞ」


 いつかスイが召喚されたバルコニーに立っていたのはセバス。

 離れた場所にいながらも、鮮明に響く低い声は、一行に恐怖を届けた。

 だがそれで怯む彼らじゃない。

 セバスが放った火球ファイアボールは初歩の魔法にして強力な力を秘めており、火力もスピードも魔法師のミラに劣らない程。

 それでも前に出たのは彼女で。


土球アースボール


 ミラが放つ隕石はセバスの火球とぶつかり、そのエネルギィを吸い取るように炎は土球に燃え移る。そして熱を持った隕石の進行方向は変わらずに。


 盛大な音を立ててバルコニーを破壊した魔法だが、ミラは再び練られている魔力を感知し、土煙の中にセバスの無事を悟る。


「兄貴達はこのまま突っ込んでくれ!セバスさんには世話になったけど、邪魔はさせない」


 ロイもセバスの闘気を感じ、迎え撃つべく飛び出した。ミラも遅れず着いていく。


「ロイ、セバスさんの気配を見失わないで!スイ、マオ、ミチルさん。直ぐに私達も上に向かうから、それまでお願い!」


「任せろ、お前達も決して油断するな」


 スイは短く答えた後、一人呟いた。「セバスも強敵だからな」


 ロイとミラが飛び降りた後、マオは更に加速した。

 防護、魔法耐性、衝撃吸収、様々な結界が自分達にかけられていくのを感じながら、遂に王室が目と鼻の先に迫る。


 ぶつかる。

 スイがそう思った瞬間、目の前が淡く光る。

 見えない壁の衝突。

 激震。

 割れたのは向こう側にある何か。それを証明する様に、壁の一部が破壊される。

 だがこちらも無事ではない様だ。

 足場がなくなる。

 身を投げ出され、宙返り、不時着、転げ回って、ぶつかり止まる。


 スイは自分と同じ様に転がるミチルと、竜化の解けたマオの姿を確認した。

 彼らの無事に安堵したスイだが、次の瞬間冷たい敵意が背筋を走る。



「予想はしていたよ。デミアンの魔法で召喚された君が、そちら側に着く事は不自然ではない。でも、私の部屋を破壊して挨拶に来るとは、歓迎しないね」


 迂闊にも背中を見せていたスイは振り向き、玉座に座るリクハートを見た。

 無防備な勇者達に手を出さないのは、王者の余裕か。

 敵意だけを向けて動かない彼は、視線をマオに向けた。


「久しぶりだね。君はやはり仇を討ちに来たのかい?」


 少し息を切らしながら――結界への突撃で少なからずダメージを受けた様だ――マオは答える。


「今すぐ善人気取りのお前を叩きのめしたいところだけど、優しい勇者達の慈悲を聞け」


 マオは元々愛想がいい方ではないが、リクハートへの態度は酷いものだ。そんな事を考えながら、ミチルは言った。


「王よ、俺たちは戦いたいわけじゃない。任せて欲しいんだ、この世界を。必ず全種族が共存できる世界を創ってみせる。だから魔法を解いて、またやり直させてくれないか?」


 リクハートは呆れた様に首を振り、立ち上がって破壊された壁まで歩き、外を見下ろす。


「漆黒の英雄。君の正体までは今まで見破れなかったけれど、そんな愚問を投げ掛ける程度じゃ、たかが知れてるね。私は魔法を解く気が無いよ。そして君達もそれを知っているから、彼女達は人々を避難させているんだろう?」


 まさに今、メリーが王城から使用人を避難させているところで、リクハートはそれを止めるでもなく眺めていた。


「他者への期待なんてするだけ無駄さ。ましては希望を持つなんて愚の骨頂。だから私はスイを魔大陸に送り込んだけど、本当にマオ達を倒すとは考えていなかった」


 では何が目的だったんだ? スイの問う様な視線に、くだらないことの様に答えた。


「確認したかったんだ、私の予想がどこまで正しいか。そして全て私の予想通りだったよ。デミアンの残したもの達全てが私に反発すること、ここまでね」


 リクハートは振り向く。彼は下にいる一般市民達には微塵も興味がないらしい。スイがその事に安堵したのも束の間、向けられていた敵意が殺意に変わる。

 それだけで終焉を意識してしまう恐ろしい気配を感じ、思わず身体が強張る。


「だからここからは証明の時間に入る。彼の残したものと、私が創った世界。一体どちらが正しいのか。……もっとも、確認するまでもないと思うけどね」


 瞬間、圧倒的で絶望的な魔力の渦が空間を支配する。

 物理的なダメージはないが、敵の脅威を嫌なほど理解する。


「さあ、魔法を解いて欲しくば、その力を証明してみせろ!君達に世界を纏める力はあるのかな!」



 最後の戦いが始まろうとしていた。

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