第三話 担任と副担任と生徒たち、奥多摩某所のキャンプ場から探索をはじめる


 伊賀から話を聞いた翌日にして、シルバーウィーク前半初日。

 朝も早くから、奥多摩某所のキャンプ場に一台の車が停まる。


「ここから徒歩となります」


「わかりました」


 車から降りたのは伊賀、それにラスタだ。

 二人の格好がいつもと違う。

 伊賀は迷彩の上下で、ラスタはローブをまとっている。


 二人は、苦笑して背後を振り返った。

 くすんだ緑色のトラックが停まる。


「わあ、東京にこんな場所があったんですね!」


「あー、田中ちゃん先生ってこっちの人じゃないんだっけ」

「空気がうめえ! でもケツがいてえ!」

「車でちょっと行っただけでこれかー。自然だらけだな」

「それは違う。この川原も周囲の山もきちんと手入れされているぞ」

「さすが〈ファーマー〉! さすがファーマー?」


 後部から、わらわらと人が降りてきた。

 田中ちゃん先生に引率された2-Aの有志である。


「こうした景色はなんだか懐かしいですね」

「そうですね姫様。このところ忙しく、出かけておりませんでしたから」


 姫様と侍女もいる。なにしろ校内ではないので。

 〈勇者〉の愛川 光についてきたらしい。デート気分か。


 ほかに、ニット帽をかぶった二人の女性もいる。

 秋とはいえここは山あいで、ニット帽自体はおかしくないだろう。

 まあ一人はニット帽で耳を隠したところで、顔が見えているためまったく隠せていないのだが。


「学校じゃニャいから問題ないって聞いたニャ!」


「あいかわらず狼の獣人が『ニャ』か……」


「ふむ、なかなかの森ではないか。少しマナも濃いようだ」


「むっ、たしかに。さすがエルフ、詳しいものだな」


 異世界からこの世界にやってきたエルフと、獣人族の娘である。


「あ、あの、ダメでしたかラスタ先生?」


「私が美咲先生を守れば、あとは全員〈二つの世界録〉に記録された者たちです。身の安全は守れるでしょうが……伊賀さん」


「問題ありません。むしろラスタさん以外の向こうの方々からご意見を伺いたいところです。田中先生は特務課にも籍がありますし」


「わた、わたし、ラスタ先生に守られ、えへへ……」


 2-Aの有志の参加も、田中ちゃん先生とエルフと獣人娘の同行も許されるらしい。

 そもそもNGなら自衛隊の輸送車に乗ってここまで来られないだろう。


「では行きましょう。仮称『ゴブリン』が見つかった森まで先導します」


 歩き出した伊賀に、異世界帰りの生徒たちがぞろぞろとついていく。

 ラスタは動かない。

 頬に手を当ててくねくねする田中ちゃん先生が戻ってくるのを待っていた。

 田中ちゃん先生のポンコツ度が増している。せめて声をかければいいが、ラスタにそんなコミュ力はない。




 キャンプ場の小脇にある道を歩いていくと、舗装はすぐに途切れて獣道となった。

 伊賀が先頭を、やや遅れてラスタが続く。

 山の斜面にとつぜん現れた短いトンネルに生徒たちのテンションが上がる。

 わいわい騒ぎながら抜けると、次に見えたのは石造りの古い橋だ。


「わあ、本当に東京じゃないみたいです!」


「こうした景色を見ると、あちらを思い出します。エルフが言う通りマナが濃いようです。……考えられないほどに」


「ラスタ先生?」


 歩きながら考え込むラスタ。

 伊賀は岩場を降りていって、小さな渓谷の前で立ち止まった。


「ここを抜けた先が、仮称『ゴブリン』が見つかった森です。異常なしとの報告を受けていますが、充分注意してください」


 岩と岩の間には小さな川が流れる、渓谷。

 通り抜けるには、岩肌を削って作られた細い道を行くしかないらしい。

 あるいは、ほぼ垂直の崖をなんとか20メートルほど登って上を行くか。


「うおおおおおお! なにこれめっちゃ楽しそう!」

「くふふ、これは心踊る」

「おい待て〈ニンジャ〉、なんで脱ぎ出した」

「雰囲気ありますねえ」

「あ、俺、狭いところダメだから上いくわ。みんなお先にー」

「空気読め〈料理人〉、ってアイツの体格じゃたしかにキツイな」


 身体能力が上がった異世界帰りの男子校生にとって、険しい道はただのアトラクションでしかないようだ。

 道どころか、20メートルの崖もひょいひょい上がっていく。でっぷり丸めの体格も関係ない。

 たしかに、体育祭も球技大会も本気を出すわけにはいかないだろう。


 伊賀が静かに、ラスタが考え込みながらもたしかな足取りで、田中ちゃん先生がよろけながら、生徒たちがきゃっきゃとはしゃぎながら渓谷の道を抜ける。


 と、その先には森が広がっていた。

 これまでの森と変わった様子はない。

 変化といえば、獣道さえなくなったことだろうか。


「ここから先です。この調査が終わるまで、自衛隊は遠巻きに包囲、監視しています」


「ふむ……では、魔法を使いましょう」


 ラスタが前に出る。

 田中ちゃん先生は、魔法と聞いてきらきらと目を輝かせる。

 〈大魔法使いアークウィザード〉や〈賢者〉といった魔法系の職業クラス持ちも、ラスタがどんな魔法を使うのかじっと見つめる。


 表情一つ変えず、詠唱もなく、ラスタが魔法を発動した。


「やはり、これだけマナが濃いと楽に魔法を行使できる」


 何もない空中を見つめて呟くラスタ。

 すでに魔法は使ったらしいが、周囲に変化はない。


「あの、ラスタ先生? 魔法は……」


「美咲先生、いまのは周辺を索敵するための魔法です。目には見えません」


「そうですかあ」


 がっくりと肩を落とす田中ちゃん先生。

 一方で、伊賀が食い入るようにラスタを見つめる。

 魔法の有用性に驚き、情報を求めて。


「まず先に言っておこう。そこ、そこ、そこ」


 ラスタが指さすと、三つの光が飛んだ。

 三つとも、大きな木の上の方へ。


「あっ」


 木の上に、三人の女の子が現れた。

 いや、女の子ではない。

 ハーピーとアラクネとラミアである。

 ラスタが担任となった初日と同じ光景である。


「犬飼……〈テイマー〉の指示に従ってないのではないか?」


「え? 『隠れてついてくるように』って言って、ちゃんと守ってたから従ってますよ?」


「そうか、それは何よりだ。伊賀さん」


「三人とも、特務課に籍を置かせてあります。問題ありません。問題ありません」


「そうですか。よかったな犬飼」


 ボヤくラスタに、嬉しそうな一人の生徒。ラスタの皮肉は届いていない。

 田中ちゃん先生は「私に黙って、もう!」とでも言いたいのかぷっくり頬を膨らませている。子供か。


 頭を切り替えるように小さく首を振って、ラスタが伊賀に向き直る。

 真剣な眼差しで、口を開いた。


「森の奥にある洞窟内の様子はわかりません。が……」


 空気を読んだ男子校生たちが静かになって、ラスタの言葉を待つ。

 魔物っ娘三人が木からするする降りてきて一人の生徒にまとわりつく。

 誰かがごくっと唾を呑んだ音が聞こえる。


「この森に、ゴブリンがいます。十数匹ですから、おそらく一つの群れが」



 奥多摩は魔境だったようだ。違う。


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