アランとの出会い

 

 昼下がり、エドンシティの南南西の南の海に面した村、『名も無き村』にやってきたスイ。

 小さい村だ。しかし暖かい。気温も暖かいが、村の空気が良い。小さい子供はきゃっきゃと走り回り、畑を耕す大人はにこやかだ。

 そんな印象を持ちながら、依頼主のアランを探そうと歩き出すスイ。


 適当な者に声をかけようとした時だった。

 丘の上に立つ、輝くシルバーの髪とサファイアブルーの瞳を持った少年――スイと同い年程だろうか。彼と交わった視線が釘付けになる。




「なぁ、運命って信じる?」



「やめろ気持ち悪い」



 丘の上から掛けられた透き通る声に反論するスイ。

 そうは言ったが、彼の美貌は男でも見惚れる程だ。実際に村の大人達も彼を見て微笑んでいる。いや、元からではあったが。


 少年は丘を駆け下り、ザザッと音を立ててスイの目の前に止まる。


「俺はアラン!ようこそ名も無き村へ!何の用だ?」


 差し出された手をしっかり握るスイ。これは珍しい事である。


「俺は冒険者スイ。貴様の願いを叶えに来た」


「ほー、カックイイな。でもAランク指定だった筈だぜ?俺と同じ位のガキンチョにそんな強さがあるのか?」


 清々しい程正直なアランは嫌味なくスイの情報を問う。そんな彼に冒険者カードを見せるスイ。


「へぇー、若いのにすげんだな。あ、それと俺の事はアランって呼んでくれ」


「わかった。依頼の詳細を教えて欲しい。こちらにも要求がある」


「オーケー。じゃ、家に招待するよ。こっちだ」


 アランに連れられて村を歩く。

 村人達は「やっと依頼受けてもらえるんだな」なんて声を掛けていたり、アランは可愛がられているようだ。


「それにしても狭い村だな。昼飯が食いたい」

「なんだまだだったのか?なら俺が作ってやる。一緒に食おう」

「家族はいないのか?」

「ああ、俺一人だ」


 スイはそれ以上聞かなかった。

 小さな一軒家に着くと、アランはシャツの袖をまくり、早速調理を始めた。

 スイは家の中を物色しながら待つ。


「ふむ、簡単では無い本ばかりだ」


 本棚には王都の歴史や過去の政策の本、それから『王の素質』なんて本もあった。


「見ての通り時間が止まったようにのんびりした村だからな。どんな本でも読むよ」


「さ、飯にしよう」とアランの声で立ち上がるスイ。



「ふむ、ベジタリアンだな。頂く」


 生野菜のサラダと野菜スープ、焼きたての薄く四角いパンには焼き色がつくまで焼成された野菜がサンドされている。


「美味い……このパン生地が野菜に合うな。小麦だけでは無い、何が入っているんだ?」


「へぇ、スイは味がわかる口か。村で取れた豆をペースト状にしてんだ。で、料理褒めてくれんのはありがたいけどさ、なんでこんな酷い依頼受けたんだ?」


 健康的な食生活を送っているからこそ彼の美貌があるのだろうか。そんなどうでもいい事で他人に興味を示していたスイはいつもの調子では無い。


「ああ、エドンシティの依頼を全て受け尽くしてしまって他に受ける依頼がなかったんだ」


「へぇ、冒険者のランクは高いけど冗談のランクはそうじゃないみたいだな」


 冗談でもなければウケも狙っていないと、スイはムッとする。

 側から見れば彼ら二人は仲の良い友人だ。しかしそれを指摘する者がいない今、スイは自身の姿を知らずに話を続ける。


「アランは何が目的でこんな酷い依頼を出したんだ」


「書いてあった通り、旅行がしたいんだ。でも金がない。そして死んでもいけない。だから俺を間違いなく守ってくれる奴を探していたんだ。ま、見つからなければ……俺の人生はそこまでだったって事さ。でも、実力はわからないけどスイに頼んでみるよ。危ない時は俺だけでも逃してくれよな」


 よっぽど自分の命が大切なのか、スイに堂々と「いざとなったら身代わりになれ」の意味の言葉を放つアラン。スイも思わず苦笑し、「俺もお前も間違いなく死ぬ事は無い」と返す。


「それと俺の要求なんだが、訳あって明後日の早朝までにSランクにならなくてはいけないんだ。恐らくアランの依頼だけでは不可能だろう。だから出来るだけ早く、少なくとも明日中にはクリアしたい」


「そりゃ、世界一周できれば構わないけどよ、そんな一日ちょっとで出来るわけ……」

「俺なら出来る。何せ俺は、刹那を生きる男だからな」


 スイは吟遊詩人の言葉を気に入っていた。心地良い厨二気分になる事ができるのだ。尤も、長くは続かないのだが。


「ははっ、何が冗談で何が本当なのかわからなくなってきたな。でも、そうだな。頼める相手はスイだけだし、よろしく頼むよ!」






 ――――――――――――――






「スイ、なんで魔物と戦わないんだ?」


 アランがそう思ったのは、スイが他の冒険者とはまるで違っていたからだ。

 村を出て少し歩きたいとアランの要望により、西に向かって歩く二人。当然魔物と出くわすわけだが、スイは『凍結』や『岩壁』で敵を退けるばかりだ。


「なぜ戦う必要がある?」


「………………なんでだろうな。俺も戦わなくて良いと思うけど」


 スイは、顎に手を当てて考え込むアランに満足して、話し出す。


「依頼でもないのに生物を殺す必要などない。それに俺は面倒事が嫌いだ」


「俺の依頼を受けたのに?」


「それより、そろそろスピードを出さないか?」


「いいけど、俺はそんなに早く走れないぜ?体力も多くないし」


「構わん…………光翼ライトウィング魔共有マジックシェア



 スイが唱えると、二人に光の翼が生える。そして『魔共有マジックシェア』によってスイの魔力をアランが操作出来るようになった。


「へぇ!すげんだな!天使になった気分だ!」


 それによってアランは自身の負担なく、空を羽ばたく事が出来るようになった。

 風魔法の『飛行』よりも速度は落ちるが、光魔法の『光翼ライトウィング』は消費魔力がそれ程多くはない。故にスイはこの魔法を選んだ。


 二人は大陸を海沿いに西に向かう。


「なあ、北に見えるあのデカイのが王都だよな?」


「うむ。もしや村から出た事がないのか?」


「そうさ…。だからこうして旅がしたかったんだ。王都には帰りに寄ろう。今日は野宿ってのをしてみたいんだ」


 スイは顔を顰めそうになったが、アランの表情を見たらそんな気は起きなくなった。満悦感に浸っている彼を見れば、この旅は彼の夢だったんだろうと思えたのだ。


「構わないが夕食は美味いものが食いたい。どこか村に寄ろう」


 図書館で読んだ本から、食せる魔物とその処理法は学んだが、スイはそれを実践したくなかった。十五歳の日本人に生物を食物にさせ、それを食べさせるのは鬼の所業というものだろう。スイはそう考えて逃避した。

 幸いにも、アランは「魔物を捌いてくれ」などと言わなかった為、スイの精神は安泰が保たれた。




「じゃあ、ここでどうかな」


 日没直前、二人が降り立ったのは王都の西南西『ウェスト村』である。

 王都の五分の一程度の規模の村で、二人は容易く食堂を見つける事ができた。


「……しかし、その格好で入るのか?」


 アランが纏っている外套は目深のフード付きで、ずっとそれを被っていた彼はまるで正体を隠す旅人だ。

 スイが訝しむのは当然だが、村人達は全く気にしていない。寧ろ容姿のいいスイの方が目立っている。その理由は、外套に施された『認識阻害』の魔力だ。これによって第三者は怪しい格好を怪しいと思わず、フードに隠された美しい容姿を美しいと判断出来ないでいるのだ。


「不審がっているのはスイだけだし、構わないだろう」


 スイはまあいいかと食堂に入り、アランもそれに続いた。











「腹ごしらえはすんだ。野宿は森で良いだろう」


 食堂を出る頃には日は完全に暮れていた。

 ここの料理は王都のものとあまり変わらなかった。


「森か……。ふっ、いいぜ」


 意味深にスイを見るアラン。スイはその理由をわかっているが知らないふりをした。

 因みに夜の森など危険でしかないのだが、この二人にその認識はなかった。






 ――――――――――――――






 村を更に西に行ったところにある森。そこを抜けるとすぐケモンシティだ。

 二人は月明かりが差し込む木々の間を歩いていた。魔物に襲われる事はスイにとって面倒でしかないため、『隠密』の魔法は二人にかけられている。


「アランは本当は戦えるのだろう」


 スイがそう思ったのはアランの歩き姿勢を見たからだ。暗く、足場の悪い森を平然と歩く。腰には護身用の短刀が携えられているが、護身用程度ではなく、かなり業物に見える。


「無理無理、本当に護身程度さ。生きるという責任感が俺を少し鍛えたけど、なるべく戦いたくないなあ」


「そうか。では魔族や亜人に出くわしても戦わないつもりか?」


「そりゃ、襲われなければ身を守る必要もないだろう?」


「珍しい奴だな」


「だが嫌いじゃない、だろ?」


 調子に乗るアランをシカトしながらスイは、目の前に見えてきた小さな滝に近づく。


氷壁アイスシールド


 落ちようとする滝を氷の壁で塞きとめる。その滝の裏には洞窟があった。


「お約束だな」


 楽しげなスイを不思議そうに見つめるアラン。二人は洞窟の中へ静かに入っていった。




 洞窟は長く続いておらず、すぐに行き止まりのようだった。しかし、その奥には――


「だ、誰?」


 暗視の魔法をかけたスイとアランには洞窟の奥で怯える獣族が見えている。

 しかし目が良くても夜目がきかない獣には、隠密が解かれていたとしても二人の姿は認識しづらいだろう。


「ホームレスだ。一晩泊めてほしい」


 そんな獣の彼女に目的を伝えるスイは、アランのジト目を受け流している。


「ごほん、ごほん。えーと、怯えさせてごめんな。俺たちは見ての通り人族だが、亜人族を嫌っている者じゃない。だから邪魔じゃなければここで休ませてくれるか?」


 ここまで伝えなさい、とでも言うようにアランはスイに視線を寄越す。


「そんな人族がいるのか……いいよ」


 ありがとう、と微笑むアランは優男で、当然のようにどかっと座るスイは無口なクール。そんな美しい二人の人族に囲まれる彼女は、獣族のゴリラ。


「あたいはリラって言うの。……アンタら、本当にあたいが気持ち悪くないの?」


「可哀想ではあるがな」


 スイは高校に通ってた数日前を思い出し、同じ学年にいた『ゴリラおんな』があだ名の女子生徒とリラを重ねていた。


「それよりリラはこれからもここに住むの?」


「……さあね。見つかるたびに人族に殺されそうになるのは散々。あたいも人間みたいに生活してみたかったし、それが叶わなくても獣族の里に辿り着ける強さがあったらなって思うけど」


「見つかるたびに……まるでG……いや、事実GではあるがG違いか………」


 わけのわからない事を呟いているスイをシカトして、アランは提案する。


「じゃあ俺たちが獣族の里まで送るよ。早朝に出発だ」


 リラが困惑するのは当然だろう。自分を嫌っている筈の人族に親切にされれば不審である。それなのにすんなり信じる事が出来たのは二人の容姿のせいか。


「お礼はいらないよ。俺たちのお節介だから。今日はさっさと寝ようか」


 アルバリウシスで最も勢力のある人族の美しい二人と、虐げられ続けてきた醜い獣族。

 外から見れば不自然な絵だが、当人のリラはそんな事が気にならないほど輝く希望を見た気がした。








 一人の寝息が聞こえる真夜中の洞窟内に、顰められた声が二人会話していた。


「おい、これでよかったんだろ、スイ?」

「わけがわからん」

「村の食堂で獣族の話があったろ?あの時スイが助けたそうにしてるのが俺にはわかった」

「そうか」

「……ケモンシティも見せてやれないかな?」

「まあ俺の認識阻害魔法なら入れるだろう」

「スイ、お前って面倒くさがりに見えるけど物語の勇者みたいだよな」

「人族の意思に背く俺がか?」

「それはリクハー……今の王の意思だろ?俺が王だったらお前を“世界の勇者”に任命する」

「寝言は寝て言え」


 そうは言ったものの、スイは満更でも無かった。“人族の勇者”という表現が間違いだと言ったエルフの言葉が少しわかった気がした。

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