ミライアの改心

 

 アルバリウシスには『メール鳩』という連絡手段がある。それは送りたい場所や人を思い浮かべながら手紙を渡せば、九割以上の確率で届けてくれる鳩だ。どうやって送り主の想いを読み取り、届け先を探すのか。未だ解明されていないが研究は進んでおり、鳩特有の魔力感知が大きく役立っているのだろうと見解されている。


 そんなメール鳩だが、海の外の遠くの大陸に届けて欲しいと願いを込めて渡された手紙を、鳩は口に咥えたまま失踪してしまったという都市伝説もある。

 アルバリウシスの人間にとって海とは、地球でいうところの宇宙なのだ。無限に広がると考えられており、海の外に人がいるなどと言うのは子供の物語であり、地球人のように世界が丸いと考える人間もいない。

 つまりこの伝説は、“無茶な願いですら鳩は叶えようとする”という鳩の信頼性を伝えるためのものなのだろう。

 この伝説が事実なのかも知らなければ、そもそもそんな無茶な願いを込めるつもりも、ミライアにはなかった。




 ―カランコロン。

 ケモンシティにて人気の無い喫茶店で、黒紫の葡萄ジュースに浮かんだ氷をグラスの中で泳がせる。この氷はグラスの中で音を奏でる事を喜んでいるのか、グラスに閉じ込められた事を嘆いているのか。


「はあ」


 カウンターの二つ離れた席に座る一人の男性も、グラスを静かに磨くマスターも、ミライアの溜息が耳に入ったが、反応はしない。

 それは自身にかけた『認識阻害』と『隠密』の効果が少なからず効いているからだ。もしもこの二人が彼女を『魔法師ミライア』だと認識したら、ミライアは溜息をついている場合ではなくなる。名高い人の運命さだめである。



「ありがとうございました。疲れたらまた寄って下さい」

「ええ、どうも」


 あれから二日が経った。

 メール鳩で王城に三日間戻らない事を知らせた後、ギルドマスターアミゴから受けた依頼を達成する気にもならず、観光と呼ぶにはあまりにも味気ない時間を過ごしていた。

 そんなミライアは明日に迫ったスイとの対面を考えると、このままどこかへ逃げ出してしまおうか、と思えてしまう。


 怠惰と呼ぶには裏がありそうで、企みと呼ぶには計画性がない。

 勇者スイは何を考えているのか。

 勇者は何故民衆にとって、王にとっていい子でいられないのか。


 人は理解出来ないものを拒む性質がある。

 だが、助けを求めて呼んだ勇者を拒むわけにはいかない。だからミライアはスイを受け入れるために、彼を自分の思い通りに動かしたかった。

 そしてそれは失敗に終わった。

 たくさんの冒険者の目前で勇者とは思えない態度をとったスイを思い出す度、ミライアは自身の不甲斐なさに溜息をつく。それは優秀な彼女にとって、初めての大きな失敗であったからだ。



「……ん?もしかしてミライアか?」


 店を出て宿に戻ろうか、いい加減依頼を達成しようか迷っている時だった。


「え?で、デヴィスさん?何故ここに……」


 騎士団の仕事はどうしたのだろうかとミライアは訝しむ。しかしそれは相手も同じだった。


「ミライアこそ……スイの姿が見当たらないが」


 しまった、と思った。本当ならミライアはスイと依頼をこなしている筈なのだ。これは言い逃れ出来ないと覚悟を決める。


「実は――」




 ――――――――――――――




「はっはっは!なんともミライアらしいというか、スイらしいというか……」


 立ち話もなんだと、噴水広場に場所を移した二人はベンチに腰掛けていた。


 事情を聞いて快活に笑うデヴィスを見て、ミライアは意外そうに目を丸くした。


「あの……怒らないのですか?」


「いや、情けない話だがな、俺にもスイをとどめる事など出来ないと思う。あいつは俺たちの知らない正義を、俺たちでは及ばない力で実行する。だからまあ……こうなったのは仕方ないさ」


「それでも、スイの正義が人族の為にならないのなら、その方向性を正すべきじゃ……」

「ミライア」


 デヴィスの少し低い、真剣味を帯びた声にビクッとする。


「スイはミライアのそういう所が面倒だって言ったんじゃないか?スイと仲間になりたいのなら、同じ方向を向かなきゃ……スイの正義を信じなくちゃいけない」


「しかし、スイはリクハート王に召喚されたのです。人族の為に戦って貰わなければ召喚した意味がありません」


「勝手に召喚した上に、そいつの我儘で働かせるのか?スイにとったらそういう事になる。果たして、未だ見ぬ魔族と、どちらが悪なんだろうな?」


 王への暴言とも取れるデヴィスの発言にミライアは喫驚する。彼はこんな性格ではなかったはずだ。

 しかしデヴィスの言い分も理解できる。スイの言葉で言うと、ミライアの頭は少しだけ柔らかくなってきているのだ。


「……そういえば、デヴィスさんはどうしてここに?」


 話をそらせたのは、自身の正義がどこにあるか、未だ決め兼ねているからだ。


「…ああ、そろそろ副団長のマルスに仕事を任せてやろうと思ってな……。もし本当に魔族と再び戦争を起こすなら、俺は騎士団のポジションにはいない。前線に、スイの隣に立つ。……まあ、次期団長を育てようって事だ」


 デヴィスの瞳は静かに燃えていた。

 きっと信じるもののために尽くす人はこんな瞳をするのだろう、とミライアは思った。

 デヴィスが何故ここまでスイを信じているのかミライアにはわからない。しかし、他人から信頼される人間は魅力がある。


 ――そう、今広場に入ってきた彼の様な魅力が信頼されるものにはあって……思えばスイも魅力的な人間だ。怠惰ではあるが、容姿だけ見れば振り向かない人間などいないだろう。ほら、怪しい目深のフードを被った二人に囲まれている彼も、たくさんの人から注目を集めていて……それにしてもよく似ている。優しい表情をしている彼は、スイによく似ている。きっとスイも怠惰じゃなければあんな表情をするんだろうな……いや、まさか……



「「スイ!!?」」


 ミライアとデヴィスが叫んだのは同時だった。きっと思考も同じだったに違いない。

 普段の、怠惰で独りが好きなスイを知っている二人からしたら、今他人と心地好さそうに過ごしているスイはまるで別人だ。


「……世界は狭いな」


 どうやらスイも二人に気付いていなかったらしい。それほど話に夢中だったのだろうか。


「では達者でな」


 しかし早々に立ち去ろうと、スイは踵を返す。


「いやいやいや!ちょっと待ちなさいよ!」


「俺は獣人の里に行く。忙しいんだ」


「な、どうして獣人の里なんか……」


 スイに睨まれて目を逸らしたミライアは気付いてしまった。


「っ!!」


『認識阻害』の魔法がかかっているが、ミライアにはわかった。スイが連れている者の片方は人間ではない。


「スイ!から離れて!」


闇空間シャドウポケット』――闇属性魔法の亜空間にしまってある長杖ロッドを取り出して咄嗟に構えたミライア。その者は危険だとスイに呼びかけたが――



「差別で他者を傷付けようとするなら、俺が相手しよう」



 スイは背後にフードの二人を庇いながら聖剣を抜いた。



「……ど、どうして…………」


 ――どうして私に剣を向けるの?


 しかしそれは言葉にならず、ミライアは唇を震わせる事しか出来ない。


 デヴィスは悲鳴をあげる広場内の人々を安心させようと動いている。当然だが町や村の中での戦闘は禁止だ。



「俺は、北の山で獣人に遭遇した。瀕死の彼らを、俺は何も言わず救った。名乗ってもいないのに、彼らは俺を勇者と呼んだ。自分達を虐げた人族を、それでも勇者と呼んだ」


 ミライアは杖を構えたまま静かに聞いていた。こちらに背中を向けたデヴィスも聞き耳を立てているのがわかった。


「俺が召喚された時、お前たちは人族を救う事を拒否した俺を、それでも勇者と呼んだ」


 今更だが、目深のフードの獣人ではない方の者がスイと同じサファイアブルーの瞳をしている事にミライアは気付いた。『認識阻害』がなければもっと明確な美しさがわかるだろう。それより彼がスイを驚いた様に見ている事が気になった。


「物事の称号や名を見て判断する人族より、自分の目で見たものを信じる獣族の方がよっぽど利口だ」


 返す言葉が無かった。現にそこの獣族はこちらを襲う素振りも見せず、寧ろこちらに怯えている。


「一日で一周出来てしまいそうな狭い世界なんだ。遭遇した事の無い亜人族を噂だけで虐げるより、まずは自分の目で見てきたらどうだ」


 一日で一周出来るのは恐らくスイだけであるが、そこには触れなかった。

 ミライアはスイの言葉を噛みしめる。全く不自然に感じなかったが、自分や多くの人間は会ったこともない者を、先祖の言い伝えだけで毛嫌いしていたのだ。そしてスイはそれを嫌っている。



「……そうだな、スイの言う通りだ。スイ、その子は俺とミライアが保護する。責任持って里まで送り届けよう」


 いつの間にか剣を鞘に戻したスイと、無意識に杖を下ろしていたミライア。それを見て広場内は落ち着きを取り戻していた。

 しかしミライアの心境は落ち着いてなどいられない。


「デヴィスさん!」


 いくらスイの保証があっても、危険だと言われ続けていた獣人を守りながら危険な山を越えるなんて。ミライアは正気じゃないと思う。


 スイはフードの獣人と何やら言葉を交わした後、デヴィスに向き直った。


「デヴが付いていれば問題ないだろう。頼んだぞ」


 スイに信用されるデヴィスが羨ましかった。

 自身には目も向けてくれない事が悔しかった。


「ああ。ミライア、お嬢さん、行こうか」






 ――――――――――――――






 山の中腹を超えた辺りから、魔物が増えて来た。

 普段であれば、王城を守る二人が揃って苦戦する事などない。


 しかしミライアの精神は普段通りではない。


 魔法の発動には、精神力が大きく影響する。

 擦り減らした心で強い魔法を放つ事は魔法師でも難しい。その上――


「ミライア!どこを見ている!」


 ミライアが気にしているのは魔物の襲撃だけではない。保護する事を頼まれた獣人だった。


「!!氷牢アイスプリズン!光よ集え……ライトニング!」


 自分達が魔物と戦っている隙を獣人に攻撃されたらたまらない。ただでさえ魔物の多い山だ、生きて帰る事は不可能に近付く。

 未だ信用しきれていない思いが注意を散漫にさせ、結果その隙を魔物に狙われる事になる。



「………………」


 獣人のリラはずっと俯いて目立たぬ様に過ごしている。デヴィスが気を遣って声をかけても、頷くしかしない。彼女には声を発すればミライアにギョッとされる事が想像出来たのだ。



 そんな二人を振り返るデヴィスはまずいな、と思う。

 ただでさえ人が近付かない山だ。野放しにされた力のある魔物がいるかもしれない。そんなものに会ったら、今のメンバーのコンディションでは逃げる事が関の山だ。山を越えた先の里など辿り着けないだろう。


 どうにか首尾良く進めば良いが……。



 しかし物事が都合よく進む事はどこの世界においても非常に少ない。

 スイがいれば「フラグは回収されるという事か」と呑気に呟くだろうが、ここにそんな楽観者はいない。



「!!凄い魔力……デヴィスさん!」

「わかってる!北東茂みの先だな!」


 ミライアは徐々に近付く強い魔力を迎え撃とうと長杖ロッドを構える。


 しかし様子がおかしい。

 強力な気配は確かに近付いてくる。だが、自分達に向かってはいない。まるで、なにかを追う様な動きで……。

 そこまで考えてミライアは勘付いた。それと同時に茂みの先に見えた光景に目を見開いた。


 そこにいたのは赤髪の少年。そして、今まさに彼に襲いかかろうとしている獣こそが強大な力の主。


「!!下がって!」



『魔力解放』――それは魔法師が会得する最も魔力効率の高い技。

 魔法と違い、想像も詠唱も要らない。込めた魔力が十割威力に関係する、無属性の魔撃だ。

 ただ一つ、少ない魔力では発動出来ない事が難点。どんなに魔力を抑えても上級魔法三回分くらいの魔力を消費する。故に長期戦には向かないし、敵が弱い場合はオーバーキルにしかならない。

 

 つまりミライアがここで魔力解放を行う事は、あまり得策ではない。獣の攻撃を凌いでも、山を越えるにしろ逃げるにしろ、魔力を温存する必要があるからだ。


(それでもっ!!)


 ミライアはそれらを分かった上で魔力解放を行う。そうしなければ少年を守れないからだ。


 白い光がミライアを包み込み、地を蹴る脚はその細さに見合わない速度を生み出す。瞬時に少年の前に立ちはだかった彼女は手にした長杖ロッドで、振り下ろされる雪豹の爪を防ぐ。



「ミャ?」

「え…?」


 ミライアの存在に初めて気付いた獣と少年の声は、ぶつかり合った魔力が生み出した暴風の音にかき消される。


「大丈夫!?」


 雪豹がのけぞった勢いでミライアから距離を取り、その隙に彼女は少年を介抱しようと振り向く。そして、初めて気付くのだ。



「――獣人っ!」


 紅の髪からのぞいている白い耳と、同じ色の尻尾。また、奥から「お兄ちゃん!」と走ってくる少女も同じく獣人であった。



「……あの、助けてくれてありがとうございます。ただ、この獣は危険じゃないから、えっと、ご心配なく……」


 頬を書きながら気まずそうに説明する獣人は、自身に嫌悪の瞳を向ける人族の前から早々に退散しようと後ずさる。


 ――私は獣人を助けたの?

 反射的に助けるべく動いた身体は、まるで人も亜人も関係無いと言っている様ではないか。


 雪豹はすまなそうに身を縮めながら少年の元に戻り、山の奥へ戻ろうとする。


 ――獣人の里へ戻るなら、私達も同行しましょうか?


 リラを送り届ける為、少年達を守る為、そんな言葉を思い浮かべる。しかしそれを口にするのは、人族の誇りを穢す事になると、ミライアは躊躇する。


 だが、少年達は再び人族に向き直る事になる。それは今まで見開いた目で傍観していたデヴィスの呟きがもたらした結果である。



「…………ロン…さん?」



 その名はミライアも良く知っていた。前騎士団長『紅のロン』は、無駄が一切無い合理的な剣を振るうと言われ、強さの程は単独で盗賊団を制圧する程だ。また、幼きデヴィスの憧れであり、師であった。



「…………え?父さんを知ってるのか?」


 少年の一言にパッと笑みを見せるデヴィスと、驚愕を隠せないミライア。



「!!なるほど、ロンさんのお子さんか!本当によく似ている!あの人にはお世話になったんだ!もし会えるなら里にお邪魔してもいいか?」



「え……いや、父さんは……。あ、いや、でも、里に招待するよ。俺も、色々聞きたいんだ」











 場所は獣人の里、ロイの住まいに移る。

 ミライアも、デヴィスでさえ里に入る時には少し身構えた。亜人族が未だ信用を持てる相手だと認識出来ていないのだ。

 しかし里の獣人とすれ違う度にもてなす言葉をかけられた二人は既に身体の力を完全に抜いていた




「それでな、突然騎士団を辞めると言い出したロンさんを問い詰めたんだ。そしたら何て言ったと思う?」


「そ、そんな、父さんが騎士団長だった事も知らなかったのに……わからないよ」


「はは、そりゃそうか。でもロイの話を聞いた限りじゃ、俺の知ってるロンさんとまるで変わらないぞ?で、正解はだな……“一切の柵から解き放たれた二人だけの世界へ向かうのさ”だぜ?開いた口が塞がらなかったよ」


「父さんは、“ろまんちすと”で“あいさいか”だったのですね」



 人と亜人が会話している光景を見るミライアは、どこか不思議な気分だった。何気無く隣のリラに視線をやると、フードをとった彼女にはやはりビクついてしまう。

 人間とほとんど変わらないロイやロナと違い、リラの見た目はかなり獣寄りだ。しかもゴリラといえば野生的で、こうして同じテーブルを囲む事など想像もしなかった。



「ん?誰か来たな」


 ロイの声より一拍遅れて外の気配に気付いたミライアは扉に視線を送る。それと同時に男のゴリラ獣人が入って来た。


「話の最中に申し訳ない…………君がリラか?」


 男はテーブルに着く面々を順に見て、リラに視線を固定した。その表情は驚きと歓喜。


「……?え、ええ…………まさか」


「ああ!俺はゴラ、君の父さんの兄だ!話は聞いたよ、あいつらの事は残念だけど……でもここには仲間がいる。それにもうじき勇者様が亜人が生きやすい世界にしてくれる。それまでこの里で暮らしなさい。皆歓迎している」


 こんな物語のような出会いがあるなんて。亜人にも親がいて、愛があって、人族よりも厳しい条件でそれでも必死に生きていて。なんだ、彼等は人族と変わらない、いや、寧ろ人族より立派ではないか。

 そんな思いを抱き始めたミライアに声が掛けられた。


「勇者様ってそんなに凄い人なの……?」


 リラの声だった。しかしミライアがビクつく事はもう無かった。


「ええ。彼は人族を……いいえ。アルバリウシスを救ってくれるでしょう」


 言いながら、身体の奥底にベッタリとこびり付いた穢れの様なものが音を立てて瓦解する感覚を覚えた。まるで重い身体に状態回復エフェクトヒールを、汚れた身体に浄化魔法をかけたみたいだ。


「それにしても……スイはいつここに来たんですか?」


 ミライアの微笑みが恐ろしいと思ったのは「まずい」とでも言いたそうなデヴィスだ。


「えっと……四、五日前……だったかな?勇者様が来てから濃い時間を過ごしてたからな。あ、この雪豹は勇者様が召喚してくれたんだ。雪師匠に鍛えてもらったら勇者様に会いに行くぜ」


 ロイの口からそれを聞いたミライアはニコニコと「デヴィスさんは知っていた様ですね?」とデヴィスに向き直る。


「あ、いや、ははは……まあ、うん。あの……罪をなすりつけたのは……すまなかった!!」



「…………ふふ、あっはっは。まあ、薄々気付いてたからいいんです。それより、デヴィスさんもこれにサインをして下さいますよね?」


 勇者失踪事件のことを軽く流し、清々しく笑ったミライアが差し出したのは『王城入場許可証』だ。責任のある者のサインが二つもあれば、王城は難しくても、王都には入れるだろう。例え異例のことであっても。


 デヴィスが目を見張ったのはその文言だ。


 “ 亜人族 獣人 ロイ の王城への出入りを ミライア の名のもとに許可する”



「きっとスイは入城許可証も渡していなかったんでしょう?残念だけどそれではロイは入れてもらえないわ」


 この場の全員がミライアを見つめた。明らかに心が入れ替わった彼女を。


「勿論俺の名もいれるさ」


 真剣な瞳で笑みを浮かべたデヴィスが羊皮紙にサインをした。ミライアがそれに魔力を込めてからロイに渡した。


「では、ロイ。私達は貴方を歓迎するわ。それと、今まで私たちを含めた人族が、亜人族を排斥していた事、許される事じゃないとわかった上で謝らせてもらうわ。私は、デヴィスさんの様に勇者の力になる事で償おうと思います」



 そしてロイは、差し出された紙をひったくって、青い炎で焼いて(ミライアはその魔法と行動に驚愕した)ニッと笑った。



「勘違いしないでくれ。俺たちはあんたらに恨みなんか持っちゃいない。里は小さいけど、生きてる世界はデカイんだ。勇者様といずれ世界の歪みを正して、こんがらがった人族の頭も叩き治して、理不尽に苦しまされる奴らを救う。厚意は受け取るけど、俺は一人であの人の元へ辿り着く自信がある」




 なるほど、遠くから見たことのある騎士団長ロンにそっくりだ、とミライアは思った。本当に今までの自分が憎い。何も知らずに亜人を嫌悪した自分が。

 スイに言われたこと、デヴィスと超えた山、そして出会った獣人ロイ。

 人から生まれて人を愛し、人を尊敬している亜人の少年に、ミライアは感謝を込めて言った。


「貴方の勇気、恐れ入ったわ。私は貴方に会えたから亜人に対する誤解が解けた。スイとロイなら、亜人族を救えると思うわ。勿論私もスイの力になるから、貴方とは未来の仲間ね」


 差し出されたミライアの手を、ロイはしっかり握った。それを見たデヴィスは仲間に加わりたくなって、ロイの頭をガシガシと撫でた。

 そして思うのだ。

 ――怠惰なお前が俺たちに染み付いた悪い常識を直ぐに取っ払ってくれた。これから一体何をしてくれるんだ?


 この屋内でまだ見ぬ未来を憂う者は一人もおらず、皆が勇者の背景にある希望の光を通して明日を見ていた。

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